階層外、ポーションマイスター、メルメル・ラメル。その2。約9300文字
前回の続きです。
――ポーションマイスターメルメル・ラメルは、路地裏での大冒険を終え、冒険者ギルド二階にあるポーションショップ『女神たちの血みどろ血液』にたどり着いた。
相変わらずおかしなネーミングのショップで、相変わらず店外には各種希少なポーションを求める冒険者たちが長蛇の列を作っていたが、いまはそんなことを気にしている状態ではない。
いまの自分には、代金回収の他に、もう一つ重大な仕事が課せられているのだ。
(デイマさんのところに卸せなくなった分を、どうにかして卸せるようにしなきゃ……)
そう、失った取引先分の補てんである。取り引き量の増加ができなければ、自分たちは路頭に迷う――いや、最悪首を括らなければならなくなるかもしれないのだ。
この店に、大手工房の息がかかっていないことを願うしかない。
祈るような気持ちで店に入ると、やたら元気な店員と何者かが、勘定場で何やらやり取りしているのが見えた。
近付くと、向こうもこちらに気付き、
「あ、ラメルさん! ちわーでーっす!」
無駄に元気な店員が笑顔で緩い挨拶をしてくる。だが、彼女と話をしていたもう一人が振り向いたとき、自分の身体は緊張で縛られた。
「――おやおや、これはこれは寂れたポーション工房のお嬢さんではないですか」
「あ、あなたは、イルネス工房の……」
やけにうるさい店員と話をしていたのは、大手ポーション工房の営業の男だった。
自分と同じように代金の回収にでも来ていたのか。こちらが固まっていると、営業の男は先ほどの冒険者崩れたちが見せたものとはまた別種の、いやらしい笑顔を向けてきて、
「あなたも代金回収ですか? それともポーションの売り込みに? 大変でしょうね。あなたのような小娘が管理する工房で作るなんの面白みもないポーションでは、取り引きしてくれるところにも困るでしょう?」
どの口が言うのか。その取引先に圧力をかけ、次々と潰しているくせに。
「あ、あの、そういうのはウチの店では勘弁して欲しいですけど……」
いつもは騒ぎっぱなしの店員さんが、困ったような顔で、対応に窮している。
そんな中、話し声を聞きつけたらしいポーションショップの店長が、店の奥から現れた。
「あぁらぁん? なになにぃ? なんか楽しいお話ぃ? アタシも交、ぜ、て?」
必要以上にくねくねしながら、会話の輪に不躾に侵入しようとしてくる大柄色黒の男性――いや、オカマ。ここ『女神たちの血みどろ血液』の店長その人だ。
営業の男は店長を見るなり、うっと息を呑み、顔色悪くしてたじろぐが、さすがは人と接する部署の人間か。すぐに平然とした顔に立ち直り、姿勢を正す。確かにあの顔であの喋り方は精神によろしくないだろう。
「てんちょー! 店長はまだお呼びじゃないですよー! 召喚してから出てきてくださいよー!」
「で、もー。これはあなたじゃ荷が勝ちすぎるんじゃなーい?」
「それは、まあ、確かに……」
「でしょう?」
常に叫ぶ店員さんも、大手工房の営業相手では厳しいか。そんな彼女のことを慮った店長は、店員さんを後ろに下げて、自分たちの前に立った。
……大きい。目の前に来られると、オカマという部分関係なく圧倒される。巨大だ。成人男性の平均的な高さを少し超えたくらいの背丈の営業の男よりも、頭一つ分は大きい。しかも、胸板がやたら厚い。腕も丸太並みに太い。ふとももは、まさしく女の腰ほどもある。腰筋肉の塊だ。
「イルネス工房の代金回収は、もう少し先だったと思うけどぉ?」
営業の男も、店長の体格に圧倒されながらも、咳払い一つで立ち向かう。
「今日は、ご相談がありましてここに来た次第で」
「あらぁん? なにぃ?」
ひたすらくねる店長に対し、営業の男性は、
「ぽ、ポーションの取り引きに関してですよ。取り引き量を増やして欲しいのです」
「……それについては、簡単に良いとは頷けないわね。こっちは公認店だから、取引量の枠があるのよ?」
取り引き量の枠とは、そのまま公認店で扱えるポーションの量に関しての取り決めだ。冒険者ギルドの公認店は店舗の基盤が強いため、どの工房も取り引きをしたがる傾向にある。その要望を唯々諾々と聞いて取引量を増やせば、他のポーションショップは当然割りを食うことになって経営を圧迫されてしまう。それでは健全でないからと、扱うポーションの量を自主的に制限しているのである。
「ですから、他の工房との取り引きの枠を、削って欲しいと言ってるんです」
「あらぁ?」
「もちろんタダでとは言いません。私どものポーションにしていただければ、品質の良いポーションを優先的に回すことをお約束しましょう。そのうえハイグレードポーションの方もです。それならどうです? ここにいる小娘の工房と取り引きを続けるよりも、ずっといいと思いますが?」
「…………!?」
この男は蹴落とそうとする相手の目の前でそんな交渉をするのか。面の皮が厚いとかいうレベルではない。
あまりの物言いに、声を上げそうになったそのとき、店長がやけに醒めた視線を走らせ、
「ウチはね、そういうゲスい取り引きはしないようにしてるの」
「……いくらギルド公認ショップと言えど、安定してポーションを仕入れることはできないはずですが?」
「そうね。でも、だからこそ、取引先を大事にしてるの。ポーションを作るのは、工房じゃなくて人間だからね」
店長はそう言って、手をひらひらさせ、この話はもうおしまいと態度に表す。
――ポーションショップ『女神たちの血みどろ血液』店長、ゲール・ホモッティオ。以前は迷宮内で冒険者と取り引きをして回る迷宮行商人として活動していたという。一筋縄ではいかない人物であり、情に溢れる人物でもある。下衆な取り引きに転がるような人間ではない……化粧のどぎついのオカマだけど。
「こんな小娘の工房など大事にしてなんの――」
「そこまでにしておきなさい」
「くっ……」
営業の男は諦め悪く交渉を続けようと試みるも、店長の鋭い視線に封じられる。剣呑な気配のせいで一瞬空気が冷たく引き締まったが、それはすぐに緩和して、
「それでぇ、メルちゃんの方は代金回収ねぇ? いま用意してくるからちょっと待っててぇ」
ここだ。ここで言わなければ、機会はない。取り引きの量を増やしてもらわなければ、自分に明日はやってこないのだから。
背を向けた店長の背中に、声をかける。
「あの、待ってください!」
「……?」
「今日は代金もそうですけど、お願いがあってきました!」
「あら、なに?」
「うちの工房と取り引きする枠を増やして欲しいんです!」
その言葉に、店長はおろか店員さん、営業の男も驚いたような表情になる。
すると、すぐに営業の男が蔑んだような視線を向けてきて、
「はっ! 図々しい娘だな。取り引きの量を増やせだと? お前の工房との枠など増やして、ショップになんの利益があると言うのだ?」
「それは……」
確かにそうだ。たとえ自分の工房と取り引きの量を増やしても、ショップが得るものは何もない。自分の作るポーションに特別なところはなにもなく、あると言えば、ただ適切な量を守り、魔力の細かい調整を図っているというくらい。
「そうだろう? 見返りがなければ、そうそう簡単に枠を増やすことなどできるわけがないんだよ! 少しは考えて物を言え! このバカが!」
「…………」
営業の男は、口汚く罵って来る。弱り目を好機に、これでもかと容赦なく。
……だが、言われっぱなしでいいのか。ただ量を作り出すことにのみ固執しただけの工房の人間に、言われるがままで。こんな悪意を跳ねのけるくらいのことができなくて、この窮地を乗り越えることができるのか。
――元気の出る魔術だよ。
(そうだ……)
そう、自分には、彼がかけてくれたあの不思議な魔術がある。ただ気持ちを奮い立てるだけの――しかしなによりも人には尊い、勇躍するための力。それを与ったゆえ――そう、この苦しい状況下でも声を張り上げられる元気がある。困難に立ち向かうための、勇気があるはずなのだ。自分には。確かに。
「どうした黙り込んで? 自分の愚かさに気付いて恥じ入ったとでもいうのか?」
「あ……」
「ん? なんだ? 何か言いたいことでもあるの――」
「あなたは黙っててください!」
「――!?」
営業の男に向かって、甲走った声を響かせた。まさか怒鳴られるとは思っていなかった営業の男は、気圧されてうっと言葉に詰まってしまう。
隙が、できた。
「お願いします! どうかうちと取り引きする量を増やして下さい!」
ダメ押しで頭を思い切り下げると、店長は硬い表情を向けてきて、
「……さっきもそっちゲスが言ったと思うけど。枠を増やすっていうのは、そう簡単にできるようなものじゃないのよ?」
「わかっています! それでも、枠を増やして欲しいんです! これからもうちで作れる最高のポーションを作り続けます! 図々しいとは思いますが、それで、どうにか……どうにか!」
これが通らなかったら、終わりだ。いや、通してみせる。それこそ、かじりついてでも。店長が頷くまで、動かない、頭は上げない。たとえ迷惑だとしても。
そんな覚悟で店長の返事を待っていると、ふいに彼は笑い声を上げ始めた。
「ま、冗談はこれくらいにしときましょうかねぇ」
「へ?」
どこに冗談があったのか思い至らず、おかしな声を上げると、店長が、
「いいわ。オーケーよってことよ」
「ほ、本当ですか! 本当に枠を増やしてくれるんですか!」
「ええ」
「あ……」
夢か。いや、夢ではない。店長は、いま確かに取り引きする量を増やしてくれると言った。
途端、嬉しさと安堵がどっと胸に押し寄せ、その衝撃に膝が耐え切れず、へたりとその場に座り込んでしまう。
「あら、大丈夫ぅ?」
「は、はい。ごめんなさい……」
心配そうにのぞき込んでくる店長に、震える声で失態を謝罪する。
一方、納得のいかない営業の男が店長に食って掛かった。
「これはどういうことだ! どうしてこんな小娘の工房の分の枠を増やすのだ!?」
「どうしてもなにも、増やしたいから増やすのよ?」
「増やしてショップになんの利があるというのだ!?」
「利益だけでしか物を見れないっていうのは良くないわねぇ? さっきも言ったでしょう? ポーションを作るのは、工房じゃなくて人間だって」
人と人とのつながり――情を大事にしたとは言うが、それだけの理由で枠を増やしてくれるのは、いくらなんでも不可解過ぎる。相手は商売人だ。大事にする情は、のちの利益を見越したものになる。なれば彼は、自分の工房のどこに利益を見出したのか。
「ゲールさん……」
「こっちもちょうどメルちゃんのところのポーションを、ウチで引き取りたいって思ってたのところなのよ」
「え……? それはどういう」
「それはね……」
訊ねると、店長は思わせぶりな言葉を残して、奥へ引っ込んだ。どういうことか怪訝に思っていると、彼はすぐに何かを持って出てくる。袋か。袋だ。何かを詰めた袋。
そして、持ってきたそれの中から取り出したのは、
「これよぉ」
「それって……」
「まさか、それは……」
「そう。いま巷で話題の、ゴールドポーション」
店長が袋から取り出したのは、黄金色の液体が入った一本の瓶。しかしてそれは、いまフリーダ中を騒がせ、冒険者たちを熱狂させているという、空前絶後のポーションだった。少量でもその効果は絶大で、傷の治癒の度合いはハイグレードポーションにも匹敵し、そのうえ疲労回復、一時的に各種汎用魔術でもかけたかのように身体能力の強化が見込めるという前代未聞のアイテムだ。ただ、大量に使用したあとには揺り戻しのように大きな疲労が訪れるが、それを考慮しても余りある力を発揮するという。
当然だ。回復能力もそうだが、いままで魔法使いの存在に頼りきりだった能力向上支援を、魔法使いなしでその恩恵にあずかれるのだ。計画的に使用すれば、これほどの強みもない。
だが、そんな途轍もないポーションが自分の工房との取り引きと、なんの関係があるのか。そう、訊ねるような視線を向けると、
「これを作るのに、あなたの作ったポーションが必要なのだそうよ?」
「必要って、一体何に使うんですか?」
「なんでもね、あなたのポーションにとあるものを調合して、このゴールドポーションにするらしいのよ」
「え……?」
店長の説明に、困惑の声を禁じ得ない。
だって、そんなことができるはずはないからだ。絶対に。
それは、営業の男も知っているらしく。
「バカな! そんなこと不可能だ! あり得ない!」
「あらぁ? どうして?」
「どうしてもなにもないだろうが! それは出来上がったポーションなんだぞ!?」
「……?」
店長は、営業の男が驚く理由を、いまいち察せていない様子。それもそのはず、ポーションショップの店長は、ポーションの専門家ではなく、ギルドが選んだ商売人だ。ポーションについての詳しいことまでは、わからないのだろう。
「あの……ゲールさん。一度作ってしまったポーションに他の物を足しても、混ざることはないんです」
そう、混ぜられない。ポーションはトーパーズのもたらした奇跡と名高いが、その実、彼が作り出した魔術で生成した薬品だ。魔術をかけて完成させるため、その結果因果の綱が繋がり、事象が固定されてしまう。つまり、作り出したものはそれで完結してしまうため、それ以上は変化させることができなくなるのだ。それゆえ、他のものを混ぜることはできなくなるし、もし混ざって他のものになるということは、それは完成したものではなく、不完全なものだったということになる。
それは矛盾だ。ポーションは出来た時点で完結する以上、他のものを混ぜられるポーションはポーションではなく、もちろん自分はそんな不出来なもの卸してはいない。
それを聞いたゲールは、ふいに考え込むような姿勢を取り、
「……あーそう言えば、そんなこと言ってたわね。普通は混ぜることができないって。だからなんか魔術で手を加えるそうよ? 確か、要は完成してるから混ざらないのであって、完成するすぐ手前の段階の不完全なものに戻してしまえば、混ぜることはできるとかなんとか。私は魔法使いじゃないからどういうことなのかはさっぱりなんだけど」
店長の話の内容に、イルネス工房の人は驚愕をあらわにして、
「ふ、不完全にするだと!?」
「……いえ、でもしかし」
不完全にする。確かにそれで道理は立つかもしれないが――完結したものであるゆえ、変化させることができないというルールはどうなっているのか。それにまず、完成したものをどうやって不完全にするのかその手段がわからない。
「すごいことなの?」
「考え方からして前代未聞です。しかもそんな技術存在するのかどうかだって……」
「因と果の綱がどうとかってのも言ってたわね。魔術の基礎だって」
「魔術の基礎……あ!」
「あら? なにか閃いたみたいね?」
「ポーションを完成に導いた……綱渡しをした技術が魔術だから、魔術で解くことができる。これなら……」
できるかもしれない。だが――
「でも変質させて、そのまま効果を残すことができるかは……」
「なんかね、あなたのポーションは完璧に近いっていうことも言ってたわよ? 適正な量を計って、精密に魔力をかけるから、完璧なんだとか。下手なポーションに不完全になる魔術を使うと『ポーションのもと』にもならなくなってしまうらしいってね」
店長はそう言って、営業の男に流し目を向ける。彼はその意味というか嫌みに気付いたか、
「私たちの出しているものの品質が良くないとでも言うのか」
「そうなんじゃないのぉ? だってその人、いろいろ試したけど彼女のじゃないと作れないって言ってたわ。大量に作ることに重きを置いたせいで、色々おろそかになってるんじゃないの? ねぇ?」
「うぐ……」
「私の作ったポーションが……」
「ええ。比率がバッチリなんだって。職人技だそうよ。全部同じで全部均等。完璧なポーション」
「そうか……正しく作ったポーションだから……」
普通はどの工房でも、もとのレシピに手を加えて作っているという。代々続けられる独自の工夫を、ポーションに反映しているのだ。
しかし、ラメル家のポーションのレシピや手順は、トーパーズに伝えられたときから、ずっと変わっていない。
真面目に、愚直にそれを守り続けてきたこれがその結果なのか。
だが、まさかそんな評価を受けられるとは、思ってもいなかった。ポーションはいくら正しく作っても、大きな差はないとされており、あって治りが少しだけ良い、馴染みやすいなど、それくらいの微々たるものなのだ。普通に使って評価されないものを、まさか別のポーションの材料にすることで評価されるとは。
ふいに、店長の顔つきが商売人のそれになる。
「メルちゃん? これからも、いままでと同じ品質の良いポーションを作って頂戴。ウチで残らず買い取らせてもらうわ。買値は普通のポーションの五倍。どう?」
「ご、五倍って、それは……」
そんなにいただいていいのか。そんな疑問を顔に出すと、
「いいのよぉ。これは作り手の事情を考慮したうえで、ギルドとの合議の結果の値段設定だから」
「でも、本当にいいんですか? それではそれを作ってるマイスターの方の取り分が……」
「その分はあなたのポーションを優先的に受け取ることになってるし、金銭も十分受け取ってるから、それで構わないらしいわ。いいんじゃない? 向こうは商売するつもりもなければ、深刻に考えてる節もないし、いいこと利用してあげたら?」
「それはそれで、なんか……」
自分ばかりが条件がいいことに、気が引けていると、
「ふふ。向こうもあなたと同じ気持ちよぉ? あなたのポーションを使って荒稼ぎするのは彼も気が引けるんですって」
なるほど。確かにそれなら、いいのかもしれない。だが、
「欲がない方なんですね」
「いいえ。欲は丸出しよ。交渉のときに、自分の分のポーションを確保したいからその分は卸さないっていうのと、迷宮で冒険がしたいから作る量は少なめでってそこは頑として譲らなかったもの」
「え……? め、迷宮で冒険って、その方、冒険者なんですか!?」
「ええ。そうらしいわ」
店長がそう言うと、そのマイスターと顔見知りらしい店員さんが、
「よくウチのお店に顔を出してくれるお得意様ですよー。見た目は頼りなくって全然冒険者って感じじゃないんですけどねー。――あ、それと、そちらの不出来なポーションを作る工房の方、まだいるんですかー?」
店員さんが含みのある視線と、あけすけな嫌みをぶつけると、
「くっ、失礼する!」
営業の男は二度と来るかという風に吐き棄てて、店を後にした。
あとに残ったのは、さっぱりとした店員さんの笑顔。
「へっへー、いい気味ですねー! ねー店長?」
「そうね。でも、あんまり露骨にそういうこと言うのは、いただけないわよぉ?」
「はい! 以後気をつけまーす!」
とは言うが、店員さんの顔はにこにこだ。よほどいい気味だったのだろう。それは、店長も同じらしく、
「ま、私もすっきりしたけど。メルちゃんの方がすっきりしたかしらぁ?」
「え、ええ……」
確かに、いい気味だとも思うが――話の途中から営業の男のことなどは、ほぼどうでもよくなっていた。
自分も工房を持つマイスターなのだ。なにに一番興味を惹かれるかと言えば、
「これ、やっぱり気になるのねぇ?」
そこに気付いた店長が、ゴールドポーションの入った瓶を手に取る。
「はい……あのそれ、一口いただいても?」
「いいわよぉ。原料はあなたが作ったものだしね」
小さな計量用のカップに一口分だけもらって、口に含み、すぐに飲み込んだ。
「……!?!?」
しばらくして効果が身体に表れたと同時に抱いたものは、純粋な驚きだった。
怪我や疲労があるわけではないゆえ、そう言った面での効果は実感できなかったが、それでもこのゴールドポーションが世間を賑わす別の効果は、大いに実感することができた。
効果が表れると同時に、身体が溌剌とし、周囲の事象を鮮明にとらえることができるようになり、さながらレベルが上がったあとのように、身体に過剰な力が溢れて来たのだ。途轍もない効果だ。まさに、前代未聞といっていい。
だが、しかしこれは――
「びっくりするわよねぇ? 私も一口飲ませてもらったことあるけど、すごい効果だもの。ねぇ、どうこれ。作れる?」
「…………」
「メルちゃん?」
「……これ、ポーションじゃありません。別の薬です」
「はい?」
「きっとレシピ教えてもらっても私には作れません。かなり高位の魔法使いの強烈な魔力じゃないと、こんな風にはできないでしょう」
そう、いま飲んだものは……おそらくだが、ポーションではない。確かに薬草をもとにしたポーションをで作ったものではあるのだろうが、まったく別物だった。
だが、店長はその発言を上手く察せなかったらしく、
「ポーションじゃないっていうのは……」
「ポーションじゃないんです。えと、なんて言えばいいか……」
ポーションから、完全に変質しているのだ。ポーションの効果を保ったまま、別の薬になっていると言えばいいか。自分でも上手く説明はできないが、これがポーションではないということは、はっきりと言える。ポーションは慈悲のように温かみに包まれるが、こちらはそれを保ったまま、激烈な刺激が来る。まるで、人間の身体の奥底に眠る力を、刺激して引き出す、引き上げるかのように。
これを作ったマイスターは、おそらくかなりの高レベルの魔法使いで、器用な人間なのだろう。まさか、トーパーズがもたらした秘法を作り変えて、別の薬を作り出してしまうとは驚きを通り越して、恐怖すら感じてしまう。
「その方の、レベルは?」
「いえ、聞いてないわ。そんなに高いの?」
「……たぶん、ですけど」
明確な答えが出せず、その場で唸っていると、店長は妙な空気になったことを察したのか、
「あ、そう言えば代金、忘れてきちゃったわぁ。いま取って来るわねぇ」
そう言って、店の奥へと引っ込んでしまった。店の奥から聞こえてくる「うおらぁー! どこじゃあー! でてこいやー!」という野太い声。だが、飲んだ薬があまりに衝撃的だったせいで、まるで耳に入ってこなかった。
そんな中、店員さんが、
「良かったですねー、メルメルさん」
「良かった?」
何のことか、上の空のままで聞き返すと、彼女はくすりと笑って、
「あ、ゴールドポーションの効果にびっくりして、忘れてるんでしょー? 取り引きのことですよー。取り引きのこと」
「あ……」
そうだ。取り引きする量を増やしてもらったのだ。そればかりか、卸値もいまよりずっと高い金額で設定してもらえることになった。
それに気付いた自分に、店員さんは改めて笑顔を向けてくる。
「では、気を取り直して! 良かったですね!」
「はい。これで……」
これで、傾いた工房を立て直せる。母にいい治療を受けさせてあげることもできる。しっかり、生きていける。
「お母さん……」
母の言った通り、神様はちゃんと、自分たちのことを見ていてくれたのかもしれない。