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90話 小説4巻発売記念SS 薔薇園の約束

7000万PV越えました!

皆さまの応援ありがとうございます。

本日、小説4巻の発売となります!

どうぞよろしくお願いいたします。

 王宮の一角には何代か前の王妃のために作られた、とても素晴らしい薔薇園がある。


 季節によって咲く花を変え常に満開の薔薇の花を楽しむことができるその薔薇園は、王族と許されたものしか訪れることを許されないため、幻の薔薇園と呼ばれている。


 それでもかつて王族が多かった頃は、薔薇園を訪れる人の姿がよく見られたものだったが、十年前の疫病で王族がその数を減らした今、薔薇園がその美しさを愛でられることはない。


 誰も訪れることがなくひっそりとした薔薇園は、人の気配がないからこそ、壮絶なまでに美しい。

 それでも数年前までは、薔薇園に楽し気な声が響いていた時があったのだ。


 セドリックは静謐に包まれた薔薇園に足を踏み入れ、懐かしい記憶を思い出すように目を閉じた。


 風が、濃厚な薔薇の香りを運んでくる。


 赤薔薇の、芳醇で熟した果実のような香り。

 白薔薇の、清涼感のある上品な香り。

 黄薔薇の、柑橘系にも似た爽やかな香り。


 そしてピンク色の薔薇の柔らかい花びらから放たれた、心地よく甘い香り。


 だが風の向きや強さによってわずかに変わる香りの饗宴を楽しむ女性(ひと)は、もうここにはいない。


「マリーねえさま……」


 呟くセドリックの声が、誰もいない薔薇園に響く。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「マリーねえさま!」


 セドリックの呼びかけに、振り向いたマリアベルは新緑の瞳を嬉しそうに輝かせた。


 色とりどりの薔薇に囲まれた美しい人は、いたずらな風によってふわりと舞う髪を左手で押さえている。


 その隣には従兄のエドワードがいる。

 金色にきらめく髪を後ろで一つにまとめて、空のような青い目を持つエドワードは、この王国の王太子だ。


 まるで一対の絵のような二人に、セドリックは憧れと、ほんの少しの胸の痛みを感じる。


 自分がマリアベルの隣に立ちたいわけではない。

 ただ、もう少し年が近ければ、あの二人と同等の付き合いができたのではないかと思ってしまうのだ。


 彼らにとってまだ幼いセドリックは庇護する子供でしかなく、それが、寂しい。


「セド」


 けれどセドリックは、まだ幼いからこそ、マリアベルに思う存分甘えられるのだということを知っている。


 未来の王妃であるマリアベルに、こんな風に馴れ馴れしくできるのは今だけだ。


 だったら、セドリックが大きくなってマリアベルと適切な距離を取らなければいけなくなるその日まで、思う存分マリアベルに甘えたい。


 小さなセドリックが体ごとぶつかるように抱きつくと、マリアベルはくすくすと笑いながらセドリックの頬に顔を寄せる。


「まあ。あなたまた大きくなったんじゃないかしら」

「僕はもっと大きくなって、マリーねえさまをお守りします」

「嬉しいわ。でも、子供の時は短いのよ。そんなにすぐに大人にならないで」


 小さな頃からバークレイ侯爵家から離されて王宮で教育を受けているマリアベルには、子供らしい子供時代がなかった。


 だからこそ、思わず出てしまった言葉なのだが、セドリックはそれを分かっていながら気づかないふりをした。


「だったらマリーねえさまが子供になってください」

「私が?」


 驚いたようにマリアベルの目が丸くなる。

 こうしていると、年相応に幼く見える。


 未来の王太子妃として受けている厳しい教育のせいで、最近のマリアベルはあまり笑わなくなってしまった。


 現王妃を見るとそこまで厳しい教育が必要なのだろうかと疑問に思うが、王甥(オウセイ)でしかないセドリックには口出しができない。


 本来であれば婚約者のエドワードがそれに気づいて、マリアベルが心を休められる時間を作ってあげればいいのだが、そういった心の機微に鈍感なところがあるエドワードには期待できない。


 だから代わりに、セドリックが幼い素振りでマリアベルを遊びに誘う。


「エディ兄さま、いいでしょう?」

「マリアベルが子供になるなんて想像できないけど……」


 エドワードがありえないと苦笑するのに、セドリックは「そんなことはないです」と慌てて言葉をかぶせる。


 セドリックはエドワードの無神経な言葉に、マリアベルの表情が陰ったのにすぐ気がついたのだ。


「ほら、ねえさま、行きましょう」


 強引にマリアベルの手を取って駆けだす。


 ふいに強く吹いた風が、薔薇の花びらを舞い上がらせた。

 セドリックはそのまま走って、薔薇園の中央まで行く。


 そこには一際大きく美しい薔薇が咲いていた。


 空に向かって咲く一輪咲きのピンク色の薔薇は、凛として清楚な印象を与える。この薔薇は、まるでマリアベルのようだとセドリックは思った。


 つないだ手の先を見ると、マリアベルもまた美しい薔薇の花に目を奪われている。


「この薔薇は帝国で品種改良された新種の薔薇だそうですよ」

「確かに初めて見る薔薇だわ。とても綺麗ね」


 亡くなった父から贈られた薔薇の花を、セドリックの母は今も大切に育てている。

 顔も覚えていない父だが、薔薇の花は父を思い出させてくれるので、自然と詳しくなってしまった。


 感心したようなマリアベルは、ビロードのような薔薇の花びらにそっと触れる。

 それから顔を寄せて、馥郁(ふくいく)たる香りを吸いこんだ。


「いい香り……」


「マリーねえさま、ガレリア帝国の花祭りをご存じですか」

「初代皇帝の誕生を祝うお祭りでしょう?」


「ええ。国中が花で飾られるということです。中でも薔薇の花が好まれるので、帝国では品種改良が盛んなのだそうです」


「……いつか、見てみたいわ」

「僕がもう少し大きくなったらお守りしますから、一緒に見に行きましょう」


 マリアベルは「そうね」と微笑みながら、いつの間にかセドリックの髪にからまっていた薔薇の花びらを取った。


 手の平の上に載せた花びらは、風に乗ってひらひらと飛んでいく。

 それを目で追ったマリアベルは、小さく呟いた。


「そうね。いつか」




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 季節は巡り、あの時に見た薔薇は変わらずに美しく咲いている。


 一迅の風が色鮮やかな花びらを空へと誘い、花びらがセドリックの髪に落ちた。

 記憶の中と同じ光景だけれど、薔薇に囲まれて微笑む人はもういない。


「マリーねえさま……」


 あの優しい人は。

 厳しすぎる王太子妃教育で心からの笑みを奪われてしまった人は。


 あの空の向こうで、幸せな笑顔を浮かべているだろうか。


「マリーねえさまの隣にレナート殿下がいるのなら大丈夫」


 きっと、何があってもマリアベルを守ってくれる。

 そう信じられたからこそ、バークレイ侯もレナートの手にマリアベルを委ねたのだろう。


 胸元で手を握り、帝国にいる二人に思いを馳せる。


「セドリック殿下」


 かけられた声に振り返れば、側近のケイン・コールリッジがいた。


「やはりここにおいででしたか」

「うん。少し考え事をね」


 一人で考え事をしたい時、他に訪れるもののいない薔薇園は最適だった。

 セドリックを呼びにくるのも、ケインにしか許されていない。


「帝国のマリアベル様から手紙が届きました」

「マリーねえさまから?」

「はい。こちらを」


 帝国の獅子の印が押された手紙の封を開けると、ほのかに薔薇の香りがした。

 甘く優しい香りに、セドリックはマリアベルの姿を思い浮かべる。


 いつか。


 二人で帝国の花祭りを見に行くのは無理だとしても、またこの薔薇園で共に花を愛でることはできるのではないだろうか。


 その時にマリアベルの隣にいるのは、エドワードではなく、黒髪に海のような青い瞳の――。


「すぐに返事を書かなくてはね。執務もあるからそろそろ戻るよ」


 セドリックに感傷にふける暇はない。

 帝国と対等に渡り合うためには、こんなところで立ち止まってはいられないのだ。


 そしていつか、あの二人に並び立てるような自分になりたい。


 セドリックは髪に落ちた花びらを振り払い、薔薇園に背を向けた。



もしも「面白かった」「続きが気になる」などと思って頂けましたら、

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どうぞよろしくお願いします!

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