ラウフィートの浮遊城3
石像騎士との契約を終えた俺たちは、今度こそシャーロット様のためのお土産探しを進めていく。
薄暗いが月明かりと『光ノ子蛍』のおかげで視界は十分だ。
さて、なにかないかな……
「痛ぁ!?」
いきなり先頭を進んでいたシルがのけぞった。
「シル、どうした!? 大丈夫か」
「大丈夫だけど……ここ、なにかあるよ」
「何かって言われても、何も見えないが……」
でもさっきのシルの動作は普通になにかにつまずいたのとは違っている。
たとえるなら、まるで壁にでもぶつかったようなよろめき方だった。
「ロイ、ここなにかあるわよ。壁っていうか……膜みたいな感じかしら?」
手を前に突き出した姿勢でイオナがそんなことを言う。
イオナの手は何かに触れているように空中で停止している。
俺も同じようにしてみると……うお、本当になにかある。
そのまま横に移動していくと、こちらを押し返す感触もそのままついてきた。
「見えない壁でもあるのか……?」
奥の景色は見えるのに、なぜかそれ以上進むことができない。透明な壁でも張り巡らされているかのようだ。
こんなことがあるのか?
普通なら有り得ない。
でも、ここはそもそも謎原理で浮いてる城だからなあ……
乗り込むときに迎撃してきた大砲(?)のこともあるし、見えない壁くらいのものがあってもおかしくないような気がしてくる。
「しかもこの見えない壁、神気を感じる!」
シルがそんなことを言い出した。
「神気を感じるって……俺やシャーロット様みたいにか?」
「そんな感じ! 強さ的には、シャーロットより強いけどロイよりは弱いかな……?」
「そうね、そのくらいかしら」
シルの発言にイオナも同意する。
……また神気か。
まあ見えない壁なんて意味不明なものなら、神気とかいうよくわからないものが関係していても不思議じゃないが……それにしても、なんで俺のほうが神気が強いんだろう。
突っ込みどころが多い。
「シル、イオナ、これを通り抜ける方法はわかるか?」
「さあ……?」
「そもそも神気だけで見えない壁なんて作れないわよ。多分『結界装置』みたいなのがどこかにあって、それが神気で動いてるとかそんな感じじゃないの?」
イオナがそんな予想を立てる。
結界装置ねえ……
「なんでそんなものがあるんだろうな?」
「さあね。案外、この城を作ったっていう昔の人が<召喚士>だったんじゃないの? ロイみたいな」
「今の段階だとよくわからないよね」
結局結論は出なかった。
ラウフィートの浮遊城、謎が多すぎる。
さすがシャーロット様のようなファンを作り出すだけのことはあるな。
……まあ、わからないことを考えていても仕方ない。
だいたい俺たちの目的は城の探検じゃないわけだし。
「それじゃあ他の場所から珍しいものでも……ん?」
俺はふと視界の端になにを見つけた。近づいてみると、なにかの残骸のようにも見えた。
……人形、だろうか? 人間に近い形で、身長はシルと同じくらい。
ただし雨風の影響か、錆びてバラバラになってしまっているので原型はよくわからない。
「何かしらね、この人形」
「錆びちゃってる……」
「この人形の正体はわからないが、この石なんていいんじゃないか?」
俺はその残骸のそばに落ちていた石を手に取った。紫色に輝く宝石のようなものだ。
綺麗だし、サイズも掌に収まる程度だ。
これなら持って帰っても邪魔にならないだろう。
「わあっ、綺麗ーっ!」
「そうね。神秘的な雰囲気だし、遺跡っぽさがあるような気がするわ」
シルとイオナにも好評のようなのでこの紫色の石に決定。
「それじゃあ撤収といきたいところだけど……その前に例の砲撃をなんとかしておきたいな」
「さすがに帰り道まであの砲撃を避けるなんて考えたくないわ」
嫌そうに呟くイオナ。あの超強力な砲撃に背中を向けながら飛ぶのは抵抗があるだろう。
というわけで、シルに頼んで『砲撃の発生装置』を探してもらう。
幸い発生装置は見えない壁の奥ではなく、浮遊城の外周部付近に設置されていた。
いかにも大砲という外見の巨体な筒である。
完全に城の外を向いていて、俺たちが近づいても砲口がこっちを向く気配はない。
「たあっ!」
ゴシャッ!
イオナが蹴りで大砲を破壊する。
後はその繰り返しだ。シルが砲台を探す→イオナが壊すという流れで大砲はすべて破壊できた。
これで帰り道は安全になるはずだ。
「おかえりなさい、ロイ様!」
俺たちが戻るとセフィラが駆け寄ってきた。
「大丈夫だったか?」
「はい。近くに王サファイアワイバーンの亡骸があったせいか、他の魔物は全然近づいてきませんでした」
「なるほど」
王サファイアワイバーンはこのあたりの魔物の中では特に強そうだ。
こいつを倒せる敵のそばに近寄れば危ない、と他の魔物が生存本能を発揮したんだろう。
「シャーロット様も体調は問題ありませんか?」
「は、はい。私はとても健康です」
「なんでそんな喋り方がぎこちないんですか」
「それよりっ、ロイたちはあのラウフィートの浮遊城の中を見てきたのでしょう!? 早くお話を聞かせてください!」
どうやら伝説的な遺跡に乗り込んできた貴重な生き証人を前に、シャーロット様の遺跡マニア魂が刺激されてしまったようだ。
「それは帰り道にしましょう。いつまでもここにいると危険ですから」
「……わかりました」
「あ、それとこれを先に渡しておきます」
俺はラウフィートの浮遊城で拾った紫色の石をシャーロット様に渡した。
「綺麗……?」
「城で拾ったんです。それならシャーロット様も気に入るかと思って」
俺が言うと、シャーロット様はぎゅっと紫色の石を抱いた。
大切な大切な宝物をもう離すまいとするように。
「……気に入りました。ありがとうございます、ロイ」
「それはよかったです」
「これで……もう、思い残すことはありません」
「? なにか言いましたか?」
よく聞こえなかった。
俺が聞き返すと、シャーロット様は首を横に振った。
「いえ、お気になさらず。それより、ここを離れるのでしょう? 早くいたしましょう」
「は、はあ」
なんだかはぐらかされたような?
よくわからないが、あまり長居をするべきじゃないというのは事実だ。
イオナに再度竜の姿になってもらい、その背に乗り込む。そして俺たちはヒルド山地を後にした。
帰り道、ふとイオナが気付いたように言う。
『……なにかしら、あれ。妙に地上が騒がしいけど』
ヒルド山地の最寄りとなる村に差し掛かったあたりでイオナがそんなことを言った。
『今だ、やれ!』
『うおおおおおおお!』
『踏ん張れ! 絶対村に入れるんじゃねえぞ!』
本当だ、なにか聞こえる。
下を見ると、村の入り口あたりで松明を持った人々がなにかと戦っているようだ。
あれは……狼型の魔物だろうか?
「魔物に襲われているのは村人でしょうか?」
「どうだろー……それにしてはなんだか鎧とか着てるよ?」
セフィラとシルがそんなことを言い合う。
確かに村の入り口で魔物たちと戦っているのは、まるで騎士のような鎧姿の一団だ。
こんなところに重装備の人間がいるのは珍しいな。
あれじゃあまるで王都にいた騎士みたいだと――
『うおおおおおおお! こんなところで足止めを食らってなるものか! このクリフ・アルゼンにはシャーロット様のもとに一刻も早く馳せ参じる義務があるのだァアアアアアアアアアアアアアア!!』
……どうしよう。
なんか知っている人に見える。