階層外 着ぐるみの大逆襲! にゃんダインここに見参! その1
【登場人物】
九藤晶…………幼馴染みである正木尋の頼みで、ダイファイブのマスコットキャラ『にゃんダイン』の中に入ることに。今日の彼の運命やいかに。
正木尋…………晶の幼馴染みで晶からはヒロちゃんと呼ばれている。戦隊ヒーローチームの一つ、ダイファイブのリーダー、にしてダイレッド。おバカと正義バカと熱血バカが合わさったような性格をしている。
いま僕は異世界にいなくて、走行中のシャトルバスの中にいる。
部活の遠征とか、芸能人の移動とか、ホテルや大型ショッピングモールの送迎とかそんなときにしか乗らないようなあれだ。あれの席を全部横向きにして、みんな対面で座っているというそんな状況。
そして僕は着ぐるみを着ている。一体なんの着ぐるみを着てるかって? 僕が着ているのは『にゃんダイン』の着ぐるみだ。にゃんダインっていうのは、ヒロちゃんが所属している戦隊チーム『ダイファイブ』のマスコット的存在で、普段は専属の人ではなくアルバイトが中に入って活動している。そして、今日は僕が代わりに中の人というわけだ。
シャトルバスの中にいる上に、着ぐるみの中にもいるって感じ。
どうしてそんなことになっているのか。それは昨日の朝まで遡る。
いつもの朝の登校時、僕の幼馴染みのヒロちゃんが顔を合わせてすぐにこんなことを言い出した。
「アキに頼みがあるんだ」
「ヒロちゃんまたぁ? 宿題くらいちゃんと一人でやろうよ」
「今日の頼みは宿題の答えじゃない。それとはまったく別の頼みなんだ」
僕が呆れた返事をすると、ヒロちゃんはそんなことを言う始末。ちなみに僕がヒロちゃんから『頼み』や『お願い』を持ち掛けられた回数は、それこそ優に三桁を超えているということをここに明記しておきたい。宿題。おやつ。宿題。宿題。主に宿題に関することばっかりなんだけど。でもたまーにこうして宿題以外の頼みごとを持ちかけられることがある。そういう話に限って、結構無理難題な話なんだけど。
「……一応聞くだけ聞いてあげる。あと、先に言っておくけど、一生のお願いはもう上限いっぱいだからね?」
「うぐっ!?」
「うぐじゃないうぐじゃない。一生のお願いっていうのは『一生に一度しかしないようなお願い』って意味なんだよ? そこんとこわかって使ってる?」
「なら大丈夫だ! このお願いはいままで一度たりともしていない!」
「いやそういう意味じゃなくてね……」
ヒロちゃんは無理やりな独自解釈をして、自分のお願いを押し通そうとする。
まあともあれ僕も話くらいは聞くだけ聞いてあげると言った手前である。
なら、聞かないわけにはいかないかな。そんなんだからいけないのかなとは思うけど。
僕は自分の耳を近付けるように、ヒロちゃんの方に身体を傾けた。
「えっとな、明日、ウチのチーム恒例の安全啓蒙イベントがあるんだが、にゃんダインの中に入る人がいなくてな」
「それは仕方ないね。いくら中身が見えないからって、私が死んでも変わりがいるもの的なセリフや、お前の代わりはいくらでもいるんだぞ的なセリフがまかり通るような仕事じゃないし」
「そうなんだ。それで、な?」
ヒロちゃんは勿体ぶるかのように、いつまでも核心に触れようとしない。
僕は大きなため息を吐く。
「それで、その役を僕に頼みたいって話?」
「その通りだ! さすがアキ、話が早いな。どうだ?」
「うーん」
話は全然早くないよってツッコミはともかく、僕はすぐに返事が出来なかった。
だってこのアルバイト、着ぐるみの中に入ってお仕事をするだけだとは限らないのだ。本当にそれだけなら全然やっても構わないけど、ヒーローのマスコットキャラクターっていうのはそれだけじゃ終わらない。不測の事態に遭遇する確率が、普通に過ごしているときの何倍増しで高まるとても危険なお仕事なのだ。イベント中に怪人が襲ってきたり、怪人が襲ってきたり、怪人が襲ってきたり。そんなのがかなりの確率で発生する。というか基本的に全部それなんだけど。
「大丈夫だ。きちんとアルバイト代も出るぞ」
「僕はアルバイト代にそこまで魅力を感じないけどね。むしろリスクと金額が見合わないし、全然大丈夫でもないし」
「きけ……特殊任務手当も出るそうだ!」
「ヒロちゃんいま危険手当って言おうとしたよね? 言い換えてもダメだからね」
「頼む! 頼めるのはもうアキしかいないんだ!」
「他に募集はしたの?」
「したさ。したが応募は一件も来なかったんだ……」
「そりゃそうだよね」
そんなの当たり前だ。以前に、中の人がヒーローと怪人の戦闘に巻き込まれて重傷を負ったという話も聞いている。当たり前だけど二の足を踏んでしまうのも致し方なしだ。僕だってそんな大変なのは嫌だし断れるなら断りたい。
「頼む。それに普段のパトロールとか出動についてくるわけじゃないから、安全だと思うぞ?」
「いやいやむしろそういうイベントの方がよく狙われるでしょ?」
「それは、そうかもだが………」
僕が立て続けにツッコミを入れると、ヒロちゃんは力なく俯いてしまった。
しょんぼりである。
そんな様子を見せられたら、さすがの僕も諦めのため息を吐くほかないよ。
「しょうがないなぁ……いいよ。わかった。引き受けてあげる」
「本当か! 本当に引き受けてくれるか!」
「でも今回だけだからね? 早く次の中の人探してよ?」
「ああ! さすがはアキだ! 信じていたぞ!」
「僕、そういう都合のいい信頼はよくないと思うなぁ」
「何を言う! 私のアキに対する信頼は絶大だぞ! いままでアキが私を助けられなかったことなど一回もないんだからな!」
「そうだっけ?」
僕はヒロちゃんの自信満々っぷりに首を傾げる。はっきり言ってこれまでの頼みやお願いごとが多すぎて覚えていない。一回でいいから僕じゃなくて流れ星とか神社の神さまとかにして願いを叶えて欲しい次第である。僕も最近は神頼みって信頼できるんだなって実感できたし。アメイシスのおじさん本当にありがとうございます。
「それで、明日でいいんだよね?」
「ああ。シャトルバスで迎えが来るから、着ぐるみを着てそれに乗ればいい。明日そのときに説明する」
とまあ、そんな話があったわけだ。
そんなこんなで翌日。僕はヒロちゃんから渡されたゆるキャラっぽい着ぐるみを着込んで、お迎えに参上したシャトルバスに乗り込んだ。
僕の横の席に座っているのは、もちろんヒロちゃんだ。
本名は正木尋。僕の幼馴染みの女の子であり、戦隊ヒーローダイファイブのリーダーでもある。燃えるような赤い長髪をワンサイドアップにしていて、ちっちゃなテールがチャームポイント。
背丈については……あいかわらずちんまい。そう、ヒロちゃんは身長小さいのだ。それはもはや小学生並みというミニマムさ。ランドセル背負っててもマジ違和感ない。これで同年代って言うと他の人から変な顔をされるのもお約束だ。
そのクセ部分部分にきちんとお肉が付いているところが不思議なところ。
人体の神秘恐るべし。
いまはすでに変身を済ませており、恰好もいつもと違う。
ヒロちゃんたちのチームは戦隊ヒーローという分類だけど、コスチュームはよくあるようなぴちぴちスーツじゃなくて、ベルトが多いダブルボタンのモッズコートという出で立ちだ。戦隊というよりは変身前のライダーの方が近いかもしれない。シェルホルダーにガントレット、それぞれ武装もしていて、メンバーは色分けされたマフラーを着用している。
いやこの恰好いつ見ても中二心が湧き立つよ。僕だってこんな感じに変身してみたいなって思ったことは一度や二度じゃない。
他にも、リーダーであるヒロちゃんを筆頭に、ブルー、グリーン、イエロー、ピンクも変身済みでバスのシートに着席済みだ。
ヒロちゃんが申し訳なさそうに頭を下げる。
「今日は本当にすまん」
「まあ、ヒロちゃんたっての頼みだしね」
幼馴染みの頼みだ。なるべくなら聞いてあげるのが僕のポリシーである。
「ありがとう」
「いいよいいよ。これで貸し百三十二だから」
僕がメモ帳を取り出して貸し借りの記録を付けていると、ヒロちゃんは引きつった顔を見せる。
「……な、なあアキ? 百三十二はさすがにちょっと多すぎないか?」
「ダメだよヒロちゃん借りたものはきちんと返さないと。きまりでしょ?」
「幼馴染みなんだ。少しはオマケしてくれたっていいんじゃないか? ほら、よくあるだろう? 数が多いと割引してもらえるっていうあれだ」
「卸売業と小売業のやり取りみたいなアレ? でも僕だってこれでもオマケしてる方なんだよ? 実際は三百五じゅう……」
「リーダーって幼馴染みにどれだけ借り作ってるのよ」
「い、いや、あの、その……」
メンバーの一人であるピンクの指摘に、ヒロちゃんはしどろもどろになる。
借りが嫌なら宿題を自分でやればいいのに、それをしないから不必要な借りが増えて行くのだ。そのうちこの貸し借りだけで自己破産しそうだよ。幼馴染としてホント心配。
一方でヒロちゃんはいたたまれなくなったのか、背丈よりももっと小さくなっていく。
そんな話はともあれ、僕としては周りの人たちはみんな初対面なので挨拶をする。
「ヒロちゃんの幼馴染みの九藤晶です。みなさんよろしくお願いします」
「ダイブルーをやっている粟生剣だ」
「……俺は水鳥谷大輔。ダイグリーンをやってる」
「ダイイエローの貴生川空弥です。よろしくお願いします」
「鴇丘夕希、ダイピンクよ。あなたのことはレッドからよく聞いてるわ」
僕はもう一度「よろしくお願いします」と言って頭を下げる。
ダイブルーの粟生さんは、流行りのマッシュウルフにした細身のイケメンで、ちょっと影がある感じの人。女の子にモテるって言うか滅茶苦茶モテてるのは良くテレビで見てるので知ってる。
ダイグリーンの大輔くんは刈り上げショートで大柄筋肉質、見た目的にも格闘技とかやってそうな匂いがプンプンする。こっちはワイルドなイケメンタイプ。
二人ともクールな性格なのか、挨拶以上に話しかけてくることはない。
その一方でダイイエローの空弥くんは人懐っこい性格なのか、いろいろと話しかけてきてくれる。ふわふわな金髪、本人のファニーフェイスと明るい笑顔もあり、とっつきやすい。
ダイピンクの夕希さんは明るい茶系の髪を軽く巻いて一つ結びにした美人のお姉さん。チャームポイントのほくろが色気を際立たせている。周りの和を大事にする性格なのか、フォロー役に回っている。一番年長だから必然お姉さん役になるのだろう。初めての場にこういう人がいると僕みたいな小市民にとってはとてもありがたい限りである。
……うん。アシュレイさんも初めて会ったときはこんな感じだったのにね。化けの皮が剥がれた途端あれだ。かなしみという他ない。
一通り話し終えた折、僕は再度今日着る着ぐるみについて考える。
僕はにゃんダインの頭部を抱えて、ヒロちゃんに訊ねた。
「ヒロちゃん、これ被ったら僕の声って聞こえるの?」
「いや、声は外に漏れない仕様になっている」
「え? なにそれ。それってさすがにマズくない? 特に非常事態のときとかさ。よくあるでしょそういうの」
「そういうときのためにあらかじめ吹き込まれた音声があるんだ」
ヒロちゃんはそう言って、僕の首部分の間から着ぐるみの中を覗き込んで、内蔵されたボタンを指し示す。
並んでいるボタンの数は五つ。おそらくこれを押して、周囲に状況を伝えるのだろう。
でも不安が拭えないなぁ。これに入ったら最後、どこぞのギルガメス軍制式ATみたいな感じに、バンバンぶっ壊されるorぶっ壊れる未来が見える。それに倣って『柔らかい棺桶』とか異名が付きそう。むせる。
「なんかこれ、周りに助けを求めにくそうだなぁ。なんか危なくなったら速攻で逃げるからそこんとこよろしくね」
「縁起でもないことを言うな。まだ何か起こると決まったわけじゃないぞ?」
「いや、今日は絶対なにか起きるね。起きる。いつもと違う状況が揃ったときは絶対トラブルが起きるって因果律レベルで相場が決まってるんだよ」
「アキ、起きる起きると言えば起きるフラグになる」
「それは言わないでヒロちゃん。これにはしつこくこう言っておけばフラグをへし折れるかもっていう僕の淡い期待も込められてるんだから」
僕がそんな後ろ向きなことを言っていると、ダイブルーが顔を険しくさせた。
「おいレッド。こいつ、本当に大丈夫なのか?」
「なんだブルー。お前は私の幼馴染みを疑う気か?」
ヒロちゃんは噛み付いてきたダイブルーに噛み付き返す。
どちらも声がマジトーンだから冗談のやり取りじゃない。
目付きも鋭いので睨み合っているのが丸わかりだ。すごく仲悪そう。
「信頼できると? この前だってレッド、お前のせいでピンチになったのを忘れたのか?」
「あれは最初にお前が勝手に持ち場を離れたからああなったんだろう。それはどう説明を付けるんだ?」
「あれは臨機応変な対応だ」
「そう言えば聞こえはいいが、あれは典型的なスタンドプレーだ。そう言った勝手な行動がチームワークを乱すんだと何度言ったらわかるんだ」
「ちょっと二人とも、こんなところでやめなよ」
「そうよ。あのときの話は解決したじゃない。今更蒸し返したってしょうがないじゃない」
「だがっ……」
「……ふん」
睨み合いを続けるヒロちゃんとダイブルーに、ダイイエローとダイピンクが仲裁に入ろうとする。
そんな中、グリーンが我関せずというように頭の後ろに腕を回して、シートに背中を預けた。
「だが頼りなさそうなのは事実だな。俺には着ぐるみが頼りになろうがならなかろうが関係ないけどよ」
「おい、グリーン。お前までそんなことを言うのか」
「ま、俺の足を引っ張らなきゃなんでもいいさ。あんたも気を付けろよ?」
グリーンは僕にそう言って、話を終わらせにかかる。
……うーんなんだろ、なんかヒロちゃんのチームってすごいギスギスしてる感が強い。
ダイイエローとダイピンクは協調性がありそうだけど、他二人がまるでダメだ。合わせようとしてくれない。
確かにダイブルーはちょっと皮肉屋というかニヒルな感じがあって、よくヒロちゃんと衝突している場面があるけど、まさか裏でもこんな感じの関係だとは思わなかった。
ダイグリーンは一匹狼な感じが強い印象だ。なんていうか自分の力しか信じてない的な匂いがする。
とまあそんなこんなで車内の空気がすごく悪くなった。
それはもう【屎泥の泥浴場】並みに。この空気を長く吸ってたら気分が滅入ること請け合いだ。胃だってキリキリしそう。みんないつもこんなのに堪えているんだろうか。こんなの怪人たちよりもずっと手ごわいと思うよ割とマジで。
となると、だ。ここは、僕が動くしかないわけで。
さっきヒロちゃんに教えてもらった音声ボタンを順繰りに押していく。
一番。『ぼく、にゃんダイン! みんなと仲良くなれたらうれしいな!』
二番。『みんな! 僕たちと一緒に平和を守ろう!』
三番。『ゆるさないぞ改造怪人!』
四番。『みんなー! たすけてー!』
五番。『改造怪人! 死ねぇ!』
飛び出てきたのは、そんな音声だ。
しかもやけに可愛らしい声なので気が抜ける。
なんかこれ聞いてると警察の某マスコットキャラ、〇ーポくんを使ったコントを思い出すのは僕だけだろうか。
『みんなー! たすけてー!』は、にゃんダインがピンチに陥ったときによく聞くね。中の人が必死に連打するからなのか、音声が重なりまくっているおかしな状態になっているのをテレビ中継でよく聞く。いやもうボタンの塗装の剥がれ具合がそれを物語ってるよね。前の中の人が必死になって押しまくったのが容易に想像できる。
っていうか最後これ何さ? なんでどこぞの某マグネットヒーローみたいに物騒なセリフを吹き込んだよ。こんなのほのぼのマスコットキャラのイメージが音を立てて崩れるよ何がしたいのさマジ意味不明だ。こんなん押したらいの一番に狙われるじゃん。
いいや。まあともあれ、ギスギスな空気を醸し出していた人たちはそんなにゃんダインのセリフで毒気が抜かれたのか、視線をぶつけ合うのをやめた。メンチビーム終了のお知らせである。
そこですかさず、ヒロちゃんに訊ねる。
「えっと、今日は僕、何すればいいの?」
「急な代役だからな。アキは一番と二番のボタンを適当に押しつつ、風船を配っていればいい」
これ他のボタン要らなくね?
「プラカードは?」
「そうだな。いくつか腰にマウントしておいた方がいいな」
そう言われたので、シャトルバスの中に置かれていたプラカードを確認する。
これは、にゃんダインがよく持っている白いプラカードだ。テレビ中継ではこれを掲げて動き回っているところをよく見る。
激戦の爪痕なんだろうか、ところどころが欠けたり汚れたりしているのがちょっとリアルだ。
っていうか直したり洗ったりすればいいのに。やっぱその辺予算ないんだろうか。かなしみ。
そんで、プラカードに書かれていた文字はというと、
『こっちだよー』
『さしすせそを守ろう!』
『みんな逃げて~』
なにこれ全部避難指示じゃん。あ、いや、いいのか。有事はにゃんダインって基本避難誘導するのがお仕事なのだから。別に戦うわけじゃないし。そもそも今日の活動は安全の啓蒙と交流イベントだから、持って歩いて音声流しているだけで構わないのだろう。
『怪人シスベシ』
『全滅だ☆』
……こっちは見なかったことにしよう。どうせ使わないだろうし。
「今日は怪人、襲撃に来なきゃいいね」
「たぶん大丈夫だ。この前たくさん倒したからな。それからは結構大人しくしているようだぞ?」
「この前のって……どんな奴だっけ?」
「うん。あまり破壊活動に従事しなかった怪人なんだが、首都圏の郊外に工場を作っていてな」
「工場? なに作ってたのそいつら? もしかしてヒーローたちを倒すための新兵器とか?」
「花瓶だ」
花瓶。そうか、花瓶なのか。
「ん? え? 花瓶? 花瓶って、あの花を生けるためのアレのこと? モロトフカクテルとかって別名のある特定通常兵器使用禁止制限条約で一部制限されてる焼夷兵器的な火炎瓶の間違いじゃなくて?」
「そうだ。その怪人たちは花瓶を買えば幸せになると騙って、無辜の人々に高値で売り付けるという凄まじい悪行を働いていたんだ」
「……まあそれも悪行だよね。つまり、この前の前衛的な絵を無理やり売りつけようとする異星人みたいな敵ってこと?」
「エウーリアンか。ユニフィケーターも似たようなヤツだ。そういう軽犯罪を働く怪人は世の中に星の数ほどいるからな」
「怪人が詐欺を働くとかやだなぁ。っていうかそんなの一般的な犯罪者の領分でしょ」
なんかそんな話を聞くと、怪人像が崩れてしまう。悪の組織とか怪人とかいうのには、もっとスケールの大きいことをやって欲しいものである。いや、実際やられたら大変困るんだけどさ。
「あ、そうだ。僕ちょっと行きがけにコンビニとか寄りたいんだけどいいかな? 缶コーヒーが欲しくてさ」
「ダメだ。活動中はコンビニに立ち寄ってはいけない規定なんだ」
「え? なにそれどうして?」
僕がヒロちゃんの否定の言葉に驚いていると、それにはイエローが答えてくれた。
「そういうところに行くとすぐに市民からクレームが来るんですよ。平和を守るヒーローが仕事をサボるな……って」
「えぇ……」
「世知辛いわよね」
「ほんとです。途中でコンビニ寄るくらい構わないと思うんですけどね」
イエローとピンクがため息を吐いて嘆く。
日本を守るヒーローが、なんか消防署員さんとか救急隊員さんみたいな状況に陥ってるみたい。なんでも話を聞くに、他のヒーローたちもそんなことになっているのだとか。世論とか情勢とかも大事らしい。ピンクじゃないけどヒーロー死ぬほど世知辛い。
……そんな話をしつつ、やがて僕たちを乗せたシャトルバスは目的地へと到着した。
場所は歩行者天国の一部を利用したもので、会場はすでに設営されていた。
観客席には大人もそうだけど、ちびっ子たちがいっぱいいる。ヒロちゃんたちのチームは日本で一番人気のヒーローチームなのだ。あんまりこういったイベントはやらないので露出は限られるけど、やるときは人がたくさん集まる。
あとは演者である僕たちの登場を待つばかりと言ったところ。
いや別にヒロちゃんたちは演者じゃなくて本物のヒーローなんだけどさ。
「今日は怪人倒されに来るかな?」
「レッドのバーニングスマッシュ見たいなぁ」
「おい、男ならエメラルドインパクトだろ!」
「ブルーのセルリアンスラッシュもかっこいいぞ!」
「イエローくん今日も可愛いわぁ。うへへ……」
「ピンク様ぁ~! こっちを! こっちを向いてくださいまそ~!」
なんか観客がざわざわしている。怪人待ちの子供とか、必殺技を楽しみにする子供、空弥くん目当てのお姉さんに夕希さんをカメラに収めようとするカメコなど。後半に行くにつれて邪念が強くなっていく気がしなくもないけど、まあそこはどうしようもない。こういうお仕事をしている人たちの宿命とも言えるものだろう。有名税有名税。
やがてプログラムが始まり、司会のお姉さんのコールと共にBGMが流れる。
打ち合わせ通り、僕たちはヒロちゃんを先頭にして舞台袖からステージへと上がる。
みんなはやっぱり慣れているんだろうね。テキパキとプログラムをこなしていくよ。
さっきの車内のギスギスが嘘みたい。仕事とプライベートは別ってことだね。
そんな中、僕は何をしてるかって? 僕は脇の方で手を振ったり、スタッフから渡された風船を配るために観客席に降りたり、あらかじめ吹き込まれた音声を流していくだけだ。ちょっと適当な動きをしてもいいから結構楽なお仕事だよ。何もなければだけどね。ほんとにさ。
『ぼく、にゃんダイン! みんなと仲良くなれたらうれしいな!』
ま、そんな感じで適当にボタンをポチポチしながらも、安全啓蒙プログラムは進んでいくんだけど。
……一方で僕の持ち回りの観客席では現在進行形でバイオレンスな事態になっている。
「おらぁ、にゃんダイン死ねぇ!」
「くらえ! バーニングスマッシュ!」
「お前も病院送りだぁ!」
ゲシゲシ。
バシバシ。
ボコボコ。
やんちゃな子供たちから、渾身のキックやパンチが飛んでくる。
これもイベントに登場する着ぐるみの宿命だろう。着ぐるみマスコットっていうのは、やんちゃな子供たちの標的にされるのだ。僕もいまだけミッ〇ーやミ〇ーになりたいよ。
そんな風に、僕ことにゃんダインが子供たちから凶悪な怪人扱いされているときだった。
ふいにヒロちゃんが僕に向かって叫んだ。
「にゃんダイン!」
振り向くと、ショーのプログラムの関係で噴出された赤い塗料が、何を間違ったのかこっち向かって飛んできた。
さすがに子供たちに浴びせるわけにもいかず、僕が代わりにもろに浴びてしまう形となった。
「にゃんダイン! 大丈夫か!?」
ステージ上からヒロちゃんの声が飛んでくる。
それに対して、僕は「こっちは大丈夫」と言うように手を振った。子供たちは無事だ。
「わわ……」
「にゃんダインありがとう」
さっきまでにゃんダインのことを殺害しようとしていた子供たちも、庇ったことですぐにお礼を口にする。子供は素直だ。
「うわ、もろに浴びてますね」
「あれはちょっと不気味ね……」
一方でダイイエローとダイピンクが、こっちを見て表情を蒼褪めさせている。
……ガラスに映ったにゃんダインの姿は、完全に血しぶき浴びたジェイソンだ。着ぐるみの頭の部分がホッケーマスクばりに血みどろでめっちゃ雰囲気出てる。なんていうか「いまちょっとそこで殺ってきちゃいました。てへ☆」みたいな絵面である。マスコットが一気にホラーに早変わりだ。
すぐに裏方のスタッフさんたちが僕の方に近寄ってきて、いろいろと相談。
「これ、どうする?」
「いま洗うにしても難しいな」
「しかたない。このまま続行しよう」
まあ結局相談は意味のないものになったんだけど。
僕はそのあとも風船を配りながら音声ボタンを押す業務に勤しむわけだけど、なんていうか、若干子供たちが引いている。「怪人に掴まって改造されたんだ……」だとか「地獄の底から蘇ってきたんだ……」だとか、果ては「いままで死んだ中の人の怨念が詰まっているんだ……」だとか言い出してる。子供は想像力豊かだ。あと、中の人は死人出してないからねそこんとこよろしく。
そんな中、ふいに突然観客たちの後ろの方が騒がしくなった。
何があったのだろうと意識をそちらに向けると、悲鳴らしき声が聞こえてくる。
こんなイベントで悲鳴とかマジ穏やかじゃない。よく見ると、観客たちの奥に黒いぴちぴちスーツを着た変質者もとい変態……じゃなくて戦闘員たちの姿が見えた。
「キー! キー!」
「キー! キー!」
……もうあれだよね。お約束というかさ。多分に予想で来ていたことではあるけど、マジで現れるとは。僕、意外と予言者の才能があるんじゃないだろうかと思う次第。
やがて、悪の組織の存在に気付いた観客たちが騒ぎ始める。
「悪の組織だ! 戦闘員が出たぞ!」
「ほんとだ! 生戦闘員! 動画動画! TikTakに上げないと!」
「え? なにこれイベントのプログラムじゃないの? マジ? スゲー」
「やったー! ヒーローの活躍が見れるぞー!」
「ちょっと画角に入って! イ○スタに上げるから!」
……うん。もうね、みんなわかってるんだ。こうなるって。緊張感とか危機感とかまるでないもの。もはや日常というか怪人は日常的に出て来て駅前の公共物とか世界平和を祈念するモニュメントとかぶっ壊すから、みんな慣れてる。怪人が現れてヒーローが倒すまでが事故率ゼロできちんとセットで付いてくるから、安心安全信頼の三拍子が揃ってるんだ。もちろんそれがにゃんダインの中の人に適用されるかどうかは話が別だけども。
観客の一部なんか動画に上げるために戦闘員に限りなく近づこうとするチキンレース開催してるし。みんな本当たくましい。
一方で突如現れた戦闘員たちはずっとキーキー言ってる。なんで戦闘員は「キー!」って言うのかって? そんなのお約束だからだ。理由はそれしかない。理由は深く考えてはいけない。気付いたら夜、家に一人でいるときにピンポンが鳴る。まあ、もしかしたら僕の着てる着ぐるみとおんなじで、ぴちぴちスーツを着ると自分の声が外部に出せないのかもしれないけどね。
にしてもなんでこいつら好き好んでヒーローのイベントに出てくるのだろうか。やっぱりぶち壊してやろうと思っている嫌がらせマインドの具現化的なものなんだろうけど、いっつも失敗するのによくやるよ。
なんていうか本当にしょうもない。ロボロボ団かお前らは。僕はメ〇ロットとか持ってないぞ。
僕が呆れる中、ヒロちゃんが声を上げる。
「みんな! 戦闘員を撃破するぞ!」
「……ふん」
「やれやれ誰かさんの言った通りになったな」
「わかりました! 戦いましょう!」
「みんな! 危ないから離れてて!」
ヒロちゃんたちは、それぞれ戦闘員に向かって行って戦い始める。
ヒロちゃんは右腕のマシンアームから繰り出すパンチで戦闘員を吹き飛ばし。
ダイブルーは腰に差したソードで戦闘員を斬り倒し。
ダイグリーンはその格闘術で殴ったり投げ飛ばしたり大暴れ。
ダイイエローは、なんかよくわからん不思議な光線銃を撃ちまくり。
ダイピンクは、指でハートの形を作って、そこから波動というかパルスというかなんかそんなのを放出して、戦闘員たちを撃破していく。
僕はそれを見ながら、観客たちを誘導してるんだけど。
「ちょっとにゃんダイン! そこ邪魔だよヒーローが見えないじゃない!」
「怪人はどこ!? 戦闘員だけ!? 必殺技を見るチャンスないじゃん!」
「いけー! ぶっころせー!」
「にゃんダインこっちはいいから! 避難なんてあとできちんとするから!」
……こいつらほんとよ。っていうか、あとで避難しても遅いっての。
まあ今日は敵の数が少ないからいいけど、これで戦闘員がもっといたり、怪人とかまで出てきたりしてたらシャレにならない。ヒロちゃんたちの負担倍増しだ。
「これで終わりだな」
「雑魚ばかりだったな」
「襲撃がこの数なんて、舐められたもんだぜ」
「でも今日は随分少なかったですね」
「ただの嫌がらせかしら? 性質が悪いというかなんというか……」
……そんな風に、ヒロちゃんたちが戦闘員を一通り倒し終わった折のこと。
「きゃぁああああああああああああああ!」
一区画先の通りの向こうから悲鳴が聞こえてくる。
それを聞いたブルーが、
「なるほどな。戦闘員を分散させていたというわけか」
仲間に相談もせずに、悲鳴が聞こえた場所に向かおうとする。
「おい待てブルー! 一人で行くなんて無茶だぞ!」
「無茶も何も市民が襲われているんだ。倒しに行くのがヒーローの務めだろう?」
「それはそうだが、まだここの安全確認もできていないだろう! まずは周囲をよく確認して……」
「俺は一人でも行く。嫌ならずっとここにいるんだな!」
ブルーはヒロちゃんにそう言って、空飛ぶボードに乗って飛んで行ってしまった。
すると、グリーンも空飛ぶボードを起動させる。
「怪人がいないなら、ここにいる必要はないな。俺も行かせてもらうぜ」
「グリーン! お前まで! おい待て!」
うーん。二人ともすごいスタンドプレーだ。いや悲鳴が聞こえたし一刻を争うときだから、気持ちはわからなくもないけどさ。迂闊というか、なんかそんな感じが強い。
……っていうか、ヒロちゃんのチームってこんな協調性なかったっけ? 前はもっとみんなで動いてたし、協力もしてたのに、ホントどうしたんだろうか?
イエローがヒロちゃんに声を掛ける。
「レッド、どうしよう……?」
「……二人だけで行かせるわけにいかない。私たちも行くぞ」
「わかったわ。みんな、にゃんダインの誘導に従って避難してね!」
(……え?)
僕の困惑も余所に、三人はブルーとグリーンのあとを追いかけようとする。
(ちょっとちょっと! みんなでそっち行ったらこっちどうするのさ! おーい!)
僕が身振り手振りで伝えようとすると、ヒロちゃんがこっちを向いた。
「アキ、すぐ戻ってくる! 引き続き避難誘導の方を頼む!」
ヒロちゃんはそう言うと、イエローとピンクと共に先に飛んで行った二人のあとを追いかけて行ってしまった。声が外に漏れない仕様になってるのがほんともどかしい。
……うんまあ、案の定というかこれ、いわゆる囮とか陽動ですよね。向こうで騒ぎを起こしてヒーローたちを引き付けている間に、観客たちを襲うっていうヤツ。なんでみんな引っ掛かっちゃうかな。集団戦エアプかお前ら。僕は最近経験したからエアプじゃないぞ。もちろんその道のプロであるハーゲントさんの指揮の下でだ。言うこと聞いて動いてただけだけど。
「あー、倒し切っちゃったかー」
「必殺技見れなかったねー」
「戦闘員に撃てばよかったんだよ」
「いや、それ戦闘員死んじゃうから」
「ヒーローいないしそろそろ避難しよーぜー」
一方で観客たちは僕の憂慮も関係なし。ヒーローが飛んで行ってしまって一気に消沈モードだ。
この状況を利用して手っ取り早く避難させようかと思ったけど…………まあ無理だよね。
「ウシシシシシシ! 作戦成功だぞ!」
なんか向こうの建物の影から、変な笑い方をする改造怪人を筆頭に、戦闘員たちがゾロゾロと現れる。舞台袖から申し訳程度に出てくるエキストラみたいな感じだけど、改造怪人がいるのでちゃんと主力らしい。
っていうかこいつら他の戦闘員がやられるまでそこでずっと隠れて見てたのか。なんかその絵を想像すると物凄く情けない。
ちなみに今回現れた怪人は、黒い体毛を持ったミノタウロスのような姿をしたヤツだ。久しぶりに真っ当な怪人を見た気がするけど、和服っぽい衣装を身にまとっているのは何故なのか。やっぱりこいつも食材系モチーフの怪人なのだろうか。黒毛和牛的なジャパニーズビーフなヤツ。
「ウシシシシシシ! 馬鹿ヒーローどもめ! 簡単にひっかかりおったわ!」
ほんとです。そこは否定できないのがマジかなしみで悲哀を誘いますよ。
悪の組織の怪人と戦闘員は、避難していない観客たちを取り囲むように展開する。
「あとはそこにいる着ぐるみだけだ! ヒーローの安全啓蒙イベントなどぶち壊しにしてくれるわ!」
「…………」
なんかもうね、情けないよね。ぶっ壊すのが市庁舎とか、インフラ施設とかじゃないんだもん。なんかスケールが小さくて悲しくなる。いやイベントぶっ壊すのは確かにヒーローとしてはちびっこ的に効果絶大だろうけどさ。もっとこうなんか、敵役には盛り上がり的にも大志を抱いて欲しい限りである。
「え? なにこれちょっとマズくない?」
「ちょっといまヒーローいないんだけど!」
「怪人テメーそれルール違反だぞ! ルール違反!」
「ネットに上げて炎上させてやるからなー!」
観客たちはやっと危機感を持ったのか、また先ほどのように騒ぎ始める。
っていうか一部よ。怪人をネットで晒すとか効果ないでしょ何考えてんの。
うーん。にしてもマズいなぁ。ヒロちゃんたちがいなくなったせいで、誰も観客を守る人がいない。
よし、ここはあれだ。僕が動こう。って言ってもボタン押すだけなんだけど。みんなが戻ってくるまで時間稼ぎだ。適当に助けてーとか宣って、泡食った動きしてれば何とかなるでしょ。
観客の避難の方はスタッフさんたちにお願いして、僕は前に出た。
「ほう? 着ぐるみごときが前に出て、一体何をするつもりだ?」
改造怪人が前に出てきた僕を見て、あざ笑う。まあ着ぐるみだしね。そんな反応も仕方ないよね。
えっと、まずは四番のボタン四番のボタンっと。
ポチ。
『改造怪人! 死ねぇ!』
ボタンを押したら外部スピーカーからそんな台詞が飛び出した。
「…………あ」
やべー、いまの五番のボタンだった。
マスコットキャラが唐突に口から吐き出した場違いな暴言に、周囲はしーんと静まり返る。時が止まったみたいに、怪人たちはおろか観客たちさえフリーズしてしまっていた。しかもなんか『死ねぇ!』の部分がやけにエコーがかかってたのは気のせいだろうか。
やっばいやっばい、手が滑って押し間違えちゃったよ。
「死ねだと? たかが着ぐるみごときが随分と大きく出たな」
いやだって仕方ないじゃん。これボタンがお隣同士なんだもの。そりゃあ押し間違ったりもしますよ。ヒヤリハットヒヤリハット。っていうか、あとからコソコソ出てきた連中に『ごとき』なんて言われたくないよ僕はさ。
申し訳程度に四番のボタンを押す。
ポチ。
『みんなー! たすけてー!』
そんな声が、歩行者天国に虚しく響く。当然こんなんで助けなんか来るわけがない。
っていうか挑発したあとに助けを求めるとか超シュール。
僕は着ぐるみの中でゴソゴソ。おもむろにスマホを手に取った。
呼び出し音が鳴ると、すぐに相手に繋がった。
「……もしもしヒロちゃん? いま大丈夫?」
「もしもし! アキ! そっちは無事か?」
「いま囲まれてちょっとまずい状況ですー。なんていうか早く助けに来てくれたらありがたいなー。メーデーメーデー」
「こっちはいま手が離せない! 子供のいるところに戦闘員たちが向かって行ったんだ!」
そっか。それなら仕方ないよね。いや子供はこっちにもいるんだけどさ。
「……わかった。こっちはなんとか耐えてみるよ」
「頼む! 急いで全滅させてそっちに行くからな! 無事でいるんだぞ! …………おい君、早く逃げるんだ! なに? 私の必殺技が見たいだって? あとでテレビで映るからそれで我慢してくれ!」
…………なんか向こうすごく忙しそうなので、さっさと通話を切った。
うん、まあこうなりますよね。何かあるってことはシャトルバスの中で多分に予想されてたことだから、一応心の準備はできてたよ。
なんていうか、僕にはまだフラグをへし折る力は備わっていないらしい。
結局ここは、僕がどうにかするしかないみたいだね。