84 御使い様再び 3
村の中央で、炊き出しが行われている。
病気は治っても、まだ本調子ではない村人達の中には、すぐに食事の支度をするのは辛そうな者がいたし、食欲的にも体調的にも食事が摂れる状態ではなかった者も多く、皆、空腹であったのだ。
なので、全ての家庭で食事の支度をするのは非効率的、ということと、村が全滅の危機を脱したことのお祝いを兼ねて、皆で纏めて食事を作ればいいのでは、ということになったのだ。
とにかく、食べないことには体力が回復しない。それも、栄養のあるものを。なので、碌に栄養のないもので空腹を凌がれては意味がない。ここは、栄養豊富なごった煮しかあるまい。
お祭りにしよう、という村長さんの案は却下した。そんなことをすれば、死人が出てしまう。
いや、まだふらついている人もいるし、結構危ない状態の人もいて、炊き出しの準備を待たずに無理矢理食事をさせると共に、こっそりとそれに効き目の弱い回復ポーションを混ぜ込んで、何とか保たせたのだ。そんな連中がいるのに、お祭りなんかして、調子に乗って酒を飲んだり浮かれて騒いだりされたら、冗談抜きで、死人が出てしまう。
皆、一見体調が良さそうに見えるけれど、それは『不調が解消された』というだけで、決して体力が戻ったわけでも、本調子に戻ったわけでもないのだ。
既に、何人もの死者を出しているのだ。これ以上、必要のない死者を増やしてどうするというのだ……。
いや、死者を出したからこそ、その死を悼み、生き残った喜びを謳歌し、全てを神の御心として自分達の中で消化したいがための『お祭り』なんだろうけど、それはまた後日、本当に元気になってからやって欲しい。
「どれくらい時間があると思います?」
「うむ、保証はできんが、おそらく明日の午後に出発、到着は深夜になるのではないかな。
先程出発した兵士が夜明け前に王都に到着して、朝イチで報告。その後、朝の会議で検討されて、確認のための派遣人員が決められて、カオルを迎えるための馬車を用意して、神殿がそれに割り込もうとして口出しして、出発が遅れて午後になる」
「あ~……」
村を閉鎖していた兵隊さんのひとりが、事態を報告するために、先程王都へと向かったのだ。
村へはいれず、村人と接触することもできないため、井戸水も食料も、そして飼い葉も、村からは何も入手することはできない。そのため、まともに馬の世話をすることができないので、馬は連れてきておらず、徒歩での移動のため時間がかかる。
エド達を貸して貰えないかと頼まれたが、勿論、断った。
緊急事態発生の報告ならばともかく、解決の報告ならば急ぐ必要はないし、そもそも時間を稼ぎたい私達が時間の短縮に協力してどうなる。エド達を置いていくこともできないし。
「ならば、最低でも、明日の夕方までですね……」
私達が、ここからこのまま出発することは、既に中隊長さんには言ってある。
めちゃくちゃ引き留められたけど、もしここに残ればどうなるか、そしてそれがどれだけ自分にとっては嫌なことかを切々と訴え続けたところ、ようやくのことで納得してくれた。
もし私が普通の女の子だったら、絶対に王都に連れ帰ろうとしただろうけど、『御使い様の意志に逆らう』というのは、さすがにハードルが高かったらしい。……便利だな、『御使い様』。
そういうわけで、王都からの迎えが来る前に離脱、といきたいんだけど、その前に、やることがある。それに使える時間がどれくらいあるか、というのが、さっきの質問の意図だ。
う~ん、丸々1日か。間に合うかな……。
片付けなきゃならない用事。
うん、勿論それは、『病気が発生した原因を究明すること』だ。
今までにない強力な伝染病が、何の変哲もない村で突然発生。
たまたま、この付近で病原菌が突然変異を起こした? その可能性もゼロではないけれど、ちゃんと確認しておいた方がいいだろう。素人考えだけど、駄目で元々、使えるだけの時間をそれに充てても、誰も損はしない。
炊き出しをたらふく喰って皆が満腹になった頃、村長さんに頼んで、村の主要人物を集めて貰った。勿論炊き出しでは酒なんか飲ませていないから、みんな素面だ。
「これから、重要な質問をします。村の将来に拘わることなので、よく考えて、正確に答えて下さい」
何とか危機を脱したと思ったところへの、真剣な表情の私のその言葉に、村の人達は皆、緊張した顔で頷いた。
そして私は、皆の前に1枚の紙を広げ、そこに大きなマルを描いた。
「これを、この村の全体図だとします。これに、死者を出した家の場所を書き込んで下さい」
「は、はい……」
みんな、よく分かっていないみたいだけど、私の言う通りに書き込んでくれた。その書き込み状況を見ても、有意な偏りはあまり見られない。
「あの、何か、亡くなった人達に共通のことはありますか?」
私の質問に、村長さんが答えてくれた。
「ああ、まぁ、子供に年寄り、元々身体が弱かった者、それと、早くから発病した者達かのぅ……」
あああ、馬鹿だ、私! 当たり前じゃん!
「すみません、その作業はやめて、今度は『早く発病した人』の家を書き込んで下さい」
そう言って、新しい紙を出して、同じように大きなマルを描いた。
そして村の人達は、文句も言わずに再び作業にかかってくれた。
「最初に体調を崩したのは、マルクとキアラ、ジョーイと……」
「マーサ、それとヨシュアに……」
あ、いかん。
「すみません、時期を10分割して、1から10の数字で書き込んで下さい」
自分達がやっている作業の意味が分かっていないんだから、やる事を具体的に指示しなきゃ。
よしよし、順調に進んでいるぞ……。
「うむむむむ……」
「何か分かりそうか?」
今まであまり口を出さなかったロランドが、横から覗き込んできた。
「ん~、この辺に早い時期の感染者が集まってるけど、それはただ単に初期患者の近くに住んでいるから、ってことかも知れないし……」
「何だ、それじゃ、集中域を調べても意味ないじゃないか」
確かにそうなんだけど、何か、ヒントになることがないかなぁ……。
この、別の場所に小さな集中域が散っているのも、誰かが初期患者から感染して、その人を中心にして広がっただけだろうしなぁ。図にすれば何か分かるかと思ったけど、専門家ならともかく、素人じゃ何も分からないか。う~ん……。
「谷じゃ!」
「うおっ!」
突然叫んだ村長さんに、驚いてのけぞった。
「初期の発病者の共通点は、谷じゃ!
この、初期に発病した者達が集まっているのは村の谷側で、猟師達が住んでいるあたりじゃ。そして、猟師達は森を抜けて谷の方へ猟に行く。この、飛び飛びの初期患者達は、キアラ、マーサ、そしてヴェイト。谷の小川で染め物をする女衆と、時々魚獲りに行く若者じゃ。原因は、谷にあると見た!!」
すげぇ! 私がこの図を描かせた意味を完全に理解して、村長としての村人に関する知識を駆使して正確に分析、妥当な結論を導き出しやがった! じじい、何者だよ!!
……って、村長か。
「さすがは村長様です! 子供の頃には神童と呼ばれていたと聞きますが……」
「ふむ、そのように呼ばれていた頃もあったな」
ウゼェ! 村人にヨイショされて、ドヤ顔かよ……。
いや、でも、確かに言ってることは筋が通っているし、谷のことや、そこにしょっちゅう行っている村人とか、私じゃ分からない。お手柄だ。
「すごいです、村長さん! 明日、谷を調べてみますので、誰か元気そうな人に案内して戴けますか?」
「うむ、村の恩人じゃ、勿論何でも協力させて貰いますぞ! まだ発病しておらんかった猟師に案内させますので、よろしくお頼みしますぞ」
そしてその後、私達は村長さんの家にお邪魔することとなった。
宿などない小さな村では、客人を泊めるのは村長の家と相場が決まっている。村長の家が他の村人達の家より大きくて立派なのは、別に村長が偉いから贅沢をしているというわけでは……、いや、ちょっとは贅沢をしているのかも。まぁ、それでも、物事にはそれなりの理由があるというわけだ。
兵隊さん達? 道の脇で、交代で毛布に包まって仮眠を取るらしい。まぁ、任務の性質上、仕方ないよね。王都から数日おきに交代要員が来るのかと思っていたら、村の人の話によると、水と食料を積んだ馬車が来るだけで、ずっと同じ兵隊さんのままらしい。
王都への感染防止か。貧乏くじを引かされたな、兵隊さん……。
後で、何かサービスしてあげようかな。
王都を出たのが昼前で、そろそろ日没、暗くなり始めた。食事は炊き出しを分けて貰ったから必要ないし、このまま村長さんちで明日の作戦会議といくか。
結果がどうあれ、明日の夕方にはここを離れることになるだろう。
その時には、村の人達に『余所者は絶対に谷には近付かせない』と固く命じておけばいいか。村人は全員薬を飲んだから、あの病気には完全な耐性を持っているし。
でも、できれば原因を究明しておきたい。
それに、王都以外で病気が広まる可能性もある。この村の人が直接行き来したのは王都だけかも知れないけれど、この村に立ち寄った人は、別に王都へ向かう人達だけじゃないだろう。それに、王都で病気が広まった後に、王都から他の街へ向かった人もいるだろう。
既に、拡散しているかも知れない。そして、村から村へ、街から街へと、どんどん広がりつつあるかも……。
全ての街、全ての村を廻るにも、私の身体はひとつだけだ。完全に後手に回り、拡散を食い止めるのは到底不可能だ。
……ポーションで分裂増殖? いや、気持ち悪いよ!
それに、一度増えたら、元に戻せそうにない。そして、みんながそれぞれ、『私がオリジナルだ』とか言い出して、そのうち、私同士で殺し合いが始まったりしそうで、怖いよ! あれだ、あれ、『コギト・エルゴ・スム』ってやつだ、漫画でやってた。
ひいいいぃ!
「カオルお姉ちゃん、どうかしたの? 顔色悪いよ」
「カオル、どうかしたのか? 目付きが悪いぞ」
レイエットちゃんが、心配そうに声を掛けてくれた。
「あ、ううん、何でもないよ。
……そして、ロランド。うるさいわ、余計なお世話だ!!」