光り輝く雨
魔弾の射手、ホークアイ、死神。彼女についたあだ名はやがて異名となった。スナイパーライフルを手に取ればどれだけ離れていてどんなに対象が小さくても彼女は必ず撃ち抜く。
大量破壊兵器や物量で敵を殲滅する戦い方も効果はあるが、見えないところからいきなり撃ち抜かれると言う昔ながらのこのやり方、敵に恐怖を与えるには充分だった。
戦争孤児として生まれ物心ついた時から軍事訓練を子供たちは受けてきた。戦い方を覚えればすぐに戦場に放り出される。自分が生き抜くには一体どんな戦い方が一番自分に合っているのか。子供たちは闘いながら学んでいく。途中で死んでしまう者は数多くいる。そんな中でもしぶとくうまく生き残ってしまった子供たちは成長し兵士になっていく。
彼女もその一人だ。マシンガンよりはスナイパーライフル、接近戦よりは長距離からの攻撃。それが彼女の花開いた才能だった。
今日もまた不可能と思われるほど遠い場所から川を挟んだ対岸からの狙撃。軍指導者を経済的支援している政治家の一人を殺すこと。これで戦況が大きく変わる、自分たちの後輩となる子供たちが死ななくて済む。
風は強くないが急に気温が下がり雨の匂いがする。雨雲が近づいているのだ。雨が降ると狙撃がしづらい、ターゲットが建物から出てくるの彼女はじっと待っていた。
本来であれば複数人のチームでの行動だ。しかし彼女が心から信頼し共に歩んできた仲間はほとんど残っていない。あの政治家が資金援助した敵軍のチームにより二か月前に彼女のチームメートは爆撃を受けほぼ全滅だった。見つかった遺体は五人、あと一人まだ見つかっていない。それは彼女が一番仲の良かった男性だ、物乞いをしていたときからの幼馴染。
彼とお揃いで買ったネックレスが今も彼女の胸元に揺れている。
「アンディ」
小さく呟く。彼がいなくなってしまう日がくるとは思っていなかった。戦場ではいつ死ぬかわからない。それでも生き抜いてきた、死なないと思っていた。
復讐などではない、罰でもない。ただ彼女は任務を遂行するのみ。それでも、彼らの、彼の弔いになればと思ってしまう。
ざあっと大きな音を立てて雨がふってきた。大雨ではない、通り雨だろう。午後四時、遠くからは夕日が差し込み、光り輝く雨となる。雨によって光が乱反射し、その眩しさに彼女は目を細めた。
ターゲットが建物から出てきた、周囲を護衛が固めている。しかし隙間はいくらでもある。雨の影響で埃が舞いモヤがかかっているが、頭を撃ち抜くのは彼女の腕にかかれは造作もない。
待つ。ひたすらチャンスを。
護衛の隙間、ターゲットの合間にみえたこめかみ。
トリガーを引いた。その瞬間、仲間から通信が入る。
「表は囮だ、裏から本人がきた!」
ターン、と乾いた音とともに偽りのターゲットの頭を撃ち抜いていた。小さく舌打ちをして、まだ開いている建物の出入り口の隙間からわずかに見える人影にヘッドショットする。
撃たれた人間はばたりと倒れ、仲間から賞賛の声がきこえた。
「さすがだな、完璧だ」
ふとスコープから覗いた偽りのターゲットの顔が見える。血まみれの顔、首元に見えるお揃いのネックレス。それを見てしまった彼女は目を見開いた。
「……アンディ」
「一人だけ行方不明だったからおかしいと思っていた、裏切っていたのだろう。よく処分してくれた」
無表情の司令官の顔が、そんなわけないと語っている。自ら囮を買ってでるわけない。捕まって、それ以外道がなかったからだ。スコープで覗けば彼女なら気づいてくれると希望を託していたかもしれない。
しかし、雨が降っていて、靄がかかっていて、顔がはっきり見えなかった。囮だと言われた時すでにトリガーを引いていた。気づけたはずなのに、気づかなかった。
血の気が引いた顔をしている彼女に司令官は話が終わったので退室を指示する。一瞬、間があったが彼女は敬礼をして部屋を出た。
戦争は勝利で終わった。活躍した兵士は昇進したが、終結宣言直後から彼女の姿は軍から消えた。
終戦から五十年、平和にはなったが経済は悪く仕事がない人間が増え、犯罪やストリートチルドレンが数多くいる。物乞いをしている少年は降り出した夕立にちくしょう、と呟いて雨がしのげる場所を探した。冷たい雨は体温を奪う。
公園に来ると、一人の女性が雨にうたれていた。深いシワのある顔、痩せた体は高齢であることがわかる。
「ばあさん、雨宿りしないのか」
思わず話しかけていた。不思議な光景だったからだ。着ているものはきちんとしているのでホームレスという訳でもなさそうだというのに。
「風邪ひくぞ、寒いだろ」
「大丈夫、とっくに寒いから」
訳の分からない事を言われて少年は首を傾げた。
今日は晴れていたのに突然の夕立ちだ、遠くには太陽が出ているせいで辺りは眩しい。女性は濡れるのを気にすることなく雨にうたれている。雨は夕日を乱反射し、雨がきらきらとオレンジ色に輝いている。
「雨好きなのか」
少年の問いに彼女は小さく笑う。
「大嫌い」
「じゃあ何で濡れるんだよ」
「許せないから、自分を。昔本当に愚かな事をしたから、あの時も突然の夕立で。こんな風にきらきら輝いていた。……でも何でかしらね」
女性は手のひらを空に向かって掲げる。一粒一粒を迎え入れるかのように。
「この雨、とても温かい」
雨が温かいなどありえない。少年の体にあたる雨は冷たいのだ。しかし女性は本当に温かいのか、気にする様子はない。
「……空が泣いてるからじゃないのか、涙って温かいし。誰か泣かせることでもしたのか」
少年の言葉に、女性は驚いた表情をした。そして、眉を下げて笑う。それは笑顔というよりも、むしろ。
「そう、そうだったのね。私はいつから泣いていたのかしらね、アンディ?」
雨と共に頬につたう温かい水。それは夕日に照らされてきらきらと輝く。
Shining rain 光り輝く雨。
それは、夕暮れに突然降る雨。夕日に照らされて光り輝いている時だけひどく温かいという。過去に悔いを、罪を犯したものに降り注ぐ静かな雨。心が寒い人に、体を暖めるために降る。
END