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第15話 激突

 天井から降りて来たムカデは、音もなく地面に着地した。

 針金みたいな体毛がみっしりと生えた巨躯。全体は赤茶色。ダンジョンの淡い光を受けて鈍い輝きを返す体毛は、まるで血に濡れているかのようだった。


 ――キチキチキチキチッ。


 鋏角を打ち鳴らしたムカデがうねる。

 どういう仕組みなのか、関節部分から白い何かが飛び出した。


『わんっ!』


 バルトが僕とムカデとの間に飛び込み、一瞬だけ実体化する。


 ――キンッ!


 爪が振るわれ、火花が散った。高速で射出された糸をバルトが弾いてくれたのだ。


 糸とは言ったが、火花だけでなく金属同士が激突したかのような音もしていた。おそらく直撃したら僕の体なんて貫通するだろう。


 関節から糸を出すムカデ。まったく意味不明だが、今までのモンスターとは比べ物にならないくらい強いことだけは確信できた。


 憑依(ポゼッション)で魔獣になれば十分に戦えるはずだ。しかし僕とバルトの魂がどんどん混ざりあってしまう気がして魔獣になるのが怖かった。


 超短時間だったり、バルトが落ち着いている時なら大丈夫だと思うんだけど、全力で戦うとなれば加速度的に混ざってしまうような気がするのだ。


 巨大なムカデという明確な『死』を前に、悠長なことを言ってられる状況じゃないのは分かっている。


 魂が混ざるあの感覚は、きっと経験しないと理解できない。

 モンスターに生身で挑むよりも《《致命的》》だと思える何かがあった。


「バルトっ! 僕の魔力を好きなだけ使っていい! 全力でやってくれ!」

『わうっ!』


 ここに来るまでで結構な量のモンスターを討伐している。多少は魔力も上昇しているはずだ。

 ギリギリになったら憑依するしかないが、そこまでは何とか踏ん張ろう。


 バルトの助けがなくとも糸を避けられるよう、真正面にムカデを見据えて構える。冷たく輝くムカデの眼からは、何の感情も読み取れなかった。


 先に動いたのはムカデだ。

 音もなく壁を這うムカデが、再び体の節から糸を射出してきたのだ。


『ぐるるるっ……うぉんっ!』


 バルトが宙を(おど)る。

 爪や牙が実体化し、その度に糸が切れ、弾け、裂けていく。


 キチキチと鋏角を鳴らしたムカデが、蛇のように体を持ち上げる。


 ……苛立っている。


 実体化をコンマ1秒以下に抑えてくれているのは僕への負担を考えてのものだろう。

 だが、ムカデに何が起きたか把握させない効果もありそうだった。


 糸は無駄と感じたのか、ムカデは鎌首をもたげた状態で顎を鳴らし続けていた。

 僕たちを追い払おうとしているようにも見える姿だ。もしかしたら今まで自分の攻撃が通じなかった経験がなく、怯えているのかもしれない。


 霊体のバルトは、自らが認識されないのを良いことに一直線に近づいていく。


『うぉんっ!!』


 ムカデの身体をバルトが駆け上がると、くらりと目眩がした。走り抜けると同時に爪による斬擊を見舞いしたのだ。

 それも、氷の魔法が付加された斬擊だ。


『わふっ!?』

「大丈夫! 僕のことは気にしないで!」


 ぐらりと揺れる視界にたたらを踏みながらも踏ん張る。

 ただでさえ僕はバルトに戦わせて見ているだけなのだ。これ以上足を引っ張りたくなかった。


 僕の意思を汲んだのか、バルトが一気に勝負に出た。


『うぉんっ!!』


 ムカデの頭を足場に大跳躍したバルトが吼える。

 魔力が渦巻く。先の攻撃で霜が張っていたムカデの身体に、さらなる冷気が襲いかかる。


 バルトの得意なパターンだ。


 ……決着。


 そう思った瞬間、ムカデの身体が《《爆発した》》。

 いつもみたいに砕けてダイヤモンドダストになったのではない。


 むしろバルトの放った冷気を吹き飛ばすような爆ぜ方だった。


 冷気や氷の粒、そして凍りついた体の一部を弾き飛ばしたムカデ。いくつかのパーツは凍って砕けたが、無事だった肉片は《《ガサゴソと》》足を動かして起き上がった。


「っ!? こいつ、《《ムカデじゃない》》っ!」


 肉片がむくりと起き上がり、《《8本の脚》》で僕へと迫る。

 僕がムカデだと思っていたのは、一直線に繋がった《《蜘蛛》》だったのだ。


 思わず身を引いた僕の眼前に何かが《《ぼとり》》と落ちてきた。


 散らした冷気や氷の(つぶて)によって天井から引き剥がされてきたのは、


「も、モンスターっ!? これ全部が!?」


 糸でぐるぐる巻きにされたモンスターの死骸だった。この部屋は天井が暗かったんじゃない。


 (おびただ)しい数の死体が天井から吊り下げられたせいで、上からの光が届かなくなっていたのだ。


『うぉん!』


 バルトが再び冷気を放つ。

 トランクケースくらいのサイズになった蜘蛛たちは先ほどまでよりもあっさりと凍り付く。

 が、あまりにも数が多いせいで効いている気がしなかった。


『わんっ!』


 逃げろ、とそう言われている気がした。出口に向かって駆け出すが、僕の体からかくんと力が抜けた。


 ――クソ、もう魔力が……っ!


 かさかさ。

 かさかさかさかさかさかさかさかさ。

 かさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさ――


 死骸が落ちた天井から、さらに蜘蛛たちが降りてくる。

 大きいのも小さいのも、ムカデの姿を取った奴らもいる。


 ただ一つ、共通しているのは一直線にご馳走(ぼく)を目指していることだけだ。


『うぉんっ!』


 蜘蛛の津波――その一角からクラスター水晶のような氷の柱が生まれる。バルトが攻撃してくれている。

 焼け石に水だが、バルトは僕を諦めないでいてくれているのだ。


 ……だったら僕も諦められないっ!


 近くに落ちていた死骸を掴むと、近くに迫っていた蜘蛛に投げつける。

 小さい奴を投げ、大きい奴は振り回す。ミイラみたいにカラカラのスカスカになっているらしく、僕より大きなサイズのものでも簡単に持ち上げられた。


「おらっ!」


 おそらく、一匹たりとも倒せてはいないだろう。


 でも、バルトが諦めてないなら僕だって諦めない。

 最後の最後まで戦うんだ。バルトの主人だって、胸を張って言えるように。


「くぅっ! ほら、どうしたっ! 来いっ!」


 僕の三倍はありそうな巨大な死骸を振り回す。

 かなり古いものだったらしく、ぼろり、と糸が崩れた。


 そこから顔を覗かせたのは、中身がベコベコになった竜のミイラだった。


・――魂の絆を確認できませんでした。スキル:魂魄契約を個体名:大地竜イクシアに使用することはできません。


 大地竜!? イクシア!?

 そもそも使用《《できません》》なんて、他のミイラの時は出てこなかったぞ!?


 カサカサに乾いた蜘蛛糸が千切れ、中にあった竜の死骸が露わになる。

 ひゅっ、と思わず息を呑んだ。


 大地竜イクシアは、幼竜を抱えたままこと切れていたのだ。


 ぎょろりと《《竜の眼が動く》》。


 否、死骸は動いていない。

 死骸に重なった、霊体が動いたのだ。


『我ガ子ニ……安ラカナ眠ヲ……』


 竜の意志が響いた。

 人の言葉ではないのに、何故か意味を理解できるそれが僕の耳朶を揺らすと同時、死骸から魔力が迸った。


・――スキル:憑依(ポゼッション)が発動しました。

 ・――スキル発動条件を満たしていません。

  ・――スキル:憑依(ポゼッション)が発動しました。

   ・――スキル発動条件を満たしていません。

    ・――スキル:憑依(ポゼッション)が発動しました。

     ・――スキル発動条件を満たしていません。

      ・――スキル:憑依(ポゼッション)が発動しました。

       ・――スキル発動条件を満たしていません。

        ・――スキルを強制発動させます。

         ・――高負荷により魂の崩壊が始まります。


 何が起こったのかを考える暇もなかった。


 ・――個体名:大地竜イクシアの因子が引き継がれました。

  ・――魔竜形態への変身が完了しました。


 僕の中に、イクシアが流れ込んできたのだ。

 メリメリと身体が伸びていき、皮膚からぞっくりと鱗が生えてきた。


『我ガ魂ヲ捧グ……我ガ子ノ魂ニ平穏ヲ……!』


 身を焦がすような憤怒と憎悪。詳しい状況は分からないが、イクシアは蜘蛛に怒っていた。


 スゥ、と息を吸う。魔力が喉に集まっているのを感じた。


 竜吼(ブレス)だ。


『我ガ怒リヲ』


 ――そして、光が迸った。

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