さぁ、冒険にでかけよう
目立たないように地球の乗り物に似せた宇宙船の中。
ドグマ星の王子ラルセントは、言いました。
「なぜ、私が手を縛られ拘束された状態で、星に帰らなくてはならないのかな?」
家臣筆頭のエヌエアルは、答えます。
「地球の子供に、無用な干渉をしてはなりません。」
「しかし、あの子は、退屈していたではないか。少しの時間、一緒にちょっとした冒険に出かけようと思っただけだ。」
「王子、危険度B+のディエヌ影鳥の巣の探索は、ちょっとした冒険とは言いません。まさか、アレを地球で繁殖させていたなんて・・・我々は、あれを駆除するために、禁止されているメルチオローフルスホフィ94を30年ぶりに使うことになったんですよ!」
「なんだ、平和の象徴と言われるディエヌ影鳥を全部、駆除してしまったのか?せっかく、私が繁殖に成功したのに・・・もったいない。クリプとコッカスの2羽の鳥から、30羽まで増やすのに、3か月もかかったんだぞ。」
「背中を見せて逃げたり、攻撃したりしてくる生物を襲撃して、絶滅させようとする鳥のどこが平和の象徴なんですかっ!いいかげんにしてください。」
「何を言ってるんだ。笑顔で握手を求めたら、小さな願い事をひとつ叶えてくれる素敵な鳥だ。この鳥がいるだけで、みんな笑顔になり、ちょっとした幸せも手に入れられる。逃げたり攻撃したりしなければいいだけだ。」
「ここは、地球ですよ?体に比べて頭が小さく、胸骨、胸筋が発達してずんぐりとした体型で、背中に手が2本生えている白い鳥に、笑顔で握手を求める人間が、どこにいるんですか?そういう時、人間が何をするかなんて、予想できるでしょう。馬鹿なことを言わないでください。」
こうして、ラルセント王子は、目立たないように地球の乗り物に似せた宇宙船で、筆頭家臣に怒られながら、ドグマ星への『帰路』につくのでした。
★ ★ ★ ★ ★
年末にケンカをしたパパとママ。
ママは、怒ってそのまま実家に帰ってしまった。
その上、お正月になると、パパは、お隣の人と海外旅行に行ってしまった。
おかげで、ボクは、ひとりきり。
広いリビングの本棚で、誇りをかぶって磔にされている木彫りのイエス様に話しかける。
「イエス様が話された『隣人』を愛しなさいという言葉を実践しただけなのに、なんでママは、パパのことを怒ったんだろうね?」
もちろん、木彫りのイエス様は、なにも答えてくれない。
レトルトのカレーをレンジで温めて、ご飯にかける。
ひとりきりの『食事』は、慣れっこだ。
食べ終わったら、すぐにシンクに漬け置く。
カレー皿の汚れは、漬け置き洗いしないと、ママに怒られるから。
歯磨きをしたら、裏山の秘密基地に『冒険に出かけよう』。
手袋とマフラーを掴んだら、ドアをポーンと、開けてダッシュする。
あっ。鍵をかけるの忘れたかも・・・
ま、いっか。きっと、泥棒さんも、お正月は、お休みだろう。
少し登ると、耳の欠けたお地蔵さんが横倒しに転がっている。
これが、目印っ。
お地蔵さんをぴょーんとまたいで、木の間を抜けて50メートル走。
ハァハァハァと口から吐き出した息で曇ったメガネをマフラーでこすったら、前に見えるのがボクの秘密の洞窟だっ。
・・・えっ?
ボクは、思わず木の後ろに隠れた。
だって、洞窟の中から「鳩の背中に人の手が2本生えたような変な生き物」が、20羽くらいバッサバッサと、飛び出してきたから。
ガサっ。
あっ、しまった。
足元の枯れ葉が大きな音を立てた。
気づかれなかったかな?大丈夫かな?
ボクは、枯れ葉に気を付けながら後ずさりをすると、一気に坂道を駆け降りる。
お地蔵さんを飛び越え、山道を走り、家のドアを開けて飛び込んだら、バタンっ、がちゃっ!
今度は、忘れずに鍵をかけた。
ふぅっと、息をつく。
「んー、逃げちゃダメなんだけどなぁ・・・。」
えっ?
誰もいない家の中からの声に驚き、振り返ると、階段の3段目に一人の男の人が立っていた。
よく見ると、この人、ボクのマグカップで、何か温かそうな飲み物を飲んでいる。
「人の家に勝手に入って、何してるんだよっ!それに、そのコップは、ボクのだっ。」
「えーと、鍵が開いてたから。」
「鍵が開いてたって、人の家に勝手に入っちゃダメなんだぞっ!」
「山に洞窟があるだろ?あれ、私のお家。今日は、入らなかったみたいだけれど、年末に君は、あそこに勝手に入らなかったかな?鍵は、かけてなかったけれどもね。」
え?そんな・・・あれがお家なんて、そんなの分かるわけがない。
「そ・・・そんなの知らなかったし・・・」
「じゃぁ、仕方ないね。お互い様だ。そんなことより、私とちょっとした『冒険に出かけよう』。あのディエヌ影鳥は、自分の前から逃げた相手生物を攻撃して絶滅させる性質があるんだ。君が逃げたから、人類が絶滅するかもしれない。」
そう言って、男は階段から下りると、玄関に立ってボクに手を差し出した。
あっ、コイツ、靴を履いたまま家にあがってたんだ。
男の顔をにらみつける。
「行かないっ!お前と、どこかに行くなんて、やなこった。」
「んー、人類が滅亡してもいいのかな?仕方ない。私ひとりで出かけることにしようか・・・」
そう言った男の手がドアノブにかかり、ガチャリと音をたてた瞬間、勢いよくドアが開くっ。
ボクは思わず、その場に座り込んでしまった。
ふっと、見上げると、スーツを着た男の人が3人。
「こんな所に居たんですね。えいっ。」
ドアを開けて入ってきたスーツの男たちは、ボクを冒険に誘った不法侵入者の手に手錠のようなものをかけた上、太いひもをその体に巻き付けて結んだ。
「なんてことをするんだい?今、人類は、滅亡の危機に瀕しているんだぞっ。この子が、危機を救うために出かけないなら、私が出向くしか地球を救うすべはないんだ。」
「大丈夫です。我々が、対処しました。あっ、ボク、迷惑をかけてごめんね。この人ちょっとおかしい人なんだ。ちゃんと我々が捕まえて、連れて帰るから、安心して。」
そう言うと、スーツの人たちは、不法侵入者を家から引きずり出した。
「あぁ、君っ、どうか、裏山の鳥を・・・そうしないと、人類が・・・」
ひきずられながら叫ぶ不法侵入者の声が、小さくなっていく。
恐る恐るドアの隙間から外を覗くと、家の前に、赤いランプがくるくる回る車が1台。
あぁ、なんだ。あの人たち、警察の人だったんだ。
ほっとしたボクは、ドアを開けて道路に出ると、発進して曲がり角を右折するパトカーのうしろ姿を見送った。
ふぅ、ビックリした。
お正月だから、おかしな人が、ひょいっと、どこかから出てきたのかもしれないなぁ。
そんなことを思いながら、家に入ろうとすると、庭のパパの盆栽が、ゴトリと音を立てて落ちた。
えっ、何かが居る?
落ちた盆栽の後ろから、にゅっと出てきたのは、4本の手。
あぁ、さっきの「鳩もどき」が、2匹も庭に入ってきている。
思わず家の中に飛び込みそうになったボクは、変なことに気づいた。
背中からニョキニョキ伸びた鳩の左の手首に、カミソリで何回も切り付けたような傷跡があったのだ。
痛そう・・・
恐る恐る近づくと、自分の首からマフラーを外す。
そうして、鳩の手首にぐるぐると巻き付けた。
ホロッホォォォ
鳩は、嬉しそうに鳴き、ボクの足に頬ずりをするようにすり寄る。
そうすると、もう片方の鳩も、盆栽の台の後ろからぴょんと飛び出して来た。
あぁ、こっちの鳩は、両手がしもやけで真っ赤に腫れている。
きっと、寒かったんだろうな。昨日の夜は、雪も降っていたし・・・
ボクは、自分の手袋を外すと、鳩の両手にはめてやった。
すると、頬ずりをしていた鳩の手が、こちらに差し出された。
ん?握手すればいいのかな?
ボクは、鳩の手をきゅっと握った。
なんだか、体がポカポカして幸せな気分。
手を離した後も、幸せな気持ちは、そのまま。
パパとママにも、こんな気持ちを体験させてあげたい。
バタンっ
空を飛んで裏山に帰っていく2羽の「鳩もどき」を見ながら、そんなことを思っていたら、家の前にタクシーが停まり、そのドアが開いた。
「ただいまー。たくちゃん、元気にしてた?」
見れば、パパとママが、手をつないでタクシーから降りて来る。
「羽田からの『帰り道』で、ばったりママに出会ってな。」
「運命が二人を結び付けてるんだよね。たくちゃんも、いつか運命の人に出会えるといいね。」
年末にケンカをしていたのが、嘘のように、ふたりは仲良くタクシーから荷物をおろすと、家の中に入っていく。
「もぉ、たくちゃん、寒いから早くお家に入って。」
ボクは、あわててドアの中へ駆け込んだ。
ボクは、カレーを食べておなかいっぱいだったけれども、パパとママが年末をやり直すって言うから、年は明けてかなり経ったのに、年越しそばをもう一度食べることになった。
おそばをズルズルすすったら、お風呂に入って、お布団の中へ。
あぁ、なんだか『夢の中』にいるみたいな1日だったな。
そう思いながら、布団をかぶって、目をつぶるけれども、気持ちが高揚してなかなか眠れない。
そうだ。お星さまにお願いをしよう。
今日の幸せが、ずっと続きますように。
そう思いながら、カーテンを開ける。
窓の外に吊るしっぱなしだった昨日の洗濯物の隙間に見えるのは、星空。
『流れ星っ』
そう思って目を凝らすと、さっきのパトカーが、しゅぅぅと、空を滑るように飛び、やがて小さくなって消えていくのが見えた。