23 対決! 王宮対神殿
「御使い様はおられますか!」
突然、マイヤール工房の玄関口で大声があげられた。
カオルは別に店番というわけではなく、また、そんな名を正式に名乗ったこともないので、気にもせずに台所で食事の準備を続けていた。
アシルもまた、聞こえてはいたが無視。父、リオタール子爵を経由した王宮からの連絡以外は無視するよう、子爵から念を押されているのである。
そして結局、対応しなければならないのは、工房主であるバルドーであった。
「これはこれは! 神殿の司教様が、何の御用でしょうか!」
「おお、御使い様はおられるか!」
「御使い様?」
バルドーは、事情を全く知らなかった。
「女神様の御使い様に決まっているであろう!」
「え、いや、そんな御方がどうしてうちに?」
話が全く通じない。
ソルニエ大司教からの使者であるペリエ司教は、ようやく自分が求める相手が『カオル』という名であることを思い出し、その名を告げた。
「え、カオルちゃんなら奥に居ますけど、『御使い様』ってのは……」
そろそろヤバいか、とアシルが腰を上げかけた時……。
「アシルはおるか!」
王宮から馬車を飛ばしてきたリオタール子爵が到着した。
「カオル殿には、我がリオタール家にお越し戴き、王と会見して戴く」
「いえいえ、御使い様は大神殿にお迎えし、大司教様とお会いして戴きます」
「王を後回しにすると申すか!」
「宗教と政治は関係ない、といつも言っているのはどなたですかな!」
「うぬぬ……」
「ぐぬぬ……」
非常に険悪であった。
どちらも、決して引けない。引けば、自分の立場が危なくなる。
「うるさいですねぇ…」
仕方なく、カオルが顔を出した。
「おお、カオル殿!」
「御使い様!!」
「同時に両方に会えば、問題ないんでしょう?
それと、どちらかの陣営で、とか、他の者の眼に触れない場所で、とかいうのは、何があるか分からないので怖いから嫌です。たくさんの第三者の眼があって、どの勢力や派閥の支配下にもない場所で…、私の言うとおりの条件でなら、会ってもいいですよ」
バルモア王国王都グルア、中央広場。
王城の正門に近く、また反対側には大神殿が面しており、その正面入り口の前にある女神セレスティーヌの像が見える。
いつもは観光客や散策者、出店の屋台等で賑わうその中央広場が、今は静寂に包まれていた。
決して人出が少ないというわけではない。
いや、それどころか、年に数度のお祭りや大イベントの日にも劣らない、多くの国民が集まっていた。中には、護衛や供の者を連れた貴族の姿もある。
ただ、皆が騒がず、じっと静かに待っている。それが故の静寂であった。
集まった人々の中央には、全周から丸見えの、数メートル程の高さのステージが設えられていた。そしてそのステージの上には、三角形を成すようにテーブルと席が並べられていた。そう、3組のグループによる対談が成されるかのように。
しばらくすると、大神殿から十数人の神官達の姿が現れ、ステージに近づくと、その内の3名がステージ上の席へと着いた。残りの者はステージの下で待機する。
更に少し経ったあと、王城から護衛の兵に守られた1台の豪華な馬車が姿を現し、ステージ前に着くと、その乗客を降ろした。
神殿側と同じくその3名の乗客はステージ上の席へと着き、護衛の者達はステージの下で待機した。
神殿側列席者3名、ソルニエ大司教、ペリエ司教、巫女シェーラ。巫女と言っても、シェーラは60歳台とかなりの高齢である。
王宮側列席者も同じく3名、国王セルジュ、王兄ロランド、宰相コルノー。
三角形の2辺が埋められ、あとは最後の一辺のみ。
それは、王をすら待たせる者。
広場が緊張に包まれた。
「あ、すみません、遅くなりましたぁ!」
群衆の間から現れた平民の少女のその声に、張り詰めた雰囲気が台無しになるまでは。
カオルは、会見の条件として、次のような要求を出した。
ひとつ、王宮側と神殿側、両方まとめて一度に行う。
ふたつ、どの勢力の影響下にもない場所で行うこと。
みっつ、不特定多数の者の眼前で行うこと。
そしてカオルが具体的に指定した場所と方法が、ここ、中央広場における公開質問会であった。
王宮、神殿共に列席者は3名。カオル側はカオル1名のみ。
「では、これより、質疑応答を始めます」
カオルの仕切りで、話し合いが始まる。
「まず、皆さん、ただの平民である私に何の御用があって会見を求められたのでしょうか?」
「な、何の用も何も、御使い様を王宮にお招きするのは当然のことで…」
宰相のコルノーが、何を当たり前のことを、というように答えた。
「え? 別に、関係ないですけど? 私、王宮に行っても、何も話すことはないし、する事もないですけど…」
「え……」
絶句する宰相、コルノー。
「あ、あの、女神様からの御神託とか、祝福とかは……」
「え? ありませんけど…」
「………」
国王、テーブルに両手をついて呆然。
「しかし、調べたところによると、王都の民の中に女神の祝福を受け救われた者がいると……」
王兄ロランドが問う。
「ああ、それは、その者が心正しき者であり、理不尽な苦しみを受けていた場合、でしょう。
王族や貴族の方が真面目に国や領地を治めていても、そんなのは施政者として当然の事ですから、別に『心正しき行い』というほどのことじゃありませんし、戦争で怪我をしても、それは騎士や兵士としての通常の任務の結果であって、『理不尽なこと』ではありませんよね。わざわざ女神様がどうこうする程のことではなく。
だから、私が王族や貴族の方に会っても何の意味もないですし、そもそも私、王城にははいれないんですよ。はいるには身体を差し出さなきゃならないと言われて、絶対にはいらないって女神様に誓っちゃいましたから」
カオルの爆弾発言に、民衆達の間にざわめきが広がる。
(御使い様に身体を差し出せだと!)
(何という不敬な! 貴族連中は何を考えているんだ!)
ざわめく民衆に、さすがのロランドもあせりが隠せない。
「だいたい、セレスって、余程気に入ったか興味を持った場合を除いて、あまり人間ひとりひとりの運命には関心が無いんですよね。余程大勢が命を失うだとかの場合を除いて…。女神が、いちいち個人の人生に手出ししたりしませんよ、普通」
カオルの言葉に、黙り込むロランド。
カオルが女神を略称で、しかも呼び捨てにしたことは完全にスルーされた。
一方、カオルの『王城にははいれない』宣言を聞いて喜色を浮かべる神殿勢。
「御使い様、それでは、是非我が神殿へ! 女神様のお膝元である神殿こそ、御使い様の御滞在に相応しい場所でございます!」
大司教自らの必死の勧誘。
「いえ、私、神殿にも用がないし……」
え、という顔でぽかんとするソルニエ大司教。
ペリエ司教が必死で言い募る。
「い、いくら他国の宗派の方で若干の教義の差異はあろうとも、同じ女神セレスティーヌ様の信徒同士ではありませんか! 御使い様、どうか我らと共に民のため……」
「え? 私、別にセレスティーヌの信徒ってわけじゃないですけど?」
「「「「「えええええ~~~っっっ」」」」」
カオルの核爆弾発言に、広場中から叫び声があがった。
「私の国では、森の恵み、川の恵み、海の恵み、全ての物に神の御意志が宿り、生命を育んで下さる、という信仰が主流でして、女神セレスティーヌは、多くの神々のうちの一柱、たまたま人の姿で直接助言して下さる親切な女神様、という位置付けです」
「で、では、御使い様と女神セレスティーヌ様との御関係は……」
「あ、ただのお友達、です」
信じられない、という顔で、口を開けたまま固まる、大司教と司教。巫女さんだけは、何かあきれたような表情。
「あ、それと、皆さん私のことを『御使い様』とか呼ばれてますけど、私、別にセレスの使い走りをやってたりしませんからね。対等の友人同士なんで」
もはや死屍累々のステージ上。
カオルは、念のため、ステージ外で聞いている貴族や神殿関係者向けの警告を出しておく。
「私に強制して無理を言っても、セレスがそんなの叶えてくれるわけがないですからね。怒って神罰下されるのが関の山、ですよ。それも、本人だけで済めばいいんですが、一族郎党、関係派閥も引っくるめて全員、とか、王都ごと、領地ごと全部、とか、全国の神殿全て、とか……。セレス、大雑把だから」
蒼白になる貴族、神殿関係者たち。
「私のところに何か要求に来たら、その時点で、その願いは絶対に叶えませんから。理由の如何に関わらず。『神は敬うべし。頼むべからず』と言いまして、神様は敬って信心するものであって、決してアテにしたり要求したりするものではない、ということです」
ステージ上は、巫女さん以外は全員、口から魂が抜けたような感じになっていた。
どうやら質問もないようなので、そろそろ帰るかな…、と思っていたら、今まで黙っていた巫女さんから質問が。
「あの、セレスティーヌ様、どんな御様子でしたか?」
う~ん、私が本当にセレスと友人なのか試しているのかな? 年齢から見て、セレスが最後に神託を下した頃から巫女さんやってた可能性があるし。
「ぽやぽやしてました」
「ふふ、そうですか…」
う~ん、セレスと話したことでもあるのかな?
もうそろそろ帰っていいかな。
あ、最後にひとつ、気になる事が。
「あの、巫女さま、ひとつ聞いていいですか?」
「はい、何でもお聞きください」
「あの…、あの女神像、どうしてあんなに胸が盛ってあるんですか?」
ステージ上、最後のひとりも崩れ落ちた。
いや、笑い崩れたんだけど。