60話 真の目的
話を聞き終えたセドリックは、今度はレナートに向き直る。
ケインが淹れた紅茶を飲んでいたレナートは、その視線に気がついて静かにカップを置いた。
「お話は分かりました。でも一つだけ分からないことがあります。皇太子殿下の本当の目的は、一体なんでしょう」
「ベルが言ったとおり、一人ではバークレイ侯を助けられないだろうからな。助力にきた」
「帝国の後継者が、ただそれだけで、いくら友好国とはいえ単独で他国にくるでしょうか?」
気安い態度で接していても、レナートは帝国の皇太子だ。ただ悠然と座っているだけでも、隠しきれない威圧感がある。
だがセドリックはまったく臆することなく、十一歳だとは思えないほどの落ち着いた態度で接している。
だからレナートも、セドリックを子供ではなく王国の王位継承権第二位を持つ王族として扱った。
「セドリック殿は、どう思う?」
「予想していることはありますが、それを判断すべき情報が十分ではありませんので、明言は避けたいと思います」
「……これでまだ十一歳だと? 空恐ろしいな」
「お褒めにあずかり恐縮です」
レナートは感心して、再び紅茶に口をつけた。
ちょうど椅子のある場所に窓から差す光が柔らかく落ちる。
帝国のものとは少し違う紅茶の香りを楽しんだレナートは、隣で笑みを浮かべてやり取りを見守っているマリアベルを見た。
「王国にきた真の目的があるかないかと言われれば、確かに、ある。だが俺にとってはベルの父親を助け出すほうが本題で、そちらはついでのようなものだ」
「その目的を教えて頂きたいのです」
少し前のめりになったセドリックに、レナートは「ふむ」と言って顎に手を当てた。
「知りたいのは分かるが、そうがっつくと相手にしてやられるぞ。もう少し興味のない振りをしたほうがいい」
正論に、セドリックの頬がカアッと赤く染まる。
まだ子供なのだ。天才と呼ばれていても、経験則が少ない。
「こういう場合、ひとまず何食わぬ顔で雑談をしておいて、後で初対面の俺ではなく、姉のように親しくつきあっていたベルから情報を引き出すようにするといい」
「ご教授頂き、ありがとうございました」
素直に頭を下げるセドリックに、レナートは満足げに頷いた。
「外交などというものは、基本、狐と狸の化かし合いだ。だから事前に相手よりもどれだけ多くの情報を持っているかどうかが肝心だ。今の王国では、なかなか難しいだろうが」
「そうですね。今の僕では、有益な情報がなかなか得られません。王宮内のことでしたら何とかなりますが、外国となると……」
「その年でよくやっていると思うぞ。経験はこれから積めばいい」
「ありがとうございます」
そう言って、セドリックは再び頭を下げた。
そして、やはり、と思う。
レナートの態度は、一介の王族に対するものではない。これではまるで……。
「皇太子殿下は、王国を見極めにいらしたのですね……」
顔を上げたセドリックの言葉に、レナートは教えている生徒が正しい答えを出したとでもいうように、笑みで答えた。
セドリックは、今の言葉に驚いていないマリアベルを見て、彼女もまた同じ結論に達していたのを知った。
「ねえさまは、それで、良いのですか……?」
思わず問いかけたのは、エドワードの婚約者であったマリアベルを知っているからだ。
だからセドリックは聞かずにはいられなかった。
今のエドワードが王にふさわしい行動を取っているとはとても思えない。だとすれば、エドワードは……。
「私はこの国にいた時には分からなかったことを、帝国で学びました。そしてエドワード殿下の在りようが、間違っていることに気がつきました。王宮では誰もが殿下のおっしゃることに異を唱えていません。ですが、本当に殿下のことを思うのであれば、たとえ不興をかったとしても、そちらにいるケイン殿のようにお諫めするべきでした」
ちょうどその頃、思春期特有の反抗期だったのか、エドワードは周りの言うことを聞かないことがあった。
マリアベルがそれをたしなめると、本来素直なエドワードは聞いてくれることが多かったのだが、それを見たダドリー夫人に、婚約者が側近のことにまで口を出すべきではないと注意されたのだ。
「おそらくガレリア帝国の皇帝陛下は、王国の次の国王の人となりを見定めるために、レナート様が私に同行するのを許してくれたのだと思います。現在、王国の王位継承者は、エドワード殿下とセドリック殿下の、たった二人だけです。見極めるのもたやすいでしょう」
王国にくるまでのレナートは、エドワードについて質問してくることが多かった。
始めはマリアベルと婚約していたから気にしているのだろうかと思ったが、それならば、もっと前に聞いていたはずだ。
それに国王や、エドワードの従弟であるセドリックのこともよく聞かれた。
そうなれば、導き出される答えなど一つしかない。
マリアベルの言葉に、レナートは満足気に頷いた。
「その通りだ。さらに言えば、王国が愚王によって混乱するのであれば、さっさと奪ってこいと言われた。幸い、王族の血を引く姫が、俺の新たな婚約者となっているから今後についても何も問題はない。……だが、マリアベルに対する気持ちは、本物だ。それだけは信じてほしい」
レナートの真摯な瞳は、海のように青く深く、マリアベルに対する愛にあふれていた。
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