龍の毛探し
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
へえ~、また巨大生物の骨が海底から見つかったんだってさ。ネットでもあちらこちらで画像があがっているよ。
ひと昔前なら、写真は強力な証拠のひとつだったと思うけれど、いまや画像の加工、編集を手軽に、人によっては本物さながらに仕立てることもできちゃって、いまひとつ信頼ができなくなっちゃったんだよね。
かつては手で触れ、じかに目で見るより本物のなかった世界。それがネットの広がりで、より手軽に本物に出会えるようになったかと思いきや、フェイクが平気でまかり通るご時世。結局、「本当」の世界は今も昔も、広がってはいないんじゃないかなあ、と感じてしまうんだ。
そのせいか、「宝探し」をはじめとする、探し物は遊びでもガチでも、並びようがないほどの魅力を感じる。
真偽はどうであっても、自分のとってふれあうことのできる本物に、大きな期待を寄せてしまうのだよね。ひとつ、僕が昔に行った宝探しについて、話を聞いてみないかい?
当時の僕たちは、西洋ファンタジーにかぶれていた。
まだ経験値の少ない僕たちにとって、ファンタジーといえば剣と魔法とドラゴンの三拍子がそろっているもので、いずれも自分の手元に置けないかと、あれやこれや考えていた者だ。
木の枝を拾ってチャンバラをし、でたらめな印と詠唱で相手を打ちのめすことをのぞみ、ドラゴンに近づくべく、羽をはばたかせたり、炎を吐く真似をしてみせたりした。
剣以外の二つは、真似というのもおこがましいような形だけのものだったが、僕たちの意欲は旺盛だった。
「悪魔の証明」などは知らなかったが、いま手元にないことが、この世に存在しないこととイコールだとは思っていなかったのさ。
ゲーム風にいうなら、まだレベルが足りないだけ。現実的には、行動半径が足りないだけ。
あと1レベル、あと一歩でも自分の壁を越えたなら、望んだ風景が待っているかもしれない。そんな都合の良い想像が、日々僕たちをファンタジーへ引っ張り続けていた。
そんな僕たちに、新たな宝探しへの誘いがやってきた。この地域に眠る、「龍の角」を探そう、というものだった。
話を持ってきた友達によると、この地域に横たわる二級河川はかつて、龍がその身を変えた姿なのだという。
川の水は、いわば龍の血のようなもので、深い山奥の水源が心臓部。そこより絶えずあふれ出るから、流れは今に至るまで絶えていない。つまり、龍は現代にいたるまで生き続けている証だと。
話だけだと信用されないことを見越していたか、語った友達はズボンのポケットから、あるものを取り出す。
パッと見、携帯型ラジオから伸びる、アンテナのように思えた。
しかし、そのボディは輝かんばかりの金色。鼻を寄せてみると、たちどころにあくびが出てきてしまうような、眠気を誘う甘ったるい匂いがした。鼻腔より、むしろ両目のすき間を洗っていくかと思う、涼しげな気さえまとっていた。
持ってきた友達は、これを龍の毛だと話してくれる。先の不思議な様子から、子供心に作り物だとはとうてい思えず、これを見つけた場所を彼に問いただしていたよ。
彼はこれを、隣町に流れる小川。件の二級河川の支流そばの、湿った土の中で見つけたというんだ。
いわく、土が柔らかいというのは、水を浴びたことを差し引いても、最近に何者かが触れたり、手を入れたりしたことを伝えている。つまりここで龍は寝起きをしているのだと。
川が龍だというなら、その身、その首は支流となって横たわっている。だから龍のいる手がかりを見つけようと、僕たちに大々的に呼びかけがあったんだ。ファンタジーに魅かれる子供たちは、すっかり乗り気になっていたよ。
それからの放課後。僕たちは自分たちなりにあたりをつけて、地域の川を探して回っていた。
まずは図書室で地域の地形を確認。本流からわずかでも伸びている支流があれば、分担して調査に出かけた。
複数人が同じところを探しては、誰の手柄か分からなくなってしまう。もちろん、人手の少なさは調査を難航させるが、僕たちはそれすらも楽しんでいた。
あともう一歩。あともうひとかきが、うわさを現実としてくれる。
先ほども話したようなイメージが、僕たちに足を運ばせ続けていたんだ。
僕自身、例の毛らしきものと出会ったのは、調査から3カ月が過ぎたころだった。
このとき、すでに話を持ってきた友達以外にも、数名が龍の毛らしきものを携えてきている。はじめに見せてもらったものと同じ、金色のものもあれば、銀色、瑠璃色のものもあった。
それらの共通項といえば、やはりあの嗅いでいて眠くなってくる香りと、目元をすり抜け、涙さえにじませてくる、冷気を伴っていることだったんだ。
その条件に合致するものを、ようやく僕も見つけたわけ。
当初、選んだ支流にこだわり、最寄りの地点からさかのぼること十余キロ。帰る時間も考えれば、悠長に時間を使えなくなってくる頃合いだったよ。
みんなからの証言通り、水際近くの湿った土を中心に、上へ乗っかる石たちをのけていく。
途中で、小さいサワガニたちがやたらとたかる石を見つけてね。彼らを追っ払うのと同時に、その石を持ちあげてみたんだ。
「待ってました」。
そんな言葉が聞こえてきそうなくらい、岩がどくや、ぴんと天を差すように、赤いアンテナらしき影が飛び出たんだ。
眠気を誘う臭気、目の奥をさらう刺激香……間違いない。
僕は大喜びで引っこ抜こうとするけれど、渾身の力を込めたところで、根元の土がわずかに盛り上がるばかり。時間もないし、僕はあらかじめ持ってきておいたはさみを、適当なところへ差し入れる。
あっけなく切断されるあたりも、毛というものに信ぴょう性を与えているような気がしたよ。そして他の人と同じものを持っているというのは、なんとも気が楽になるものだ。
僕は毛を持つ側の仲間入りをし、持たない人たちを見守り、時にはマウントとるような態度も取ったりした。はたからしたら、とっても嫌な奴だったと思う。
けれども、それも終わりを迎えるときが来た。
集まった毛が10本になった日だ。
その日は雨が降っていたんだけど、毛を持っているメンツは毎日のように収穫の毛を見せ合い、ここへ新たに10本目の茶色い毛を持ってきた子が加わったんだ。そして円陣を組むようにして、手にした毛をいっせいに見せ合ったとたん。
閉じ切っていた教室の窓たちが、いっせいに開いた。間髪入れず、吹きすさぶ風が、ちょうど開いた各々の手のひらから、毛を飛ばしていく。
次の瞬間は、いまでも覚えているよ。
風の方角は変わらず、なのに僕たちの集めた10本の毛は、水の流れに逆らう鯉のように、向かい風を突っ切る形で、窓の外へ吸い寄せられ、飛び散ってしまったんだ。あとで学校の敷地内を探ったけれど、見つかることはなかった。
ただね、学校前には田んぼが多くて、いくつかの用水路が通っているんだけど、そのうちのひとつだけ、妙に水位が高いんだ。
雨の直後なら当然だろと思うかもだけど、それが止んでから何日しても、変わらず。それどころか歩道にまでせり上がって、足元を濡らすことしばしばだったんだ。
まさかとは思うけれど、僕たちの集めた毛が固まって、新しい龍になっちゃったんじゃないか。
他の用水路の水が、軒並み干上がり気味になった今でも、あそこだけはめちゃくちゃ元気なんだよね。