67話 復縁を迫られても今さらもう遅いです!
「殿下。どうかこれを私からの最後の進言と思い、お聞きください」
エドワードがなにを言おうと、これから先の未来で、もうマリアベルとエドワードの道が交差することはない。
だからこそ、ここでエドワードに向ける餞別の言葉は、かつての婚約者としての最後の進言だった。
「本当は、もう元には戻らないということを、ご自分でもわかっていらっしゃるのでしょう? 何もかも、もう遅いのです。目を覚ましてください。周りをよく見てください。殿下をたしなめるものたちの声を、しっかり聞いてください」
マリアベルは静かに訴えかける。
おそらく……、とマリアベルは心の内で思う。
おそらく国王は、婚約破棄して以降、エドワードの君主たる資質を見極めようとしていたのだろう。
だからこそ、試した。
そしてマリアベルが試されているのは、エドワードと違って皇妃としての資質ではない。
未来の王太子妃として教育され、王国の機密を多少なりとも知っているマリアベルを、帝国に渡していいかどうかを見極めているのだ。
王国には未だ古代のからくりが多く残されていて、それが国の防衛に役立っていることも多い。
重要な機密は教えられていないが、それでも将来、帝国と王国が争うような事態になった時にマリアベルが王国の機密を帝国に渡してしまったら、王国側が不利になることもあるだろう。
国王はそれを危惧している。
だからここでもしマリアベルが王国を完全に切り捨ててしまったら、国王もまた、いかなる手段を使ってもバークレイ侯爵家もろとも、マリアベルを排除しようとするだろう。
そうなったらレナートは、確実に王国へ復讐を仕掛ける。
そしておそらく、その機に乗じて共和国が帝国へ侵攻してくるだろう。
最終的には、大陸全土が戦いの渦に巻きこまれる。
そこまでの災禍を引き起こすきっかけになりうるという自覚を持っているのかと、国王に問いかけられているのだ。
もちろんマリアベルはそんな未来など望まない。
でもそのことを抜きにしても、エドワードがこのまま堕ちていくのは見ていられなかった。
ずっと家族になる人だと思っていた。
燃えるような恋も、心を包みこむような愛もなかったけれど、それでも確かに、家族のような情はあったはずなのだ。
国王が今、何を思っているのかマリアベルにもはっきりとした確信があるわけではない。
だが少しでも自らの愚かさを反省して、救われて欲しいと思う。
「私は殿下の、真実の愛を貫きたいと思う気持ちに打たれ、婚約破棄を承知いたしました。そして私自身もレナート様という愛するお方と出会い、殿下の気持ちが分かりました。けれども今の殿下には、真実の愛を見ることができません。殿下のおっしゃる真実の愛とは、アネット様を愛しているからこそただ一人の妃として迎えたいとおっしゃったことを、簡単に反故にすることができるような、そんなにも軽いものだったのですか」
「マリアベル、私は……」
言葉に詰まるエドワードを冷ややかな目で見ていたレナートが、マリアベルを抱きしめる力を強くした。
「真実の愛というならば、相手の幸せをこそ願うべきではないのか? 俺はマリアベルの美しさや優しさを愛しているが、妃にと望んだのは、マリアベルが皇妃の重圧に耐え、民の手本となってくれると思ったからだ」
そう言って、レナートはマリアベルの髪をひと房取り、エドワードに見せつけるように口づける。
「だがもしもマリアベルが地位を持たぬ娘であったとして、それでも妻にと望むのであれば、俺は皇位を捨てる覚悟で愛しただろう。さすがにこの血を争いの元にするわけにはいかんからな。どこぞの領地でも賜って、マリアベルと二人、生涯慈しみ合って暮らしただろう。王太子エドワード、貴君にそれだけの覚悟があったのか?」
「わ、私は……」
口ごもるエドワードは、レナートの迫力に押されたように、思わず一歩後ずさる。
そこへ玉座の上から、重いため息とともに、ゆっくりと言葉がかけられた。
「エドワード、本当にお前は私によく似ている。きっと厳しい教育を受けたら、私のように何もかもを捨ててしまいたいと願うだろうと、あまり強くは言わずにいたが……。やはり私の子は、どのように育てても私に似てしまうのだろう。父を知らぬはずのセドリックが、私の弟とそっくりに育ったように」
国王フレデリック三世は浅く息を吐きながら、悔恨の表情を浮かべた。
そしてどこか遠くを見つめるような眼差しで、語り始める。
「私は、たった一年先に生まれたというだけで、私よりも王にふさわしいエリオットを差し置いて、自分が王になるというのが苦痛で仕方がなかった。……誰に言われたわけでもなく、誰に比べられたわけでもなく……。だがその資質の違いは、私が一番よく知っていた」
懐かしそうな視線は、そこに残る弟の面影を探すように、セドリックへと向けられる。
「エリオットは本当に素晴らしい弟だった。一を聞いて十を知るというのだろうか。その才は、教師たちも舌を巻くほどだった。わずかでも私が勝てたのは剣の腕だけだったけれど、今の平和な世で国王が剣をふるう機会などありはしない。王国にとってはエリオットこそが国王にふさわしい。そう思って私は、反対されると分かっていて、強引に王妃を娶ったのだ」
言葉を切ったフレデリック三世は、少し呼吸を整えた。
そして自分の父の様子を聞き漏らさないようにしているセドリックに、笑いかける。
「他にもいくつか問題を起こせば、私は廃嫡となってエリオットが国王になる。エリオットは長男である私が国王になるのが当然で、自分は補佐が向いていると言っていたが、明らかに王国にとってはエリオットこそが王になったほうがいいに決まっている」
フレデリック三世は「それなのに」と言葉を続ける。
「それなのに、エリオットは私以上に反対される相手を選んでしまった。認めてもらえないならば、王籍を抜けると……レナート殿下とまったく同じことを言っていた」
フレデリック三世は寂しそうに笑って、そしてエドワードを見る。
「エドワード。それが、真実の愛というものなのだと思うよ」
静かな声が、広間に落ちた。
と、そこへ、遠くから騒ぎ立てる声が近づいてきた。
「ええい、この腕を離せ! わしを誰だと思っている!」
けたたましい音を立てて扉が開く音がする。
マリアベルたちが振り向くと……そこにいたのはダンゼル公爵であった。
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