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97 ベリスカス 4

「な、ななな……」

 再び、今度は先程以上に呆然としていた少女が、ようやく再起動した。

「な、なんでここにあるんですかああああぁっっ!」

 いや、そんなことを言われても……。


「それは、うちが『便利な店』だからだッッ!」

 そう、ここでの返しは、これしかあるまい。

 便利だから、便利な店。

 他の店が閉まっていても。

 ここが種苗の専門店でなくても。

 それでも何でも売っているからこその、『便利な店』なのである! ふはははは!


「で、い、いくらになるんでしょうか……」

 あ。

 困った、相場が分からない。しかし、所詮は野菜の種と小さな果物の実と葉っぱ。大した金額ではあるまい。足元を見た暴利だと思われると、店の信用に関わる。ここは……。

「小銀貨6枚です」

 うん、こんなもんだろう。各、小銀貨2枚ずつ。日本円で合計600円相当。これならば、そう高くはないだろう。


「…………」

 で、なぜ、この世の終わり、みたいな顔をする?

 そんなに高過ぎたのか、小銀貨6枚って! 600円相当のお金も持たずに買い物に来たのかよ!!


「す、すみません、今の手持ちでは少々不足ですので、明日、必ずお持ちします! ですから、今はこれでご勘弁を!!」

 そう言って、少女は自分の首からペンダントを外すと、そっとカウンターに置いた。

 ……いや、これ、絶対に小銀貨6枚以上するよね。というか、最低2桁、下手すると3桁とか違うよね?

 そもそも、どうして小銀貨6枚すら持たずに急ぎの買い物をするために街を廻るかな?


 あ、私が呆気にとられているうちに、3つの容器をポケットに突っ込んで走り去ってしまった。

 ……窃盗、じゃないよなぁ。私の沈黙を了承だと判断したのかな。アレだアレ、『異議無き時は、沈黙をもって答えよ』とかいうやつ。

 それとも、返事を待つ時間すら惜しいほど急いでいたか……。

 まぁいいや。大した問題じゃない。多分、このペンダントを回収するために、明日、来るだろう。6枚の小銀貨を持って……。


     *     *


「御免!」

「謝っても、許さん!」

「「え……」」

 入り口で、ぽかんとした顔で立ち尽くす、少女と老人。

「あ、いえ、何でもありません! いらっしゃいませ!」

 店にはいってきたのは、昨日のペンダント少女と、白髭のおじいさん。


「薬師の、オーレデイムじゃ。昨日は、この者が失礼した。金を支払うから、この者のペンダントを返してやってくれ。母親の形見だそうでな……」

 何だよ、それ! 人を悪人を見るみたいな眼で見るなよ! たった小銀貨6枚が払えなくて、勝手にそれを置いていったの、そっちじゃないか!! くそ……。

 とにかく、カウンターの下に入れていたペンダントを取り出して、カウンターの上に置いた。それを見て、懐から出した巾着袋に手を入れて、硬貨を掴み出した老人。


「……しかし、いくら商売とはいえ、足元を見おって……」

 そう言いながら、老人はカウンターの上に6枚の硬貨を置いた。

 ええ、小銀貨6枚で、そこまで言われる? 種や葉っぱと一緒に持っていかれたガラス容器だけでも、もっとすると思うんだけど……、って、何だコレ!

「何ですか、これは! 朝っぱらから贋金にせがね掴まそうたぁ、いい度胸だな、じじい!」

「え?」

「ええ?」

 じじい……こんなヤツ、『じじい』で充分だ……と女の子が、何やら白々しく驚いた振りをしているが、いくら他国から来たとはいえ、この国の貨幣くらいは知っている。昨日今日開店したわけではないのだから。

 なので、この、カウンターの上に置かれた硬貨が小銀貨ではなく、勿論銀貨や金貨、小金貨等でもないことは、一目瞭然。


「たった小銀貨6枚も払えないなら、もういいよ。さっさとそれ持って帰って。ふたりとも、もう、二度とこの店には来ないで下さいね、出入禁止です!」

 そう言って、カウンターの上のペンダントと偽小銀貨を、ずいっとふたりの方へと押し出した。

「え?」

「ええ?」

「「えええええええ!!」」

 バレバレの偽小銀貨を出しておいて、何を驚いているんだか……。

 そして、じじいが、何だか動揺した様子で私に言ってきた。

「あの~、それ、偽小銀貨じゃなくて、『聖銀貨』なんじゃが……」

 え?



 詳しく聞いてみると、どうやらこの6枚の硬貨は『聖銀貨』、いわゆる聖銀(ミスリル)を主成分とした硬貨で、1枚当たり金貨10枚に相当するらしい。……ということは、日本円での100万円くらいの感覚である。

 いや、聖銀貨というものの存在は知っていた。だが、今まで、一度たりとも見たことがなかったのである。平民の間では、まず出回ることがなく、貴族か神殿が何か儀礼的なやり取りに使うくらいだと聞いている。

 別に手に入りにくいというわけではないが、普通は皆、金貨までしか使わないのである。聖銀貨は高額過ぎて使いづらいし、普段目にすることがないから、本物かどうか見分けられる者が殆どいない。なので、聖銀貨6枚ではなく、金貨60枚、というのが普通なのである。金貨60枚など、500グラムにも満たない重さであり、大して嵩張かさばるわけでもない。

 それを、私が『聖銀貨6枚』と言ったと思い込んだものだから、わざわざ金貨60枚を聖銀貨6枚に換金して持ってきたらしい。


 待て待て待て待て待て待て待て待て待てええぇっっ!

 どうして、600円が600万円になるううううぅっっっ!!

 いかん、ど、動揺して、手が震えて……、あ、フランセット達を呼ぶためのハンドベルに手が当たって、床に……。


曲者くせものめ、その血をもって罪を贖え!」

 ぴたりと老人の首にあてられた、フランセットとエミールの剣。そして、少女の首には、ロランドの剣と、ベルのナイフが。

「「…………」」

 真っ青な顔に、ぶわっと汗を噴き出させたふたりは、完全に凍り付いていた。


     *     *


「……で、私が言った『小銀貨6枚』を、『聖銀貨6枚』だと思い込み、支払おうとした、と……」

「そ、そうです!」

 あの後、焦って皆に剣やナイフを納めさせ、掛けたばかりの『営業中』の木札を『準備中』に替えてドアをロック、みんなを連れて2階へとやってきたのである。ペンダントは少女が、聖銀貨は薬師の老人が、いったん回収している。

 そして問い詰めた結果、少女が必死の表情でそう説明したのである。

「だって、ヘモルトの種とモルトグルの実とクルコルの葉が、小銀貨6枚で買えるはずがないでしょう! この時期だと、質の悪いもので金貨20枚、最上級の状態のものならば、金貨40枚くらいです。それを『むにゃむにゃ銀貨6枚』と言われれば、金貨60枚分、つまり聖銀貨って言ったと思うに決まってるでしょうが!」

「うむ、それならば、足元を見て思い切り吹っ掛けおった悪徳商人、ということで納得できる。小銀貨6枚などという馬鹿げた値を付ける、常軌を逸した商人の存在を信じるよりは、100万倍は信憑性しんぴょうせいがあるというものじゃ!」


 少女と老人が、続けざまにそう主張する。そしてそれを聞いたロランドとフランセットが、あ~、というような顔で頭を抱えている。そして、そのままの姿勢で、フランセットが唸るような声を出した。

「あの~、カオルちゃん、ヘモルトの種とモルトグルの実とクルコルの葉が何に使われるものか、そしてそれらの産地や採れる季節、相場価格とか、知ってる?」

「……知らない……」

 フランセットへの私の返事を聞いた老人は、素早く懐から巾着袋を出し、中から6枚の小銀貨を取り出すと、テーブルの上に置いた。

「では、我々はこれにて失礼する!」

 そう言って、戸惑う少女の腕を掴んで立ち上がると、さっさと部屋から出ていこうとする老人。


「「「待て待て待て待て待て!!」」」

 見事に揃った、私、フランセット、そしてロランドの声。

 うん、まぁ、私がよく使う言葉だからねぇ……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 取り敢えず、次から何か知らないものを出すときには「適正価格を貼り付けた」ってつけておけばいいんじゃないかな
[一言] 商売における情報は命だよね~ 百均にブランド物が売ってるみたいな
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