1-15 ナポリタン
パチッと目を覚ます。
朝だ。隣にサーシャが寝ている。
初めて先に起きたようだ・・、緊張しているのかな? 眠りが浅かった。
「あふ・・ん、ご主人様? おはようございます」
無言で着替えているとサーシャが起き出してきた。
「悪い、起こしたか」
「いえ・・今日はお早いですねぇ・・」
寝起きサーシャはレアだな。ふにゃふにゃしていてかわいい。
今日は抱き締めタイムを短く済ませて朝食を摂る。
宿が使う食事処は朝早くから開いていた。
ご苦労なことだ。行商人相手だと、日の出前から開いていないと文句を言われるんだそうだ。
サーシャに荷物の最終確認を任せ、役所に行ってみるとちゃんと開いていた。
「定住証明の一時解除をしたいのだが」
「はあ? ああ、定住証明ね。こういうのは昨日のうちにやってくれると助かるんだけど」
当日やれって言ったじゃねぇか。別の奴だけどさ。
ちょっとイラッとしながら手続きをする。
役所が朝から開いているのは、何かあったときに対応するためらしい。
定住証明の解除などという雑務のために少ない人員を割きたくないのだろう。
知ったことではないが。
「はい、じゃあこれで解除したけど、記録は残っているから再度申請するときは同じ窓口に来てね」
「はぁ」
「再発行にも銀貨1枚かかるから、それも気を付けて」
ことあるごとに手数料を取るよなぁ、この世界・・というかこの街、か。まあ致し方ない。
それで役人を養っているのだろうから。
ちなみに、年末に払う更新料を分割したものも払わされた。銀貨2枚だ。
これもちょっと痛いが、今から大仕事なのだから、すぐに取り戻せると思っておこう。
致し方ないのだ。
これで身分証明をするものはギルドカードくらいになってしまった。
怖い人とか偉い人とかに目を付けられても助けを呼べそうにないな。サーシャにも注意するように後で言っておこう。
朝の涼しさのなか、ぼちぼち営業を開始した屋台で軽く肉串なぞ買いながら、武器屋へ行く。
サーシャの矢を補充する際、ついでに魔銃のホルダーを作ってもらおうと頼んだのだ。
「うちは革細工師じゃねぇぞ」とか文句を言いつつも銀貨で引き受けてくれた。
剣帯と一体化して、胸側のマントで隠せるように取り付けるつもりだ。
まあ、実際には銃は入れないかもしれない。そこから取り出したように異空間から出せばいいのだから。
「ん、早いな。頼まれていたものは出来てるぜ」
「おお。剣帯がないとちょっと落ち着かなかったんだよね」
「いっぱしの剣士みたいなことをほざいてんじゃねぇよ、ルーキー」
軽口を叩きつつ剣帯を渡してくれる。
魔銃を革袋から取り出したふりをして、銃ホルダーの出来を確かめる。
親父は興味津々でそれを観察していた。
「しかしそいつは魔撃杖なんだよな? 昨日もちょっと思ったが、どうも変わっているな~」
「ん? 魔銃だけど?」
「魔銃? なんじゃそりゃ」
こっちがなんじゃそりゃだよ。
魔銃ってこっちの世界にあるもの・・なんだよな?
生産地が遠いのかもしれん。
「さっきなんか言っていた・・えーっと、魔撃杖ってのはなんだ?」
「おい、魔撃杖を知らんのかよ。そういう魔石をはめ込んで魔法をぶっ放す道具だよ。そのでっぱりに入ってるのは魔石の類だろう?」
「んーどうだろう。じゃあ魔撃杖の一種なのかな、これは」
「そうだと思うんだけどなあ・・魔銃か、ちょっとこっちで調べてみるかな」
「おい、俺のことは漏らすなよ」
「分かってらぁ、客の事を喋るほど耄碌してねぇよ」
「それならいいけど」
「魔撃杖の最新の型かもしんねぇなぁ・・今度また解析させてくれよ」
「え? やだよ。壊されそうで怖い」
「壊さねぇよ! 魔力の流れとか見て、あと部品の形とか・・」
「それを見るために分解とかしそうで嫌だ」
「ちっ・・まあいいけどよ」
魔銃は珍しい物だったのか。これは知っておいて良かった。エリオット達にも、魔撃杖?の中古品みたいな感じで話そう。
「おっさん、代金置いてくぜ。助かった」
「おう、また何かあったら。革いじりはもうやらねぇけどな」
「わかったよ・・」
まあ武器屋だもんな。銃ホルダーに魔銃をセットし、ちょっと西部劇気分を味わいながら宿へ戻った。
「ただいまサーシャ、って、もう準備万端だなぁ」
「はい、完璧に準備しました。後はご主人様が着替えるだけです」
ズイズイと迫ってきたので、ついでに尻を揉んでから急いで革鎧を着込んだ。
その上から剣帯を締める。
剣の配置はもちろん背中、魔銃も説明のために見せるだろうから胸の位置に設置したホルダーに入れておく。
「やんっ!! もう、お戯れは程々にお願いします。・・他のパーティの方々と同行するときは、流石に控えますよね?」
「控えぬ、媚びぬ、省みぬ・・!!」
「えっと・・?」
「まあ、人前が嫌なら少しは控える。その分テントとかでいつもより多めにサーシャ分を補給するから覚悟しな」
「は、はぁ」
唐突な世紀末はサーシャを大いに混乱させたようだ。ヨーヨー反省。ああっ、早くも省みてしまった。
「あ~、着替えも終わったから出ようか。諸々打ち合わせ通りでお願い」
「はい」
他人に悟られたくない合図や、異空間を使うときのルール、秘密にしたいことの優先順位などを昨日までに打ち合わせて来た。
完全装備でサーシャを従え、肩で風を切って歩く・・ような気分で、人にぶつからないように歩く。
ほんの少し前まで地球にいたのに、すっかりこっちの、というか個人傭兵の世界に染まっているなあと思う。朝から鎧を着て、武装して街中を歩いているんだぜ。
久しぶりの東門だ。
門の前には街を出るための手続きをしている短い列があり、その脇に邪魔にならないようにしながらエリオット達と馬車が待っていた。
いやおそらく馬車なんだろう。
俺が騎乗の練習をした「馬」と、馬車を曳いている生物が別物なので、「馬車」と表現していいのかわからない。
馬というよりは・・コモドドラゴンをゴツくして足を伸ばした、みたいな?
力が強そうだ。
「やぁやぁ、君は・・ヨーヨー君かな?」
エリオットはちょっと警戒した感じで自然と剣に手を置いているので、不審を解くためにヘルムを脱いで顔を見せる。
「遅かったか?」
「いや、そうでもないさ。商会の護衛はまだ揃っていない」
「なら丁度良かった。少し話がある」
エリオットに、魔撃杖のような魔道具を手に入れたこと、ここぞというときのみ使いたいことを申し出る。
「ふぅん、魔撃杖かい。今それは?」
「持っている。・・これだ」
胸のホルダーから魔銃を外し、見せる。
「変わった形だねぇ。まあ了解したよ」
「移動中でも攻撃できる手段ではあるから、一応報せておいた方がいいと思ってな」
「そうだね、手の内を知っておくことはリーダーとして重要だ。何の魔撃か訊いても?」
「何の魔撃か?」
「・・魔撃杖なのだろう?」
「たぶん」
「なら、火の魔石を使う、火球の魔撃だとか、そういう種類があるはずさ」
「あーうん、そういうこと。えっと、光の塊? みたいのが飛んで行くタイプかな」
「・・光魔法なのかね?」
「どうだろう。熱による攻撃っぽい気もするけど」
「うーん。珍しい火魔法なのかね。まあいいや、火球の魔撃と同じように考えて作戦に組み込むよ。それでいいかい?」
「ああ。大金を持ったノリで買ってしまったから、詳しくなくてすまないな」
「ははは、ヨーヨー君は奴隷も早速買っているし、大金を持たせたらダメなタイプの人間だね」
「・・反論できねぇ」
魔銃をしまって、他の集まっていないメンバーが来るまで待つ。
「そういえば、俺たちの乗る馬は?」
「後で連れてくるはずだよ、マリーがね。2頭だけだから、無理はできない」
「ふむ、じゃあ左右を挟んで警護する感じか」
「そうなるねぇ。ヨーヨー君に移動中の攻撃手段があるなら、僕とヨーヨー君が中心になって馬に乗ろうか」
「だな。女ばかりの馬車に乗せられても困るし、護衛対象も女だからな」
そう言うとエリオットはからかうような表情を見せて肩を竦めた。
「君、時々妙に気の利いたことを言うよねぇ。それ以外は野蛮な傭兵なのに」
「そうか? 女性の護衛に男性が付いても、気まずいだろ。トイレとか、一緒に行けない場面も多いから、警護しづらい。パッチ辺りをお世話係にすれば丁度いい」
「そうだねぇ。まさにそうしようと思っていた所だよ。弓持ちのトリシエラと、サーシャ君で馬車の上から警戒してもらうとしよう」
「おいおい、うちの奴隷の名前までもう覚えたのか? 早いな」
「女の子の名前は忘れないことにしているんだ」
パチッとウィンク。ちょっとサマになっているのがうっとうしい。
「そういう君も、マリー達の名前はすぐに覚えていたように思うけどね」
「そういえば、そうだな。何となく覚えられた」
「どの娘もかわいい名前だからね・・忘れられないんだろう」
「そうかい」
名前もサーシャの方がかわいいと思うけどな。
まあ自明のことなので敢えて指摘はしない。何といっても自明のことだからな。
エリオットが面白そうにしている。
「君、サーシャ君を買ってから少し変わったねぇ。良い方向に」
「良い方向?」
「余裕が出たというか。人間らしくなったよ」
「そうか?」
「あと女好きな感じが増したね」
「いいことだな」
「いいことだ!」
満場一致に至ったところで、多くの馬に乗った集団が近付いてきた。
先頭にいるのは、チェインメイルのようなものを着込み、巨大な槍を構えた武人らしい人物。
口ヒゲを生やし、前髪を後ろに流してオールバックにしている。ちょっとこわい。
「貴様らがエモンド家お嬢様の護衛に雇われた傭兵か!?」
「そうだが、君は誰だね?」
エリオットが、馬から下りもせずに誰何する武人おっさんにおっとりと反応する。
「私はエモンド家私設戦士団、騎兵隊隊長のコールウィングだ!」
「そうかい。お嬢様は?」
「こちらにおります」
馬の群れをかき分けるようにして、馬を下りたアアウィンダが前に出る。
カッチリした全身鎧を着込み、腰には剣を佩いている。
こちらも武人といった出で立ちに見える。
「へぇ、お嬢様も戦えるようだな」
思わず口に出すと、コールウィングが馬上から不機嫌そうにガンを飛ばしてくる。マンガなどでままある「殺気を飛ばす」とはこのことか。
「ええ、私も戦士のはしくれですから」
「戦士のはしくれ・・?」
「貴様の知るところではない。お嬢様、早くに出発準備を済ませましょう」
コールウィングが話を中断させた。
アアウィンダは馬車・・コモドドラゴン車?に2人の従者とともに乗り込み、護衛たちがいくつかの荷物を馬車に運び入れている。
「隊長殿、僕らが馬車の中と左右を警護し、私設戦士団の皆さんが前後を固めるということで相違ありませんね?」
エリオットは隊長と打ち合わせだ。
隊長は傭兵が中央を固めることに不満気ではあったが、一応飲み込んでいるようだ。
「仕方あるまい、エモンド家の護衛たる者から裏切りが出たのだからな・・。旦那様が信頼できるという者に任せることに異論はない。異例ではあるがな・・」
「ありがとうございます。では、指揮はそれぞれでも構いませんが、全体で動くべきときは従って頂けますか?」
「それはできん。あくまで我々はエモンド家の戦士団騎兵隊だ。傭兵の命令を受けるわけにはいかんだろう」
「・・そうですか。では、命令ではなく提案、お願いということで、お伝えすることがあるのはご承知おき下さい。単に中央におりますから、事態が把握できるということもあるでしょう」
「そうだな。意見はしてもらって構わないが、判断はこちらで行う」
「了解しました」
・・エリオットは大変そうだな。
リーダーなどにならなくて良かった、心の内からそう思う。
「それからそこの傭兵」
沈黙が流れる。隊長の顔はこころなしか、こちらを向いているようにも思える。
・・。
・・。
「・・は、俺ですか?」
「そうだ」
「なんでしょう」
「エモンド家は商家だが、旦那様は領主様と顔を合わせるほどに偉いお方だ。お嬢様への態度もその辺りを考えてくれ」
「・・あー、慣れ慣れしくするな、と」
「そうだ。後は口調もな。育ちという物があるのは承知しているが、周りにいる者が粗野な言動をすれば、お嬢様、ひいては商会の信用に関わる」
「なるほど」
「それを考慮してくれ。これから成り上がるつもりなら、いい勉強だろう」
「それは、はあ」
成り上がるが何を指しているのか分からないから答えにくいが。まあ、ただ偉そうなだけではなく、こちらのことを一応考えてくれているようなので突っ掛からないでおく。
「ではよろしくたのむ」
隊長はひらりと馬から降りて、隊員たちに発破を掛け始めた。
遅いぞ、急がねば今日は野宿だぞ。お嬢様にご苦労をかけるようなことがあれば、減給してやる、などなど。
彼は彼で、身内から裏切者が出たことで色々と大変なのだろう。
高圧的ではあるが、それ以上に苦労者なのかもしれない。
「そっちの準備は出来たかい?」
護衛たちの後ろからマリーが登場した。
1頭に乗り、綱でつないでもう2頭を引っ張ってきている。これが我々の乗馬らしい。
「1頭、駄馬も貰ったよ。荷物を載せちまおう」
「駄馬? そうか」
駄馬はたしか、荷物運び用の馬だな。
左右に展開する騎馬はいつでも戦闘に入れるようにしなければならないので、荷運び専門で戦闘時は参加しない馬も追加したということらしい。
そうは言ってもそれなりの速度で馬車を走らせるので、駄馬も誰かが乗って制御しなきゃいけない。
そこはマリーが受け持つということになった。
「左右の騎馬に僕とヨーヨー君が乗ることにしたよ。マリーは右側について、ヨーヨー君をフォローしてくれるかい?」
とエリオット。馬にはなんとか乗れるようになったが、警護となると索敵、警戒などの技術が必要になる。マリーがフォローしてくれるのは素直に有難い。
「交代はしないのか?」
「様子を見てだね。ただ、メンバーの役割がバランス良さそうだから、よほど疲れていなければ固定にしようかと思っているよ」
「なるほどね。マリーがフォローしてくれるなら俺も助かる。あ、そうだ・・」
マリーにも魔銃のことを軽く話しておく。進行方向の右側は2人で警戒することになるだろうから、手の内は明かしておいた方がいいだろうと思ったので。
「へぇ、魔撃杖ねぇ。そこそこ値が張ると思うけど」
「ここのお嬢様の件で大金が入ったもんで、つい衝動買いしてしまった。おかげで今はすっからかんだ」
「馬鹿だねえ・・」
マリーはそう言うが、表情は柔らかい。
エリオットのお世話をしているので馬鹿な男には慣れているのかもしれない。
サーシャも将来、こうなるのかな・・。
「エリオット様、お嬢様の用意終わりました」
馬車にいたらしいパッチが外に報告に出てくる。
「よし、では各自配置につこう。マリー、馬をこっちに」
「サーシャ、お前も馬車に入っていてくれ。パッチがお嬢様のお世話をするみたいだから、手助けしてやってくれ」
「かしこまりました」
後ろで気配を消していたサーシャに声を掛けると、きびきびとした動作で馬車に乗り込んでいった。
エリオットがマリーに馬の準備をさせていたので、そちらに近付いて俺も騎乗する。
鐙のようなものが取り付けられており、馬体には騎乗者が掴まる突起も備え付けられている。
あとは馬に指令を送る手綱だ。地球のものと違い、いくつかの種類があってちょっと複雑になっている。
「ふぅー。乗れた乗れた」
「乗馬は練習できたかい?」
「いやぁ、かじった程度だな。騎馬突撃とかはできんから期待しないでくれ」
「そこまでは求めていないよ、というか僕にも出来ない」
エリオットが爽やかに笑う。かなり馬慣れしている様子のエリオットでもムリらしい。
騎馬突撃ってやっぱり難易度高いのかね。
いやそもそも、軍隊でもなければそんなことをする機会がないか。
「こちらは準備完了だ! どうか?」
前で騎兵隊隊長・・コールウィングが叫んでいる。
「こちらも大丈夫!出発しましょう!」
エリオットが叫び返して、門へと進んでいく。
さあ、任務の開始だ。
外に出てしばらく徐行すると、周りの様子を見ながら徐々にスピードを上げていく。
徒歩のスピードで進む行商人や旅人たちを横に見ながら追い抜いていく。
馬車隊が速歩程度までスピードが乗って一旦落ち着くと、馬車の上部がパカっと開いてトリシエラが顔を覗かせた。あそこから周囲を警戒するのが馬車組の役割だ。
「お嬢様は問題ないかい!?」
エリオットが大声で確認する。距離は近いのだが、馬が地を蹴るドカドカという音が響いてかなり声が通りにくいのだ。
「ええ、問題ありません!」
「了解した!」
一行がまず目指すのが、東に進んで、湿地の前の分岐点となっている街、ハングルトンである。
その間に湧き点などはなく、魔物の生息地も特にない。遠くから流れてきたはぐれの魔物や、時折出る盗賊が主な警戒対象だ。
どうやら心配された盗賊の追撃はないようで、馬が土を踏みしめる重低音のみが周囲に響いている。音だけ聞いていると、一定のリズムでちょっと眠くなりそうだ。
眠気覚ましも兼ねて、馬上で細かい操作を復習しながら進むこと数時間。
マリーが何かを言うと、馬車組が上空に向かって弓を構えた。
「魔物か?」
マリーの馬に近付きながら尋ねる。
「西からカイケラドスが追ってきているみたいだねぇ。まあ馬車の中に入っていればそうそう脅威はないけど、早めに追い払っておきたい」
すると馬車がややスピードを落とし、馬車の上で警戒していたトリシエラがこちらを見てなにか手招きのような合図をしている。
「何か用か?」
「一度見ておきたいから、あんたの魔撃杖で一撃加えてくれないかって、エリーが」
「分かった」
胸位置にあるホルダーから魔銃を取り外す。西、ということは後方からのはずだ。
反転はしないものの、馬のスピードを馬車に合わせて落とし、何度か後ろを振り向く。
これ大変じゃない?
「回り込んで左から来るよ!襲撃してくる可能性もあるから、馬から落ちないようにね」
とマリー。俺には魔物の姿が全然見えないのだが、どんだけ目が良いのだろうか。
「来るよぉ! 構えなっ!」
馬車は完全に止まることはなく、徐行よりやや速いくらいのスピードで前進し続けている。その左から、キィキィと甲高い鳥の鳴き声が聞こえて来た。
「飛ぶ位置が低いね・・狙われてるよ、こりゃ」
マリーの予言通り、左の木の陰から大きな鳥が飛び出したかと思うと、一直線に馬車に向かってきた。いや、馬車の前方に、かな?位置的にエリオットが襲われているっぽい。
ここからだと狙いにくいが、いつ見えても撃てるよう、魔銃は構えておく。
馬車からはさかんに矢が放たれ、体勢を崩した鳥の魔物、カイケラドスが馬車を超えて右方向に逃れようとしているのが見えた。
その瞬間、速度重視で調整した魔銃を放つ。
キィン、と甲高いお馴染みの音とともに光の弾が放たれる。
身体の真ん中を狙ったつもりだが、わずかに左に外れてしまったらしい。
だが翼を射抜いた形になったので、まあいいだろう。
空から落ちた鳥はそのまま後ろを走る護衛の馬に踏みつぶされていた。
気付くと、馬車を囲むように、数匹のカラケラドスが旋回している。
ただ、そのほとんどは矢が刺さっているし、急降下してはエリオットやマリー、護衛たちに倒されているようだ。
とりあえず空中位置で、相対速度0になって狙いやすいヤツから撃ち落としていく。
3発ほど撃ったところで、カイケラドスの群れも逃げ出して静かになった。
「魔石は取らないのか?」
馬車はそのまま、カイケラドスの死体を無視して東へ向かっていく。
「ま、護衛が優先だしね。それにカイケラドスはほとんど魔石を持っていないよ。はぐれのやつは特にね」
「そうなのか」
特にもったいないとも思っていないようで、マリーは平然としている。魔石を持っていない魔物もいるらしい。
「それより、魔撃杖、あんなに撃っちまって良かったのかい」
「まあ、これくらいはな」
ちょっと撃ちすぎたのか?
「魔石の消費も馬鹿にならんだろう」
「・・そうだな」
魔石を消費するものと思われている。まあわざわざ誤解を解く必要もないだろう。
頻繁に使わない理由付けにもなるだろうし。
どれだけ走ったか、太陽が高く昇ってやや蒸し暑くなってくると停止の合図がかかった。
「休憩だ、宿場があるけど中には入らないよ」
エリオットが馬を操りながらこちら側に来る。マリーは油断なく視線を巡らせて、まだ警戒態勢だ。
「ここは?」
「しがない宿場ってやつさ。徒歩で来たら、この辺で日が暮れるからね」
「ああ、なるほど」
一応木製の柵が張り巡らされており、拠点として機能しているようだ。だが、見上げるような街壁のあるスラーゲーにいた身としては、これで大丈夫なのか不安にもなる。
「ここで昼飯か」
「そうなるね。君にはお嬢様と同席してもらうよ」
「・・え? 何でまた」
「うーん、まあ、サーシャ君のバーターかな」
「はい?」
どうも、お嬢様の周りは出来るだけ女衆で固めたいようだ。サーシャを同席させるなら俺もということか。
「一応、君がお嬢様を救った張本人だからね・・せいぜい恩を売っておくといいよ」
「はあ」
見付けて、悲鳴を上げられた張本人だからな。むしろ避けられていても仕方ないと思うが。
宿場の中には、馬車ごと入ることができるようだ。本当に、道の中継点として、とりあえず柵で囲ってあるというところだ。
店も一階が駐車スペースになっており、騎乗馬たちを繋ぐスペースも十分ある。
騎兵隊のうち何人かがローテーションして居残り。見張りをするようだ。
馬を繋ぐのに手間取って、慌てて階段を上って店に入ると、ファミレスをオール木製にしたような、大きな店であった。
「遅いぞ」
こちらを睨みつけて告げるのは騎兵隊の隊長さん。コールウィング、だっけ?
こいつもいるのかよ・・。
「すみません」
「注文は適当に済ませてしまったよ」
「ああ、構わない」
空いている席は、上座という概念があるのか分からないが、奥に座るアアウィンダのちょうど対面とその隣。
対面の席にサーシャを座らせ、その右隣に座る。
ちょうど隊長さんの対面になる。しまった。
「何かありましたか?」
「いえ、馬を繋ぐのに手間取ってしまって」
「そうですか」
そう言って頷くアアウィンダは鎧を脱いで、やや旅人然とした格好になっている。いいんですかね?
「馬は慣れんのか?」
これは隊長さんだ。
「ええ、あまり得意とは言えません」
「そうか。仕方ないが、不安なことだな」
「その分、移動中は隊長さんを頼りにしていますよ」
「分かりやすい胡麻を擦るな」
ふんと鼻を鳴らしつつ、またもやじろりとこちらを睨みつける。
「コールウィングさん、あまりヨーヨーさんをいじめてはいけません」
「はっ、失礼しました」
「私は家を出る身ですから、そこまで畏まらなくてもいいのですけれど・・」
アアウィンダが困ったように言う。
エモンド家はエモンド家で、色々ありそうだな。
それにしてもこのお嬢様、取り繕っているが、こうして近くで見ると妙に緊張しているというか、疲れているような気がする。
まあ、前回見たのが緊急時だったから、これが常だと言われれば納得するほかないが。
なんか無難な話題でも振っておこう。ちょうど個人的に気になっていることがある。
「アアウィンダ様、少しお訊きしても?」
「なんでしょう?」
「以前、少しだけ話した折に、冒険者がどうの、と言っておられた気がするのですが」
「まあ。よく覚えていらっしゃいましたね」
そう、ゴブリンの集落でアアウィンダを救出した際に、彼女がこちらの存在を認識して「冒険者ですか?」といったようなことを言っていたのだ。
訊き返せる場面でもなかったし、その場ではスルーしたのだが。
その後も気になってはいた。
「たしか、東の方では冒険者という制度はないのだとか・・あの後、おじに言われて気付きました」
「西ではあるのですか? どのような制度なのでしょう」
「興味がおありですか? 魔物狩りを主とする傭兵の方なら、ぴったりかもしれませんね」
「というと、魔物狩りをする者のことなのですか?」
「そうですが、それだけではありません。どちらかと言えば、冒険者組合という制度といいますか組織があって、そこで登録している者を冒険者と呼んでいます」
「ほう・・」
それって、まんま創作世界でよくある冒険者ギルドじゃないのかな?
「もともとはオソーカ領域同盟で発足した、開拓者同士の互助組織であったと聞いたことがあります」
「互助組織ですか」
「オソーカの方では魔物との戦いが厳しいですからね。自然と魔物との戦いに備える意味が大きくなって、それを真似たのが王国にある冒険者組合、ギルドだと聞いています」
「ギルド、ですか」
ここでいうギルド、というのは古代帝国語だ。
いつも通り英語にして意訳しております。
何より、冒険者ギルドって呼びたいからね。
「帝国語で組合といった意味です。まあ、恰好つけているだけですね」
うむ。一部の人が横文字を使いたがるのと似たようなもんか。
「王国では、魔物狩りを目的とした傭兵や傭兵団を支援、管理する組織としてエイゼン公が立ち上げたのが始まりだとか。西部地域では割と広まってきているようですよ」
「ほう・・私も魔物狩りを主としていますので、興味深いです」
「そうなのですね」
アアウィンダが優しく微笑む。少し元気になったかな?
物を人に説明するのが好きな感じがするな。
「しかしそれでは、傭兵組合との軋轢が生まれそうですな」
隊長さんが神妙な顔をして突っ込む。
「そうですね。導入しているところはどこも領主主導でやっているようですから、上手く調整しているのでしょう」
「ふーむ、それならば湧き点に囲まれておるスラーゲーでも有用かもしれませんな」
「ええ。おじ様が領主様に相談なさるといいのかもしれませんね?」
隊長さんはうむうむと頷き納得しているご様子。
ちょっと嬉しそうなのは、お嬢様が聡明なところを垣間見られたからかもしれない。
このお嬢さん、いったい何歳なんだろう?
かなり幼いようにも見えるが、今の受け答えを見てもかなりしっかりしている。
いきなり、政府の省庁について・・いや、この場合は独立行政法人とかなのか?
まあ、その組織について訊かれて、その意義や来歴を語れるようなものか。
うん、そう考えるとやっぱり凄いな。
「アアウィンダ様は博識でらっしゃる」
「いえ、そのようなこと・・」
「胡麻を擦っているわけではございませんよ」
ニコリと笑っておく。
「冒険者に興味があったのは事実ですが、正直ここまで分かりやすく答えがあるとは思っていませんでしたから」
「そ、そうですか・・」
アアウィンダは頬を染めてやや照れているようだ。その様子は年相応に子供っぽい。まあ、歳、知らないのだけれど。
「失礼します、こちらご注文の、トマトソースの茹で麺でございます」
食事が運ばれてきた。まず、最も偉いアアウィンダから配膳される。
トマトソースの茹で麺。要はナポリタンか。
頼む物はまだ、お子様っぽいな。ちょっと安心する。