59 仕切り直し
あれから数日。
私達は、ドリスザートから南下し、隣国ユスラル王国へと移動していた。
出発地であるバルモア王国から東進してブランコット王国、そしてドリスザートへと進んできたけれど、追跡……、まぁ、正確な情報を知らない下級貴族はともかく、上の方に話が行った時点で、捕縛とかではなく『丁重にお迎えして、御滞在戴く』ための身柄確保になるんだろうとは思うけど、そういうのは御遠慮したい。なので、早くドリスザート国内から出るため、それまでの進行方向である大陸の内陸部方面、つまり東方ではなく、国境が近い南方に進路を変更したのである。
だから、この国、ユスラル王国は、ドリスザートの隣国であり、相変わらず、まだブランコット王国の隣国でもある。まぁ、どちらの国も、他国にまでは手を出せないだろうから、安心だ。
「今度は作戦変更です。先日の説明通りで行きますよ!」
そう、前回は、急なことで考えが足りなかった。宿でぼうっとしていても知り合いは増えないし、どこかで働くにしても、高くつく宿屋暮らしで下働きとか、明らかに不自然だ。普通は、安い部屋を借りるか、住み込みだろう。特に、未成年だと思われる私だと……。
それに、この歳になって、いや、実年齢のことだよ、実年齢。とにかくこの歳になって、本当の子供達に混じって一日中単純作業、というのも、キツいものがある。精神的に。
そこで思い出したのが、初心である。
この世界に来る時、私はどうしようと思っていた?
そう、「貰ったチート能力で、楽ちんでのんびりした生活を」、だ。そして考えた、『ポーション屋』。
この世界には魔法薬がないと知って、一度は諦めた、夢のポーション屋。
しかし、この世界歴4年半、彼氏いない歴通算27年目のこの私、既にこの世界のことについてはプロ並みである。なので、「あり得ない効果の薬」ではなく、「あっても全然おかしくない程度の効果の薬」であれば、全く問題ない。
小さな店舗を借りて、常識の範囲内でよく効く薬を良心的な価格で売る、美少女と幼女が経営する薬屋。そう、『カオルのアトリエ』、『カオル・ファーマシー』である!
効能書きの通りの効果が確実にあり、そして原価がゼロ。いつまで経ってもゼロ。『永遠の0』である。ライバル店に負ける要素が見当たらない。
素材を購入する様子がないと怪しまれるから、エミールとベルを素材採取要員として雇っていることにする。ふたりには、それだけではなく普通の狩りや食材収集、その他ハンターギルドの普通の依頼等も受けて貰い、修行兼生活費稼ぎ兼情報収集兼交友関係の拡大に努めて貰う。
私との関係は、たまたま知り合った恋人同士のハンター、ということにして、お店に間借りさせてあげている、ってことにする。
ロランドとフランセット? 知らないよ。
いや、そう言っちゃ可哀想か。一応、知らない人達、ということにして、何かあった場合には護衛に雇う、ということにしよう。ふたりには、普通に宿屋に泊まって貰う。それが一番自然だからね。
ドリスザートの地方都市での一瞬の出来事は、まだ全く広まっていない。たかだか数十秒間の出来事だったし、近くではっきりと見た目撃者もせいぜい十数人だ。それに、あそこにいた人で、私達より早くこの国に移動できた者がいるはずがない。
また、バルモア王国からは国をひとつ挟んだ遠方であるドリスザートや、この国、ユスラル王国あたりでは、4年前の事件は「女神の顕現」というビッグニュースが全てを塗り潰し、前座の御使い様のことなどほとんど話題にはなっていないはずだ。事実を知っている上層部も、情報は流していないはずだし……。
なので、今回の件は、法螺か誇張、もしくは何かの間違いくらいに思われて、噂が立ち消えする可能性が高い。万一上層部まで話が流れたとしても、国内で捜索するか、進行方向と思われる東方を探すだろう。
……つまり、こっちはノーマーク、というわけだ。
そして、それらの件をわざわざ他国に広めるとは思えない。
結論。この国では、私達は安泰である、ってことだ。
そして明日は、いよいよこの国の王都、リテニアに到着だ。
そう、目立たないようにお店をやるなら、やはり人口が多くて雑多な人々の坩堝である、王都が一番だ。木の葉を隠すなら森の中、人間が紛れるなら、国内で最も住民達が混沌としている街、王都一択!
「では、明日は手筈通りに!」
「……本当に大丈夫なのか?」
「心配ですねぇ……」
ロランドとフランセットが口々にそう言うが、今度こそ大丈夫!
「しつこいなぁ、大丈夫だって! 明日からはずっと、ちゃんとしたベッドで眠れるから、最後の野営をじっくり味わって、さっさと寝ようよ」
そう言った私を、ロランドとフランセットがジト目で見ていた。
うん、まぁ、野営とはいっても、私は例の『男爵家のベッド』を出して、レイエットちゃんと一緒に潜り込んでいるからね。いや、ほんと、実に役に立ってくれるよ、もう4年半の付き合いになる、このベッドは……。
「王都だ……」
翌日、王都に着いた私達は、今まで通りの設定で街門を通過した。
いや、新設定でバラバラに通ると、ロランドとフランセット、エミールとベルの2組はともかく、レイエットちゃんを連れた私は別室に連れて行かれて事情聴取をされそうな気がしたから、新設定は王都にはいってから、ということにしたのである。
うん、不必要な面倒事を背負う必要はないよね。
そして、通過した門から充分離れた後、3組に分離。あとは、「たまたま知り合う」というイベントまで、赤の他人である。宿も別々。
「……と言っておいたのに、どうして同じ宿なんですか!」
「いや、適当に取った宿に、たまたまカオルがいただけで……」
「……同じく」
そう言うロランドとエミール。どうやら、表情からして、本当らしい。
まぁ、同じ場所で別れて、それぞれ時間差をつけてその場を離れ、大通りを街の中心部に向けて歩いて適当な宿を選べば、似通った選択をするのも不思議はないか。みんな、今まで私が選んだ宿に泊まっていたから、何となく泊まる宿のレベルが身体に染み付いちゃっているし……。
だって、半分以上が若い女の子なんだから、あまり安くて治安の悪そうな宿は避けたいし、料理が不味そうなところも嫌だし、貴族を名乗っていたからそれなりの宿で、でも上級貴族や大商人が泊まるようなところは外して、雰囲気が良くて、すぐに目に付いた宿……、いかん、被るのも当然か。
「被っちゃったのは仕方ないけど、知り合うイベントをこなすまでは、他人だからね。だから、少なくともここでは、同じ宿の宿泊客、という以上の接触はしないでね」
宿の従業員や他の客がいないところでこそこそと会話を交わし、私はレイエットちゃんと共に、さっさと自室に引っ込むのであった。
そして4日後。
私とレイエットちゃんは、店のカウンターに座っていた。
うん、どこかのお店じゃない。私達の店だ。
薬屋、『レイエットのアトリエ』。
『カオルのアトリエ』だと、あまりにもアレだし、あいつとかあの人とかに見つかりやすくなるし、御使い様の名を利用していると思われそうだし、そして何より、レイエットちゃんに「ここはレイエットちゃんのおうちだよ」と思って貰えるようにと、この名を選んだ。……他にも、いくつかの理由があるんだけどね。
あ、薬局、薬店という意味なら、「ファーマシー」の方が適切かも知れないけれど、そこはそれ、『昔からの憧れ』というやつで、「アトリエ」にした。錬金術の工房っぽくて、響きがいいからね。
それに、「ファーマシー」だと、常連さんが付いてくれるか不安だ。
ファン不安ファーマシー……、いえ、何でもありません。
え、お店の準備が早過ぎる? どうやって借りた?
いや、現代日本じゃないんだから、面倒な手続きとかはないよ。住民票も、印鑑証明も、保証人も要らなかった。
ただ単に、保証金と、賃料の前払い。それのみ。
お金さえ払っておけば、倒産して夜逃げしようが首を吊ろうが、関係ないらしい。
……いや、逃げないし、吊らないけど!
そういうわけで、廻った不動産屋さんのうち、1軒目は子供だからと馬鹿にされたので早々に退散し、巾着袋の金貨を見せたらちゃんとお客さんとして対応してくれた2軒目の紹介で契約した、この店舗兼住居。前は雑貨屋さんだったらしい。
2階建てで、1階部分が店舗、倉庫、台所、浴室、トイレ等。
浴室は、別にシャワーや浴槽があるわけじゃない。タライがあって、沸かしたお湯を台所から運んできて身体を拭く場所、というだけのことだ。トイレも、別に水洗トイレがあるわけじゃない。壺……、いや、言いたくない!
アイテムボックスがあるから倉庫は必要ないけど、対外用に少しは在庫があるように見せかけて、残りのスペースの大半は、何か別の用途に使うべく、あとで考えよう。
雑貨屋と違って、陳列棚はごく少しでいいから、少し広めの空間を空けて、テーブルひとつと椅子を4脚置いてみた。そして陳列棚には、薬の他に、ガラス容器や置物等も並べてみた。勿論、能力で造ったもので、売り物。わざと質を落として造ってある。
水やら荷物を頻繁に運び入れる必要のあるところは1階に集中させて、2階は居住スペース。
今は私とレイエットちゃんだけだけど、すぐにエミールとベルが住み着くので、部屋はちゃんと空けてある。
「よし、やるぞ! このお店で、お金を稼いで、知り合いを増やして、結婚相手を探すのだ! 私の幸せと、そして我が長瀬一族の、この世界での増殖のために!!」
「……よく分かんないけど、なんとなく、心配だなぁ……」
そして、レイエットちゃんがぽつりと呟いていた。
「私が、しっかりしないと……」
何だよ、それ!!