80話 番外編・ダドリー夫人の憂鬱
活動報告にUPしていた番外編です。
ブックマークがはずれたまま復旧されていない方がいらっしゃるようですので、お手数ですがご確認頂けると嬉しいです。
またこの件につきまして、活動報告(https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/456859/blogkey/2703034/
)でお知らせをしております。
マーガレット・ダドリーは、かつて「完璧な淑女」と呼ばれていた。
先代王妃の女官であった彼女は、ダドリー伯爵と結婚してからも女官を続け、長く仕えた。
信頼が篤かった彼女は、現在の王妃への淑女教育があまりうまくいかなかったことから、孫のエドワードの婚約者が決まったならば必ず淑女教育を施してほしいと、先代王妃から直々に頼まれていた。
そうして引き合わされたマリアベルは、とても優秀な生徒だった。
あまりにもマリアベルの飲みこみが早いので少々厳しくしすぎてしまったきらいはあったが、世継ぎのエドワードに少し頼りのないところがあるので、それを補うためにも正しい教育であったと確信している。
これで王家も安泰。十年前に亡くなった先代王妃の遺志に報いることができると安心していた矢先に、突然エドワードがマリアベルとの婚約を破棄した。
しかも新しい婚約者は、平民の酒場の娘だ。
あまりのことに、話を聞いたダドリー夫人はその場で卒倒した。
そして目が覚めると、既に新しい婚約者の教育係に任命されてしまっていたのだ。
平民の娘のアネットは、マナーのなんたるかすら、まともに知らない娘だった。
生まれたばかりの赤子に教えたほうが、まだ早い。
しかもアネットは少し厳しく注意するとすぐにエドワードに言いつける。
せめて婚約披露の時までにはある程度のマナーを身につけさせようと努力しているダドリー夫人のほうが、悪者のように言われて責められる日々だ。
「アネット様、ちゃんと背筋を伸ばして歩いてくださいませ」
「私、一生懸命やってるよ」
「やってるよ、ではなく、やっています、とおっしゃってください。これではいつまでたっても背筋を矯正できません。背中に物差しを入れておきましょう」
背筋を丸める癖のある子供にするように、ドレスの背中に長い物差しを入れようとしたダドリー夫人だが、アネットは大騒ぎをしてそれを拒否した。
騒ぎを聞きつけたエドワードがやってきて、涙を浮かべるアネットの姿にダドリー夫人を叱責する。
「アネットはまだ貴族社会に慣れていないのだ。もう少しゆっくり教えてあげてくれないだろうか」
「お言葉ですが、ゆっくりなどしている暇はございません。婚約披露の際に、最低限のマナーができていなければ、侮られるのは王家でございます」
「そこを何とかするのがそなたの役目であろう」
「本人にやる気がないのでは、どうしようもございません。マリアベル様であれば寝る間も惜しんで努力されたことでしょう」
「もうっ、何よ。マリアベルマリアベルって、馬鹿の一つ覚えみたいに言っちゃって。私はマリアベルじゃないんだから、できなくても仕方ないでしょ!」
ダドリー夫人は、ぐっとこみ上げる怒りを抑えた。
アネットは分かっていない。
完璧な淑女と呼ばれたマリアベルの婚約者の地位を奪ったのだから、アネットはそれ以上に素晴らしい女性であることを内外に示さなくてはいけないのだ。
普通ではいけない。ただ優れているだけでもいけない。
誰よりも飛びぬけて魅力的な女性でなければ、あのマリアベルと比べられたら見劣りしてしまう。
だからこそ、厳しい指導をしていたというのに……。
「ダドリー夫人。きっとあなたは疲れているのだ。少し休養してはどうだろうか」
「殿下……」
それは、実質の解雇通告だ。
ダドリー夫人は、手の平を強く握りしめる。
先代王妃の遺言が……。
エドワードの婚約者を完璧な淑女にするという約束が……。
もう、決して守れない。
ダドリー夫人は「分かりました」と頭を下げると、すぐに城を辞した。
城門をくぐって城を去る夫人は、最後に一度、城を振り返った。
白く輝いていた白亜の城は、いつの間にか灰色がかってくすんで見えた。