表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/147

第五話:夢の永久機関

 聖暦1015年5月20日――。

 ゾーヴァの()が明けた後、土曜と日曜を挟み、久しぶりの登校日を迎える。

 顔を洗って歯を磨き、レドリックの制服を着たところで、自室の扉がノックされた。


「朝早くに申し訳ございません、フィオナです。少しだけお時間をいただけないでしょうか……?」


「入れ」


 ボクが許可を出すと、いつにも増して深刻な表情のフィオナさんが、おずおずと入ってきた。


(この顔……また負けたな)


借金馬女(しゃっきんうまおんな)』フィオナ・セーデルとの付き合いは、なんだかんだでもう五年になる。


 その間、本当にいろいろなことがあった。


【ホロウ様、これが最後です。どうかこの哀れな私にお金を貸しください……っ】


【またか】


【ホロウ様、一生のお願いがございます】


【それ、何度目だ?】


【ホロウ様、実はご相談したいことが……】


【金以外の話なら聞こう】


 うん、(ろく)な思い出がないね。


 まぁそんなこんながあって、ボクはフィオナさんの生態について、博士号(はくしごう)を取れそうなほど詳しくなった。


(ゾーヴァの喪中(もちゅう)は、競馬場も営業を自粛していた。その代わりに昨日、『大翁杯(おおおきなはい)』が盛大に開かれていたっけか……)


 おそらくフィオナさんはそこで、いつものようにお金を溶かしたのだろう。


「いくらやられた?」


「……30万ゴルドほど」


「それで生活できるのか?」


「……できません」


「生活費には手を付けるな、と言ったはずだが?」


「お、御言葉ですが……っ。『本当に手を付けてはいけないお金を賭けてからが馬だ』、と昔の偉い人も言っております!」


「知るか、そんなこと」


 驚いたよ。『御言葉ですが』という枕詞(まくらことば)に、正論以外が続くことってあるんだね。

 まさかこんな暴論が飛び出してくるとは、夢にも思っていなかった。


 ボクが諦観(ていかん)憐憫(れんびん)の入り混じったため息をつくと――フィオナさんは肩を震わせながら、訥々(とつとつ)と事情を語り始める。


「私、頑張ったんですよ……? 今回は大好物の『大穴(おおあな)』を狙わず、『ボックス買い』や『馬連(うまれん)』で、本命馬を中心に手堅く攻めたんです。でも……駄目でした。本当に、散々な結果で……うぅ……っ」


 ポタポタと嘘くさい涙が零れ落ちる。


「そうか、残念だったな」


 安い泣き落としをスルーして、学校に行く準備を進めると、フィオナさんがババッと頭を下げた。


「偉大なるホロウ様、どうかお願いです、お金を貸してください……っ」


 土下座だ。

 何度目だろう。

 親の顔よりも見た気がする。


 ただ、


(……悪くない)


 自分のクラスを担当する若い女教師が、レドリックで一番人気の美人教師が、ボクの前に平伏し、必死に懇願している。


 その事実は、原作ホロウの情欲を激しく刺激した。

 体の奥底から、燃えるような『熱』がフツフツと湧きあがってくる。


(フィオナさんは性格こそ終わっているけれど……。顔は可愛いし、胸も大きく、スタイル抜群)


 でも……駄目だ。

 これだけは、絶対に駄目だ……っ。


(フィオナさんに手を出したら、なんか途轍(とてつ)もなく負けた気持ちになる……ッ)


 それに何より、彼女は原作ロンゾルキアでも『最大級の地雷』。

 もしも過ちを犯そうものならば、きっと最悪のBadEndが待っているだろう。


(ふぅー……落ち着け。こういうときは深呼吸だ)


 邪念を払うべく、呼吸を整えていると――フィオナさんがボクの両脚にしがみついてきた。


「次こそは……次こそは必ず勝ってみせますので、どうかご慈悲ぉ……っ」


 制服越しに柔らかい胸の感触が伝わり、せっかく鎮めた気持ちが、再び(たかぶ)り始める。


 ただ、これだけは言わせてほしい。


(いやだから、馬に『絶対』はないんだってば……)


 当日の天候・芝やダートの状態・馬のコンディション、ボクみたいな素人が少し考えるだけでも、これだけの不確定要素が浮かび上がる。


(そもそもの話、馬に必勝法があるのなら、競馬場は商売あがったりだしね)


 重度の『馬中毒(うまちゅうどく)』である彼女にこんなことを言っても、『馬の耳に念仏ならぬ』、『馬頭(うまあたま)の耳に念仏』か。


 なんにせよ、これ以上の身体的な接触は、ホロウ(ボディ)に毒だ。


「離れろ、鬱陶(うっとう)しい」


 フィオナさんの首襟(くびえり)を摘まみ、軽くひょいと放り投げると、彼女は「きゃんっ」と鳴いた。


 ボクはその間に椅子へ座り、そのまま足を組む。


「追加の融資が欲しければ、それなりの成果(・・)が必要だ。――『例のアレ』は、どうなっている?」


「どうぞ、こちらをご査収(さしゅう)ください」


 交渉材料(カード)として用意していたのだろう。

 フィオナさんは驚くべき速度で、分厚い研究レポートを差し出した。


「どれ……」


 パラパラパラっと流し読みする。


「ほぅ……悪くない」


「光栄です」


「サンプルは?」


「こちらに」


 差し出されたのは、手のひらにすっぽりと収まるサイズの白いカプセル。


「ふむ……」


 ボクがマジマジと試作品第一号を観察していると、フィオナさんが解説を始めた。


「そちらはホロウ様の御命令で開発を進めていた、携帯型猛毒カプセル『ころっとくん』です。私の固有魔法<蛇龍の古毒(ヒドラ)>で生成した神経毒が内蔵されており、カプセル下部の小さな針を対象へ刺し、薬剤を注射する形で使用します」


「呼吸器への影響は? 後それから、毒の発現時間と有効時間はどうなっている?」


「御要望通り、呼吸器への影響を排除した、安全性の高い毒を使用しております。また対象が人間サイズであれば、五秒以内に効果を発揮し、三時間は持続するでしょう」


「――素晴らしい」


 これがあれば、虚空を使わずとも派手に叩きのめさずとも、安全かつ速やかに敵を制圧できる。

 あまり目立ちたくないボクにとって、非常に便利な携帯アイテムだ。


「よくやったなフィオナ、褒美として追加の融資をくれてやる」


 ボクがそう言うと、


「……!」


 フィオナさんの顔が、ぱぁっと(はな)やいだ。


(さて、いくらにしようかな……?)


<虚空渡り>を発動。

 ボイドタウンの隠し金庫へ左手を伸ばし、適当に三束ほど掴んで、フィオナさんの前にボトボトボトと落とす。


「……!」


 彼女はそれをシュバババッと回収し、もう絶対に離さないという感じで、強く優しくギュッと抱き締めた。


「三百万ゴルドある。わかっていると思うが、これは借金だからな? きちんと返すんだぞ?」


「はい、ありがとうございます! 次こそは、絶対に勝って見せます!」


「あぁ、期待している」


 フィオナさんにお金を貸してから約五年。

 この辺りで一度、債務(さいむ)状況を整理してみよう。


 まず最初に、魔法省から横領した5000万+闇金から借りた1000万=6000万を貸した。

 それからこの五年の間に1億6000万の追加融資を行っている。

 つまり貸付総額は、6000万+1億6000万=2億2千万。

 一方ここまでの返済額は7000万、主にフィオナさんが発明した魔道具の特許収入だ。


 貸付2億2000万-返済7000万=1億5000万、これが彼女の抱えている借金の総額。


 うんうん、とても順調に増えているね。


 こう見ると超巨額のマイナスであり、ボクの懐が傷んでいるようにも思えるが……実態は(・・・)まるで違う(・・・・・)


 ボクは既に元本6000万の回収を終え、今は1000万の『黒字』となっていた。

 当然これには、ちょっとした『カラクリ』がある。


 今からおよそ五年前――フィオナさんを屋敷に抱え込んだ後、ボクはじっくりとよく考えた。


(彼女は頭までどっぷりと『馬の沼』に()かっている……。アレはもう駄目だ、とても社会復帰は望めない)


 きっとそう遠くない未来、「金を貸してください」と頼み込んで来るだろう。

 そしてそれらは全て、競馬場の利益となる。


(さすがにそれは、ちょっとお金の無駄だな……)


 ボクは『無駄遣い』というものがあまり好きじゃない。


 っというわけで、早々に手を打つことにした。


「オルヴィン、少し調べてもらいたいことがある」


「はっ、なんなりとお申し付けください」


 ハイゼンベルク家の情報網を使い、フィオナさんが足繁(あししげ)く通う競馬場を調査した。


(ボクの原作知識が正しければ、確かここのオーナーは、犯罪組織と繋がっていたはず……)


 結果、真っ黒だった。

 人身売買に始まり、薬物の密売・希少な動物の密輸・違法な地上げなどなど……叩けば埃しか出ない男だった。


「これでよしっと」


 証拠をきっちりと押さえたボクは、その足で競馬場へ向かい、『平和的な交渉』を持ち掛けた。


 しかし、


「「「ざっけんな、ごらぁああああああああ……!」」」


 オーナーの雇ったボディガードたちが、怒声をあげて殴り掛かってくる。


「――邪魔だ、失せろ」


 原始的な暴力で、一瞬にして捻じ伏せた。


「ひ、ひぃいいいい……!?」


 オーナーを壁際に追い詰めたところで、優しく問い掛ける。


「まぁ聞け。お前には今、三つの道が残されている。競馬場の経営権をハイゼンベルク家へ譲渡するか、ここで地獄の苦しみを味わって死ぬか、とある理想郷で強制労働に従事するか。後悔のないよう、好きなルートを選べ」


 そんな風に『ドキドキワクワク三択アンケート』を迫った結果――うちに経営権を(ゆだ)ねる道を選んだ。


 その結果、とんでもないことが起きる。


 ボクがフィオナさんに3000万貸す→フィオナさんが馬で3000万負ける→競馬場からボクへ3000万納められる。

 ボクがフィオナさんに貸した3000万は、競馬場を経由して手元へ戻り、彼女の借金だけが増加する。

 お金の収支は――プラスマイナスはゼロにもかかわらず、彼女の借金だけが3000万増えるのだ。


 なんということでしょう……フィオナさんの借金が無限に増加する、『夢の永久機関』が完成してしまった。


 ちなみに彼女は、このことを知らない。


(フィオナさんには今後も、ボクのために魔法の研究を続けてもらい、その(かたわ)らで馬を楽しんでもらうとしよう)


 ボクは魔法の研究が進み、便利な発明品と特許収入を得られて幸せ。

 フィオナさんは大好きな魔法の研究と馬を続けられて幸せ。


 お互いにWin-Winの素晴らしい関係だ。


 実際、


「ふふっ、300万ゴルドもあれば、なんでもできちゃうなぁ! まずはちょっと高いお酒とイイおつまみを買ってぇ……。そうだ、来週はどの馬に賭けよう? 軍資金はたんまりあるし、やっぱりここは『大穴』を狙おっかな!」


 何も知らない彼女は、とても幸せそうに笑っているし……これでいいよね?

【※読者の皆様へ、大切なお知らせ】

「面白いかも!」

「早く続きが読みたい!」

「執筆、頑張れ!」

ほんの少しでもそう思ってくれた方は、本作をランキング上位に押し上げるため、


・下のポイント評価欄を【☆☆☆☆☆】→【★★★★★】にする


・ブックマークに追加


この二つを行い、本作を応援していただけないでしょうか?

ランキングが上がれば、作者の執筆意欲も上がります。

おそらく皆様が思う数千倍、めちゃくちゃに跳ね上がります!

ですので、どうか何卒よろしくお願いいたします。


↓この下に【☆☆☆☆☆】欄があります↓

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

カクヨム版の応援もお願いします!


↓下のタイトルを押すとカクヨム版に飛びます↓


カクヨム版:世界最強の極悪貴族は、謙虚堅実に努力する



― 新着の感想 ―
フィオナが借金の額に返済諦めて結婚してチャラとか強硬手段に出ない限り永久機関だな(笑)
生活に響くくらいの金額を賭けるとギャンブルはぐっと面白くなる。 Dフランシスの小説の名言ですね。
凄いどんぶり勘定だけどそれはさておき、利子をとらないなんてやさしいなあボイドさま。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ
OSZAR »