第七話 奴隷なのにデラックススイート
俺達の馬車が宿屋に到着すると、宿屋の前にずらりと使用人風の人達が並んでいた。
アイドナが告げて来る。
《メイドやコンシェルジェのようないでたちを見ると、ホテルの従業員であると思われます》
なるほどね。この人数を見て思うけど、もしかしたら総出で出迎えてくれてるのか?
《ホテルの建屋の大きさや規模から考えると、その確率は高いです》
馬車を降りたボルトンがホテルの従業員に会釈をしてから、振り向いてヴェルティカの手を取る。ヴェルティカが馬車を降りると、従業員達は大きな声で言った。
「「「「「「いらっしゃいませお嬢様!」」」」」」
するとヴェルティカが、しかめ面でボルトンに言う。
「行き違いでしょうか? お忍びだと伝えていたのでは?」
「ええ、その通りです」
ボルトンが苦い顔で、恰幅の良いタキシードを着たホテルの男に言う。
「困ります。これは公式の訪問では無いのですよ」
「しかし…」
「通常通りのおもてなしでかまいません」
恰幅のいいタキシードから汗が噴き出て来る。そして平謝りに謝った。
「申し訳ございません! ですが、辺境伯様のお嬢様と伺っておりましたので!」
するとヴェルティカが言った。
「お父様であれば、こうしないと怒るかもしれませんね。ですが、私はお父様とは違います。必要以上のお気遣いをなさらぬよう、お願いいたしますわ」
「は!」
従業員は全員が深々と頭を下げた。それを見たヴェルティカがまた困ったような顔をする。ボルトンが慌てて恰幅の良いタキシードに言った。
「さあ。普通のお仕事に戻られるがよろしい!」
「わかりました。皆! 今お伺いした通りだ! 戻りなさい」
「「「「「「「はい!」」」」」」」」
従業員達がホテルへ入って行った。一連の流れを見ていた、騎士ビルスタークが苦笑いをして言う。
「お嬢様。仕方がありませんよ、まがりなりにもパルダーシュ家の御息女がいらっしゃったのです。あれでも抑えたつもりだと思いますよ」
「わかっています! ビルスターク。あなたがおっしゃりたい事もね!」
「お嬢様の気を損ねるつもりもありませんが、お父上が上京なさったらこんなものでは済まされません。もっとピリピリしたムードです」
「仕方がないわ。お父様は、王都が嫌いだから」
それを聞いたボルトンが咳払いをした。
「コホン! 公の道でそのようなお話、いただけませんなあ」
「ごめんなさいボルトン。ちょっと気遣いが無かったわね」
「いえ。今日は静かにやり過ごす事をご提案いたします」
「はいはい」
そう言ってヴェルティカが俺達に振り向く。
「ごめんねコハクとメルナ。驚いてしまったでしょう?」
実際は驚いたが俺は首をフルフルと横に振った。それを真似たのか、メルナもフルフルと首を振る。
「とにかく、あなた方は使用人としてここに宿泊してもらいます」
するとメルナが面食らったように言う。
「こ、こんなところに?」
「ええ。不服かしら?」
「い、いえ。立派過ぎて緊張する…」
「マナーなんかどうでもいいわ。ただ明日からの長旅に備えて、ゆっくり休んで頂戴」
「長旅?」
「そうよ。だから今日はゆっくりしましょう」
そう言うと、ビルスタークがヴェルティカに言う。
「ではお嬢様、騎士を二人置いて行きます。我々は斜め向かえにある従者用の宿に居りますが、随時騎士が周辺警護にあたります。何かあれば、その騎士に言伝ください」
「そうさせてもらうわ」
そう言うとボルトンが言う。
「コハクとメルナは一緒に来なさい」
「わかった」
俺達四人と騎士二人が玄関の前に立つと、玄関の前に立っている人が扉を開けてくれた。
扉ぐらい自分で開けれるだろ。
《前の世界でも過去にはありました。これは通常運転だと思われます》
そうなんだ。でもさっきの俺達みたいな、汚くて臭い人は入れなそうな雰囲気だね?
《その為の身だしなみだったのでしょう》
物凄く違和感があるんだが、奴隷という立場の人間がここに泊るのは普通なのかね?
《無いでしょう。何か理由はありそうです》
AIの未来予測で何か分からないのか?
《残念ながらデータ不足です。未知の世界で未知の人間達、現状のデータではそこまで予測できません。ですが、命の危険が去った事は確かです。今のところは、このノントリートメント達の言うとおりにする事が賢明かと》
わかった。
そんな会話を脳内でしていると、ボルトンが俺に声をかけて来る。
「どうされました?」
俺がアイドナと話し集中していたのを、ボルトンが不思議に思っているようだ。
「どうもしない。ホテルが豪華すぎて圧倒されてる」
「なるほど。それは仕方がありませんね。ですが…あなたは本当に奴隷だったのでしょうか?」
「なぜ?」
「失礼ながら品性を感じます。理知的で佇まいが上品です」
どう言う事だろう? 俺はただのヒューマン。気品など備わっているのだろうか? いや…
するとアイドナが言う。
《ヴェルティカとボルトンの動きを盗んでおります。それらを解析して、よりあなたに相応しい動きを取れるようにしております》
やっぱりね。まあ今はそれも必要か。
《不要であれば、勝手に解除できますでしょう?》
そうだな。
そして俺達は、ホテルのコンシェルジュに連れられてヴェルティカが泊る部屋に通される。
広いな。何部屋あるんだ? それにとてもきらびやかだ。
するとヴェルティカが、これまた不服な顔でボルトンに言う。
「ボルトン。普通の部屋で良かったわ」
「ホテル側が最上級のデラックススイートを用意したようです。もちろん部屋はもっと下のランクを要望したのです」
「ふう。仕方ないか、父ならここに泊るでしょうしね」
「我慢です」
そしてヴェルティカが言う。
「この広さなら、コハクとメルナも一緒に泊れるわ」
するとボルトンが慌てて言う。
「さ、流石に二人と同じ部屋は」
「あら? お忍びだし、誰が咎めるというのかしら?」
「ですが」
「命じます。二人をこの部屋の離れに泊めます」
「わかりました」
そしてボルトンがコンシェルジュに対し、もう一つの部屋はいらないと伝えている。ホテルの人間が出て行き、部屋のドアの前に二人の護衛騎士が立った。内側にももう一枚ドアがあり、その間にも部屋が用意されている。
「あなた方はこちらの部屋へ。私はドアの奥の部屋を使うから、何かあればボルトンに言って」
「わかった」
メルナはあまりの出来事に、ただきょろきょろとするだけ。俺は転生し、奴隷として買われたはずが、いきなりデラックススイートに寝泊りする事になったのだった。