48 魔人対錬金術師 その3
詠唱がすすむにつれ、魔力がどんどん魔人の周囲に集まっていく。
どうやら、高威力の大魔法を使うつもりらしい。
「ガウ、カタリナ! すぐにこっちに来い」
「ガウ!」「はい!」
ゴブリンやオークたちと戦っていたガウとカタリナが俺の元に戻ってくる。
ちらりとみると、ガウとカタリナの倒したゴブリンとオークが周囲に転がっていた。
正確には数えられていないが、五十匹程度は倒している。
俺は魔人から目を離さずに、ガウの頭を撫でる。
「ガウ。カタリナ。俺の後ろにいなさい」
「がぅ」「わかりました」
魔人がどれだけ大きな魔法を使うつもりかわからない。
恐らく魔人はオークやゴブリンなど気にせずにぶっ放すのだろう。
強いガウでも、俺の強化した鎧と盾で身を守るカタリナも、巻き込まれたら無事ではすむまい。
一緒に逃げるということはできない。
俺が防がなければ王都が吹き飛ぶ可能性がある。
俺は防御のために錬金術の錬成陣を足で地面に刻んでいく。
そうこうしている間に、魔人の呪文詠唱が終わったようだ。
「さあ、死ね。ルードヴィヒ。王都ごと吹き飛ばしてやる!」
まばゆい光。圧倒的な熱量。
巨大な光と熱の束が魔人から放たれる。
元々強力な魔人が、賢者の石を利用して放った魔法だ。弱いわけがない。
俺は足で刻んだ錬成陣を使って、土の防壁を出現させる。
【物質移動】で土を集め【形状変化】で土を防壁に形作り【形態変化】で土中の液体を固体に変化させ【物質変換】で土の分子構造をいじって強固にした。
自分だけ守ればいいわけではない。王都を守らねばならないのだ。
魔人の熱線に触れた地面が溶ける。
俺の作った土の防壁も、地面同様にみるみるうちに溶けていった。
だから、次々と防壁を壊れる端から直さなければならない。
超高速で防壁を作り続ける。それも王都を守る巨大な防壁をである。
しかも魔人は熱線を四方八方に拡散させつつ、俺と王都を狙ってくる。
魔人を囲むように防壁を展開させなければならない。
「下等魔人の魔法でも、賢者の石を使えばそれなりの威力になるようだな」
「粘るではないか! ルードヴィヒ! だがすぐに消し飛ばしてくれる!」
魔人の攻撃はさらに激しくなった。熱線の温度は上がり、太くなる。
やはり賢者の石は魔法の触媒としても、ものすごく有用なようだ。
俺は熱線を防ぎ続ける。
周囲から【物質移動】で物質をかき集め、壊されるはしから壁を作り続ける。
「まだ粘るか! 賢者の石さえなければ、貴様が我に勝てる道理は無し!」
「……一つ、聞きたいんだが」
俺は勝利を確信している様子の魔人に向けて言う。
「それは俺が千年も前に作った物なんだが……」
「……だからどうした?」
「お前は作ろうとして作れなかったんだろう?」
「…………」
「賢者の石の力と錬成難度を知っていながら、何故その作り手を畏れない?」
「はぁ?」
怪訝そうな表情を魔人は浮かべる。
「お前が真に警戒すべきは賢者の石そのものではなく、その作り手、つまり俺だ」
「なにを……」
【物質移動】でひそかに地中を移動させていた水の球を熱線の根元にいきなり突っ込む。
熱線の根元。つまり魔人の目の前だ。
――ドオオオオォォォォーーーン!
土が溶けるほどの高温に、水の塊を突っ込んだのだ。
当然、水は急激に気化して体積を一気に増大する。
つまり、水は爆発するのだ。
その爆風に対応しようと、魔人は熱線魔法を解除して障壁を張る。
魔人は賢者の石を触媒にして身体強化の魔法を使っている。
それゆえ超反応で対応してきた。
それでも、不意を突かれていたため、完全には防ぎきれない。
大きく体を吹き飛ばされる。魔人の身体は傷だらけになった。
深く傷ついてはいるが、致命傷ではない。
それに、まだ賢者の石は魔人の支配下にあり、空中に浮かんだままだ。
「……貴様ぁ」
「賢者の石泥棒は、ゴキブリ並みにしぶといんだな」
「許さぬぞぉぉぉおおお!」
魔人は大きく咆哮し再度魔法をぶっ放そうとする。
賢者の石が怪しく光った。
「させると思うか?」
俺はそういうと、錬成陣を発動させる。
魔人を中心に半径二十メトルほどの範囲の地面がボウっと光った。
「俺が何も考えず、ただ防壁を作っていただけだと思っているのか?」
熱線を防ぐための防壁を作るついでに、遠隔で地中に錬成陣を刻んでおいたのだ。
錬成陣から、槍や剣、それに鎖が出現する。
鎖が魔人を拘束し、地面から生える無数の槍と剣が魔人を貫く。
「我が身が滅びようと、ルードヴィヒ! き、貴様だけは、貴様だけは殺す!」
全身を血みどろにして、口から血を吐き出しながら魔人は吠える。
致命傷だ。だがまだあきらめていないらしい。
魔人は賢者の石を触媒にして魔法を発動させる。
「もう我が死んでも止まらぬぞ。滅びるがよい」
魔人が発動させたのは、隕石召喚の魔法だ。
赤熱した巨大な隕石が、俺ではなく王都へと向かう。
時空魔法で宙にある隕石と王都上空を繋げたに違いない。
落ち始めたら、後は物理的な現象だ。
魔人が死んで魔力の供給が無くなっても、隕石は自由落下する。
確かにこれを防ぐのは難しい。
「厄介な真似を」
「……さすがのお前も打つ手はあるまい」
「いや、あるが」
俺はおもむろに魔人のもとに歩いていく。
そして、空中に浮かぶ賢者の石を右手で掴んだ。
「返してもらうぞ」
「なぜ掴める? 賢者の石には保護魔法がかかっているはず……」
「支配下に置いていたお前が瀕死になったからだよ」
俺より魔人のほうが、魔法の力量は上だ。
だが、瀕死になり保護魔法に魔力を供給する余裕がなくなった。
だから、俺でも奪い取れるようになっただけだ。
「賢者の石を、真の錬金術師が使ったら何ができるか、冥土の土産に見せてやろう」
俺ははるか上空にある隕石に右手を向けた。
「少し距離があるか。だがまあ、可能だ」
距離があるほど、錬金術の効果は弱くなる。
それを賢者の石で補って、隕石を【物質移動】と【形状変化】で粉々に砕く。
巨大な隕石は大きな岩程度の大きさに、それをさらに砕いて大きめの石程度に。
そこまで小さくなれば、地表まで到達できずに空中で燃え尽きる。
夜空に、きれいな流れ星が無数に流れていった。
――ビシッ
「あっ」
その瞬間、賢者の石にひびが入った。みるみるうちに変色していく。
「お前、どういう管理をしていたんだ? 一度使っただけで割れたぞ」
こうなったら、もう使い物にならない。
修理するより、新しく作った方がずっと簡単で早いだろう。
「ふん、粗悪品だったんだろう」
「俺の作った賢者の石が千年程度で壊れるわけ無いだろうが」
普通に扱えば壊れるはずがない。
きっと、新たに作り出そうと、分析する際、色々なことをやったのだろう。
「本当にあきれ果てるな」
「りゃあ!」
そのとき、ずっと大人しくしていたリアが俺の首元から顔を出す。
夜空いっぱいの綺麗な流れ星を見て目をキラキラさせていた。
俺はリアの頭を優しく撫でると、魔人に向けて言う。
「さて、放っておいても死ぬだろうが……とどめが欲しいか?」
魔人は驚愕の表情で、俺をじっと見つめていた。
いや、俺ではない。魔人が見つめているのは首元のリアだ。
「ま、魔王陛下?」
魔人がリアを見つめたまま、口走った。