「お前を愛することはない」はずでしたが
「お前を愛することはない!」
そう宣言されたのは、四年前の事。御歳8歳の愛らしいチャールズ殿下からでした。
まあ当然と言うか、小さくて可愛いお姫様との恋を夢見るお年頃の殿下の前に「婚約者です」って現れたのが、殿下よりでっかくて地味な見た目の10歳の伯爵令嬢だったら、そう言いたくなるのもむべなるかな。
なんて理解できてしまう私は、元は日本のアラサー女子だった転生者。
そんなわけで、にっこり笑って
「じゃあ、殿下に結婚したい人が出来たら婚約を解消しましょう。それまでは私を婚約者にしてくださいね」
と、その場をまとめたのでした。
そして今、殿下に恋の噂が!
「いや、恋などしてないが」
「あんなにアプローチされてるのに!」
学園の王族用の一室で、私と殿下は昼食です。
婚約者同士の逢瀬というのに(護衛と侍従と給仕はいるけど)話題が他の女の事と、全く以て甘い雰囲気など無い。
「セイラのあれは、アプローチというより雛鳥が親に付いて歩くようなものだろう? 平民が、いきなり貴族ばかりの学園に放り込まれたのだから」
平民なので苗字は無いセイラ。
彼女は聖治癒力が確認された10歳の時から教会で生活していたのですが、研鑽の甲斐あって聖治癒力がどんどん伸びて、次期聖女と言われる実力となりました。
だけど、平民育ちの彼女には、歴史や地理や文化などの知識と教養がまるで無い。読み書きは食べ物の名前、計算はお店の買い物レベルまで。
これはまずいと言うわけで「12歳から15歳まで三年間みっちり勉強してこい!」と、セイラは特例として学園に入学が決まったのでした。
今年入学した愛らしい殿下の姿に心打ち抜かれた者は多いのですが、彼の周りを蝶々のように可愛らしい聖女候補が纏わりついているのに気づいて
「殿下、婚約者いるよね!」
「いや。その婚約者は気にしてなさそう」
「もう破綻してるとか?」
「じゃあ、こっちが真実の愛?!」
と噂されているわけです。
いやー、私にもセイラの様子は雛鳥には見えないんで……。どっからどう見てもアプローチ。まあ、婚約解消前提の婚約者の私には何も言えませんね。
まるでヤキモチみたいな事を言わないよう気をつけないと。
「今日の放課後は生徒会の集まりだったな」
「はい。新入生歓迎のダンスパーティーの打ち合わせなので新入生には仕事を担当させませんので、今回は上級生との軽い顔合わせと思ってください」
この学校の生徒会役員は、会長の指名制。(家の派閥とか配慮しないといけないから)
私も入学した時に誘われたけど、王子妃教育などで忙しいので、役職には就かずにただの手伝い要員にしてもらってます。イベントの裏方するの好きだ!
でも、殿下は真面目に生徒会に取り組む気らしい。
「優秀な人材を取りこぼさないように」
と、全生徒をチェックする気満々です。相変わらず真面目だな!
放課後、前世のスチール机とパイプ椅子とは段違いの豪華な生徒会室で二、三年生たちと待っていると、一年生の新生徒会役員五人が入ってきました。
先頭は殿下。次にぴったりと寄り添ってセイラ。
「怖ぁい。チャールズ様、セイラ、緊張しちゃいますぅ」
と、ちゃっかり殿下の隣の席をキープ。
これは前世で言うところの「あざとい」ってやつでは? いかん、姑根性みたくなってる。
今日の議題は、来週の新入生歓迎のダンスパーティーについて。
パーティーと言っても、制服で参加の、新入生と上級生の親睦目的のものです。
流れを説明して、二、三年生に役割を振り分けます。
「とにかく盛り上げたいので、役員は率先してダンスに誘って踊るようにしてくれ。壁の花がいないよう」
と言う会長に私が答えます。
「今年は大丈夫ですよ! 女子生徒が殿下に群がります! 絶対に盛り上がります!」
使えるものは婚約者でも使え!です。
皆も納得した時、
「私はアンとだけ踊りたいのだが……」
という殿下の言葉が雷のごとく生徒会室に落ちました。
何、ラブラブな婚約者同士みたいな事を言ってるんです! 皆も「あれ? 噂と違う?」という顔をしてますよ! 恥ずかしい!
「そっそれは却下です! 私としか踊らなかったら、殿下とのダンスにプレミアが付きますよ? パートナーの座をめぐって血で血を洗う争いになりますよ? 沢山の女性と踊って満足してもらってください!」
「……そういうものか?」
コクコクと頷く役員たちに、「知らなかった!」という表情になる殿下。殿下と御学友になれた人たちが、殿下と踊れるチャンスを手ぐすね引いて待っているんですよ……。
「今回は、三年生の女子と踊ってもらうのが良くないか?」
「そうだな。三年なら踊っても下級生が文句を言いにくいな」
「会場で殿下の近くの役員は、殿下がダンスを終わったらさりげなく次の三年生に誘導!」
「はい!」
本人を蚊帳の外にして、役員たちが着々と話をまとめていきます。休ませる気は無いみたいだぞ頑張れ殿下。
「あー、最後に、今年のダンスパーティーの予算はこのように。何とか例年並みに抑える事が出来ました。何か質問はありますか?」
「あのっ!」
セイラが手を挙げた。積極的でいい子である。
「この、楽団を頼むのを楽器ができる生徒にお願いしたら大分予算が浮くのでは? 貴族の方は楽器を演奏するのが嗜みだと聞きました」
「うーん、それだと演奏する生徒がダンスを楽しめなくなっちゃうよ?」
会長の返答に続いて、副会長も答えます。
「それに、楽器が出来ると言っても、人によって演奏できる曲は違うんだ。全員が演奏出来る曲となると、パーティーの間中同じ一曲を繰り返す事になるかもしれないよ」
一年生を除いた皆がドッと笑います。
……はい、貴族の嗜みとピアノを習ったものの、あまりの才能の無さに「こうなったら一曲だけマスターしましょう! 何かの時は、それを堂々と弾いてお茶を濁すのです!」と先生に言われた、レパートリーが一曲だけなヤツは私です……。
転生して、貴族で金持ちで魔法まで持ってて王子様の(暫定)婚約者だなんて、「我が人生に欠けた事なき!」と思ってたのに、音楽の才能だけは転生途中でどこかに落として来たみたいです……。
付き合いが長い学園の人たちには、私が一曲しか弾けない事がバレています……。
こらそこの二年生、一年生たちに教えるんじゃない! 一年生の目に同情が浮かんで、あたしゃ泣けそうだよ!
「アンのリズム感は独特だから……」
フォローにならないフォローをありがとう殿下!
「あー、確かにアンとダンスすると足がこんがらがります」
会長~~!
「貴族でも、楽器が弾けない人がいるんですねw」
なんかトゲを感じるぞセイラ。
私の尊い犠牲のおかげで、一年生との顔合わせは和気あいあいといい雰囲気に終わりましたとさ。ふんっ!
そしてダンスパーティーの日。
業者に美しく飾られた会場にプロの楽団の音楽が流れて、制服のままの生徒たちもテンションが上がってます。
最注目の新入生の殿下が、気軽に女子生徒にダンスを申し込んでくれる!と、女子たちは大興奮。我先に!と殿下に群がろうとするのを、生徒会役員がさりげなく殿下を誘導してスムーズに回しています。
私も、壁の花撲滅を目指して男子生徒をダンスに誘います。
「うわぁ、罰ゲーム来た!」
と言う冗談は無視しましょう。紳士はダンスで足を踏まれてなんぼです。多分。
私の足を上手く躱しながら踊れる殿下は貴重な存在だなぁと思いつつ、次に踊る犠牲者、いえパートナーを物色してたら、柱の陰でセイラが二人の男子生徒に絡まれているのを見つけました。
貴族の上級生二人、と言う事でセイラはかなりテンパっているみたいです。
大丈夫、そいつら小物だよ〜。可愛い女の子にウザ絡みしてるだけだよ〜。
なんて教えてもそれどころじゃ無いでしょうから、こっそり近づきます。
「やめてください!」
「やめなかったらどーすんの? 聖女様だから天罰与えんのかな?」
いやらしく揶揄う男子に、私が代わりに答えてあげましょう。
「私のピアノをエンドレスで聞かせる刑にしますわよ?」
声の主を見た男子たちが一気に顔色を無くします。
レパートリーが一曲しか無いのに弾くたびにリズムがメチャクチャだから、長時間聞かされた人は三半規管にダメージを受けるんだぞ。すごいだろう(泣)
怯えて、もごもごと謝罪の言葉を口にして去っていく男子生徒たち。
と、思ったら腹部に衝撃を受けた。
「ぐふっ!」
「すみません! あたし、アン様を誤解してました!」
「はい?」
いきなり私に縋りついて上目遣いで謝るセイラ。ううっ、可愛いけど話が見えません。
「教会に来る貴族って、こう、尊大と言うか、後ろから蹴り飛ばしたいヤツばっかりで」
「……ああ」
わかるけど、蹴り飛ばしたいんか。
「どうしたらこいつらの平民への認識が変わるんだろうって考えて、平民の私がチャールズ様と結婚したらどうだろうって。きっとチャールズ様の婚約者もあいつらみたいな貴族だろうからって思ってて」
「えええっ! そんな壮大な計画だったの!?」
てっきり殿下を好きになったのだとばかり……。それなら仕方ないと思ってたのに。
「すみません! アン様は私なんかよりずっと立派な方でした! きっとチャールズ様とこの国を良くしてくれると思います。今までの失礼な態度をお許しください!」
え? 身を引いちゃうの?
と思う間もなくセイラが走り去ってしまった。
……殿下と真実の愛は?
翌日、殿下と昼食を食べながら私は頭を抱えている。
「耐久ダンスパーティーも無事に終わったのに、何の問題がある? 私は体力の限り頑張ったぞ」
うん、えらいえらい。ってか、パーティーの名前が変わってない?
「問題は殿下の結婚相手ですよぉ。パーティーでお眼鏡に適った人がいなかったんですよね」
セイラはパーティーで女の子の友人が出来たと、殿下に纏わり付かなくなったそうだ。雛鳥が巣立った、と殿下は思ってる。
「いなかったな」
「いなかったか……」
『『 いなかったら、このまま結婚してもいいか 』』
私たちは黙って食後のお茶を飲む。
お互いにそんな事を思っているなんて知らずに。
6月6日にコミカライズが発売される『「お前を愛することはない」と言ったのは』の続編という、あからさまな宣伝の作品でした。
前作では名前の無かったキャラクターに、漫画担当のえぽしま先生が名前を付けてくれました!(「コミカライズって、名前を付けるところから?」と思ったに違いない……)
本のタイトルは、「異世界転生したからには、2度目の人生たくましく生きてやろうじゃない!アンソロジーコミック」です!
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2025年5月25日
日間総合ランキング 13位!
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