24 魔人その2
「なにっ!」
俺は驚きのあまり声を出してしまった。
そのようなことができる魔人の存在を俺は知らない。
千年前の八十年の人生で、三桁近い魔人と戦った。
だが、そのようなことができる魔人などいなかったのだ。
「ギャウン!」
食らいついていた魔人が炎に替わったのだ。
魔狼は炎にまかれてしまう。慌てて飛び退いたが、既に遅い。
「ギャウギャウン!」
魔狼の毛が燃えて、ゴロゴロと転がる。
「魔狼!」「りゃあ!」
リアが慌てた様子で魔狼の方に飛んでいく。
俺もリアを追おうとしたが、魔人がそれを許さない。
「よそ見とは余裕だな! 人族が!」
赤い魔人、青黒い魔人、炎の魔人。
三体が連携し攻撃してくる。
炎の魔人の攻撃手段は実体化している鋭い爪。
だが、爪以外はすべて燃え盛る炎なのだ。
当たらなくても、魔人の身体が近くを通るだけで皮膚が焦げる。
加えて、そこに赤い魔人と青黒い魔人が魔法攻撃を放つ。
非常に厄介だ。
俺は爪をかわし魔法を防ぐ。
こうしている間にも魔狼は苦しんでいる。戦闘に時間をかけている余裕はない。
なんとか魔狼の炎だけは【形態変化】の術式を使って水を出して消しておく。
すぐに魔人を倒し、治療を開始しなければ、魔狼の命は助かるまい。
俺は炎の魔人に照準を合わせた。
「炎には水と氷が有効だよな」
俺は炎の魔人目がけて、【形態変化】作った氷の槍を放つ。
まったく効果が無い。燃えさかる炎に氷を投げ込んだようなものだ。
炎ならば、火元を消し止めなければならないが、見つからない。
「お前の身体はどうなってるんだ?」
「劣等種族如きには理解できぬであろう」
「そうか」
俺は一瞬で錬成式を頭の中で組み立てる。
【物質変換】で魔人周囲の分子の動きを抑制し、気温を急激に下げた。
分子組成をいじるのが【物質変換】の基本だが、分子の動きを抑制することや電子を動かすことも、【物質変換】の機能の一つだ。
――バキンッ!!
空気中の水分の凍る音が大きく鳴った。
炎の魔人は一気に小さくなっていく。
同時に、俺は赤い魔人と青黒い魔人目がけて、【物質変換】を駆使して雷を落とした。
――ダーン
大きな音がなって、赤い魔人と青黒い魔人は黒焦げになって倒れる。
青黒い魔人はこれで息の根が止まったようだ。
だが、赤黒い魔人はまだ動く。
「さっさと死んどけ」
自作の剣を赤黒い魔人の心臓に突き刺し、首を刎ねてとどめを刺す。
「最後はお前か」
炎の魔人は、かなり小さくなっているが、まだ生きている。
一点にどんどんと収束していく。
隠されていた火元。つまりコアが露わになっていく。
「それがお前の本体か」
「……このようなこと、ゆるされぬ、ゆるされぬぞおおおお」
魔人は怒りの形相で激しく叫ぶ。どうやら当たりらしい。
俺は自分の腕の周囲の空気を【物質移動】で固定する。
そして炎と化している魔人の身体の中へと腕を突っ込み、コアを掴んだ。
空気の断熱性能はかなり高い。
【物質変換】で温度の下がった炎の魔人ならば、なんとかなる。
「ぐああああああああああ!」
俺は魔人のコアをそのまま身体の外へと引きずりだす。
肉体が炎と化している魔人の肉体とコアに物理的な結びつきはないはずだ。
だが、ブチブチという引きちぎる感覚がある。
コアは魔人の魔力回路と、余程深く結びついていたようだ。
「ぐううぅぅぅ…………」
断末魔。
魔人は苦しそうにうめき声をあげる。
コアを完全に引き出すと、魔人の炎の身体は消失した。
魔力的に活性化していたコアもすぐに不活性化する。
「冷やしてなおこの温度か」
コアは非常に高温だった。鉄でも溶かすほどの温度である。
持ち続けるのは大変なので、ひとまず地面に置いた。
魔人を倒すと俺はすぐに魔狼の方へと走る。
「魔狼、大丈夫か?」
「はぁっはぁっはぁっ、きゃうん」
痛いのだろう。魔狼は荒い息をしている。
魔狼についていた炎は、リアがしっかり消したようだ。
もう燃えていない。
だが、体中の毛が焦げているだけでなく、皮膚もかなりの範囲が焼けているようだ。
「すぐに治してやる。安心しろ」
俺は魔狼の治療に入った。