【9】電気を喰らう者 6
『グチュ……グチュリ……』
耳障りな音を立てながら、化け物の裂けた腰のあたりから何かが盛り上がってきた。
(なんだ? イヤなカンジがする……)
俺は銃にマガジンを装填すると、ナゾの膨らみに連射した。
銃弾がヒットするたびに、ビシュッと音はするものの、表面を削るのみだった。
「くそ……どうしたら」
教団の武器は、異界獣の皮膚を破り肉を裂き骨を砕く。
それが当たり前だった。
なのに目の前の新種ときたら、かすり傷程度のダメージしか与えられない。
(うう……試してない攻撃は、何だ?)
困惑しているうちにも、敵は怪しげな変化を見せている。
吹き飛ばされた上半身のあった場所は大きな開口部となり、内側からナゾの器官が、ぐちゅぐちゅと水っぽい音を立てながら、二つ盛り上がってきている。
ビジュアルがグログロしいのには慣れてるが、倒す方法の見当がつかないケースは初めてだった。
しばらく攻撃を加えても電撃を放ってこないとこを見ると、電池切れなんだろうが……。
「しゃーないか」
俺は覚悟を決め、両手首の刃を外してホルダーに戻した。そして、ファイティングポーズを取って、しゅしゅッと数回、拳で空を切った。
「試してないのは、――打撃だ!」
俺はぎゅっと眉根を寄せると、地面を蹴って異界獣との間合いを詰めた。
握った拳に力を込め、半身に開くと、アスファルトにめり込まんばかりに左足を踏みしめ、そこから今度は全体重を右足へと荷重移動させる。
下半身から腰、胴、そして肩へと上半身をひねり込んでパワーを拳一点に集中する。
俺様、渾身の一撃。
「うううぉぉぉおおおおおおおりゃああああああああああああああああッ」
『メキャアアアッ』
ブロック塀をも打ち砕く渾身の一撃を、醜悪な化け物にねじ込んだ。
――はずだった。
「なッ……?」
確かに何かを殴った感触はあった。
だが目の前にあったのは、毛むくじゃらの足と同様、びっしりと毛の生えた手とも足ともつかないものが、彼の拳を苦もなく受け止めている様だった。
俺の瞳孔が最大まで開く。
(一体どこから?)
予想外の事態に激しく動揺したが、化け物の足が俺を蹴り上げようとした時、我に返った。
(まずッ)
次の瞬間、俺の頬を鋭い風が切った。つう、と血の筋が走る。
バックステップで異界獣のキックをかわすのがコンマ一秒遅ければ、俺の頭蓋はザックリと裂かれていただろう。
異界獣は蹴りが空振りしたので、その場でくるりと宙を舞った。
その勢いで、破れた腹のあたりからずるり皮が裂け、『中身』が剥けて出てきた。
「なんだよ……それが貴様の真の姿か?」
手の甲で頬の血を乱暴にぬぐうと、俺は口の端をつり上げて、軽く笑った。
内心、余裕などない。だが、そうでもしないと平静を取り戻せなかった。
眼前の獣はいま両生類のような上半身を失った代わりに、さらに二本の足とまんじゅうのような頭部を持った、蜘蛛に似た地を這う生き物へと変化した。
その胴とも頭部とも言えないような部位にはヤツメウナギのような丸い口を持ち、その内側をぐるりと囲んだ鋭い歯が露出している。
この歯で警官や変電所の職員たちをボリボリと喰い散らかしたのだろう。
(あんま近づきたくねえなあ……)
化け物の直接攻撃は素早く、連続で喰らえば己の身が危ないだろう。俺は脳内のデータを参照し、有効な攻撃方法を必死に考えた。
だが、三秒経っても何も思いつかなかった。
「さて、どうしたもんかな」