第22階層、醤油に翻弄される者たち 約9000文字
【登場人物】
九藤晶…………主人公。よくギルドの食堂で、自分勝手にご飯を作って食べているメシテロリスト。
スクレール…………耳長族の拳士で、最近ギルドでもそこそこ有名になっている。醤油が好き。
つなぎ役の子…………スクレールと里の橋渡し役を行っている子。醤油が好き。
本日の冒険者ギルドにて。
今日も今日とて学校帰りに友達の家に遊びに行く程度の感覚で異世界に現れた僕ことクドーアキラ。
ほのぼの椅子に座って、まったりジュースを飲んでから、さあ迷宮へお出かけしようかなと平和でゆるゆるな計画を目論んでいたときだった。
みかん百パーセントを謳う歴史ある飲み物をぐだぐだ味わっていると、食堂の受け取り場所からスクレールが出て来たのを見つけた。
銀色のポニーテールをふりふりと揺らして、きょろきょろと辺りを見回し、背伸びしたり横を覗いたり。どうやら空いている席を探しているらしい。
いまは夕方のお時間であり、晩御飯で込み合うちょっと前。だけども、ちょうど迷宮から冒険者が戻って来る時間帯でもあるため、席が徐々に埋まりつつある。
洗い場で汚れを落として一休み。
テーブルの上に今日の成果を広げて分け前のご相談。
ナイトアタックに向けた打ち合わせ。
ちょっとギルド前を通りかかったから寄って雑談。
当然冒険者には規則正しい生活なんて無縁のものだから、いまがお食事タイムって人もいる。
まあ、要するに込み合う直前ってことだ。
よく見ると、この前初めて会った耳長族のつなぎ役の子も一緒だった。
フード付きの砂除けマントを着込んで、時折そのフードの影から鋭い眼光を放っている。
手には同じように湯気立ち昇る器の乗ったトレーが一つ。
二人でお食事タイムなのだろう。
「おーい」
「アキラ」
手を振って呼びかけると、スクレが長い耳をピコンと跳ねさせた。
いつものように平坦な語調の返事をしてから、つなぎ役の子を後ろに引き連れて、すぐにこちらに歩いてくる。
「アキラ、これから?」
「そうそう。まったり流そうかなと思ってね。そっちの人もお久しぶりでこんにちわ」
「うん」
軽く挨拶を口にすると、つなぎ役の子はこくんと頷いた。
「今日は何食べるの?」
「これ、おいしくないお粥」
「謎原料」
「あ……」
こっちはもうその言葉で察しました、である。
おかゆなのに原料謎とはこれ如何にといったところだが、ここの食堂にはそんな妙なものが食材としての地位を確立しているのだ。
一応これにも、穀物らしきものを使っているらしい。
だけど謎。なんの穀物なのかは食堂の中でも一部の人間しか知らない。知らされないという謎の食物だ。
ギルド食堂名物、三大ゲロマズ料理、その内の一つでもある『謎のお粥』。名前もこれで通っているのだから、異世界のネーミングセンスに対して懐疑的になるのも無理からぬことと許して欲しい。
肝心のお味についてだけども、お食事中の方々には大変申し訳ないのだけど、これがまあほんとマジでおいしくない。マズい。ゲロだ。マイルドに形容しても吐瀉的なブツである。酸っぱい匂いがしないだけマシというくらいにゲロを極めてるんだからどうしようもないことこの上ない。
湯気を立てた粒々どろどろ流動食が、ふつ、ふつ、と湯気由来とは違うタイプの気泡を上げる。「危険じゃないですよー」とその無臭ぶりで訴えかけながら、食べた者を悶絶させるという、毒キノコも真っ青なムーブを行うギルド食堂のオールドフェイス。
ちなみに残り二つが。
【歩行者ウサギ】がいつももしゃもしゃ食べてる草で作った『おいしくないスープ』。
この前シーカー先生が腹の減り具合と口に残る嫌な苦さを天秤にかけて葛藤していたアレだ。時折冒険者に成り立てのルーキーとウサギが葉っぱを取り合って追いかけっこをしているくらい一部界隈には人気がある。もちろん味はお察しだけど。
そして最後の一つが、〇清や〇ックも目じゃないぜくらいの大いなる謎『謎のお肉ステーキ』だ。
これについては『本当に食べてしまったのか』的なお話になるのが怖くて、いまのところ一度も口にしたことはない。だって結構大きな塊を安価で提供してくれるんだもん。値段で怖くなったって仕方ない。エビの味がする虫とか、肉の味がするゴムとか、きっとそんなのだ。絶対「真っ当なお肉じゃない」に500万ペリカかけてもいい。
「今日はどうしてまた謎のお粥を?」
僕は素直な疑問を口にする。
スクレほどの稼ぎがあるなら、お安い食べ物で我慢する必要はないはずだ。
ギャンブルクズのシーカー先生ならばいざ知らず。お金の管理もしっかりしている彼女なら、たとえ月末の懐寂しい時期であっても、お財布の中は余裕なはずだ。
「里で入用だから、手持ちは最低限残して、あとは送る」
「そうなんだ」
「そう。これもショウユウーのため」
「あー、なるほどね」
耳長族の里の方で、醤油の生産が決まったのだろう。そう言えばこの前、資料を渡したし。
だからそのための費用を、彼女も供出するというわけだ。
「でもだからって謎のお粥にしなくてもいいんじゃ?」
「ショウユウーのためなら我慢も苦じゃない」
「目指せショウユウー一般化」
つなぎ役の子も万歳をして、ノリノリである。
ほんと耳長族醤油好きすぎ問題。
ここまでするとは思わなかった。
もう手の甲に乗っけてペロペロするだけでは我慢のできない身体になってしまったらしい。やめられない止まらないを謳う危険ドラッグ的フレーズで有名なカル〇ーのお菓子も目じゃないぜ。
だけど、やっぱり気になるのはお粥のことだ。
「ほんとに我慢できるの?」
訊ねると、スクレは器に目を落として、苦い顔。
「……正直後悔してる」
「……想像以上。これを食べて吐き戻さない冒険者たちは、すごい精神力を持っていると推察する」
だろう。そのマズさの鮮烈な記憶から、高位ランカーになっても時折食べたくなるらしい。僕もそんな錯乱した冒険者を何度も見た。例外なく目がぐるぐるしているし、絶対『催眠目玉』の放つビームか何かの後遺症だ。
スクレが意を決して、匙を口に運ぶ。
「……おいしくない」
がっくりと項垂れるように頭を下げるスクレールさん。
一方、つなぎ役の子も匙でお粥を掬って口に運んだ。
「ぐ、ぶふっ……」
つなぎ役の子は、あまりのマズさに吹きかけたらしい。えずいた反射で目に涙がたまっている。
冒険者稼業は地獄である。
そんな地獄から脱するために、僕が提案。
「醤油でもかけたら?」
「それはショウユウーがもったいないからダメ」
「貴重なショウユウーは、もっといい料理に生かすべき。こんなものにかけるなんてショウユウーへの冒涜的行為」
二人とも意見は一致している。
というかそれで冒涜的な行為ならば、現代日本の人はどれだけ禁忌を犯しているのか。
たまに直飲みする冒険者とかいるけども、あれなどかなりヤバい部類に入るのではないか。
それにしてもつなぎ役の子、今日はよくしゃべる。前は共通語あまりしゃべれなかったはずだけど、勉強したんだろうか。流暢とはいかないが、片言ではなくなっている。
そんなときだった。
近くにいた冒険者が、よく聞こえる声で、
「おいおい、あれ見ろよ。あいつら貧乏そうなモン食ってるな」
「耳長族のクセに、あんなモン食ってら。よっぽど潜行が下手くそなんだな」
「わははは!」
「あははは!」
とかなんとか言って、こっちを向いて嘲笑っている。
ニヤニヤとした視線を向けながら、だ。
「む」
「う」
スクレとつなぎ役の子がイラっとした様子で反応する。
そりゃああんなこと言われたら腹も立つよ。しかもスクレよりもずっとランクとかレベルとか低そうな冒険者たちだ。
しかしあいつらってば、最近ランクを物凄い勢いで駆けあがっているスクレールのことを知らないのだろうか。いや、それはないはずだ。フリーダで冒険者をしている耳長族は僕の知る限りスクレくらいしかいないし、銀髪ポニテの『銀麗尾』はいまはみんなが知っている冒険者になりつつある。
つまりこれは、ただのやっかみである。
ともあれ、その言いようにつなぎ役の子が腹を立てたらしく、ちょろっと殺気を滲ませた。
うん。まず最初に被害を受けるのは近くにいた僕ですよね。
胃とタマタマがきゅんとなる。僕は何もしていないのにひどい限りである。その形而上概念操作に指向性を持たせることはできないものか。つらみ。
だけど、すぐにスクレールが止めに入った。
「ダメ」
「でも」
黙っていられないつなぎ役の子に、スクレは再度首を振った。
そのへん、僕もスクレに同意する。
「さすがにね。あれくらいは我慢しないと」
「でもスクレ姉がバカにされたのは納得いかない」
「それはまあ、わかりみですけど……」
うん、つなぎ役の子が怒り心頭になる気持ちはわからないでもないよ。でも、そんな程度で暴力沙汰を起こしてはキリがないのだ。いちいち付き合ってやっかみを暴力で粉砕玉砕大喝采していれば、やっぱりランクの査定に響くしね。
「冒険者は節度も大事」
「……わかった」
スクレが再度宥めると、つなぎ役の子は怒りを収めてくれた。
僕はさっきの冒険者たちに目を向ける。
「あれだね。自分よりランクの高い冒険者が質素なもの食べてるから、優越感に浸ってるんでしょ」
だけど、ニヤニヤと嫌味な笑いを向けてきたり、聞こえよがしに美味い美味い言ったり、焼肉を見せつけて来るのは正直腹が立つ。そっちだってそこまで上等なものでもないだろうに。自慢するなら上の階の高級レストランの食べ物でやれと言いたい。
ふと、スクレが立ち上がった。
そして、
「……やっぱりぶち抜く」
堪忍袋の緒が切れてしまったらしい。予想よりも随分とお早かった。
「まあ待ってよ」
「アキラ、邪魔しないで」
「さすがに流血沙汰はさ」
「耳長族は誇り高い種族。絶対に退けないときがある」
食い物でかよ。
「さっき言ってた節度はどこいったのさ」
「もう限界」
「ここは抑えて、抑えて」
「うー」
スクレはほっぺをぷくっと膨らませる。すっごく可愛いけども、いまはそんなこと言ってる場合じゃない。いまはさっきのおバカな冒険者たちが、流露波など、耳長族のトンデモ武術でぶち抜かれて死体を晒すか晒さないかの瀬戸際なのだ。
どうするべきか。
見て見ぬふりをするべきだろうか。
まああの冒険者たちがどうなろうと僕の知ったこっちゃないんだけども、スクレールたちにこんなしょうもないトラブルを起こさせるわけにはいかない。
何か手を講じなければ。
「やっぱりぶち抜く」
「一撃必倒」
「ちょいちょいちょい……」
つなぎ役の子も怖い賛意を口にしながら立ち上がる。
ド・メルタにおける強種族のお二人。
殺気が身体からにじみ出ていて、察しのいい冒険者たちはトラブルに巻き込まれまいと距離を取り始める。
さっきの冒険者たち? 気付いてるわけないじゃん。冒険者ギルドではお馬鹿=雑魚なのだ。方程式になるまでもなく成り立っている常識である。
というか耳長族をバカにして笑いものにする人間が強いわけがない。
冒険者をぐちゃぐちゃにせんと歩き出した二人の背中に。
「ねー、ちょっと考え直してさ」
「ムリ。限界」
「謝罪が必要」
うーん。ならこれならどうだ。
「やめてくれたらー、醤油を使ったー、最強の料理をー、食べさせてあげようかなってー、思ってるんだけどなー?」
そう言うと、スクレの耳がピコンと跳ねて、つなぎ役のこのフードも大きく動いた。
「我慢できないならー、仕方ないよねー、これは僕が一人で食べちゃおう。そうしよう」
もうほんとミゲルに大根って言われても仕方ないくらいあからさまなセリフを口にすると、
「ちょうどいまやめようと思ってた」
「クドーアキラは神」
二人は回れ右の要領でくるりと反転、こちらを向いてダダダッと駆け寄って来た。
……うん、ちょろい。ほんとちょろいよこの子たち。耳長族の誇りよ一体全体どこ行った。
スクレとつなぎ役の子は、すぐさま席に戻って謎のお粥を掻き込んでカラにする。
一瞬マズさに悶絶するも、醤油を使った料理のためなら苦でもないということなのか。
物凄い気概を見せつけられた気分だ。
二人はすぐに水を飲んでお口直し。
そして僕に期待に満ちた視線を向けて来る。
「わくわく」
「わくわく」
瞳のきらきらが眩しい。
ともあれここで僕が「最強とか嘘です。てへ」なんて言おうものなら、どんなことが起こるかはエスパーでなくても目に見えている。
おそらく彼女たちは暴走するはずだ。
さっきの冒険者たちが八つ当たりでぐちゃぐちゃにされて、僕も吊るし上げられる未来が見える。
それはいけない。
ということでまずは、虚空ディメンジョンバッグから、カセットコンロと小さめの鉄のフライパンを取り出す。
スキレットね。
そして、醤油とバターを出して、最後にメインである「とある缶詰」をテーブルの上に置いた。
業務用、1850グラムのヤツである。
すると、スクレが、
「これの中身は?」
「コーン。トウモロコシ」
「知らない。知ってる?」
「(ふるふる)」
つなぎ役の子も、首を横に振っている。そう言えば、この世界にきてトウモロコシを見たことがない。だいぶ前に食べたステーキの付け合わせも、キノコとイモだけだったし。
ないのがフリーダだけで、探せばどこかにあるのかもしれないけど。
一応スクレは以前に口にしているはずだ。
「ほら、あれ。コーンスープの原料だよ」
「――! あれはおいしかった。期待できる」
クノー〇神のことを思い出したか、スクレの目が一層輝く。つなぎ役の子も彼女の様子を見て、さらにわくわく。一層期待に満ちた視線を向けて来る。
「それで、何を作るの?」
「僕がこれから作るのは、バター醤油コーンだよ」
「バターショウユウ―」
「コーン」
そう言って、スキレットをイイ感じで熱して、そのうえにバターを引く。
「バターのいい匂い」
「(こくこく)」
バターが溶け来ったタイミングで、コーンをぶちまけ、さらに追いバター。
それだけでもいい香りが漂うのに、だ。
「もしかして、ここにショウユウー?」
「そうそう」
以前ステーキのときにも、バター醤油を味わったことがあるスクレには、わかったのだろう。
醤油を回しかけると、すぐさま醤油の香りが立ち昇る。
「ふわぁあああああ!」
「ここが理想郷……」
スクレは興奮の声を上げ、つなぎ役の子はうっとりしすぎて異世界から別世界に行ってしまった。うむ、そこがヴァルハラでないことを切に願うばかりである。
ともあれ手早くかき混ぜると、熱された醤油の匂いが、大ホールの一角を占拠する。
醤油とバターの香り、そしてコーンに付いた焦げ目がひどく食欲をそそる。
すでに二人はじゅうじゅう言っている鉄板に目が釘付けで、口の端からよだれを垂らしていた。ちょっとカセットコンロを左右に動かしてみると、二人の目と首がつられて動く。
右に寄せると顔も右に。
左に寄せると顔も左に。
なんか、おもしろかわいい。
バターと醤油の焦げた香りで、周囲の視線もこっちを向いている。
「お、おい、ありゃあなんだ? あんなの食堂に売ってたか?」
「いや、見たことねぇ……」
「すげぇいい香りがするぞ……やべぇ超腹減ってきた」
当然、二人のテンションも上がる上がる。爆上がりである。
「ショウユウーとバター、至高」
「ショウユウー! ショウユウー!」
いまどきバター醤油コーンで喜ぶ人間など、幼稚園生とか小学生くらいだろうが。
この世界では初の食べ物だ。
さっきの冒険者たちのことなど、すでに意識の外らしい。
テーブルの上に敷物を置いて、その上に鉄のフライパンを置き、スプーンを渡す。
「……食べていい?」
「(じー)」
熱視線を向けて来る二人に、
「鉄板がお熱くなっておりますので、お気を付けください。お食事の際はよく混ぜてお召し上がりを」
なんてちょっと店員さんっぽく言うと、二人はコクコクとものすごい勢いで頷いて、コーンにスプーンを突っ込む。
そして、ひとしきり混ぜ終わると、
「はふはふ」
「あむあむ」
口に運んで咀嚼した直後、スクレの耳が激しくピコンピコン跳ねる。
「甘くておいしい!」
「うまうま……うまうま……」
感想も手短に述べて、コーンを夢中で頬張る二人。
つなぎ役の子に至っては恍惚に囚われていて、まるでゾンビのよう。
その間にもう一つスキレットを取り出して、追加の調理に取り掛かる。
この勢いだとかなり作らなければならなくなりそうだ。
「はいブラックペッパー」
スクレに、味変のためブラックペッパー(ギャ〇ンではない)を渡すと、追加で作ったコーンにかけ始める。
そして、スクレは匙でひと掬い。
さっきまで嘲笑っていた連中に、見せつけるように。
「最高」
勝ち誇ったような顔を見せる。
一方そんな仕返しされた方は、額に青筋を作ったかと思うと、急に椅子から立ち上がった。
「テメェ!」
「舐めやがって!」
激発である。
自分から仕掛けてきたのにこれとは理不尽なことこの上ない。
この上ないんだけど、彼らが見ているのは何故か僕で――
「え? 僕? なんで対象が僕になるの? それおかしくない?」
「おかしくねぇよ! ふざけやがって!」
「そうだ! 全部テメェのせいだ!」
「うそーん」
僕はバター醤油コーンを作らなければよかったとでも言うのか。
まったくひどい話である。
僕は君たちを守ったのに。お助け料とか一億万円欲しいくらいなのに。拳で払うとかそんな展開期待してない。
冒険者二人は拳をぽきぽき鳴らして近寄って来る。
一方、その足音に対して、当然スクレもつなぎ役の子も反応した。
もともと彼女たちもやるつもりだったのだ。動くのも当然だろうね。
だけどまあ結局はこうなってしまうのかと、ため息が出てしまう。
と、そんな中――
「おい、お前ら」
「あん?」
なんか、例の冒険者の後ろからぞろぞろ他の冒険者が来た。
しかも、装備の質がかなりいい。ミゲルたちだって目じゃないくらい。いやたぶんきっとそれ以上の上物だ。
「なんだテメェら! 邪魔する気――」
「そうだ」
威勢よく振り向いた冒険者は、最後まで言葉を口にできなかった。
後ろから来ました方々の中で先頭に立っていた一番偉そうな若くてワイルドそうなお兄さんが、スクレやつなぎ役の子にも負けない、いやそれ以上かもしれない殺気を放ったのだ。
まだまだ離れてるのに、僕も目眩がしそうなくらいきつい。
当然真正面にいた二人はおかわいそうに、一瞬でその場に昏倒した。
なんというか僕のバター醤油コーンはなんだったのかという展開だ。
殴る蹴るの暴行的な暴力事件に発展しなかっただけいいと見るべきか。
まあ、これでもここでは穏便に済んだ範囲に入るんだけどもさ
ともあれ、僕が助けてくれたお兄さんたちに「ありがとうございます」と声を掛けようとしたんだけど、お兄さんが僕の方に歩いてきた。
「おい」
「はい?」
そして、上から声を掛けられた。背が僕よりずっと高いからね。見下げる形になるのだ。
というかなんか怖い。いや顔は怖くないんだけども、なんか雰囲気がね? こう、高レベル的なあれだよ、あれ。
そんな中、ふと周囲から聞こえて来るひそひそ話。「あれは黒の夜明団の……」とか「赤光槍だ」とかだ。
確かにお兄さん。二つ名の通り赤くて大きな槍を背負っている。
そんで鹿賀丈史的に僕の記憶が確かならば、この人はフリーダ三大巨大チームの一つ『黒の夜明団』の幹部の人だったはずだ。冒険者ギルドでも超超超有名な人の一人である。
そんで、その超有名人さんが、
「君がクドーアキラか?」
「え、はい。そうですけど。ごめなさい」
「なぜ謝る?」
「いや、なんか空気的に謝らないといけない気がして、つい初手謝罪的なムーブをしてしまった次第です」
だってしょうがない。こういうことが突発的に発生すると、日本人的自衛のために、ごめんさいとかすみませんとかかましたくなるのだ。
もう反射的に口にしてしまうのがデフォで設定されている人種なのだから仕方ないのである。
そんな中、『赤光槍』さんから突然ガシっと手を握られた。
そして、
「はちみつポーションを作ってくれたこと、感謝の言葉もない」
「は? え? はあ」
突然のことですぐに察することができなかったけど、はちみつポーションの言葉で思い至る。
この人、怪着族の人なのだ。はちみつポーションでお礼を言う人たちなんか彼らくらいしかいないし。
そう言えばこの人、よく見たら魔物皮の腰巻を巻いている。これは、うまいこと消えずに残った皮を利用したものだろう。なかなか珍しいものを持っているのはさすが大ギルドの幹部さんだ。
ともあれ、
「怪着族の方だったんですか」
「ああ。君のおかげで怪我の憂慮が減った者の一人だ」
『赤光槍』さんはそう言うと、後ろの人に持たせていた荷物をテーブルの上に置いていく。
「これは国の族長からだ。感謝状とお礼の品だ」
「え? え?」
なんていうか、ポンポンとたくさん。しかも結構高価そうなものばかり。感謝状に勲章みたいな装飾品に、もろもろいろいろである。
こんなに貰ってなんかすごく申し訳ない気分になるのは、僕が小市民だからだろうか。
「なんかありがとうございます」
「礼など言うな。それはこちらが言うべきものだ」
そう言って「本当にありがとう」と感謝の言葉を述べられる。
……こんな風に、最近はやたらと怪着族の人から感謝される。
身近なところだとレヴェリーさんとか。
緩い感じのチームにいたお兄さんとか。
というか怪着族の人、そのうち怪我もしてないのにはちみつポーション飲んで怒られそう。甘味のストックがこれしかなかったからとか言って。あり得る。というかそんな未来しか見えない。僕って結構罪深いことしてしまったのかもしれない気がしてならないよ。
すると、コーンを頬張っていたつなぎ役の子が、
「怪着族からも感謝されている。すごい」
「そう。アキラはすごい」
つなぎ役の子が尊敬のまなざしを送ってくる。「やはりクドーアキラは神」とか言ってる。そういうの、神様に対して失礼にならんのじゃろうか。
というか何故かスクレが自慢げにうんうん頷いている。
感謝状やらお礼の品やらの受け渡しが終わった折、ふと『赤光槍』さんが、チラチラしているのに気付いた。
対象はあれだ。バター醤油コーンである。
怪着族的に、食欲が刺激されたのだろう。
「食べます?」
「……! いいのか!?」
ちょっと嬉しそう。
「ええ、まだ沢山ありますし」
「で、ではご相伴に与ろうか。うん」
チラ見がバレたのが恥ずかしかったみたいだけど、匂いを嗅いだら吹っ飛んだようで、スクレやつなぎ役の子も斯くやの勢いで食べ始めた。
とまあ、そんなこんなで、『黒の夜明団』関係の人たちにもバター醤油コーンをごちそうすることになった。
はい。1850グラムが一気にカラになりましたとも。こいつらほんと食欲すさまじい。
うん? 倒された冒険者たちはどうなったかって? そこらへんに転がってたけどいつの間にか消えてた。僕は知らない。