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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

とあるバーでタイムリーパー同士が戦う

作者: わんにゃん

男は宿泊中のホテルを出た時、軽いめまいを感じたが、さほど気にも留めずに歩き始めた。

『これで1~2日の余裕ができたな』

ほっとすると同時に疲れが出た。酒でも飲みたい気分だ。


繁華街を通りかかると、路地の奥まった場所に、クラシックスタイルで、感じの良さそうなバーが一軒見つかった。

男は立ち止まってわずかに考えたが、そのままバーのドアに向かった。

入ってみると、思った通りのオーセンティックなバーだった。

非常に落ち着いた内装で、男は一目で気に入った。


客はL字型のカウンターの角に男女のカップルが一組座っているだけで、彼らは小声でなにやら話をしていた。

女はブロンドで非常に美人だ。

『絵になるな』と感心しながら、男はトレンチコートを店に預け、カウンターの中ほどの席に座った。

しばしの時間ののち、バーテンダーが注文を聞きにきた。

男はカクテルが飲みたくなったので、少し考えてからマンハッタンを頼んだ。

一番好きなカクテルだった。あとでスコッチを飲むつもりだ。


男がカクテルを丁度飲みきったところで店のドアが開いた。

入ってきた客はサングラスをかけ、口髭と顎髭とを豊かに伸ばした、禿頭の中年の男だった。

新たな客は右寄りの壁に近い席に座った。

何を頼んだかは聞こえなかったが出されたのはマティーニのようだった。彼は物静かだった。


久しぶりに落ち着いて飲めることに男は満足していた。


カップルの男女は小声でたわいもない話をしているようだ。

彼女は「今夜は客が多いわね」と男と一緒に笑っていた。そこだけが聞き取れた。


しばらくすると男は軽いめまいを感じた。その時バーのドアが開いた。

新たな客はサングラスをかけ、口髭と顎髭とを豊かに伸ばした、禿頭の中年の男だった。

その客は右寄りの席に座った。

彼はマティーニを注文した後は一言も喋らなかった。


『ん?』

男は何か記憶が跳んだような不快な気分になった。


『なにかおかしい』ぼんやりと男は考えた。

マンハッタンに口をつけたが、全く量が減っていないことには気づかなかった。

カップルの彼女は「今夜は客が多いわね」と隣の男と一緒に笑った。


男は軽いめまいを感じた。またドアが開いた。

客はサングラスをかけ、口髭と顎髭とを豊かに伸ばした、禿頭の中年の男だった。

新たな客は右寄りの席に座った。


男の背中に冷や汗が流れ始めた。

『おかしい。おかしすぎる』

男は、不安を払いのけるようにカクテルを一気に煽って飲み干した。


カップルの彼女は「今夜は客が多いわね」と隣の男と一緒に笑った。


男は軽いめまいを感じた。四たびドアが開いた。

客はサングラスをかけ、口髭と顎髭とを豊かに伸ばした、禿頭の中年の男だった。

新たな客は右寄りの席に座った。


カップルの彼女は「今夜は客が多いわね」と隣の男と一緒に笑った。


男はかろうじて周囲の出来事を考えられるようになっていた。

『さっきの男はどこに行ったんだ』

おかしい。しかも頭までクラクラする。


男は絞り出すように店に入ってからの記憶をまさぐった。

『しまった!』男ははめられたことにようやく気付いた

『タイムループだ…』


男はコートも受け取らずにドアに向かった。ふらつきながらも店を出ることができた。


「大丈夫かね」サングラスの男がカップルに向けて話しかけた。

「大丈夫よ。私たちはゆっくり出て行けばいいの」女は笑顔で答えた。


「さあ、私たちも出ましょうか」

「さっきのお客さんのコートを取ってちょうだい。私が返しておくわ。どうせすぐ外にいるから」

ぼーっとした様子のバーテンダーは、黙って彼女に男のトレンチコートを渡した。


彼女たち3人がバーを出ると、歩けなくなった男がビルの壁にもたれかかって休んでいた。

「お前が時間を動かしたのか?」男は喘ぎながらサングラスの男に聞いた。

「いや、俺にはそんな能力はないね。彼女だよ」


ブロンドの女が微笑んだ。ぞっとするほど美しかった。

そうか初めからあのバーに誘いこまれていたのか。


「あなたがあのバーに入ったのが最初なのよ」彼女は男の心を読んだかのように、にこやかに言った。

「そして時間を戻して私たちがカップルとして先にバーに入ったというわけ」


時間酔いでふらつき始めた男はかろうじて口を開いた。

「なぜこんな手の込んだことをした」


「あなたが時間使いだからよ」女は微笑みながら言った。

何故それが分かったと聞く気力は男には残っていなかった。

「だから私が来たの」軽やかな声だった。


タイムリーパーの天敵であるタイムグラスの入ったカクテルを、男は飲まされていた。

マンハッタンにはビターズの代わりにタイムグラスの抽出液が入っていた。

両者の味は似ている。というより薬草同士なので苦味が似るのは当たり前なのだが。

男は当分の間時間を跳べなくなっていた。


「俺をどうする気だ」

「時間の種を返して欲しいの」しばしの沈黙がその場を訪れた。


「そんなものは持ってない」男は明らかにしらばっくれていた。

「そうかしら。組織が厳重に保管していた時間の種が無くなっているのよ」

「犯人は、あ・な・た よ、裏切り者のクラッグ」女はにんまりと笑った。

 

「俺はやってない。証拠もないのに決めつけるな」クラッグは喘ぎながら言った。

「証拠ですって」ふんと女は鼻先で笑った。

「たった数本の時間線を追えないとでも思っているの? 私たちも舐められたものね」

そして連れ合いの方を向いて言った。

「あれを見せてあげて、よくわかるようにじっくりとね」


指示を受けた男は、両手を胸の前で合わせて精神を集中させると、犯行時の映像をクラッグの脳に直接送った。

クラッグは低く叫ぶと両手で頭を押さえ、目を閉じ顔をしかめながらうずくまった。


「もういいわ。十分分かったでしょう」女は冷たく笑った。

「彼は多重時間線を立体映像で記録できるの。任意の時間と場所に対してね」

「あなたはタイムリープとタイムループとを使って、この上ない価値のある時間の種を組織から盗んだのよ」

「何か弁明はあるかしら?」

クラッグは黙っていた。


「で、時間の種はどこにあるの?」

「…ホテルだ。ホテルの俺の部屋の金庫にある」

女は悪戯っ子の嘘を見抜いたような表情をした。

「ホントかしら? あんなに大事なものをホテルの金庫に入れとくバカがいたらお目にかかりたいわ」そう微笑みながら言った。

「そのバカはここにいるよ」とクラッグは応えた。

「じゃあ確認させてもらうわ。この場でね」女は冷たく静かに言い放った。

「ここか他所か、よ。ここでしょうけどね」女は悪戯っぽい笑顔を見せた。


「ジョーダンはクラッグの脳の記憶を走査スキャンして。ベルランはその眼でこいつの全身を調べて」女は冷酷に指示を出した。

クラッグは急に真っ青な顔になった。冷や汗も流れ出した。抵抗しようにも全身が強い倦怠感に包まれていて自由が効かなくなっていたのだ。


ベルランと呼ばれた男がサングラスを外すと、怪しげに光る金色の血走った両目が現れた。

彼はクラッグを強引に立たせると、医療検査機のようにじっくりと正確に彼の全身を走査スキャンしていった。

作業が終わるとベルランは女の方を向いて言った。

「肝臓に奇妙なカプセルが埋め込まれている。時間の種はその中にある」

『あれが見えるのか…』クラッグは肩を落とした。ベルランだから見えたのだ。

「まぁ、今どき、胃や直腸ではないでしょうからね」

女は微笑みながらゆっくりと頷くとジョーダンに聞いた。

「あなたの方はどうだったの?」

「そのカプセルは空っぽのまま3ヶ月前に、外科的に肝臓に埋め込まれたようだ」

「そうなの。とても計画的ね。で、時間の種をカプセルにテレポートした共犯者はいるの?」女は無邪気な表情で聞いた。

「いるんだが、名前や姿はわからない。逃走途中にホテルの部屋でテレポーテーションが行われた。短距離しかできないタイプのエスパーだ。クラッグは彼女に目隠しされていた」

「女だということだけは分かったのね」

「声からね」


彼女はちょっとの間考えてから明るく言った「それじゃあホテルまで行きましょうか」

「マリリア、それは危ないのでは」とベルランは念のため注意をうながした。

これまでの経緯から推測するとリスクは低いが、詰めで失敗しては元も子もなくなる。

「大丈夫でしょ、これから探すホテルならね。物は私が取り出すわ」

「で、タイムグラスはまだしばらく効いてるの?」心配する様子もなく彼女は聞いた。

「丸1日は効く量を飲んでるよ」ジョーダンが答えた。

「なら気にしなくていいわね。クラッグは他の能力は持ってないし」

彼女は憂いを含んだ微笑を浮かべると歩き始めた。


翌日、場末の怪しげな安ホテルで、肝臓の無くなった男の死体が発見されたが、ニュースにもならなかった。

だが、まだ見えない『敵』への警告としては十分な効果があった。

現時点での完成稿(本編)は2020年11月に脱稿しましたが、公表場所を決めあぐねていました。

当時は、400字制限のあるショートショートガーデン(SSG)にしか入っていませんでしたし、小説サイトが多すぎたからです。

ごく最近、加入サイトを複数決め『小説家になろう』と『カクヨム』に同時投稿しました。つまり公表は初めてです。

(なろうには読み専として会員になっていました)

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