86ー脱走してきた父
「殿下! どうして抜け出すんッスか!? 俺はトイレも行けないじゃないッスか!」
ああ、アンジーさんがトイレに立った隙に、抜け出してきたのだな。ほら、全然休憩じゃないじゃないか。こんなところは子供っぽい父だ。
「アンジー、あなたもそこに座りなさい。休憩も必要だわ」
「奥様、だって休憩ばっかですよ。って、ぼっちゃん美味そうなの食べてますね」
「うん、おいしいよ」
「何スか、それ?」
「バナナのむしぱん」
俺って3歳だからね。糖分の取り過ぎとか気にしてくれているのだと思うぞ。バナナの自然な甘さと、フワモチの食感がとてもおいしい蒸しパンだ。
「みゃ、らうみぃ、おいしいみゃ?」
「うん、おいしいよ」
「みみもたべるみゃ?」
「らから、みみはらめらって」
「しょうみゃ?」
「ミミは何度言っても覚えないんだから~」
声が聞こえたかと思ったら、シャララ~ンと母の使い魔のリンリンが姿を現した。
キラキラと光るエメラルドグリーンの、蝶の様な羽を持った小さな精霊だ。小さな人の姿をしているが、頭には2本の触覚があり目は虹色の複眼だ。
この世界には存在しない見た目だからと、いつもは姿を消している。
ミミは黙っていれば、普通の丸っこくて小さな鳥さんに見える。本当は余裕で俺が乗れるくらいに大きいんだ。
魔王城へ行く時は、いつも俺を背中に乗せて飛んでくれる。魔素や瘴気を防ぐシールドまで張ってくれているんだ。
そんな事を軽々とやってのけるミミを見ていると、やはり優秀な精霊なのだろうと思う。だけど、性格がなぁ……。
「なんみゃ、らうみぃ。なにかいいたしょうみゃ?」
「なんれもないよ」
「しょうみゃ?」
「みみは、ゆうしゅうらなっておもってたの」
「あたりまえみゃ。みみはてんしゃいみゃ」
なんだか読みにくだろうけど、頑張って読んでほしい。俺もミミも舌足らずな喋り方だからさ。
「ふふふ、ミミは抜けているところがあるのに、魔法は天才的ですものね~」
お姉さん的な視点のリンリンだ。
リンリンは母の使い魔をしながら、母の要望に沿って珍しい薬草を集めたりしている。
だから母の側を離れている時もある。普段から姿を見せないから、いついないのかは分からないのだけど。
いる時はこうして時々出てきて、ミミの世話を焼いてくれたりする。
ミミって、自由奔放な末っ子ポジだよな。
「みみは、なんれもてんしゃいみゃ」
「はいはい、そうね~」
リンリンも桃ジュースを貰っている。精霊って本当に桃ジュースが好きだ。
あのピーチリンに味が似ているというし、それしかこの世界では口にできないという事が大きい。それ以外を口にすると、お腹を壊すのだそうだ。不思議だ。
なのにミミは時々他の食べ物に興味を示す。食いしん坊なのだろう。
「みみも、たべてみたいみゃ」
「だからミミ。お腹が痛くなっても良いの~?」
「みゃみゃみゃ、それはいやみゃ」
「でしょう? ならやめておきなさいな~」
「わかったみゃ。ももじゅーしゅの、おかわりがほしいみゃ」
「ミミったら、飲みすぎよ~」
「らっておいしいみゃ」
とっても平和な会話をしている。俺はそれを聞きながら、バナナ蒸しパンに齧り付く。
「ラウはこの蒸しパンが好きなのか?」
「はい、おいしいれしゅ」
「そうか、とっても自然な甘さだな」
そう言いながら、父とアンジーさんも食べている。こうして家族揃って四阿でお茶なんて、とっても平和だ。こんな日がずっと続けば良いのにと思う。
「ラウが出掛ける段取りもできたぞ」
「そうですか。無理を言ってすみません」
「何を言う。そんな事はない」
なんだか俺を挟んで、父と母が良い雰囲気なんだけど。それに気付かないフリをして、俺はバナナ蒸しパンを食べる。俺もジュース飲もうっと。
「らうみぃも、ももじゅーしゅみゃ?」
「うん、そうだよ」
「ももじゅーしゅは、おいしいみゃ」
「うん」
なんでも良いんだけどね。うちには精霊が3人いる。両親の使い魔とミミだ。
だから桃ジュースは必需品になってしまっている。しかも年中だ。よく用意できるなと俺は思う。
そんな訳で、うちでジュースといえば桃ジュースが出てくる。
「当日は、ラウもお洒落をしていかないとね」
「え? かあしゃま、ぼくもれしゅか?」
「もちろんよ。せっかくご招待いただいたのだから、カッコよくして行きましょう」
「はい」
どうしよう、ドッキドキだ。俺はアコレーシアの3歳の時なんて覚えていない。きっと超可愛いだろうなぁ。だって大きくなっても超可愛かったのだから。
「ふふふ、ラウ、楽しみね」
「はい、かあしゃま」
「その前に、城にも呼ばれている」
「あら、そうですの?」
「ああ、また王妃様だ」
「あらそうですの」
「王子殿下もラウに会いたいと仰っているらしい」
王子か。久しぶりじゃないか。両親は度々呼ばれて会っているが、俺は0歳の時に会った以来だ。
あの時は王妃が懐妊したと言っていた。前の時と同じように王女が生まれた。俺を嵌めた王女だ。
今回はどんな王女に育つのか。王妃が嫉妬や妬みに、とらわれなかったら王女だってそんな影響は受けない筈だ。もう2歳になっているのかな? まだまだ矯正可能な年だ。