86 御使い様再び 5
「「ああ、死ぬかと思った……」」
ベルとエミールが、そう言いながら立ち上がった。
いや、こっちも、圧死するかと思ったよ!
で、フランセットとセレスは……、あ、いたいた。
「で、どうしてカオルちゃんが退避するまで待って下さらなかったのですか!」
ぎゃあああ! どうしてフランがセレスに説教してるのおおおおぉっ!
セレスは、ぽやぽやしてるように見えても、結構短気だし、人間なんかアリンコ程度にしか思ってないよ? 大量死しそうだったら、たまに助けてくれる時もある、って程度で。
だから、私みたいに利害関係がないと、結構簡単に、プチッ、と……。
「ご、ごめんなさい……」
……あ、あれ?
「カオルちゃんは、今は人間の身体を纏っているのですから、無茶をすると今の肉体が滅びてしまいますよ!」
「は、はい……」
おお、何か、奇跡的なバランスで、話がうまく噛み合ってる……。
「お友達なんだから、もう少し相手のことを考えてですね……」
「はい……」
ああ、私に関することだから、神妙な態度なのか。
「そもそも、女神たるもの、カオル様を見習って……」
ぎゃあああああ~~!!
「それくらいにしとこうか、フラン!」
「モガモガ……」
ダッシュでフランセットに駆け寄り、その口を塞いだ。物理的に。さすがに、そろそろヤバそうだ。セレスの機嫌的に。
「で、セレス、今回の『歪み』について聞きたいんだけど……」
勿論、それを知りたいのは本当だ。でも今は、セレスの気を逸らせるのが主目的!
「あ、うん、カオルちゃん、ありがとう! 今回は、助かったよ!」
そう言ってセレスが説明してくれたのは、次のような話であった。
歪みは、最初のうちはごく小さく、ある程度大きくなったら一挙に拡大する。堤防にあいたアリの小穴、みたいなものか。そして急拡大の前に見つけて対処できるかどうかが、被害の大小を決定付けるらしい。
でも、小さいうちに発見するのはなかなか難しいらしく、そのためにセレスは意識体を細かく分割してあちこちに派遣したり、例の『報告用の水晶』を人間に渡したりしているらしい。……気休め程度にしかならないらしいが、何もしないよりはマシ、という程度で。
『歪み』が拡大してしまうと、一気に数十キロから数百キロに渡って広がり、隣接する次元世界との壁が裂けて両方の世界が癒着、気圧差があれば凄まじい勢いで大気が流れて暴風となった挙げ句、気圧変動に耐えきれず双方の世界の生物の大半が死滅。また、流れ込んだ大気が、相手側の世界の生物にとり猛毒である可能性も。更に、世界の癒着だけでは済まず、次元震や、周辺の次元世界をも巻き込んだ大規模な崩壊に繋がる場合もあるらしい。
それらを防ぐのがセレス達の役目であり、ひとつの次元世界の滅亡だけで食い止められれば及第点、周辺世界まで滅びると失点になるらしい。
この世界が全滅しても、合格ラインかよ!
……怖いわ!
「だから、小さなうちに見つけて、被害が広がらないうちに対処できるように努めているんですけど、見逃して拡大してしまった後では、数百キロ四方の生物が死滅するくらいで済めば大成功、って言われているんです」
「え、じゃあ、ルエダの時も?」
「はい、あの時はかなり狭い区域に被害が局限できましたので、修復も念入りにできました。拡大後の対処としては、私の仕事の中でも、かなり良い出来でしたね。まぁ、今回のように、拡大する前に処理できるに越したことはないのですけど。被害もありませんでしたし……」
すごく嬉しそうな様子のセレス。
あ~、気圧差もなかったようだし、大気も猛毒というわけでも……、って、ちょっと待ったあぁ!
「セレス、被害は出てるよ! そして、これからもどんどん拡大するよ!」
「えええええ!」
そう、あの『流行病』だ。あれが異世界からもたらされたものではなく、偶然ここで発生した病気、などと考える者がいたなら、正気を疑う。
「ここが発生源の病気が広がってるのよ。王都とこの近くの村は私が食い止めたけど、多分、既にその他の町村にも広がってる。それって、『歪み』が原因だから、セレスの担当範囲よね?」
「え? え……と、病気でも『歪み』が原因なら、そう、かなぁ……」
あれ、あんまり乗り気じゃなさそう?
「そうだよ! 『歪み』が原因の、異世界からの病原体や宿主の小動物の侵入なんだから、セレスの復旧担当範囲だよ! 今回は物理的な被害が少なかったんだから、そっちの修復に力を入れるべきだよ」
「う~ん、面倒そう……」
仕方ない。こうなったら、最後の手段だ!
「地球の神様なら、どうするかなぁ。今回のことを話す時、セレスが人間にどう配慮したかを……」
「当然ですよ! 『歪み』による被害から人間を守る。勿論、私の仕事です!!」
……チョロい。
「じゃあ、宿主の害獣を元の世界に……、は無理か。『歪み』、処理しちゃったんだよねぇ。
なら、この世界に侵入した害獣も病原菌も、全て、完全に処理してね。病原菌の宿主、という以外では罪のない小動物かも知れないけれど、この世界の生態系を狂わすとんでもないイレギュラーとなる確率も、ゼロじゃないから。広範囲に広がってるかも知れないから、見逃しが無いようにお願いね」
「わ、分かりました……」
あれだけメチャクチャな私の能力を簡単に実現できるくせに、何、面倒がっているのやら。セレスの能力なら、簡単だろうに……。
「細かい作業は面倒なんですよ! 国中に広がった小動物とか細菌とか、全部確実に処分するの、どれだけ手間がかかると思ってるんですか! そんなのやるくらいなら、この惑星を粉々にする方がよっぽど楽ちんですよっ!」
ありゃ、私の表情から、考えていることを読まれたか。まさか、本当に心を読んだわけじゃないだろうし。
「ま、頑張ってね。それに、苦労したらその分、地球の神様に褒めて貰えたりして……。『よく頑張ったね』とか言って、頭を撫でられたり……」
「こうしちゃいられません! さあ、頑張って浄化しますよ!
じゃ、カオルちゃん、またね。今回は、本当にありがとう。いいお友達がいて、嬉しいです!」
そう言って、セレスはスウッと姿を消した。
「…………」
ぽかんとして突っ立っている、中佐さん。いつの間にか、引き返してきたらしい。案内役の猟師さんは……、あ、遠くの方で恐る恐るこちらの様子を窺ってる。
他のメンバー達?
前回のセレスの降臨に立ち会っていたり、日頃『女神様である、私』の言動に慣れていたりして、『女神様といっても、あんなもの』ということに、何の疑問も抱いていない。……くそ。
「い、いいい、今のが……」
「うん、セレス。あ、ここでは『女神、セレスティーヌ』って呼ばれてる子」
「…………」
中佐さんが、再起動しない……。