21 招聘
アシルが工房に戻り、カオルに父親との話し合いの結果を伝え、カオルがひと安心してしばらく経った頃。
リオタール家から再び使いの者が訪れた。
『王宮から勅使あり。すぐ戻れ』
早い。予想より早すぎる!
王宮関係の誰かの耳にはいって、そんな馬鹿なと笑い飛ばされて、複数の筋から同じような話が届いて、考えた末に上に報告して、というのが何度か繰り返されて、王様の耳に届くまで数日、その後どうするかの会議が開かれて、と思っていたのに、まさかの即日反応……。
「呼びつけられたら、行きます。日時を確認しておいて下さい。迎えは不要、と伝えておいて下さい」
「…分かった」
アシルが去ったあと、カオルは考えた。
リオタール家の者が一緒に登城、というのはまずいだろう。カオルを囲っているように取られる恐れがある。リオタール家の者はまだ、あくまでも連絡役、仲介者に留めるべきである。何かあった時に累が及ばぬよう、というのもある。
問題は、まだ早すぎる、ということである。
まだ充分に噂が広がる前に、王族やその周囲の者に囲い込まれてしまうのはマズいかも…。もっと、色々な派閥や、一般民衆にも広がってからの方が…。
大体、どうしてこんなに反応が早いのだろうか……。
カオルは、まさかあの女性騎士が王宮の謁見の間でポーションを使ったなどとは想像もしていなかった。いくら頭の回転が速いカオルであっても、必要な情報が入力されていなければ正しい答えを出すことは不可能であった。
う~ん、何か、もう少し時間稼ぎを……。
それと、無理矢理王族や派閥の高位貴族の息子とかをあてがわれないよう、何か策を講じた方が……。
「カオルちゃん、王から招聘の命が届いた。明日の朝、謁見の間にて、だそうだ」
「分かりました」
アシルが工房に戻って来た頃には、カオルの策はあらかた纏まりかけていた。
翌朝、日の出直後の王城裏門。
そこには、ひとりの平民の少女の姿があった。勿論、カオルである。
正門が開くのはもっと後であるが、裏門は食材納入の業者やら早出の下働きの者やらのために日の出と共に開かれる。なお、夜間の出入りは一部の者にのみ許可される。
カオルが謁見に指定されたのは『朝』であった。
正確な時計のないこの世界。また、王を待たせるなどということはあり得ない。そのため、『朝』と言われれば、かなり早くから登城して待機室で長時間待つ、というのが普通である。
しかし、それにしても、いくら何でも謁見待機には早過ぎる時間であった。まだ待機室付きの給仕すら起きていないような時間である。
「あの、通っていいでしょうか…」
門番の男にそう言って来たのは、ひとりの平民の少女。下働きのような服装をしている。
「ああ。通門証は?」
「ありませんけど…」
「ん? 一般謁見の者か? さすがに少し早過ぎるだろう…。
まぁいい、謁見証を」
この国では、平民でも王にお目通りして陳情等を行うことが出来る。但し、とんでもない倍率の事前審査や厳しい身元調査等を経て、であるが。
どこかの村の村長あたりであれば、数百人にひとりくらいは謁見が叶うかも知れない。余程重要な、それこそ村の存続に関わるような案件があれば、であるが。
若く美しい女性の方が審査も陳情内容も通りやすいと思ってか、若い女性を陳情者として起ててくる者も結構いる。さすがに子供を代理に起ててくることは滅多にないが、可愛い少女ならばそれなりの効果はあるのかも知れない。
「…それもありませんけど」
「何? 何の許可証もなく入門したいだと? いったい王城に何の用があるというのだ」
「はい、王様に会おうと思いまして…」
「何の許可証もなく、か?」
「はい、何も貰っていませんので……」
呆れた。門番は、心底呆れた。
(頭が弱いのか?)
しかし、結構可愛い少女である。
(これはイケるか?)
門番の男は、にやりと嗤った。
「お嬢ちゃん、許可証が無いと、王城にははいれないし、王様にも会えないんだよ」
「ええっ、それは困ります…」
(よしよし…)
「でも、お金を出すなら、私が何とかしてあげてもいいんだよ…」
勿論、門番風情にそのような権限は無い。
「え、でも、お金無いですし……」
(ああ、見れば分かるよ、それくらい…)
「仕方ないなぁ…。それなら、ちょっとおじさんの頼みを聞いてくれないかな。もう少しで仕事が終わって交代するから、その後、ちょっと付き合ってくれればいいんだ」
「え、それって、まさか……」
両手を胸の前で組み、ふるふると涙目になる少女。
「だ、ダメです。そんなこと……」
「まぁまぁ、そんな大したことじゃないから。ちょっと付き合ってくれれば、王様に会えるようにしてあげるから!」
ここぞと強引に畳み掛ける門番の男。
「い、嫌です、許して下さいぃ! もう、絶対にこの王城に入ろうなんて考えませんから! この王城にははいらないし、この国の王族の人や貴族の偉い人の言うことは聞きませんから! 女神様に誓います!!」
そう叫んで逃げていくカオル。
「ちぇ、ダメだったかぁ。ま、うまく行くのは数十回に一度くらいだからな。せっかくの可愛い子だったのに、残念!」
いつものことなので、門番の男は、カオルの最後の言葉が少し不自然だった事など気にも留めなかった。
マイヤール工房。
昨夜は実家に泊まったアシルは、少し遅い時間に工房へと姿を見せた。泊まり込んだり徹夜したりが普通なため、勤務時間など誰も気にしない。
「あ、アシルさん、おはようございます」
「ああ、おはよう、カオルちゃ…ん…、って、どうしてここにいるのおぉぉ!!」
アシル絶叫。
「き、今日は、朝に謁見じゃあ……」
真っ青になって震えるアシル。
「あ、王城には行ったんですけど、門番の人に入れて貰えなくて、『入れて欲しければ、お金を出すかちょっと付き合え』って言われたもんで、『王城には絶対入りません、王族や貴族の偉い人の言うことは聞きません』って女神様に誓って逃げ帰りました」
アシル、卒倒。
その後、必死の形相でリオタール家に全力疾走。
朝の会議を終えた王と閣僚は、そのままぞろぞろと謁見の間へと向かった。そしてそれぞれ席につき、緊張の面持ちで『御使いの少女』を待つ。
なにしろ、女神セレスティーヌ様が最後にそのお姿をお見せになられてから、既に53年。その後ルエダ聖国の大神殿が何度か『御神託』があったと公布したが、聖国や神殿側に都合の良い内容のものばかりであり、それまでの神託では各国に同時にお姿をお見せになっていた女神様のお姿もなく、ただ聖国の神殿の者にお告げがあったとのみ。誰も本当の御神託があったなどと信じてはいない。
それが、先日の『女神セレスティーヌ様の御友人であらせられる異世界の女神様の御訪問』、そしてそれに続く『御使い様の出現』である。
その双方ともがバルモア王国に関わったというのは、偶然か?
御友人の方は、場所は隣国であったが、関わったのはバルモア王国の者のみ。今回の件も、御使い様の出身国は他国のようだが、今はバルモア王国に住んでいる模様。
セレスティーヌ様御降臨の前兆か? 新たな御神託があるのか? また、大災害の預言なのか?
皆が緊張しないわけがない。
……遅い。
王が席に着き、準備良しの連絡を出してから、既に数分。
王を待たせるなど、あり得ない。
場がざわつき始めた頃、あり得ない報告が届いた。
『少女が来ていない』
あり得ない!
王の招聘を無視し、謁見をすっぽかすなどと!
いくら御使い様だとしても、それは許されないことである。
しだいに騒がしくなる謁見の間。
そこに、慌てた様子の兵士が駆け込んで来た。
「リオタール子爵が、直ちに王にお会いしたいと! 少女の謁見について、大至急の報告があるとのことです!」
「通せ!」
王は、何か不吉な予感がした。
「では、何か。その少女は、門番にカネと身体を要求され、城にはいれずに帰った、と…」
「は、そのようで…」
「その時、王城にははいらない、王族や偉い貴族の言うことは聞かない、と女神様に誓う羽目になった、と……」
「は、そのようで……」
驚愕と絶望に包まれる、謁見の間。
「アモロス。どういうことだ」
王は賓客の対応を担当する者を問い詰めた。
「は、はい、本日正門を担当する者には、他国の貴族の少女が登城したならばすぐにお通しするよう指示し、案内の者を配置しておりました!」
「…で、少女は裏門に現れ、しかも早朝で本日の者に交代する前、か。更に、平民の格好で……。リオタール子爵、なぜそのようなことに?」
王の問いに、子爵は息子から聞いた話を伝える。
「はい、少女カオルは、国を捨てたからには祖国での身分などもはや関係がない、この国で平民として暮らしているからには、平民としてお伺いするのが当然である、と。そのため、平民用の門からはいろうとしたそうです。我が家のパーティーの時は、場を乱さないようにと知人からドレスを借りたそうで…」
「…で、馬車で正門に来るであろう他国の貴族令嬢にわざわざ入門許可証を渡しておいたりはしていなかったわけだな、門番に事前に指示してあり、案内の者も待機させておくわけであるから……」
これで担当者を責めるのは酷であろう。
王はその旨を告げ、担当者の責任については不問とした。
しかし、これでは、王宮へは呼べない、王や王族、閣僚等から命も下せない。いったい、どうすれば良いものか………。
国王は頭を抱えた。