90:状況がわかってきた
もしかすると、原作が始まる前に何らかの事件に巻き込まれ命を落としたかもしれないリュゼ。
だから、あれだけ存在感があるにもかかわらず、「北の伯爵」という名前しか出てこなかったのでは……と勘ぐってしまう。
(どうすればお兄様を助けられるのか、考えなきゃ……)
早まる鼓動を抑えられず壁に手をつく、焦りだけが募り冷静な判断ができない。
(とにかく、ここで野盗やミラルドの送り込んできた兵士を食い止めるのが先。大量の敵を、お兄様の元へ行かせるわけにはいかない!)
捕まえた野盗の話では、ミラルドの送ってくる兵士の数はさほど多くなさそうだった。
しかし、海から北の国の軍勢がくるとなれば話は別だ。
(でも、ここの港……熟練の漁師しか行き来できないんだけど。どうやって乗り込んでくるつもりだろう?)
しばらくすると、焦った様子のリカルドが帰ってきた。
どうやら彼も、真実を知ったようだ。
二人送った伝令のうちの一人が帰ってきたらしい。
「ブリトニー! すまない、俺の判断ミスだ! 兄が裏切るとは……」
謝罪してくるリカルドをなだめ、私は口を開く。
「リカルドのせいじゃないよ、私も見抜くことができなかったんだから。それよりも、今後のことを考えよう」
「……アスタール伯爵領の者である、俺を信用してくれるのか?」
「当たり前だよ。リカルドのお兄様とは親しくないけど、あなたのことならある程度知っているもの」
澄んだ緑色の瞳がまっすぐに私を見つめた。
「現在、連絡を受け取った俺の父が、王都から引き返している。母は万が一の時責任を取るため王都に残された。ルーカスは積極的にマーロウ殿下や国王に協力しているらしい」
「うん……」
「今わかっている情報だが、兄が送り込んできているのは、アスタール伯爵領の正規の兵ではなく個人的に雇った傭兵がほとんどだ。正規の兵にも指示を出したらしいが……多くの兵は父の判断を待つと言って、兄の声に従わなかった」
「人望がないんだね」
「うちの者なら奴の性格はわかっている。兵士たちが兄を止められれば良かったが、北の国が寄越した傭兵が中心になって勝手に動き出したっぽいな」
「ミラルド様、傭兵を制御できていないの!?」
「ああ、北の国に良いように使われているな」
リカルドは、難しい表情で俯いた。
「ブリトニー、この争いが解決したら、アスタール伯爵領は孤立するかもしれない。味方であるハークス伯爵領に兵を差し向けたのだからな」
二代前の国王の時代までは、各領地間の仲が悪く争いは多かったらしい。
しかし、前国王になってからは徐々に領主たちの争いも減っていき、今では国内での紛争はなくなっていた。
祖父の時代に北の国という共通の敵ができたので、味方同士で争うより協力して他国から国を守らなければならないという意識が働いたようだ。
だから今、ハークス伯爵領に攻め入ったアスタール伯爵領の立場は最悪なのである。
この事件が解決しても、お咎めなしということにはならないだろう。
「俺の独断で、アスタール伯爵領から援軍を呼んだ」
「リカルドの指示に、正規の兵は従うの?」
「昔から交流があったし、王都に行ってからも領地に戻るときには必ず兵舎に顔を出していた。それなりに指示は出せる。事後になるが、必ず父に報告すると告げているし」
年下のリカルドでこれだということは、ミラルドの発言力は本当にないらしい。
病弱で部屋にいることが多いから、仕方がないのかもしれないけれど……
(人格的な問題のような気もする)
リュゼは彼を「繊細」だと言っていたが、「繊細」で片付けて良いものだろうか。
(まあいいや。ミラルドについての考察は後! 早く対策を練らなきゃ!)
私は、リカルドの手を引いて会議室へと向かう。
「リカルド、ここで敵を食い止めないと、北にいるリュゼお兄様が敵の挟み撃ちに遭ってしまう」
時に意地悪で時に鬼畜だが、わかりづらい優しさでブリトニーを支え続けてくれたリュゼ。
彼は、私の大切な家族だ。