転生ヒロインは攻略なんかしません。悪女と呼ばれても、私は救いたい人を救うと決めたから!
乙女ゲームのヒロインに転生してしまった。そう気付いたのは13歳の時、マロン男爵が孤児院に迎えに来た時だ。
リリィ・マロンは乙女ゲームのヒロインのデフォルトネームだ。これから貴族学園に行って、攻略対象達と恋しながら悪役令嬢にいじめられつつ頑張っていくことになる。
私は前世でも今世でもいじめられたことはないし、私の周りにもそんな人がいなかったので、悪意になんて慣れてない。いじめられるなんて嫌だ。
仮に王子様とかと熱烈に恋したとしても、絶対乗り越えられない自信がある。絶対心折れる。
仮にキチンと攻略出来て、婚約破棄してハッピーエンドになったとしても、悪役令嬢の関係者からは一生恨まれる。めっちゃ怖い。
そもそも、私は女子校育ちなので、男性に慣れてない。就職先も女社会の職場だったから、男性は少数だった。2次元のキラキラした男の子は好きだが、3次元の男は怖いのだ。女友達しか出来たことないし、今世も女友達しか欲しくない。
孤児院にいた頃は周りに男の子もいたけど、平民の男の子と貴族の成人男性では全然別の生き物だ。
私は今世でも女友達を沢山作って、ハッピースクールライフをエンジョイしたいのだ。恋なんか二の次だ。父はいい男を捕まえてこいと言うが、いい女友達を沢山作っておくのも、それなりに利益になるはず。
そう考えた私は父に頼んで、あえて超厳しい先生をつけてもらった。マナーをそれなりに身につけて、必要な教養と流行とかも押さえておけば、女友達を作りやすいと考えたからだ。
超厳しい先生をお願いしたのは、私が本来怠け者で、尻を叩かれないと頑張れないからだ。
それが良かったのか、最初警戒していた義母が優しくしてくれるようになった。私の選択は間違っていなかった。学園入学の1年の間に、義母とはすっかり仲良くなった。
父は私にも義母にも興味ないみたいで放置だ。別にいいけど。私からしたら、血が繋がってるだけの他人だし。血の繋がらない義母の方が余程家族だ。
そしてついに学園に入学した。校門から既に緊張して汗が流れる。校門から学舎までの広場で、王子との出会いイベントがあるのだ。
遅刻しそうになって慌てたヒロインが転びかけて、王子が受け止めてくれて、入学式の会場まで連れて行ってくれる。
これを回避するため、私はかなり早起きして準備して、入学式の予定より1時間も早く来た。
周囲を見渡すと、まだ人は少なくてまばらだ。少し早すぎたかもしれない。仮に転んでも、人が多ければ白い目で見られるだけだろう。ちょっと失敗した。
そう思いながらも、慎重な足取りで一歩を踏み出す。走ったりしない。躓かないように爪先を上げて歩く。緊張しながらも、何事もなく学舎に到着した。よし、よし!
心の中でガッツポーズして、安心して入学式の会場に向かった。
クラス分けを見ると、攻略対象と悪役令嬢とも同じクラスだった。これが強制力、軽く絶望感。
席は自由みたいで、意識が高いのか攻略対象や悪役令嬢は前の列にいた。これ幸いと、私は1番後の隅っこに座った。
「ごきげんよう。初めまして、私はウォルナット子爵令嬢のダリアですわ」
隣の赤毛の女の子が話しかけてきてくれた。嬉しい!
「初めまして、マロン男爵令嬢のリリィですわ」
「まぁ」
噂になっていたのか、ダリアさんに驚かれた。市井育ちの死んだ愛人の娘なんて、噂になるのも無理はない。わかってはいたけど、ちょっと肩身が狭い。
「あの、ダリアさんもお噂はご存知ですよね。私は去年まで市井にいたものですから、まだまだマナーも覚束ないのです。もし、ご不快に思うことがあれば、指摘して頂けると嬉しいです」
こうして予防線を張っておけば、ちょっとくらいの粗相は見逃して貰えるかと思った。でも言ってから気付いたけど、そんなの自分で頑張るべきで、ダリアさんに頼るのは図々しい!
「申し訳ありません!こんな事をお願いするべきではありませんでした」
なるべく声を抑えつつも必死に謝ると、ダリアさんは微笑みかけてくれた。
「そんな事はありませんわ。私で良ければ、喜んでお手伝いさせて下さいな」
「よろしいのですか?」
「ええ。リリィさんは前向きですわね。それに、割と様になっておりますわよ」
「本当ですか?ありがとうございます」
ホッとして私も笑顔になった。ダリアさんめっちゃ良い人!
すると、話が落ち着くタイミングを見計らっていたのか、前の席のご令嬢3人が、一斉に振り向いた。
「貴女が噂のリリィさんね。噂には聞いていたけれど、しっかりしたお方じゃないの。あ、私の事はアイリスと呼んで」
「私はデイジー。しかも自分から指摘して欲しいなんて、中々言えないわよ」
「本当に。感心したわ。私はプラムよ」
「えっ?あっ、ありがとうございます!」
ビックリしたけど、好意的に思って貰えたみたいで安心した。それから5人で、先生が来るまで自己紹介したりして仲良くなれた。
ちなみにアイリスさんとデイジーさんとプラムさんは、幼なじみ三人娘の伯爵令嬢だった。ひぇぇ。
こうして友達をゲットした私は、フラグを折りつつも楽しくスクールライフをエンジョイ出来ていたんだけど、なんだかアイリスさんがどんどん元気をなくしていった。
「アイリスさん、最近どうなさったのですか?何かお悩みですか?」
話を聞いてみると、アイリスさんの婚約者が、浮気しているかもしれないとの事。学年が違うので確証がある訳ではないけど、いつも女生徒と一緒にいることに気付いてしまったそうだ。
それを聞いて、私は背筋が冷たくなった。私はヒロインだ。私が攻略を進めてしまったら、こうしてアイリスさんみたいに悲しませる人が出てくる。
頭ではわかっていたけれど、それを目の当たりにしたら強いショックを受けた。
今の所は、全てのフラグを折っているけれど、何が起きるかわからない。慎重に動かなければと決意を新たにした。
それはそれとして、アイリスさんの婚約者の問題だ。
アイリスさんから、婚約者に注意した事があったけど、学生時代の遊びにくらい目をつぶれ、それを許容出来ないなんて心が狭いと逆ギレされたようだ。なんて奴!
アイリスさんはついにしくしくと泣き始めてしまった。婚約者許すまじ。
慰めていると、デイジーさんとプラムさんも愚痴り始めた。2人とも婚約者と上手くいっていないらしい。
デイジーさんは「金で俺を買ったアバズレ」と言われ、プラムさんは「お前のような地味女と結婚してやることを光栄に思え」と言われて、普段から横柄な態度を取られて、全然大切にしてくれないらしい。
「ええっ?貴族の男性にとって、それが普通なのですか?」
今日まで男子とはほぼ関わらなかったので、私はよく知らない。平民はそんな事なかったと思うので、ビックリしてダリアさんに問いかけた。
「そうですわ。だから私も、婚約をするのが嫌で逃げ回っておりますもの」
「それが正解よ」
「愛ある結婚なんて、この国では都市伝説だわ」
プラムさんとデイジーさんが、深々と頷く。
なんということだ。父よ、この国にはいい男なんかいないじゃないか!いないものをどう捕まえろと?
よく考えたら、父も浮気してるし、その愛人も死ぬまで市井に放ったらかしにしたクズ野郎だった!
そういえば、攻略対象と悪役令嬢達も、上手くいってるようには見えないんだよね。そもそも王子が私と浮気するのも、悪役令嬢がめちゃくちゃ優秀なのが発端だ。それで悪役令嬢を嫌いになるのって、ただの八つ当たりじゃん!
とはいえ、攻略対象達も、アイリスさんも政略結婚なのだ。浮気されてすぐ破局なんて、簡単には出来ない。
出来たとしても、貴族男性がクズ野郎ばかりなので、次に希望が見いだせない。だから泣く泣く結婚するしかない。終わってる……。
どうするべきかと考えていると、私は閃いてしまった。
私はヒロイン。ヒロインチートを発揮する時が来たのである!
翌日から私は活動を開始した。ダリアさん達から流行を教えて貰って、派手にならない程度にオシャレを始めた。勉強も頑張ったしマナーだって学んだ。
そして、ダリアさん達はもちろん、クラスメイトの女子達全員に、手作りクッキーを配り歩いた。
お茶会に誘われた時は、特別な香水をつけていった。
ゲームのヒロインらしく、魅力値を上げて、好感度アップクッキーを食べさせ、調合したフェロモン香水を嗅がせたのだ。
そしてついに、前期が終わる頃には、同学年女子全員が、私に魅了されたのである。
紹介などもあって、上級生にも徐々にシンパを増やしている。
ヒロインのユニーク魔法、魅了の本領発揮だ。
これに焦ったのが男性陣である。婚約者が全く自分に見向きもしなくなり、しかも浮気相手にすら相手にされなくなった。
女子はみんな私に夢中で、みんな私が連れて行ってしまう。
私が同性なものだから、はしたないとか近づくなとも言えない。婚約者の友達付き合いまで制限するのは、それこそ心が狭いと思われるし、そもそも社交は女の仕事なので、付き合うななんて言えない。女同士なので、当然体の付き合いなんかもあるはずがなく、表面的には仲のいい女友達の巨大グループなので、男性陣はこの異常事態に手をこまねいている。
「おいアイリス!」
「邪魔しないでくださる?ねぇリリィさん」
「プラム!今日こそは僕と出かけるぞ!」
「ごめんなさぁい。リリィさんと先約がございますの」
「デイジー!素直になれ!」
「心から素直にリリィさんを選びますわ」
悔しそうに睨みつける男子諸君に、ふふんと鼻で笑ってやる。私の友達を蔑ろにした罰よ。いい気味!
彼らにとって、私は紛うことなき悪女だろう。知ったことじゃないけどね!
「ローズ、どういうつもりだ。そんな平民上がりの女に媚びるなど、次期王妃ともあろう者が」
ついに王子様も登場だ。当然だよね、悪役令嬢たるローズ様も私に夢中なのだから。
ローズ様は扇子を開いて、優雅に笑った。
「あら、侮辱するしか能のない殿方よりも、素敵なリリィさんを好きになるのは当然の事ですわ。仕方がないので結婚はして差し上げますから、それで我慢なさって」
愕然とする王子と男子は放置して、私達はキャピキャピと王都デートに向かった。
余談だが、いつも私は周りを女子に取り囲まれているので、注意する必要もなく、フラグは折れまくり。思わぬ副次効果だった。
前期休みと後期休みの長期休みの間、沢山招待状が来たので、私は毎日お茶会に勤しんだ。そこで同世代だけでなく、幅広い階級、年代の貴婦人達を魅了していった。
もちろん義母は真っ先に魅了して、2人でネチネチと長期に亘って父を攻撃している。父は最初義母を殴ったの。絶対許さん。このクソ親父は地獄に落とす。
そしてついに、王妃様ともお会いする事になった。王妃様はきっと噂を聞いたのだ。
貴婦人達を虜にする男爵令嬢。近頃妻や娘が冷たいと、悲鳴を上げる貴族男性が激増中だ。中には離婚や婚約破棄に発展した所まである。
だから多分怪しまれている。少なくとも男性からは敵視されているので、そろそろ身が危うい気はしていた。学園ではみんなが周りに固まっているけど、やろうと思えば私なんかどうとでもできるはず。
私は冷や汗を流しながらも、中庭のその席に着いた。ここに呼ばれた時点で、もう覚悟は決めていた。
「貴女はどんな魔法を使ったのかしら?」
「魅了でございます」
「まさか本当に魔法を使っていたとはね。貴女、それは禁術だと知っていて?」
「……後から、知りました」
「知った後も、使い続けたのは何故?それに、普通は異性に使うものよ。何故女性を狙ったの?」
「虐げられる女性達を見ているだけなのが、悲しかったからです。男性達の振る舞いに、あまりにも腹が立って……後悔させてやろうと思いました」
「あらまぁ」
想定外だったのか、王妃様は少しだけ目を見張った。そして、少し愉快そうに微笑んだ。
「それはまた、面白い試みね」
「女性達がみんな私に魅了されれば、男性達も少しは反省してくれると思ったのです」
「ふふ、そうね。貴女の狙い通り、ローズさんに相手にされなくなってから、あの子はすっかり落ち込んでいるわ」
「……申し訳ごさいません」
と、口では言いつつ心の中では舌を出した。そうだそうだ、もっと反省しろ!王子だからって偉そうにし過ぎなのよ。
パチンと、王妃様が扇子を閉じた。真剣な表情になっていて、私は緊張して生唾を飲み込む。
「けれど、こんな事をして、タダで済むとは思っていないわよね」
「はい。覚悟はしております」
今は禁術に指定されている魅了を使って、私は貴婦人達を洗脳したのだ。女性達には特にこれといってデメリットはないが、貴族の家庭を引っ掻き回しているのは事実。
ただでさえ禁術を使うのは犯罪だ。これを知った時は震えが止まらなかったけど、もうその頃には大勢のシンパがいた。最早隠しきれないと思ったし、どうせなら、やれる所までやってやると腹を括った。
「そう。心配しないで。私からも助命を働きかけるから、処刑にはさせないわ」
「ありがとうございますっ」
「ただ、学園は退学になるし、魅了は封じさせるわ」
「はい、王妃様のお心のままに」
王妃様の合図で、女性騎士がやってきた。王妃様に深々と頭を下げて、私は女性騎士に連行された。
「わたくしも貴女に魅了されたかったわ」
そんな王妃様の呟きを、中庭に残して。
その後、私が逮捕収監された一報が広まると、王都中の貴婦人達から、助命嘆願や減刑の署名が集まった。
愛する娘の大切な友達だからと、署名してくれる貴族男性も僅かながらいた。
私の元には沢山の貴婦人が面会を希望してくれた。ダリアさん、プラムさん、デイジーさんも、ローズ様も何度も来てくれた。義母も来てくれて、迷惑をかけることになったのに、私の心配をしてくれた。
もう、魅了は封じられて解けているはずなのに。
嬉しくて申し訳なくて、号泣してしまった。
取り調べには、私の企みも考えも、全部ぶっちゃけた。
「この国の貴族男性はみーんなクズ野郎ですわ。浮気はするし、妻の事は子どもを産む道具としか思っていない。娘は政略結婚の道具。女性を大事にしない男なんか大嫌い。だから奪ってやったのですわ。
女性達はみーんな喜んでおりましたの。私といる方が余程幸せだって。夫は文句を言うばかりで褒め言葉のひとつもない。なんでも妻のせいにして、自分は好き勝手して。
でも私は認めて褒めてくれるし、気遣って優しくしてくれるし、相談にも乗ってくれるから、大好きなんですって。
魅了なんかしなくたって、女性達はとっくに男を見限っておりますわ。それに気づきもしないで傷付け続ける男共に、思い知らせてやったのです。妻や婚約者を奪ってやった時の、男共のあの悔しそうな顔、大変見物でしたわ。
悔しがるくらいなら、最初から大切にすれば良かったのです。馬鹿だと思いませんか?
ちなみに夫婦仲の良好な貴婦人には、魅了は大してかかりません。私の魅了にかかるということは、その貴婦人の周りの男がクズ野郎だという証明でもありますね。騎士様の奥様は、いかがでしたか?」
聴取に当たった騎士達も、気まずそうな顔をしていた。反省しろ!
ちなみに私は反省も後悔もしてない。やれるだけやってやると決めてからは開き直った。
裁判の前日、王子が面会に来た。その顔は憔悴していた。
「何故ローズがお前などに夢中になっているのか、最初はわからなかった。でも、お前といる時のローズの表情や、ローズに言われた言葉で、ようやくわかった。私がローズを傷つけて、もう見限られたのだと」
「気づけただけマシですわ」
「だが、謝ってもローズはまだ許してくれない。もう魅了は解けているはずなのに」
「それとこれとは別です」
「どうしたらいい?」
私は柵の下の小窓から手の平を差し出した。
「男の相談に乗る趣味はありませんが、どうしてもと言うなら有料です」
「人の婚約者を奪っておきながら金まで取るのか」
「それとこれとは別です」
「……今は手持ちがないが、その代わりに私も減刑を嘆願してやる」
「ではそれで手を打ちますわ」
手を引っこめて笑うと、王子は苦々しい顔をした。
「どうしたらいいかなんて、そんなの決まっています。誠心誠意謝って、ローズ様を大切になさってください。ローズ様のお気持ちを尊重してあげてください」
「ローズの気持ち」
「考えたことがありましたか?ローズ様は完壁で優秀ですが、なんのために、誰の為に努力されたのでしょう。努力を続けるのは大変な事ですわ。貴婦人はどんなに辛くても、笑顔でいなければならない。その笑顔の仮面の下を、ローズ様の気持ちを、考えた事がありましたか?」
「…………なかった、かもしれない」
「では今から考えて下さいませ。それでも、許すかどうかを決めるのは、ローズ様です」
「……わかった」
時間になり立ち上がってドアを開けた王子が、最後に振り向いた。
「私の過ちに気づかせてくれたこと、感謝する」
王子の笑った顔を初めて見た。その笑顔は灰色のドアの向こうに、すぐに消えたけど。うーん、達成感!
助命嘆願や減刑嘆願が効いたようで、私は廃嫡されて平民落ちの上、修道院行きになった。
魅了封じの首輪は一生外せないけど、元々孤児院育ちだし、修道院がなんぼのもんじゃい。
でも、学園は卒業したかったなぁ。1年しか通えなかったのは悔やまれる。ハッピースクールライフを夢見てたけど、こんな事件を起こしたのだから自業自得だ。私は大人しくドナドナされた。
と、思ったらすぐに馬車が止まった。外に出ると、王都の神殿の裏にある修道院の前だった。
「貴族男性の横暴を許した陛下にも罪があると、王妃様や王女様、王太后様まで陛下を叱責なさったのよ。貴女の存在は戒めになるからと、王妃様の勧めでここに決まったのよ」
と、護送に当たっていた女性騎士が教えてくれた。この人は王妃様専属で、あの日私を連行した人だ。
その女性騎士の言葉がありがたすぎて、泣けてきた。女性騎士は涙ぐむ私に笑って言った。
「貴女のした事は確かに犯罪だけれど、これだけは言わせてもらう。これからこの国は変わるわよ。貴女は私達の英雄よ!よくやったわ!」
グッと親指を立てる女性騎士に、私は泣きながら笑った。
私が修道院で暮らし始めてからも、ダリアさん、デイジーさん、アイリスさん、プラムさんは、しょっちゅう会いに来てくれた。学園生やローズ様も時々会いに来て、愚痴を聞いて励まして応援するのがライフワークになっていた。
他の貴婦人方も来てくれるので、修道院長の計らいで「シスターリリィのお悩み相談室」が出来て、元々の事件のこともあって、また新聞を賑わせた。修道院には貴婦人達からの寄付が増えたと、修道院長が喜んでいた。院長やるなぁ。
私の巻き起こした事件は、貴族男性を大いに震撼させたそうだ。妻、娘、母、姉妹や婚約者という、身近な女性が冷たくなり、男爵令嬢に入れあげているのだ。
最初は高圧的に怒鳴ったり、暴力を奮ったりして従わせようとしたようだが、魅了の支配下にあった彼女達は、そんな事では従わなかった。もう無敵モードだった。
むしろどんどん男性への態度は悪化し、実家からの援助を打ち切られたり、妻を慕う使用人に愛人ごと閉じ込められたり、家出されたり、離婚されたり婚約破棄されたりと、それはもう大騒動に発展していた。
私の魅了は既に解けたけれど、彼女達には魅了されていた頃の記憶はある。男に縛られない自由と、あの頃の全能感を覚えているのだ。今更男共が偉そうにしても無駄無駄。
また私みたいなヒロインが誕生するかはわからないが、魅了が解けたところで爆弾を抱えているようなものだ。今度は女達が自発的に反旗を翻すかもしれないし、もし結託でもされたらたまったものではない。人口の半分は女なのだから当然だ。
そして魅了が解けた今でも冷たい女家族。男共はここに来て、ようやく事態の深刻さに気付いた。
だから国王陛下は、女性を不当に扱ってはならない、婚約や結婚には必ず誓約をする事とし、不貞も有責事由に盛り込む事を決定した。
ていうか、今まで不貞が有責事由じゃなかった事が驚きだ。道理でゲームでは平気で婚約破棄とか出来たはずだよ。おっそろしい。
そうそう。私の実家のマロン男爵家は責任を追求されて、資産を没収されて爵位も返上している。
王妃様から招待状が来た時に、私は王妃様に捕まえてもらおうと決めたので、義母にだけは話しておいた。そして父を魅了して義母と即座に離婚させた。義母はひと足早くこの修道院に入って出家していたのでお咎めなし。
私もここに来れると思っていなかったので、再会出来たのは嬉しい誤算だ。
父?さぁ、あんなクソ親父知らない。
やがて結婚したローズ様は、私のいる神殿の修道院を拡張し、頼る先のない女性の居場所を作ってくれた。いわゆる駆け込み寺だ。
たまに、娘を出せとか妻を出せとか言ってくる人がいるが、「ここは王妃陛下と王子妃殿下がバックに着いてますが、何か?」と言うと大体逃げ帰ってくれるので大変助かっている。お2人はたまに慰問にも来てくれるよ。男子禁制だから王子は来ないけどね。手紙は一回貰ったよ。許してもらえそうって。やればできるじゃん。
最近は王子も手伝ってくれてるみたいで、ローズ様主導で女性の自立支援事業とかもしてる。益々男共は真っ青だろう。ざまーみろ。
「シスターリリィ、そろそろ時間ですよ」
「はーい」
さて、今日も私はお悩み相談室へ向かう。迷える子羊が、一人でも救われますように。
その国の王都の修道院には、多くの女性が足を運ぶ。家庭や結婚や恋の苦しみに悩んだ女性達が頼るのは、かつては貴婦人の恋人、禁断の悪女と呼ばれた修道女。
今では救いの聖女と呼ばれる彼女は老いてなお、王都中の女性から愛されている。