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 魔族の生活が落ち着いたら。同盟を締結したら。交易が軌道に乗ったら……夜会で、レミリアが、元婚約者と完全に決別できたら。

 我ながら臆病がすぎる。レミリアに想いを伝える機会をうかがって、怖気付いて先延ばしを繰り返していたら気が付けばこんな事になっていた。

 もちろん、魔族の生活のために奔走するレミリアは自分の色恋を気にかける余裕なんて無さそうに見えるからという理由もある。仕事で顔を合わせることも多いのに負担をかけたくない。しかし何より、もし俺の想いを受け入れてくれた後に……レミリアが後悔するような事があっても、俺は彼女を解放してあげられそうにないから。

 夜会ではきっと、あの星の乙女とやらの呪縛は解けてレミリアの元婚約者の王太子は正しい感情を思い出す。当然レミリアに謝罪もするだろう。……レミリアが、そこで謝罪を受け入れて、やり直したいと思ってしまったら。

 レミリアは優しく慈悲深い人だから、泣いて謝るかつての婚約者に絆されてしまうかもしれない。いや、その可能性はかなり高いのではないかと俺は考えている。……今、俺が想いを伝えればレミリアは頷いてくれるのではと思っている。

 レミリアは不実な真似はしないから、そしたらかつての婚約者に会ってもあちらの手を取るような選択は絶対にしないだろう。スフィアなんかは「あっちに付け入る隙を与えないようにはやくプロポーズして、魔王陛下の妃としてエスコートして入場するべきです!」などと発破をかけてくるが。

 自分が臆病なのも認めるが。俺は、レミリアが望む選択をして欲しいんだ。彼女は今まで十分に傷付いて、頑張ってきた。周りが何を思うことになろうと、レミリアが選んだ相手と幸せになって欲しい。俺がその前に想いを伝えていたら、彼女の枷になるだろう。……幸い、色恋に鈍い彼女は俺の好意が恋慕だとは気付いていない。もし、レミリアが元婚約者を許すのなら、俺は一生何も伝えないつもりでいる。


 クリムトには、真意を伝えずに魔晶石を贈るのは卑怯だと責められた。いや、レミリアを「聖女」と呼び慕ってる魔族達が彼女に言い寄るのを防ぐ虫除けになるし、古くはプロポーズの際だけではなく家族や親しい友人の幸せを祈って交換し合うものだった。と言い訳のようにしどろもどろする俺を弟が半目で見つめてくる。

 渡す時に、クリムトと話していたところに割って入ってわざわざ渡しに来たのも指摘された。完全に無意識だった……。


「何も言わずに独占欲だけ見せられてもレミリアさんは困ると思いますよ」


 俺だって、彼女と結ばれたい。ただ、レミリアが自分で選ぶ前に俺の元に先に縛り付ける事はしたくないと吐露するとやれやれと言った風にクリムトは俺にお説教を始めた。


「あのですね、兄さん。自分の作った魔晶石も贈って、それで装飾品を作って夜会に参加するように伝えて、自分の髪の色のドレスまで作らせてるんでしょう? これが囲い込み以外の何ですか?」

「……レミリアの耳に雑音が入らないよう、虫除けに……」

「はいはい、言い訳はいいので。ドレスを渡す時にはちゃんと告白してください。返事は夜会が終わったら聞かせて欲しいって言えばレミリアさんも選べますから。選ばせるって名目でもう逃げるのはやめてください、じゃないと僕がバラしちゃいますよ?」


 ぷりぷり怒ったクリムトは俺を置いて執務室を出て行ってしまった。出る間際「兄さんは自分に自信がなさすぎるんですよね、レミリアさんだって自覚してないだけで絶対兄さんの事好きになってくれてるのに」とため息混じりにこぼしているのは、「バラす」と脅されて恐慌状態に陥っている俺の耳には届かなかった。




 数日後、腹を決めた俺は出来上がったドレスを携えてレミリアの元を訪れていた。今日のレミリアは地方の畑の瘴気を浄化した帰りのようだ、城の中に与えた客室に戻っていた彼女を「少し散歩に行かないか」と誘って庭に出る。

 余裕も物資も人手もなく掃除さえ行き届かずに荒れ放題だった城の中は最近やっと形が整ってきた。造園も少しずつだが行い、外国の立派な庭園にはまだ遠く及ばないが遊歩道と芝生を整備して、樹木の剪定も行なっている。花は少ないが、レミリアは「緑のあふれる庭も素敵よ」と言っていた。

 この庭の手入れは、レミリアの村で保護していた魔族の民を3人、再度国に呼び寄せて仕事を与えている。レミリアの発案で、他に使用人として働く帰国者は多い。


 ロマンチックな花畑や景色の良い場所を知っていたら良かったのだが、生憎と復興を始めたばかりの魔界にはそのような心当たりはない。あったとしてもちょっと気が向いたら行けるような距離ではなく、転移が使えない俺には選択肢に入れられなかった。それに、荒れ果てた城だったここは俺の家族との大切な思い出もある場所だ。レミリアなら近場で済ませたなんて怒ったりしないだろうと思ったのだ。

 庭師の仕事が板についてきた3人に、庭の中で1番見栄えのすると聞いていた場所についた。なるほど、足元には煉瓦が敷かれ、城の敷地内に流れる天然の小川を利用してため池も作ってある。華やかではないが楚々とした花も咲いて、控えめだが十分に心安らぐ空間になっていた。

 ここなら……

 俺は決心して話を切り出した。


「レミリア…………そ、その、ドレスが出来上がったんだ……夜会で君が着るために作らせていたのが……」

「まぁ、わざわざ届けにきてくれたの? ありがとうアンヘル」

「いや、その……ちょっと話もしたかったしな」


 怖気の虫が出て俺は急に別の話題を持ち出してしまった。いやいや、万が一気まずい結果に終わってしまったらレミリアが受け取るのを遠慮してしまうかもしれないから先に渡しただけだ。当然これから改めて想いを伝えるぞ。


「話……?」

「ああ……レミリアは……その、今……想っている相手はいないか……? その、まだ忘れられない、そんな存在とか……」


 また怖気付いて、心当たりがないか確認に走ってしまった自分を胸の内で言葉を尽くして罵倒する。なんでそんなに臆病なんだ俺は。

 い、いや、しかし……これで誰もいないと言われれば元婚約者は完全に過去のものという事だ、そうであれば俺は心置きなくレミリアを口説ける。


「……想ってる相手……ええ、そうね……実は、いるの……この胸の中に……世間での恋や愛と呼ぶものと同じものかはわたくしもよく分からないのだけど……何より大切な相手が」

「そっ、そ……その相手は例の元婚約者か?」


 いる、と言われて俺は思ったより心に受けたダメージが大きくてよろめきそうになった。それに、レミリアの幸せを願うと言ったくせに相手を追求するような言葉が口から勝手に出てきてしまう。


「まさか……そんな、前にも伝えた通り、洗脳された訳でもないのに、わたくしの言葉を一切信じないという形で裏切ったあの人を愛するなんて、無理だわ」

「そう、だよな」


 安心してしまうなんて、俺はなんて醜い心を持っているのだろう。心当たりはひとつ潰れたが、ならばその幸福な相手は誰だろうと探るような目を向けてしまう俺にレミリアは少し困ったように笑った。


「……アンヘルも、ある意味ではよく知ってる人よ」

「え?」

「最初、実は……その人に対して内心怒りを感じるような出会いをしたのだけれど」


 レミリアの言ったことを理解してしばらく、おめでたい俺の頭は「……俺では?」なんて楽天的なことを思いついてしまう。いや、だってあの時の謁見の間での態度は、打算なしに救いに来てくれたレミリアからすれば怒りを感じてもおかしくないやり取りだった。温厚な彼女が内心怒りを感じる、とまで言うならそのくらいのよほどの事に違いない。


「それでも、わたくしを守るために悪意に立ち塞がってくれたり……わたくしの事をとても気遣ってくれる姿を見たり……わたくしのために力になりたいとまで言ってくれて。気が付いたらわたくしも相手のことをとても大切に思うようになっていたの」


 俺では?

 あれだろ……? その、邪神を浄化する前に戦闘を行なったけど、その時の話だろ?

 あの時点で……俺は、多分レミリアに惹かれていたけど。そのせいか無意識に庇うような動きをしていたらしい。

 邪神を浄化したその後、今でもずっと自分を顧みずに魔族の助けになろうとするレミリアの体調を気遣ったりもしたがその時からレミリアも俺を……?


「その人は、わたくしの名誉の事まで気にしてくれて……何より、わたくしに幸せになって欲しい、と思ってくれているの」


 これは間違いなく俺では? 例の星の乙女の犯罪行為を明らかにすると積極的に力を貸しているしな。

 そして……クリムトか?! た、たしかに俺の想いはバラしてないが俺が吐いた弱音を伝えてしまうとは……。

 俺は顔から火が出る思いだった。


「わたくしは、これが恋愛と呼ぶものか、まだ分からないけど……その人のためにも、魔族を救うことができて本当に良かったと思っているし、実はほんの少し弱いところもあるその人を、わたくしは守ってあげたい、と思ったの」


 これは間違いなく俺だな!!

 ……守る、導く立場で親からも厳しい言葉しかかけられたことのなかった俺は、「守ってあげたい」というその言葉が自分でも想像していなかったくらいに胸に響いていた。ああ、俺も……大切な存在は守りたいし、ずっとレミリアの幸せだけを望んでいる。周りに自分を偽っていたわけではないが……自分の弱さも見抜いた上で受け入れてもらえるのは、心の底から嬉しい。

 両思いを確信した俺は、「素敵なドレスをありがとう」と美しく笑うレミリアを部屋まで送るとふわふわした夢見心地のまま自分の執務室に戻った。

 部屋の中で首を長くして待っていたミザリーとクリムトに、「で、兄さんは好きだって伝えたんですか?」と責められた後に呆れた顔をされたのは言うまでもない。



 とうとう夜会の当日になってしまった。相変わらず弟妹からは冷たい視線が寄越されている。過去の罪が誰のものだったかを明らかにして、自分を信頼しなかった婚約者や家族まで救おうと今日に向けて気を巡らせているレミリアに負担をかけたくなかったのだと弁明したが全く聞き入れられなかった。

 当日になっても告白もしていないのに自分の色を纏わせて、兄さんの愛は重すぎるし卑怯だとさんざん言われた。自分でもそう思うが、夜会で他の男に言い寄られるレミリアは見たくない。レミリアの母国にも、婚約者は互いの髪や瞳の色の装飾品を贈りあったり身につけたりするという話は聞いている。全身を俺の色で固めた彼女を口説こうとする男は出ないだろう、断罪劇の前に余計なトラブルを退けるためでもある、と自分に言い訳をする。


 馬車の中であんなに緊張していた彼女を1人で会場に入らせるのはやはり気が進まない。こちらの国の社交の場では、エスコートをするのは親族か、親族以外の男性なら婚約者とみなされると聞いた。告白もしていない俺がその立場を願うのはわがままだ。「だからはやく想いを伝えれば良かったのに」とミザリーにグチグチ言われても何も反論ができない。


 今日の予定では、夜会の最中宴がある程度盛り上がったら台本通り王から「親睦が深まった記念にこれから交易をさらに強めることにする。具体的には……」と発表がある。さもこの夜会の最中に決まったように話をされるがすべて打ち合わせ通りだ。人の世界の政治はややこしくて面倒であるが、これも滞りなくことを運ぶために必要な手順なのだろう。

 スフィア嬢、および話を通してあるクリムトとミザリーと立てた計画により、この発表の後に「その前に真の罪人を明らかにしてこの国の中枢から膿を出さねばならない」と俺が割って入る事になっている。場を乱す事になるが、レミリアは冤罪でもっとひどい騒ぎを起こされたし、後で「詫びに」と王家と貴族連中にリリン酒の瓶を送っておけばいいだろうとスフィア嬢から助言をもらっている。人の世界には慢性に至った病気を治癒する方法がほぼ無い。こちらが星の乙女の正体を暴いてやり、詫びとしてこれを差し出せば向こうは何も言えまいどころか感謝するに違いないと言っていたがその通りだろうな。


 なのにその夜会開始直後の初っ端、乾杯が終わって星の乙女のかけた恋の秘薬の呪いが解けた直後……俺とこの国の王のやり取りから何を勘違いしたのか、その星の乙女当人が走り寄って俺に声をかけてきたのだ。……この国でも、身分が下のものから声をかけるのはマナー違反で場合によっては不敬罪が適用されたと思ったが。それともまさかこの女は俺より立場が上のつもりなのだろうか?


 夜会の場で口にするにはかなり直接的な「お飾り」という嫌味も通じない。知ってはいたが、この無礼な女は何なんだ? とあえて聞けば名を問われたと思ったのか自己紹介までされてしまう。挙句許していないのに俺の名を呼ぶ。……薬を使って、その薬の効果がこの女の力で増幅されていた可能性があるとは言え……こんな酷い女に籠絡されて、その反対にレミリアの言葉を信用しなかったというのか……?

 あまりの衝撃に頭が上手く働かない。しかも、この女からは……レミリアが助言をしてくれて、取り扱いを制限したはずの薬物の匂いがした。

 レミリアの言葉を信用した上で、どの程度の危険があるか薬術師に調べさせたが、それら全てに精神依存の形成と軽い向精神作用が認められた。資格者が薬に加工した上で管理して投薬するなら問題ないが、例えばこれを長期的に摂取させられたら確かにレミリアの言う通りに感情を操る事になるだろう。副作用らしい副作用はなかったが、「意にそわぬ好意を植え付けられる」と言うだけで十分に害がある。しばらく前にその輸出禁止を命じたリリスの花の蜜と、アスモーディの塊根を求めるものがいたのだ。ただ禁じようとも思ったのだが、レミリアがふともらした言葉から閃いて罠をかける事にした。魔界原産で人の世にない、まったく別のものだが検出が容易な特徴的な匂いの香水と、独特な味の根菜をそれと偽って……賄賂に負けたように見せて流させたのだ。途中で仲介人が死んでいたために足取りはそこで途切れたが、この女が欲しがったのか。さらに俺の瞳のことも知っている、一応魔族でも民にはわざわざ言っていないような事なのだが。レミリアの話から描いた通りの人物像、知らぬはずの知識を持っているがそれを邪悪な事にしか使わない存在、だな。


 予定は狂ったが、先にこの女がわざわざ絡んできたのだ。俺とスフィア嬢はこっそりアイコンタクトをして予定よりもかなり早いが今からこの女の化けの皮を剥ぐ事にした。その出鼻を挫かれる形で「魔族の方と友好のために同盟を結ぶんですよね? その同盟のために、この国を代表する星の乙女のあたしと……魔王陛下が結婚するとかとても良いアイデアだと思うんです」などと言い出して心底驚愕する。……この女は何を言ってるんだ?

 しかし、その言葉に嘘がないのが分かるからこそ俺は混乱する。……本気でこいつ、俺と自分が結婚するのがとても良いアイデアだと心底思っている。レミリアを貶めてまで王太子の隣を奪ったのではなかったのか? 他にも何人も男を侍らせるのが好きだったらしいと話を聞いたが、まさかそこに俺も入れるつもりか。やめてくれ。


 混乱と怒りが湧いて頭が沸騰しそうになっていた俺の腕にそっとレミリアが寄り添う。それで冷静さを取り戻した俺は手が出そうになっていたのをなんとか堪えた。さらにレミリアは、非常識なことを言い出して場を乱したそこの女を気遣って下がらせてやろうという配慮まで見せる。ほんとにどこまで優しいんだ……

 まぁそれをあの女がありがたく受け取るような性格じゃないのは分かっていたが。少しタイミングは狂ったが、やりとりは綿密に打ち合わせ済みだ。

 この俺に、嘘を見抜くと分かっている俺の前で何とか偽りを口にせずレミリアを再度貶めようと苦心するのをばっさりと切り捨てつつも……この場面を見てレミリアが、俺があの女に誘惑されるのではと一瞬たりとも心配させるわけにはいかないと気が焦りすぎた俺は気が付いたらレミリアへの愛を叫んでいた。

 ……しまった、星の乙女の嘘を暴き、国自体の繋がりは交易を介して強固になり、めでたしめでたしとなったラストダンスを終えてムードたっぷりの中バルコニーにでも誘ってそこで告白しようと思ったのに……


 勢いで口走った俺に呆れるでもなく、レミリアは涙ぐんで「嬉しい」と答えてくれた。不甲斐なくも、先に探るような真似をして答えを聞いていたがこうして言葉で聞くと感動もひとしおだ。

 このまま庭園に連れ去って告白をやり直したい気分だが、あの星の乙女の吊し上げがまだ途中だ。本来の目的を忘れかけてレミリアしか目に入ってなかった俺の耳に、スフィア嬢の介入する声が聞こえた。

 茶番だが、打ち合わせ通りにあの女の罪を明らかにする「過去の水鏡」の上映会を始める。あの女の罪を捏造をする光景に加えて、あの女が部屋で物に当たりながら自分より高貴な身分の美しい女性や、自分になびかなかった男への怨嗟を叫んでいる場面も挟んでおいた。恋の秘薬と魅力の香水の効果が無くなり、フラットにものが見られるようになった周りの人間達はその映像を見てあの女に嫌悪の目を向けている。偽証が明らかにされた当時の証言者である子息子女達は、口々に「だってあの時はピナさんの方が正しいと思って」「いっぱい証拠があったから本当のことだと思って」と言い訳だけを醜く垂れ流す。レミリアに謝罪をしたのは指で数えるほどしかいなかった。……そのような者達に許しを与える必要はないな。犯罪者の自覚も無い人間に国の重要な椅子を与えるのはいかがなものかと後で匂わせておく必要があるな。


 最後に、レミリアに罪を着せる上であの女の手足となっていた、レミリアの元護衛の映像。侍女達は金銭と引き換えにレミリアを裏切ったが、護衛の男達はそれに加えて体を褒美に差し出されていた。おぞましい報酬に目がくらんで、「レミリア様にご奉仕を強要された」などと嘘をつかれて、清らかな彼女はどんなにか傷付いただろう。本当に淫乱な悪女だったのはどちらだったかを白日の元に晒してやる。

 決定的な場面を流して、羞恥もささやかだが罰の付加物になるかと思ったが当のレミリアに止められてしまった。……レミリアが嫌がると思って、この場で吊し上げを行うのは黙っていたのだが。思っていたより障壁を解かれるまでが早かったな、失敗だ。


 ふと顔を向けるとレミリアを睨みつける、レミリアの実の父母がいた。本来だったら結婚の挨拶をするべきなのだろうが、レミリアを信用せずにトカゲのしっぽ切りとばかりに見捨てたあの者達に礼儀を通す気は無い。声をかけることすらせずに無視をして話に戻る。

 どうやら、とうとう曇った目が覚めて王太子どの達が真実に気付いたようだ。遅すぎるがな。

 手も払い除けられて、みっともなく床に這いつくばった星の乙女は何事かうめき出した。その状態の星の乙女をレミリアが気に掛けて、手を伸ばしそうな気配を見せる。やめなさいそんなおぞましいものに近寄るのは。


 案の定、「発狂」という言葉がこれ以上なく似合うほど錯乱した女が、見た限り重そうなドレスを纏っているのにそれをものともしない動きで跳躍してレミリアに飛びかかろうとした。思わず手加減せずに叩き落としてしまったが……まぁこの女への「星の乙女」としてのわずかな名誉すら今はもう無いから外交問題にはならないか。

 

 この場の全員の目が覚めて目標を完遂した俺と裏腹に、汚く喚くその女を前にしてレミリアは「可哀想」と泣き始めた。……恨みも、怒りも、無いのか。レミリアの言葉に嘘は無かった。ひたすら、嘘をついて……人を犯罪者に仕立て上げ……薬を盛って偽りの愛情に喜んでいたあの女を哀れんで泣いている。でも、その姿はとてもレミリアらしくて……ああ、レミリアならこんな女にでも同情してやるのだろうなと思うと彼女の事がさらに愛おしく感じた。


 あの女が兵士に連れられて退場した後、一応魔族の執政者として仕事をしておく。魔族が狂化して悪魔と呼ばれていたのも、魔族が信仰する創世神が堕ちて邪神となりかけ世界が滅ぶところだったのも、気が狂った女の戯言と思われようが人の耳に入れるわけにはいけない。

 本当のところは口封じのためにあの女を処刑したいのだが、レミリアはあんな奴相手でも心を痛めるだろうから難しいだろう。人にものを伝える声や文字を書く指などの手段を全て奪った上で禁固刑が妥当だろうか? この国の王の意思決定にもよるからそこは確定ではないが。殺せないなら……レミリアのそれまでの幸せを奪った罪で死を望むほどの罰を与えるのは最低限必要だ。




 結局、夜会はあの騒ぎで流れてラストダンスどころかその後全ての予定が消えた。あの女が予想以上に騒いだためそれも仕方がないか。

 つまり俺もレミリアに対しての告白がまだ出来ていない。最近はクリムトとミザリーだけではなくスフィア嬢にまで「ヘタレ」と謗られ、今日など「想いを伝えるまで魔界の転移門は潜らせませんから」とまで言われている。

 今日は……レミリアが王城に呼ばれて、かつての婚約者だったウィリアルドと顔を合わせの場が設けられている。謝罪のためと名目が掲げられていたが、あの男が復縁を願い出るのは明白だった。

 魔術を使い盗み聞きをしていた俺は、レミリアが王太子を拒絶した事に安堵のため息を漏らす。本人の口から聞いていたが、臆病な俺は今日のこの場を目にするまで「もしかしたら」と悪夢に見るほど悪い想像を散々していたのだ。


「レミリア……これは、あの王子とお前がケリをつけたら改めて告げようと思ってたんだ。……俺と結婚して欲しい」


 けりがついてから、最初からそのつもりだったように言い訳をしてしまう。……告白しようとしていたのが怖気付いて延ばし延ばしになっていたなんて、惚れた女に格好が悪くて流石に言えない。このくらいはクリムト達も許してくれるだろう。

 しかも想いを告げるだけのはずだったのが、気が付いたら俺の口はプロポーズしていた。欲望に忠実すぎて、というか先走りすぎて自分でも呆れる。種族や寿命の違いは恋愛関係になってからじっくり向き合って、それから結婚を考えてもらう予定だったのに。


「たった1人で俺の前に現れた……お人好しで傷つきやすいくせに、人を放っておけないレミリアが、好きなんだ。そんなレミリアを守りたいし……出来ることなら俺の手で、レミリアのことを幸せにしたい」


 慌てた俺は全部口走った後に今更な事を話し出す。間抜けなプロポーズになってしまったが、レミリアは涙をこぼして喜んでくれた。俺となら幸せになれる気がする、とまだ心の傷が癒えていないことを窺わせて……それがひどく痛ましくて。

 絶対に幸せにする。いや、2人で幸せになろう。そう強く誓って、夢みたいに美しくて平和な庭園の中でレミリアと初めての口付けを交わした。





 現存する魔族にとっては初めての慶事、として俺とレミリアの結婚式は盛大に行われた。レミリアの母国の風習に倣った真っ白いウェディングドレス……という花嫁衣装に身を包んだレミリアは誰にも見せたくなくなるほどに美しい。結婚式は本来の王族の伝統、永らく行えていなかった創世神の神殿での宣誓の後、神殿前の広間に民を呼び入れての立食パーティー。近しいもの達はこうしてバルコニーに集める。

 今日は朝からクリムトもミザリーも泣きながら喜んでくれて、レミリアを守る女騎士として介添人を務めるスフィア嬢などは泣きながら「レミリア様を娶れる幸運と幸せに最大限感謝してくださいね!」などと俺に言い放ち周囲を笑わせた。


「もちろんだ、レミリアは俺には過ぎた女性だが、彼女と出会えて、想いを受け入れてもらえた自分の幸運に感謝しつつ……全力で愛して一緒に幸せになりたいと思う」


 臆面なく言い切った俺に、かつて父と母を失った経緯を知っているこの場の全員が心からの「おめでとう」を送ってくれた。今なら、母を自らの手によって失い命を絶った父の絶望がわかる。


「ダメよ……アンヘル、口紅が落ちちゃうわ」

「スフィア嬢が化粧直ししてくれるだろう」


 抗議の声を聞き入れず、見せ付けるように皆の前でレミリアに口付ける。困った子供を見るような彼女の青い瞳に、甘やかされてる実感が湧いて幸せが胸に満ちた。


「レミリア……愛してるよ」


 返事を聞かずに再度口付ける。聞かずとも分かっていたから。




「あら、アンヘル。また結婚式の映像を見てるの?」

「ああ、何でだと思う?」

「懐かしいからかしら?」

「違うよ……! 君が最近あまり構ってくれなくなったからだよ!」

「あら……しょうがないじゃない、子供が2人もいたらパパと2人きりの時間はどうしても少なくなるもの」

「俺はもうちょっとレミリアとイチャイチャしたいんだが……」


 長男のアンリが5歳になって、やっと乳母に任せられる時間が増えて多少手が離れたと思ったら2人目だ。いや、嬉しい……嬉しいのだが、もうちょっと俺との時間を作ってくれても良いと思う。

 そう思うと1人目だったので大変に感じていたがアンリは手がかからない子供だったんだな。育てやすさは本当にその子によると聞いていたが、エミは起きている時はレミリアが抱いてないとすぐ泣くし、乳母の乳も受け付けないので毎度レミリアが授乳する必要がある。必然、俺とレミリアの2人きりの時間はほぼ無くなる。レミリアはいいお母さんなので、子供がいるとちょっと強いイチャイチャは許してくれない。教育に悪いのだそうだ。頬や髪へのキス、ハグだけではちょっとスキンシップが足りない。

 今も、授乳中に俺がレミリアにちょっかいをかけていたら部屋から追い出されてしまった。……授乳のために、平時もふくよかなレミリアの胸の膨らみがさらにけしからんことになっているので、ついその柔らかさが恋しくなってしまった俺が悪いのはわかっている。分かっているのだが……

 うちの奥さんは笑顔のまま怒るから怖いのだ。すっかり尻に敷かれてしまっている。


 それにしてもエミはいつになったらパパに慣れてくれるんだろう。授乳は俺には出来ないし、王としての執務の合間を縫って育児に参加しようと思っても泣き止んでくれず、そのうち泣きすぎて疲れ果てて可哀想に、顔を真っ赤にしたエミを風呂などで席を外していたレミリアに代わるとあっという間に泣き止んだりする。とてもショックである。


「とーさん、またかーさんにワガママ言ってるの?」

「……アンリ、俺は困らせてなど……これは家族のすれ違いを解消するための大事な会話で……」

「アンリ、クリムトおじさまがアップルパイ焼いたから、スフィアのとこからニコラス君連れて息抜きに食べにいらっしゃいって言ってたわよ」

「ほんと?! わーい」


 戻ってきてすぐに、我が弟の作ったアップルパイにつられて可愛い息子は厨房に走っていってしまった。アンリは男の子だが、髪の色と瞳は俺と同じだけどその他……顔などはそのままレミリアそっくりなのだ。アンリに冷たくされるとレミリアに冷たくされた錯覚が起きて胸がキュッとしてしまう。

 ま、まぁ、あのくらいの歳だと父親より友人か……。俺は自分を必死で慰めた。

 ちなみにクリムトとスフィアは俺達の後に結婚し、俺達より先に子供を授かったためニコラスはアンリの2つ上だ。母親のスフィアは将来はアンリの側近に……と言って騎士として育てているが、今のところただの幼馴染みである。

 いいな……クリムトは現在城の厨房を預かるチーフコックである、晩餐会でもない限り業務終了時間は比較的早い。夜番は専用の人員がいるしな。それと反対に国のトップは家族とゆったり過ごす時間を作るのも一苦労だ。


 休憩時間がエミの授乳と被って、部屋まで追い出されていじけていた俺の横にレミリアは腰を下ろした。胸にスヤスヤ眠るエミを抱いたまま……俺の頬に軽く口付けを落とす。


「まったく寂しがりなパパですね」

「レミリア……」


 隣に座った俺のことを甘やかすように、自分より上背のある男の頭を撫でてくれる。授乳したてのエミからはふわりとミルクの香りがして……今があまりに幸せすぎると感じた。この同じ城の中で母を見殺しにして父の自死を見ているしか出来なかった昔の俺がレミリアのおかげで少しずつ癒されていくようだった。

 こんな、平穏で幸せな時間があると思っていなかった。自分がこんなに幸せになれると思ってなかった。幸せな家庭も、宝物である子供達も、全部、全部レミリアが俺に与えてくれた。……俺だけじゃなくて、魔族全員を救ってくれた。

 一緒に幸せになろう、と結婚を誓ったけど。俺がもらった幸せを返す前にレミリアがくれた幸せが増える一方だ。


「レミリア、愛してるよ」

「なぁに、いきなり。……わたくしも愛してるわ、アンヘル。子供達の次に、ね」


 いつしか、子供が産まれてからレミリアの1番は取られてしまった。俺は、それも幸せだと感じている。


 



当作品をお読みいただきありがとうございました!

短編から引き続き読んでくださった方も多く嬉しい限りです。この物語は一旦ここで完結となります。


 そしてお知らせです、そんな読者様のおかげで「悪役令嬢の中の人」の書籍化が決まりました!


 本が出る日など、書籍化の続報とともにたまに後日談など更新する予定なので是非ブクマはそのままで。

あと↓の星をぽちして評価してくださると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
俺では?やってるアンヘル様がコミカライズで最高に面白く描かれていて大満足です
レミリアにとってエミの次に愛してもらえてるなんて凄いじゃないかアンヘル!実質No.1でしょ。レミリアの本性は見抜けてないけど幸せだからいいと思う。ずっとお幸せに〜
[良い点] 久しぶりに読み返しましたが、俺では?のアンヘルが可愛すぎて、コミカライズのときにどうなるのか楽しみです。 「子供たち(エミ)の次に愛してる」って、もしかしてレミリア様にとっては最大級の愛…
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