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35 前線へ

 エドと話しながら、カオルは疑問に思っていた。

 ……頭が良すぎる。

 どうして馬であるエドが、自分と普通に話せるのか。

 元々馬は非常に頭が良く、ただ人間と会話できないだけであった?

 いや、それはあり得ない。


 エドが本当は馬なりの知能で幼児並みの受け答えをしているのだが、翻訳機能がカオルに分かりやすいようにとこういう言葉に変換している?

 それとも、『この世界のあらゆる言語の会話、読み書きに不自由しない能力』という条件を無理矢理満たすため、カオルとの会話においては会話可能な状態まで相手の能力を引き上げている? まさか……。


 しかし、馬は、3歳児程度の知能であると言われている犬よりも知能が低い。日本において、多くの競馬騎手から取ったアンケートでもほぼ全員がそう回答しているのである。ならば、そうでも考えないと説明がつかない。

 それに、それを言うなら、そもそも馬に言語と呼べるほどのものはあるのか? この世界に来てすぐに道を教えてくれた、あの、リスのような小動物にしても。


 いくら考えても無駄なような気がして、カオルはそれ以上考えるのをやめた。スムーズに意志が伝えられるならば、それで良い。伝えられないよりはずっとマシなのだから、と。




 快適な旅を続けるカオルに対し、ロランド達は散々であった。野営までに通過する最後の町や村で水や食料を買い込み、とても野営とは言えない、『野宿』とでも言うような夜間の休息。

 いくら王族とは言え、ロランドも軍で鍛えた身。野営の経験はあった。しかしそれは、ちゃんとした幕舎が用意され、温かい食事、組み立て式の簡易ベッド、充分な枚数の毛布等によるものであり、下級兵士や傭兵のような、草の上でゴロ寝、というようなものではなかったのである。


 歩兵や荷馬車の速度に合わせた軍の行軍で7~8日の距離。荷物のない単騎であるカオルの速度が更に上がったことも考えると、3~4日もあれば着く。そう考えて耐えていたロランド達であったが、帝国軍の侵攻速度が遅かったのか戦場は思っていたよりも西方であり、戦場近くに到着したのは、出発から6日後のことであった。




『あ、どうやら着いたみたい。あそこの、宿営地みたいになってるところへ向かって』

『分かった、嬢ちゃん』

 カオルとエドは、戦場から見れば後方にあたる場所に建てられた、前線指揮所らしい幕舎へと向かった。そして当然のことながら、すぐに兵士に止められた。


「何者だ!」

 数名の兵士に取り囲まれて誰何されるカオル。


「あ、カオルと言います。治癒のポーションは御入用ではありませんか?」

「「「え……」」」


 その兵士達の中には、女神様の御友人としてのカオルを至近距離で見たことがある者は居なかった。『御友人』とか『御使い様』というような呼び名ではなく『カオル』という個人名を知っている者も。

 その兵士達も、治癒のポーションの噂は聞いていた。そう高価というわけではないが安価というわけでもなく、自分達はまだ使ったことがなかったが、使った者からその効果の話だけは伝え聞いていた。もしそれがあれば、戦場ではどれだけ助かることか…。

 しかし、目の前の少女は手ぶらである。どうしたものか……。


 兵士達が対処に困り悩んでいる間に、ロランド達が急いで近付いた。

「ロランドだ。将軍のところに案内してくれ」


 さすがに、王兄ロランドを知らない王国兵はいなかった。慌てて敬礼すると、皆を司令部がある幕舎へと案内してくれた。

 ちなみに、夜の先行の途中で展開する王国軍を見つけた4人の近衛兵は、少し引き返した場所で野営し、午前のうちにロランド達と合流していた。



「ロランド様! なぜこのようなところへ……」

 迎撃軍の総指揮官であるメネス将軍は、驚きながら一行を迎えた。


「急にすまない。少し事情があってな…。で、戦況はどうなっている?」

 ロランドの問いに、将軍は顔を顰めながら答える。


「は、敵軍には山脈越えの第2陣、ほぼ2万の兵が合流。総兵力約4万と、ほぼ我が軍と同数になっております。我が軍と対峙した時点で進軍を停止し、ほぼ睨み合いの状態となり、その後は、少々の小競り合いがある程度でして……。

 早く決着をつけて王都へ救援に向かわねばと気が急いているのですが、こちらが進めば引き、引けば進むと、明らかに時間稼ぎの様子でして…。

 かと言って、強引な行動に出ればこちらの被害が増し、下手をすると王都の救援どころではなくなる恐れがあり……」

 苦渋の表情の将軍。しかし、そこにロランドが朗報をもたらした。


「ああ、安心してくれ。ルエダ聖国経由の敵軍2万は全員捕虜にした。我が軍の被害は皆無。今は1万5千の兵で王都を守っている。王都のことは何も心配せず、眼前の敵の対処に専念してくれ」


「「「「おおおおおおお!!」」」」

 歓声が沸き上がる司令部幕舎内。


「そ、それは本当ですか!」

「嘘を言ってどうなる?」

「おお! これで、何の憂いも無く、自由に作戦行動が取れます! 無駄に兵を消耗させずに済みそうですな」

 嬉しさに震える、メネス将軍。

 そこに、黙って話を聞いていたカオルが口を挟んだ。


「あの、敵軍が聖国経由の軍が敗れたことを知ったら、どうなりますか?」

 カオルの言葉に、メネス将軍は怪訝な顔をしてロランドに訊ねた。

「ロランド様、そちらの少女は?」

 ロランドは人の悪い笑みを浮かべて答えた。

「ああ、名はカオル。将軍にはこう言った方が分かりやすいか、『女神様の御友人』と……」

「え………」

 驚愕に目を見開く将軍。


「で、私の質問の答えは?」

 少し機嫌を損ねたようなカオルの言葉に、将軍は慌てて答えた。


「はい、もしそれを知ったならば、時間稼ぎの意味は無くなり、撤退するか、もしくは我が軍を打ち破って王都へ向かおうとするかのどちらかとなりますな。まぁ、撤退という可能性は殆どありませんが……」

「どうして撤退はないと?」


「撤退しても、帝国には後がないからですよ。もう、他国を侵略するしか帝国が発展するための道がないのです。

 そして、今回の侵攻で多くの兵を失って撤退したならば、次に侵攻できるようになるまでには何年もかかるでしょうな。そして、それまでには他国も警戒して戦力を増強し、帝国の力を削ぐように努めるでしょう。山越えの奇襲も、聖国との裏取引も、一度バレてしまっては次に使っても効果はあまりありませんしな。

 それに、うまく我々を撃破出来たなら、数千の軍が守る王都を落とすのはそう難しくはない、と考えるのが普通ですからな。どうやら帝国は、我々が東端近くの領主軍を待たずに出撃したことは知らないらしく、出撃に間に合わなかった領主軍が王都防衛に加わっているとは思っていないようでしてな、王都の戦力を過少に見積もっておるようです」



 攻撃3倍の法則を適用するならば、1万の防衛側に勝つには攻撃側は3万の兵力を必要とする。王都の兵力を1万以下と思っているならば、3万以上の兵力があれば良い。ならば、損害を1万以下に抑えて敵を撃破出来れば良い、ということになる。

 普通の戦いでは、部隊の3割が死ぬと『全滅』、5割が死ぬと『潰滅』である。勝敗はそれまでに決している。なので、敵を破ったあと、3万の兵が残っている可能性は充分にある。あとは、攻城戦を行っても良いし、包囲して食料が尽き音を上げるのを待っても良い。自軍は、食料等を周囲の町から徴発するも良し、聖国経由で補給物資を運ぶのも良し。王都を包囲した時点で、勝ったも同然。

 そう考えるのは決しておかしな話ではない。それも、軍事国家として兵士の精強さには自信がある帝国が、同数の敵国兵を前にして、であれば。



「しかし、帝国兵が聖国方面の軍の敗北を知るのは、ずっと先のことでしょうな。伝令兵が聖国経由で帝国に戻り報告、それから山脈越えで伝令が届くのに、どれくらいの日数がかかるか……」

 将軍の言葉に、カオルが訊ねる。

「では、こちらから教えてやれば?」

「いや、敵の言うことを素直に信じますかな……」

 将軍は、カオルの言葉に苦笑する。

 しばらく考えたあと、カオルは悪い顔をして言った。

「じゃあ、美味しそうな餌をぶら下げましょう!」


 ああ、また、ろくでもない事を考えているな……。

 カオルの顔を見て、ロランドはうんざりとした顔をした。




 翌日。

 前線で敵と対峙する王国の兵士達に対して、大声で伝達が行われた。


「みんな、よく聞けぇ! 昨日、王都からロランド殿下が来られた! 聖国経由の敵軍は潰滅、殿下が大量の治癒ポーションを持って来て下さったぞ! もう、負傷など怖くはない! 怪我や体調の悪い者は、すぐに治して貰いに行くように!」


 あちこちで何度も叫ばれたその言葉は、当然のことながら敵兵にも聞こえ、上官達へと伝達されたのであった。

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[一言] 潰滅って検索したら誤字じゃないのか
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