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 レミリア様に仕える私の朝は早い。と言ってもレミリア様本人は留守にしているのだが……

 冬を前に、村の人数分の防寒具と靴を揃えたい、とその資金のために冒険者稼業をこなしに行っている。何故そんなに尽くすのですか、これではレミリア様が養っているようなものではないですか。そうお尋ねした事もあるが、「これは投資よ?」と譲らない。そして今日も、命の危険すらある依頼を領地のためにこなしてくるのだ。


 小さい村とは言え、領主であるレミリア様が自らだぞ……信じられるか? はぁ……本当にレミリア様には頭が下がる。

 何度か「私もお供します!」と主張しているのだが、その度に「塀と堀があるとは言え、この村は子供が多いからスフィアみたいに戦える人には残って欲しいわ」「わたくしの留守の間にここをお願いしたいの」と心配そうに言われたら食い下がる事なんて出来ない。入植者も増えて、それなりに戦闘が行える者がいるな! よし、私が抜けてもこれなら今までと防衛力は変わらない! と意気揚々と提案するたびに同じ返答だ。もう……っ、レミリア様は、もっと自分の事も大事にしてください……! と何度思ったことか。


 私達の主人あるじが良い人すぎてつらい……!

 これは村の住民の総意である。


 さて、早起きして何をするかと言えば……軽い朝食をとった後はまず屋敷の掃除だ。領主の館……と村人は呼ぶがごく普通の二階建ての家屋である。しかも最近入植者のために新築の家を数軒建てているため、それを見た後だと「ボロい」と思えてしまう。

 私が一緒に住むようになってから、やっと腐った床を張り直したくらいだからな……ほんと良い人が過ぎる……! 自分の身の回りのものは最低限で、先に村の公共の利益になるものを……となってしまうのだ。いくら言っても執務机やベッドもまともな物を買おうとしないので、今度村人全員でお金を少しずつ出してプレゼントしてしまおう、と計画している。発起人は村長代理のソーンだ。


 レミリア様に似合いの品を、しかしレミリア様に相応しい高貴な品はこの生活にそぐわない、と遠慮してしまうだろうからバランスが難しいな……。

 私は考え事をしつつも家中の掃除を終わらせた。他の家に比べて大きくはあるが、本来の貴族の屋敷よりはるかに小さいので私一人で難なく終わるのだ。


 昼食までの時間は村の中を回って過ごす。村人達に挨拶をしつつ、何か困っていることや欲しいものは無いかを聞いていく。


「欲しいもの……? 物は無いけどレミリア様にお会いしたいなぁ……あのねスフィアさん、ぼく文字が書けるようになったんだよ。お手紙書いたの」

「そうか、それはすごいなぁ!」


 この子はこの村の初期からいる元孤児で、村に来てすぐの頃体調を崩して一晩中看病してもらった事があってからレミリア様に酷く懐いている。

 私も当初は知らなかったが、この村の入植者はほとんどが魔族の血の混じったもので構成されていた。魔族とは口承された話でしか聞いた事はなかったが、そうと分からないレベルで人に混じって暮らしているとは知らなかった。物語の中では悪魔と同じようなものとして書かれていることもあるが、全く別の存在だと言うことも教えてもらった。悪魔の悪評のせいで魔族は人種を隠して生きる事を余儀なくされているため、各地で貧しい暮らしをしている事が多いらしい。難儀なことだ。

 レミリア様に看病してもらったこの子供の体調不良も魔族独特のものだったそうで、治癒魔法は使えるが魔族の体に詳しくなかったレミリア様はうまく治せず、手を握りながら添い寝しつつ一晩を共に過ごしたと聞いた。くっ、うらやま……ごほん。なんてお優しいんだレミリア様……!

 キラキラした瞳で「次はいつお会いできるかな」と楽しみにするこの子の気持ちはよく分かる。よく分かるが、レミリア様は素晴らしい領主様であるが故に留守がちなのだ……。

 まだこの村には産業と言えるような産業は無く、畑も小さい。王都で魔道具屋の店主をやっていたソーンが弱いポーションを作れるのと、たまにどこからか魔道具を仕入れて隣町かその先の大きい街まで行って売っているが、それで発生する納税なんて微々たるものだ。ちなみに儲けをそのままレミリア様に渡そうとすると遠慮されてしまうので村の子供達に適当な手伝いを命じてその報酬にと頻繁に炊き出しをして還元しているそうだ。いい心がけだ。


 しかし村の運営費はレミリア様の冒険者としての稼ぎに完全にほぼ依存している。この状況は良くない。

 ただ、魔族達は魔法の操作に長けていて、人とは比べ物にならない生産力で農業や製造業が出来る可能性を秘めている。これには魔族の子供も含まれるので、軌道に乗りさえすれば……と今は試行錯誤している毎日だ。今は村の中で食べるものを作るだけで精一杯なので、早くレミリア様の負担を少しでも減らして差し上げたい。


 かつてのレミリア様の発明した様々な便利な道具をここでも作れれば儲けになるだろうが、残念ながらそれらの特許はグラウプナー家が取り上げてガッチリ握っているので、こちらに発明者がいると言うのにどうする事も出来ない。


 そうして狭い村の中、全員から話を聞いた結果「レミリア様、もっと休んでください」という要望が今日も一番多かったです、と帳面にまとめた私は狩りに向かうために装備を身につけた。


 準備を終えて獲物を乗せるために村の農耕馬を借りようと厩に向かう途中で旅人風の格好の男とすれ違う。当然村の住民では無い、というか彼らが王家が差し向けたレミリア様の監視だと言うことも知っているが。

 最初はあのピナという女に骨抜きにされた騎士が混じっていて「星の乙女にまた危害を加えないか俺がしっかり見張らないと!」と寂れた村の周囲に詰めかけて来ていて大層目立ったそうだが。しばらくはレミリア様が隣の村に食料の買い出しに行くのにも、村の運営費を稼ぐために冒険者としてダンジョンに潜るのにもついて回っていたそうだ。なんと迷惑な。

 私がこの村に移住する頃にはすっかり本格的な監視は無くなり、隣町に宿を構えて定期的に村に来ては村人にレミリア様が何をしたのか簡単に聞くだけになっていたが。レミリア様が潜るダンジョンに、実力的に彼らがついていけなくなったと言い換えても良いが。


 ……早いところ、レミリア様が心配なさらずに託せるほどの防衛力を充実させないと私もついていけなくなってしまいそうな気がする。まずい。

 前は「俺達の目が届かないダンジョンの中で何をしているやら!」と騒いでいた奴もいたが、毎回自分を顧みずに時には怪我まで負って、「これで新しい入植者の住む家が造れるわ」と満面の笑みを浮かべるような慈悲深いレミリア様を見てきた他の監視役は白い目を向けていた。そう言えば最近その騒いでた男を見ないな。シフトの都合かと思っていたが結構結構。


 近頃は監視役として度々村に訪れる彼らも、実際に目にしたレミリア様と王家から任務の際に聞かされた「悪女レミリア」とどちらが真実か分かったようで、「今は俺達誰もあんな話信じちゃいないけど、国に大声で反論する事もできないからなぁ」とボヤいているのを聞いた事もある。


 その悔しさは分かる……よく分かるぞ……!

 だが私もがむしゃらに真っ直ぐ走るだけの脳筋ではない。今声を上げても王家に握り潰され、目を付けられて監視が再度厳しくなるだけと言うのは分かっている。

 今は雌伏の時。住民を増やし、産業を興し、税収を上げて領地として力を付けるのだ!


「目下の問題は今年の冬越しだな……」


 住民の防寒着と靴はレミリア様が、各家庭にかまどを兼ねた暖炉はソーンが作り方を教えて各家庭で作業していると聞いた。

 子供だけで暮らしている家には厚手の寝具も用意してやりたい。後は……乾燥にかかる時間を考えると薪も準備しなくては。やる事が盛り沢山で毎日疲れ果て、その上決して豊かな暮らしとは言えないが、私を含めた住民に悲壮感は一切無かった。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 書籍化が決まってから発売までが偉く長かった気もしますが、いよいよ発売おめでとうございます! とりあえず私は某南米密林で予約しました。 届くのが楽しみですw
[一言] スフィア視点だと真っ当(?)な悪役令嬢逆転物語みたいw レミリア様の台詞の裏には、憎悪と怒りが煮えたぎってると想像するとめっちゃ面白いです
[一言] レミリアの予定通りって顔が浮かぶ
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