16 理由
二人は病院の敷地内にある広場。
自販機の隣に置かれたベンチに並んで腰を掛ける。
グラットニーは缶コーヒーをおごってくれた。
「なぁ……何で俺にしつこく対戦を申し込んだんだ?」
近藤は缶コーヒーを両手で握りしめながら尋ねた。
視線は地面に落としたまま、彼の方を向かない。
「理由は二つある。
だが、話す前に聞きたい。
なぜ俺がお前に対戦を申し込んだのか、
その理由に心当たりは?」
「いや……ないな」
正直言って、何も思い当たらない。
グラットニーとの接点はなかったし、彼が自分に固執した理由も全くの不明。
対戦を申し込まれたのも、他の対戦者と同じように手ごろな獲物として狙われただけかと思っていた。
「そうか……まぁいい。
まず一つ目の理由。
アンタの力を借りたい」
「……え?」
予想外の答えに戸惑う近藤。
「ヒーローの中にはバトキンで食っていけない奴が何人かいて、
そういう連中が反社会的勢力に手を貸しているらしい。
俺は裏でそういう連中を狩る仕事をしている」
「え? え? 待って!
それ本当なのかよ⁉」
「……マジだよ」
グラットニーは真顔で答える。
少し前から一部のヒーローたちの不穏な動きが報告されており、組織的な犯罪を行っているらしい。海外の組織ともつながりがあるらしく、警察だけでは対処しきれないとか。
そのため、彼らを取り締まる専門の機関が創設された。
グラットニーをはじめ、有名ヒーローが何人も所属しているという。
「マジかよ……そんなことになってたのか」
「ああ、少しずつ協力者を募ってメンバーを集めているところだ。
予想以上に半グレ落ちする奴らが多くてな」
「それって……」
「かつて存在していた悪の組織そのものだよ。
ヒーローが怪人化するなんて、笑えねぇよな」
グラットニーは俯きながら言う。
彼が握る空のスチール缶がぐしゃりとつぶれた。
しかしまぁ……よくあることだと思う。
食えなくなったヒーローが悪事に手を染めるのは、考えられない話でもない。
生活が保障されるわけでもないのだから……。
「その組織にアンタも参加して欲しい。
というか……俺のパートナーになって欲しい」
「……は? え?」
「俺とコンビを組んで戦ってほしいってお願いしてんだよ。
俺の言っていることが分からねぇか?」
「いや……」
正直言って予想外だ。
どうして彼が俺と?
近藤はますます混乱する。
「まず、理由を聞かせてくれよ。
どうして俺とコンビを?」
「実は……少し前からアンタの能力に注目していた。
驚異的な再生能力と、すばしっこさ。
両方とも俺にはない能力だ」
「それだけ?」
「もちろん能力だけじゃない。
一番リスペクトしてるのは実績。
数々の怪人と戦って全て勝利したその戦歴は、
正直言って……すげぇと思う」
予想外に褒められてますます近藤は混乱する。
この男がここまで高く評価してくれるとは思っていなかった。
「俺はなぁ……実戦では一度も勝てたためしがねぇんだ」
聞いてもいないのに、グラットニーは情けない顔つきになってそんなことを言う。
実戦とは、怪人との戦いだろう。
彼がバトキンではなく、悪の組織と戦っていった時の話だ。
「俺は打たれ強さと腕っぷしには自信がある。
でも、それ以外はからっきしだ。
ルールで縛られてるリングの上ならともかく、
なんでもありの実戦になると途端に弱くなる。
特にすばしっこく逃げ回る相手は苦手だ」
確かに……そうかもしれない。
グラットニーの能力では戦法が限られる。
接近戦が得意でも、アウトレンジからの攻撃には弱いはずだ。
それに、トラップの類には『鉄壁』の能力は役に立たない。
落とし穴にでもはめられたら、それでおしまい。
「怪人たちとの戦いは、俺にとって地獄だった。
奴らは正面から戦ったりせずに、必ず卑怯な手で攻めてきたからな。
だから……俺は奴らに一度も勝てなかった。
正直言って、悔しいよ」
話を聞くに、グラットニーは真っすぐな性格なのだろう。
愚直と言ってもいいかもしれない。
確かに、怪人の中には卑怯な手を使う者も多かった。
あの手この手で罠にはめようとしてきたが、近藤にとって問題にもならない。
何故なら近藤はそれ以上に卑怯な男だったからだ。