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「パーティー、ですか」



 公爵家での暮らしにも慣れ始め、イルヴィスとも友人と呼べるほど仲良くなった頃。

 その話は、穏やかに朝食を堪能していた私を困惑させるには十分だった。


 いったい何のつもりだとイルヴィスをにらめば、いつもの完璧な笑顔で私を見ていた。最近分かったことだが、あれはだいたい良からぬことを考えているときの顔だ。



「そろそろ頃合いかと思いまして」

「ええと……何の頃合いでしょうか」

「ですから、私たちの婚約を周知させるためのパーティーです。アマリアがあの男と婚約したときはまだ幼かったので、話が流れてしまったのかもしれませんね」



 なるほどと納得しかけて、慌てて気を持ち直す。

 私が疑問を感じたのはそういう事ではないのだ。



「いえ、私が聞きたいのは、どうしてそのようなパーティーを開くのかです!」

「私たちは正式に婚約しているのですから、当然では?アマリアも書類を確認したじゃないですか。何か問題でも?」

「そ、それはそうですけど。いいのですか?お披露目なんてしたら、もう後には引けませんよ?本当に私と結婚してしまいますよ?やっぱり違うって後悔しても遅いのですよ?」



 いまいちイルヴィスが事の重大さを分かっていない気がして、つい前のめりになっていた。ゴホン、と斜め後ろで監視しているマナー教師が咳払いをする。

 そっと姿勢を正し、イルヴィスの様子を窺う。まるで聞き分けの悪い子供を前にしたような、呆れた顔をしていた。


 

「何度も言っていますが、私がアマリアを好きだという気持ちに嘘偽りはありません。パーティーを開いたくらいで貴女が私から離れなくなるのなら、むしろ安いものでしょう」

「い、イルヴィス様、」

「というか、そのセリフをそっくりそのままお返しします。貴女こそ、良いのですか?逃がすつもりはありませんが、悪あがきは今しかできませんよ」



 無茶苦茶な言い分だ。

 宣言通り、イルヴィスは事ある毎にアプローチをしてくる。もちろん最初は戸惑うばかりだった。しかし、心に余裕ができてから、それが特段嫌じゃないと気付いた。


 その事実に気付いたとき、たった数週間でずいぶんと心を開いたものだと驚いたものだ。



「貴女が、恋愛に少し怯えているのは分かっています。ーー未だ、昔を思い出せないことに申し訳なく思ってくれているのも」

「……気づいていたのですね」

「誰よりも貴女を見ているので」



 元婚約者のことはもう整理がついている。でも、あの人に捧げた時間が長すぎて、簡単に裏切られた傷がまだ痛むのだ。

 未練があるわけじゃない。イルヴィスがアレとまったく違うのだとも分かっている。


 でも、だから、イルヴィスが私を好きでいるのが信じられない。こんなにも優しくて、綺麗で、何でも持っている人が、あんな男にも浮気されるような女を選ぶなんて、あり得るのだろうか。

 ずきりと痛む胸には気づかない振りをして、紅茶で流し込む。



「イルヴィス様のことは好きです。でも、これがどういう種類の好きか、分からないんです」

「……驚きました。てっきり、友人程度にしか思われていないのかと」

「ここまでされて、何も感じないほど鈍感じゃありません!もう少しだけ、時間をください。パーティーまでには、整理をつけます」



 思い出そう。

 イルヴィスが私を好きになった理由さえ分かれば、不安な気持ちも落ち着く。無理に昔の記憶を思い出すことはないと言ってくれたが、私は知りたい。

 今までイルヴィスからしか話を聞いていなかったが、公爵家の使用人にも聞いてみよう。


 私が覚悟を決めたのに気づいたイルヴィスは、少年のようなあどけない笑みを浮かべた。



「一番人気のブティック、押さえないといけませんね」

「それ以外にもやることはありますよ」

「……はい、一緒に頑張りましょう!」



 張りつめていた空気が一気に緩んだ。

 イルヴィスは本当に幸せそうに笑っていて、相変わらず"女嫌い"の気配の欠片もない。


 淹れ直してもらった紅茶を味わっていると、機嫌のいいイルヴィスがとんでもないことを言い出した。



「では手始めに、私のことをルイと呼んでください、アメリー」

「!?!?!?!?」



 突然私のことを愛称で呼び始めたイルヴィスは、さらに自分のことも愛称で呼ぶように提案してきた。

 この人たまに距離の詰め方がおかしい。というか今そういう話の流れじゃない気がしますが!



「まさか、婚約を発表するパーティーでそんな他人行儀な呼び方をするつもりではありませんよね?」

「婚約の段階で愛称で呼び合う方が少ないかと思いますが!」

「私たちは普通と状況が違いますから。実情はどうあれ、アメリーには婚約者がいたんです。私を他人から婚約者を無理やり奪った男にしたいのですか?」

「せめて呼び捨てから慣れさせてください!」

「二度手間です」



 私の必死の懇願は、あっさり却下された。

 どんどんイルヴィスからの無言の圧が強くなっていき、気まずくなった私は逃げるように食堂を後にした。



 しかし、顔を合わせる度にイルヴィスからの視線が痛い。避けようにも公爵家で私が逃げきれるわけもなく、数日で音を上げてしまったのだ。

 しぶしぶ噛みながら愛称を口にする私に、イルヴィスは満足そうにしている。

 もう私には、それに怒りを抱く気力もなかった。 



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