第九十五話 学校にて
優君が下校した後、職員室では臨時の職員会議が開かれていた。議題は朝に連絡が来た滝本優の体育祭不参加についてである。
「健康上の問題がある訳では無い生徒を特別扱いして不参加にするというのは如何な物でしょう?」
「いや、それをこちらが言い出すのではなく生徒と保護者が言い出したのだ。そうした所で何の問題があると?」
これまでに病気などの健康上の理由で体育祭に不参加となった生徒は前例があった。しかし、優の場合健康に問題はない。特異な体質ではあるものの、それはマイナスではなくプラスに働いている。
「それはその通りなのですが、彼を支援学級に編入した時の事を思い出して下さい。あの時も本人の希望であったにも拘わらず、他の保護者から苦情が殺到しました。今回もそうならないと言い切れますか?」
「そ、それは・・・」
職員室を沈黙が支配する。今回の体育祭もそうならないとは誰も断言出来ないし、さらなる確率の方が高いだろうと誰もが思っていたからだ。
「大体、何で本人達が納得している事に他の保護者から文句が出るんですか。おかしいでしょう!」
堪りかねた男性教諭が叫んだ。確かに、本人達が納得しているのだから外野が騒ぐのは御門違いと言える。
「そりゃ滝本君を狙ってる娘の親御さんは騒ぐわよ。あんなに美味しい夫婦鶏の肉を必要なだけ取ってくる探索者なんて、正に金の卵を生む鶏だもの」
優の担任である幸田先生が呟く声は、小さな声だったが職員室の全員の耳に届いていた。
「幸田先生、夫婦鶏とは何の事ですかな?」
「滝本君のお弁当に美味しそうな唐揚げが入っていたんです。見つめていたら、苦笑いしながら一つくれたんですよ」
校長先生の問に対して答えた幸田先生は、恍惚とした表情を浮かべて言葉を続けた。それを全員が注視する。
「外皮はパリッとしていて、お肉は柔らかく噛む毎に滲み出す肉汁。あれを食べられたのは幸せだったけど、もうあれ以外の唐揚げは・・・」
「先生?幸田先生!・・・駄目だ、完全にトリップしてる」
聞きたい事が全く聞けなかった教師達は、諦めて夫婦鶏というワードをスマホで検索し始めた。
「ああ、ダンジョンに出るモンスターか。レアドロップが鶏肉で、それの唐揚げを滝本君が持って来たのだな。出現するのは・・・じゅ、十九階層だとっ!」
「では滝本君は既に十九階層まで踏破する実力があるだけでなく、そこで安定して狩る事も出来ると?」
十九階層に到達する事と十九階層でドロップを集める事では、その難易度にかなりの差異がある事をダンジョンに余り詳しくない教師達でも知っていた。
「もうこの時点で探索者として一生安泰な暮らしが保証されてますな」
「娘を嫁にしたい親が、彼との接点を少なくされる事に怒って抗議か・・・」
教師は生徒が卒業するまでの付き合いであり、その三年間を無事に過ごさせる事を考える。しかし、親は子供の将来までも考える。将来の伴侶に良い相手が居るのなら、親は何としても接点を増やしたいと考えるだろう。
「とすると、このまま不参加にしたら間違いなくクレームが山程届くのは確定事項ですな」
「かと言って、本人が言う通り運動系にも非運動系にも参加させては問題が・・・」
教師達は雁首突き合わせて頭を捻った結果、玉虫色の解決策を捻り出すのだがそれを優が知るのは少し後の事であった。