第40階層 あい、すくりーむ!
メイ……つなぎ役の子。いつもはスクレールと一緒に登場するが、今日は……? 青の魔法使い。耳長族。
セルシュ……メイと一緒に食堂にいた耳長族の少女。活発そうな見た目で、性格もはきはきしている。ちょっと天然。
いまいるのは、僕が異世界で出入りする場所ナンバー2的な立ち位置を占める場所、ギルドの食堂だ。
まあここはギルドに併設されてるし、迷宮に行くときは必ず立ち寄るから当たり前だよねって話だけど、まあそれはともかく。
ある意味ここも、フリーダでは戦いの場である。だってここ、かなりの確率で現代日本の常識とはかけ離れたお食事を供するから、かなりの覚悟もって挑まなければならない。僕なんか常に挑戦者の側だ。王者にはなりたくないけど。
しかも、メニューの方も全体的にアグレッシブ。異世界は流通技術が貧弱なせいで食材の供給が安定しないから、一部の定番メニュー以外は毎度毎度変わるけど、どれもこれも個性的で印象的、そして前衛的だ。
ちなみにその定番のメニューはというと。
謎のお粥。おそらく異世界産の穀物を煮込んだ一品。細かく切った野菜の切れ端とか入れてるので、吐しゃ物的なゲロみが強く感じられる。あとあったかくないのに泡立つなそこはマジで。
薄味草スープ。食堂で最も安価であるため、一番頼まれる品。納豆くさやは目じゃないぜという食品兵器。栄養価はあるから。味? 味ないよ。ひどい生臭さだけ。これもゲロだ。さらさらしたやつ。
謎肉ステーキ。形成肉も真っ青な長方形のお肉を焼いた品だ。あっちはボロボロ崩れるけど、こっちはゴムのような弾力で勝負している。お肉だからという点のみで前の二品よりは人気があるね。
これがいわゆるギルド食堂三大ゲロマズメニューというヤツだ。この三つは僕が勝手に設定したけど、おそらく他の人も同じ認識だと思われる。
さーて今日は精神的に余裕もあるし、まずは迷宮潜行の前哨戦としてちょっとお食事に挑戦してから行こうかなと考えていた折、見覚えのある姿を見つける。
砂除けのマントを着込んだ小柄な姿。しかもフードを被っているのでそれだけなら人違いでしたってこともあるけれど、ちょっと耳の部分が膨らんでいるからピンときた。
そう、食堂にいたのは耳長族のつなぎ役の子だった。いつもは彼女、スクレールと一緒にいるんだけど、今日はどうも違うらしい。なんと他の耳長族の子と一緒だった。予想外だ。いやね、別に誰かと一緒にいるっているボッチ的予想が外れたことによる予想外ではなく、他の耳長族の子がいるということが予想外だってこと。いまのところ、ここで見たことのある耳長族ってスクレかつなぎ役の子くらいしかいないしね。
食堂にある四人掛けのテーブルに就いていて、何か話をしている様子。
つなぎ役の子――メイちゃんはフードを被っているんだけど、もう一人の子はそういうわけではなくて、耳長族の伝統的な服を着てマントも羽織っていない。まあ別にスクレールも隠しているわけじゃないから、ああいう感じにしているのはメイちゃんだけなんだろうけど。
ともあれもう一人の子、勝色髪のボブカット的おかっぱ頭で、お目目ぱっちりの女の子だ。それだけなら和風美人みたいな容貌だけど、雰囲気がなんとも快活そう。なんていうかもうザ・運動部って感じの陸上部員さがある。まあやってるのは間違いなく格闘技(勁術)なんだろうけれど。年齢は僕やスクレールよりもちょっと年下感がある。
メイちゃんは普通に座っていて、もう一人の子は頭の後ろで手を組んで、軽くふんぞり返っている。何か他愛のないことを話しているみたいだけど、ここからじゃ聞こえないし、僕は盗み聞きする趣味もない。
お邪魔かな、と思ったけど、一応挨拶くらいはしとこうと思ったので、近くへてくてく。
こっちに気付いたメイちゃんに、軽く手を上げて挨拶。
「こんにちは」
「あ、クドーアキラ。こんにちは」
メイちゃんは立ち上がってぺこりと頭を下げる。礼儀正しい。最初に出会ったときは優しさという名の包装から剝き出し状態の殺気を容赦なくぶつけられるというひどい目に遭ったけど、いまではこんな感じだ。醤油の件やこの前のバター醤油コーンの件が彼女の格付けの中での僕の地位向上に役立ったのだろう。
もう一人の子が、メイちゃんの方を向く。
「メイっちー、知り合いっスかー?」
「そう。正確にはスクレ姉の友達」
「おお……スクレ姉さんの。よろしくっス人間さん。あたしはセルシュっス」
セルシュちゃんが僕に軽く挨拶。なんか随分とフレンドリーに接してくる。意外だ。変顔が止められない。
「……どうしたっスかそんな顔して?」
「いや、耳長族なのに人間に対して敵対心がほとんどないから」
「そりゃ人間さんだって誰も彼も悪い人ってわけじゃないっスから。みんながちょっと過敏なだけっスよ」
「そう言ってくれるとありがたいかな。前二回くらいは容赦なく殺気を食らったけど。スクレとメイちゃんね」
「あはは……それはお気の毒っス。メイっちはともかくスクレ姉さんの場合はとんでもなかったんじゃないっスか?」
「いやー僕のときは手加減してたはずだけど、それでも胃の寿命が五年くらい縮んだかな」
「お兄さん。内臓は大事っスよ。いたわらないと長生きできないっス」
「そうだね。それはどんな時代、どんなところでも一緒だろうね」
当然だけど、内臓がやられたら致命的だ。特に医療技術が発達していないところでは、適切な医療が受けられないことばかりであるため、ほんとに命に直結する。この世界はポーションとかあるからワンチャンなんとかなるだろうけど、そういう効能あるのかな。
「あ、僕の名前はクドー・アキラ。クドーが姓で、名前がアキラね。学生と兼業で冒険者なんかやってるよ。よろしくね」
「はいっス」
セルシュちゃんは快く返事をしてくれる。
にしてもこの子、なんかスクレやメイちゃんみたく片言っぽくない。
最近はメイちゃんも共通語に慣れてきたのか普通な感じだけど、彼女は口の動きから共通語を使ってないことが窺える。
「…………?」
メイちゃんもそのことに気付いたのか。僕とセルシュちゃんを交互に見て、何故か不思議そうにしている。そりゃそうだ。彼女は僕の翻訳の絡繰りを知らないのだ。
「メイっち、どうしたっスか?」
「だって……言葉。あれ? あれ?」
「言葉がどうしたんスか?」
「ほら、僕の話してる言葉と、君の話してる言葉と、つなぎ役のメイちゃんの話してる言葉がね」
「それがどうしたっスか?」
「いや、あの」
「…………セルシュはにぶい」
「メイっちなんかひどいっスね……でも何か変なんっスか?」
セルシュちゃんは首を左右にこっくりこっくり。それでも答えが出ずに上を向くと、食堂の薄汚れた天井にその答えが書いてあったらしい。
「あ、あー、ああ! そういえば言葉が通じてるッス!」
「…………」
「…………」
ヒントがこれでもかと出まくってたのに、気付きがワンテンポ遅い。セルシュちゃんはちょっと天然な子なのかもしれないね。
いまも驚きそのままで、興奮している。
「驚きっス。これ一体どうなってるっスか? 冒険者ギルドで稀によく起こるような謎現象っスか?」
「そんな現象ない」
「じゃあメイっちは何なのかわかるんスか?」
「クドーアキラは神だから」
「なんスかそれ。理由になってないっス」
メイちゃんの神認定を真面目に突っ込むセルシュちゃん。
ともあれ、メイちゃんだけど、この前バター醤油コーンを食べてからというもの、ことあるごとに僕のことを神にしたがる傾向にある。やっぱ分類は醤油神になるのだろうか。耳長族的にはショウユウー神だろうけど。
それはともあれ、答え合わせ。
「あー、僕ね。この世界の言葉はどんなものでもわかるようになってるんだよ。僕が話した言葉も誰にでもわかるようになるしね。翻訳に関してはいまだ謎が多いけど」
「え? なんスかそれ? どんなのでもわかるって……」
「そのままの意味だよ。僕が使ってるのはここでは使われない別の言語。あ、でも共通語とかは最近結構覚えてきたから喋ろうと思えば喋れるかな?」
レベルアップの恩恵で獲得した記憶力のおかげで、結構覚えてきている。
むしろ僕にとってはいまだに英語の方が難しいよ。おまけでいいから英語も操れるような国際力が欲しかった。
「なんかすごいっスね」
「やはりクドーアキラは神」
「いやむしろ神さまからこの力貰ってるからね」
「神さまから直接はすごいこと」
「僕は貰ってるだけだからすごいとかじゃないはずなんだけど……」
その辺の基準はよくわからない。むしろ僕は加護と一緒にタダで貰ったクチだから、何もすごくないというのが実際のところ。
「二人はどうしてギルドに?」
「今日は見学っス。スクレ姉さんが立ち入る冒険者ギルドがどんなところなのか気になったっス」
「単に時間があるから暇つぶしというだけ」
「それは言わない約束っスよ。メイっち」
「なるほどね。それで食堂にいたわけだ」
「でもなんかイメージしてたのと違うっスね。もっとギスギスしてるとか、怖いところかと思ってたっス」
「だよねー。思った以上に和気あいあいしてるよねここ」
「お? お兄さんもそう思うっスか」
「うんうん。まあむしろ僕にはそれがありがたいんだけどね」
「わかるっス。気を張らないといけないのは嫌っスね」
「だよねー」
だってそんなんだったら気が休まらないし、食堂とか憩いの場とか銘打てない。いや前述の食堂での戦いの話を考えると、憩いの場という自称もあやしいんだけどさ。
僕は周りを見る。
歯や顎が強そうな獣頭族冒険者が謎肉ステーキを噛み切れずに四苦八苦してるし、怪着族の女の子冒険者がはちみつ壺に指を突っ込んでペロペロしてる。尻尾族の子は相変わらずブラッシングに勤しんでるし、目をぐるぐるさせながらあのお粥を食べてる人もいる。
もちろん邪悪なオーラ駄々洩れにさせてるおじいちゃんは見えないことにしておいた。あの人が見えるのは僕だけでいい。
……うん。冒険者ギルドはいつも通りだ。平常運転平常運転。世はすべてこともなしである。
一方でセルシュちゃんは食堂の調理場に目を向けていたのか。
「ここのお食事とかも興味あるっスね」
セルシュちゃんがそんな勇者王でも口にしないような勇気溢れるセリフを口にした瞬間、メイちゃんが彼女の腕を引っ張った。
「セルシュ」
「なんスかメイっち?」
「ギルドの食堂の料理は紙一重。一歩間違えばこの世の深淵を覗くことになる。やめた方がいい」
「え? そんなとんでもない物が出てくるんっスかここ?」
「いやー、変なのはごく一部だから。お粥とかスープとかステーキとか。その辺避ければまあまともだと思うよ?」
「でもこの前、おかしなものに当たった。アイシチューとかいうの」
「ぐふぅっ!?」
「クドーアキラも知ってる。さすが」
突然の言葉で記憶を無理やり回帰させられ、大ダメージを受けた僕。
というかメイちゃん何がさすがなのだろうか。知っていることにか、食べてしまったことにか。いや毎日のように来てるからその辺のことを含めて褒められてるんだろうけど。
「お兄さんお兄さん。そのアイシチューってのはなんなんスか? なんか反応を見るにすごくマズそうな料理に思えるんスが……」
「……あれね。あれ。いや、別に味はおいしいんだよ? 味はね。ただ、材料が問題でさ」
「なんかおかしな虫とか使ってたんスか? 食材侮辱罪的な重い罪に問われるようなものとか」
「あ、そのとんでも刑法耳長族共通なのね……いやね、これだよ。これ」
僕はおもむろにスマホを取り出して操作し、画面を見せる。
そこには迷宮深度20【黄壁遺構】に出没するモンスター『催眠目玉』の画像が映し出されていた。
「うげ――なんスかこれ!? 気持ちわるわるのわるっス!」
「これがそのアイシチューの原材料なんだよ」
「マジっスか……どうしてこれを食べようだなんて考えるんスか人間さんは……」
「これは本当に罠。ハードな潜行から疲れて帰ってきた冒険者たちが味わう至福のひとときを奈落のどん底に叩き落とす、食堂職員たちの悪辣な計略だと推測する」
「ほんとマジやばいよねこれ。食べてる途中で浮かんできた見覚えのある一部を見て戦慄するんだ。ちなみに僕は一時的狂気を発症したよ」
僕これ、最初頼んだときは【水没都市】で採れるようなデカい魚の目玉とかそんなの使ってるんだとばっかり思ってたけど、蓋を開けてみればまさかまさかの目玉のお化けだったという事実。
そう、アイシチューなる宇宙的な恐怖を彷彿とさせるお食事を賞味したあの日、突然謎のGMが僕の前に姿を表し、さながらドッキリの答え合わせのように「この事実に気付いてしまったあなたは、1d3/1d8の正気度ポイントを喪失します」とか言われた。【幻影アンキャニーサイト】を使われてもいないのに、そんな幻覚を見たのだ。あれは本格的にヤバかった。冒険者ギルドに来てから味わった恐怖の中でも三本の指に入るくらいはヤバかったね。スクリーム案件。アイスクリームというか、アイでスクリームだった。
マジで「あばばばばばばばばば」とか言って、バグって動けなくなったもの。
「でもおいしかったんスよね」
「おいしかったよ? コラーゲン的にさ。でもそこが納得いかないんだよね。考えた人マジ許すまじだよ。むしろよくあれを素面で作れたもんだって感心してる部分もあるけどね」
「あれは絶対に常人の思考回路では作れない。隠しきれない狂気を孕んだ品」
「サイコパスみあるよね。もはや特級呪物の域に達してるよ。あんなの某タデ科植物的な名字の主人公に食べてもらうしかないってマジで」
ちょうど同じタイミングで同じものを食べた冒険者さんも結構いたけど、まあ軽く地獄だったということはここに明確に記しておきたい。あちこちで上がる叫び声とうめき声。受付嬢たちが何事かと様子を見に来たくらいだ。
やっぱりメイちゃんも「邪悪な意思を感じる」と言っている。それだけ。食い物の恨みというのは本気ですさまじいということをいい加減ここの食堂の人たちは知るべきだ。暴動という名の手遅れが起きる前に。
「セルシュもアイシチュー、食べる?」
「いいっス。遠慮しとくっス。長生きしたいっスからね」
確かにあんなの食べてたら寿命とか縮みそうだ。この世界は様々な要因でいろんな寿命を削りにかかってくるからホント油断できないよ。
「それで、今日の献立は?」
「あれ」
メイちゃんがお食事の受け取り口を指差す。
そこには、モンスターフェス第二弾と銘打って、様々な料理が献立表に並んでいた。
「ちょっ! またあれをやるの!? 前回あんなに不評だったのに!?」
「みたい。やはり食堂の人間は学習する能力がない可能性が高い」
「いやでも二回目だし大丈夫……なんじゃない? 改良してると思うよ?」
確かにチャレンジ精神あふれる試みだけど、それに付き合わされて地獄を見る冒険者たちのことも考えて欲しい。
ちなみに第一弾はさっきのアイシチューも相俟って死ぬほど不評だったということをここに明記しておきたい。ちなみに僕は全部挑戦した。大半の料理は見た目通りちゃんとおいしくなかった。たぶん寿命は縮んだだろう。大丈夫きっとレベルアップの恩恵と相殺されてるはずだ。そうであれ。
「飛び鼈甲の鍋もの、蜥蜴皮の尻尾のステーキ、松露怪獣の傘スープ……いや、一応食べられそうなものばかりだけどさ」
「大王百足のから揚げ、奇怪食花の温サラダは食べられない」
「知らない知らない。僕はそんなヤバいの見てない。っていうか前よりひどくなってないあれ?」
「食べられそうなものも雑ざってるからよけい性質が悪い」
「でも尻尾のステーキとかおいしそうっスけどね」
「出すなら私は魚の魔物を出して欲しいと切に願う」
「だよね。せめて『御御足付き鯛』くらいならまだなんとか……」
メイちゃんの「……あの足を食べるの」という若干引き気味の言葉に、僕は「足は食べないけどさ」という風に返答する。いや、さすがに僕でもあの足は食べたくないよ。SAN値がゴリゴリ削れそうだもの。
「っていうかなんでまともに食材になりそうなモンスを使わないのか。それがわからない」
「ほんとそれ。料理人がどんな境地を追い求めているのかまるでわからない。食事に手を掛けるのはいいけど、その方向性を見失っているのが大きな問題。ゴールを見失えば行き着く先は闇しかないのに」
メイちゃんは結構辛辣だ。この子実はスクレよりも毒気が強いのではないだろうか。結構喋るし。
ともあれ、迷宮にはお料理に使えそうな、美味しそうなモンスはいっぱいいるのだ。
例を挙げると。
『デカ毬栗』とか。
『鯰大五郎』とか。
『大猪豚』とか見た目デカい猪豚さんなので間違いない。しかもうまいし。一角鹿とかも合わせてジビエ料理にして欲しいよホントにさ。
「他の料理はなんかないっスかね?」
「うーん。あとはいつもある奴かな。スクレもメイちゃんも食べたものなら、謎のお粥とか?」
「あれはダメ。知性を持つ生き物が賞味するようなものじゃない。毒は食べられても沼は食べられない。概念的な問題に収束する」
「まあ僕も毒というよりは毒沼っていう印象だけどさ」
「さっきから言ってるっスけど、それそんなにマズいんスか?」
「マズいよ。想像を絶するくらいにはね」
「それはそれで興味が湧いてくるっすね」
「すごいね。君冒険者に向いてるよ」
「そうっスか? いや褒められると照れるっスね」
「セルシュ。わざわざ猛獣の尻尾を踏みにいく必要はない。踏んだ足は真っ先に齧られる」
「まあそうっスね。それで動けなくなったら困るっスし」
「そう。迷惑はかけられない」
セルシュちゃんは料理のご賞味を諦める。お腹痛くしたら大変だしね。
時間つぶしって言ってたし、このあとなんか大事な予定があるんだろう。
なら、景気づけに何かごちそうするのもいいかもね。
「今日のお食事は全部ヤバいみたいだし……そうだ。二人ともアイスでも食べる?」
「あいす?」
「冷たくて甘い食べ物だよ。デザートデザート」
「デザート。冷やした果実とかじゃないんスか?」
「そうそう。ミルクを加工した品だよ。あ、二人ともミルク大丈夫?」
「大丈夫」
「大好きっス!」
二人はミルクと聞いて興味をそそられたのか、前のめりになるほど乗り気になっている。
そんなこんなで僕が虚空ディメンジョンバッグから取り出したのは、某年号的お菓子メーカーのエクセレントでエッセンシャルな超杯だ。
味はもちろんバニラ。
バニラアイスは種類がほんといっぱいある。グーテンモーゲンだかそんな名前のアイスとかね。二種類くらい。
二つとも蓋を開けて、それぞれスプーンを渡す。
「白くて固いっスね」
「冷やしてるからね。ほっとくと溶けるから気を付けてね」
僕がそう言うと、二人は頭を下げる。
「もらう」
「いただくっス」
これから何かあるのにお腹を冷やす食べ物を出すとか僕も結構冒険してる気がしないでもないけど、たくさん食べなきゃお腹の方だって大丈夫だろう。むしろ異世界の種族は現代人よりも胃腸が強いはずだ。レベル的にもね。
「おぉおおおおおおおおおお!! これ滅茶苦茶うまいっスぅううううううううう!」
セルシュちゃんはアイスを掬い取って口に運ぶと、雄叫びを上げた。
この世界ではほとんど感じたことのない甘みが口の中で爆発したためだろう。
「うまい! あまい! うまい!」と言いながら、情報を共有したいというように僕やメイちゃんに何度も語り掛けてくる。
彼女の興奮がヤバい一方、メイちゃんは落ち着いている様子。
「冷たくて甘い。おいしい」
「それは良かった」
「ああ……やっぱりクドーアキラは神」
訂正。メイちゃんは恍惚とした表情で誰ぞに祈り始めていた。
というか、彼女はどうしても僕を神に仕立て上げたいらしい。こっちもだいぶ取り乱しているようだ。現実がまったく見えていない。
やがてセルシュちゃんも僕に向かって祈り始める。
「すごく甘くてうまいっス……お兄さんありがとうっス」
「うまうま。クドーアキラ。いつもありがとう」
速い。アイスがもう半分くらいになっている。それほどうまかったのか。いや、超杯はうまいしボリュームあるのでいつもお世話になってるんだけど。
そんな中、僕の目にセルシュちゃんの頭の上に電球が点灯する……ような幻覚が見えた。
「いま物凄く天才的なことを考えたッス」
「そう。セルシュはどうしようもないことを考え付く天才」
「辛辣ゥ!」
僕は思わずそんな突っ込みを入れてしまう。ともあれ、天才的な発想をしたらしいセルシュちゃんはメイちゃんの言葉を気にすることなく、言葉を続ける。
「これにショウユウーをかけるっス。そしたら絶対うまいっス」
すでに醤油はセルシュちゃんにも伝来していたらしい。
普通の人なら渋柿を齧ったような顔をするような案件だ。
普通の人なら。
「訂正する。セルシュは天才だった。謹んで謝罪する」
「やっぱりそう思うっスよね。もっと褒めていいっスよ」
「…………」
自慢げにするセルシュちゃんと、本気で謝っている感じのメイちゃん。
なんかすごいこと考えるよね。ほんと耳長族ってほんと醤油狂いだ。今度からショウユウー教ではなくショウユウー狂って呼んだ方がいいだろうか。でもこういう発想があるからこそ、文明って発展してきたのだろうね。
だけど、バニラアイスに濃口しょうゆをかけようとする暴挙は止めなければならない。
「待って待って」
「クドーアキラは反対? いい考えだと思うけど」
「お兄さん。止めないで欲しいっス。耳長族は誇り高い種族なんス。絶対に退けないときがあるっス」
またそれか。頼むからそういうセリフはもっとシリアスな場面で言ってよ。
「醤油をかけるのはいいんだよ? でもそのタイプの醤油だと合わないから止めたんだ」
「そうなんっスか? っていうかお兄さんよくショウユウーのこと知ってるっスね。お兄さんもショウユウーのファンの同志っスか?」
「セルシュ。ショウユウーはクドーアキラがスクレ姉に渡したもの」
「あなたが神だったっスか」
セルシュちゃんお祈り始めない始めない。僕はステーキ食べるのに持ってきただけだから。
ともあれ。
「かけるならこっちね」
そう言って僕がディメンジョンバックから取り出したのは、アイスにかける用と銘打たれた醤油のビンだった。
「見た目には違いが分からないっスが」
「かけてみるとわかるよ」
「……こっちはちょっととろみがある。濃厚な勢い」
「はい。どうぞ」
二人のアイスにたまり醤油をちょっと垂らす。これでいいはずだ。あと濃厚な勢いとかすごく意味不。
「おぉおおおおお……!」
「これはすごい。」
「ね。最初に醤油をかけることを考えて、それ用に醤油を作ったとか、醤油にかける執念というか、おいしいものに対して貪欲というか。日本人は罪深いと思うよホントに」
「私たちはまだまだショウユウーのことを知らなかったらしい」
「ショウユウーの可能性は無限大っス」
「それで、感想の方はどうでしょう」
「最高っス。すんごく香ばしくてうまいっス」
「塩気と甘みが絶妙。至高の組み合わせ」
そう言いながらも、アイスを食べるメイちゃんとセルシュちゃん。
二人とも幸せそうな顔だ。口に醤油がかかったアイスを運ぶたびに、相好を崩すというかとろけさせてふにゃふにゃにさせているほど。
アイスはあと残すところちょっとというところにまで差し掛かっていた。
少なくなったアイスを見て、セルシュちゃんが嘆き始める。
「ううう……これとっておいて、あとでまた食べたいっスよぉ……」
「でもそれだと溶けちゃうからね。まあメイちゃんのディメンジョンバッグに入れておいてもらえれば大丈夫だろうけど。まだあるからもって行きなよ」
「お兄さん太っ腹っス!」
「クドーアキラは(以下略)」
そんな話をしつつ、アイスを取り出す僕。
「じゃメイっち、頼むっス」
「わかった」
メイちゃんはディメンジョンバッグを開いて、僕が出したアイスを何個か突っ込む。あと、アイスにかける用の醤油もね。
そんな折、僕はふと何気なく言う。
「そういえばセルシュちゃんってさ、なんか言葉の最後に押忍とか付けそうだよね」
「おす……っスか?」
「そうそう」
「おす……おす……ふーん。なんかいい感じっスね。おす! どういう意味なんスか?」
「返事みたいな? 押して忍ぶって意味」
「押して忍ぶ……」
押忍の語源というか成り立ちは諸説あるため、どれが正しいのかはわからない。その辺りは学者さんが決めるものだろうということにしておく(適当)。
それはともあれ。
「じゃあ僕はこれから迷宮に潜るから」
「ならここでお別れ。今日は本当にありがとう。あいす、おいしかった」
「お兄さん。いってらっしゃいっス。おす。今日はありがとうございましたっス。おす!」
僕はそんな言葉を背に受けて、受付に向かった。
そろそろレベル上げを頑張らなければ。
この前みたいなピンチがまた来ても、乗り越えられるようにしておかないとね。
……晶がメイやセルシュと別れたすぐあとのこと。
「――私たちも向かう。そろそろスクレ姉たちとの待ち合わせの刻限」
「――そうっスね。場所が場所っスし、気合入れないと。おす!」
「……それ、気に入った?」
「結構言いやすいっスねこれ。いい感じっス。おす!」
晶が戦いに行く一方で、彼女たちも別の戦いの場へと向かって行ったのであった。