第44話 予想以上の修羅場
ここが正念場です!
Cランクに上がるための試験クエストを受けると同時に、依頼主であるヒライト家の頼みで“ログム山”に赴いた俺達。
何とかして目的の採取すべき植物である“キトサンフラワー”を見付けて採取するが、直後に「Dランク冒険者最後の壁のモンスター」とも渾名されている“フライングタイガー”から奇襲を受けてしまっていた。
「ウガアァァァ!」
「「「「クッ!」」」」
“フライングタイガー”の全長3メートルくらいはあるものの、やはり空を飛べるだけにそのスピードはかなり速かった。
翼を広げたらそれ以上はありそうなサイズだ。
飛行するモンスターとやり合った経験はあるものの、これは間違いなく過去最大だ。
「ガオッ!」
「あれは……?【風魔法LV.1】の『エアロショット』?」
「バウッ!」
「【風魔法LV.1】『エアロショット』!」
セリカは“フライングタイガー”の口から【風魔法LV.1】の『エアロショット』と言う空気弾を放ち、彼女も同じ魔法で応戦する。
それぞれがいる中間距離で弾け合う……。
「ガウッ!」
「な……」
(空気が弾けて一瞬止まった所を一気に……)
“フライングタイガー”は距離を詰め、鋭い鉤爪が付いたその右前脚をセリカに振り下ろす。
「ガアァッ!」
「ぐぅ!」
セリカは咄嗟にヘッドスライディングでその巨体の脇を通り抜けるように躱したが、頬に一筋の血が流れていた。
「【氷魔法LV.1】『フリーズショット』!」
「ガアァァ!」
ミレイユが【氷魔法LV.1】『フリーズショット』で氷漬けにして地面に釘付けにしようと試みる一撃を放つ。
すると“フライングタイガー”は地面に向けて口を開いて叫んだ。
ズン!ガン!
“フライングタイガー”が茶色いジェル状のモノを地面に当てると、瞬く間に岩壁ができ上り、撃たれた氷弾はぶつかるとその場で凍った。
「え、これって……?」
(【岩石魔法LV.1】の『ロックウォール』?本当に魔法が2種類も使えるの?)
「「オラアァァ!」」
「ゴッ?」
俺とクルスは武器を持って斬りかかる。
魔法が2種類も使える事に驚きながら、チャンスがあれば一気に倒すか弱らすかを狙っていた。
「ブアァ!」
「「ぐうぅ!」」
“フライングタイガー”は機敏な動きで躱して空に飛び上がり距離を取った。
翼もあるとは言え、図体に反して身のこなしが軽やかだ。
それと同時に俺達4人は一カ所に固まるように集まる。
「あの図体で高い機動力と短時間だけ跳べる飛行能力か……」
「今さっき出した魔法は【岩石魔法LV.1】の『ロックウォール』ですね。私の魔法を止めた上でトーマさんとクルスが斬りかかるところで飛んで距離を取るとは戦略的ですね」
「この間やり合った“フィッシャーナイト”みたいですね」
「少なくとも、私がやり合ったモンスターでは最強レベル。苦戦は必至です!」
「そうかもしれないな……」
俺達全員は改めて、“フライングタイガー”が「Dランク冒険者最後の壁のモンスター」とも言われるのは伊達じゃないと直感した。
正にこれが本当の意味で、「虎に翼」を体現したようなモンスターってわけだ。
パワーや機動力も高く、短時間ながら飛行可能、魔法2種類も使えるモンスターを前に、少なくとも下手なCランク冒険者が一人で挑むのは無謀であり、Dランクパーティーでやり合うにしても、倒す事も逃げる事も難しいと判断した。
(狙い目があるとすれば……)
「なぁ、皆……」
「ガアアァァ!」
「「「「……ッ!?」」」」
俺が何とか作戦を持ち掛けようとするも、“フライングタイガー”は後方に跳びながら躊躇もなく【風魔法LV.1】の『ウインドスライサー』を放ってきた。
風の刃を見て咄嗟に身体が動いてしまったため、俺とミレイユ、セリカとクルスにそれぞれ別れながら岩陰に隠れる状態となった。
「ハァハァ……2種類の魔法攻撃を仕掛ける上にフィジカルも強いモンスターって、想像していた以上に厄介なんですね」
「何か……魔法攻撃が使えるモンスターはその辺のより賢いって分かった気がしてきたよ」
俺はミレイユとそんなやり取りを交わしていた。
「“フライングタイガー”、確かに強いわね。個の強さで言えば、前にやり合った“フィッシャーナイト”以上なのは断言できる」
「あれほどのスペックを備えていれば、勝つ事も厳しいってのは分かりますね!かと言って、数秒でもアイツをどうやって止められる方法があるか……」
「脚を斬り裂いても、飛ぶ事ができるなら余り意味はないって事か……」
セリカとクルスはそんな話を交えてどうすべきか考えていた。
事実、“フライングタイガー”の総合的な戦闘能力は俺達から見ても相当なレベルであり、まともに攻撃を受けるか、工夫もない正攻法で挑むのは非常に危ないとそれぞれ危機感を抱き始めている。
「ミレイユ、あのさ……」
俺は近くにいるミレイユへ一言耳打ちする。
「クルス、私考えたんだけど……」
同じくセリカもクルスに何かを思いついて小声で軽く打ち合わせる。
そして……
ドドドン!
「ガアァ!?」
爆発音と共に煙りが巻き上がった。
クルスが持っている炸裂弾によるものだ。
同時に“フライングタイガー”は翼を羽ばたかせて煙を払い飛ばそうとしていた。
「ウオォォッ!」
「グオォォォ!?」
俺は【腕力強化】と【脚力強化】を使い、ミレイユをおんぶしながら“フライングタイガー”の背後に向かって駆け出す。
「【氷魔法LV.1】『フリーズショット』!」
「ギイィ!?」
ミレイユは杖をかざして【氷魔法LV.1】の『フリーズショット』を放ち、その狙いは“フライングタイガー”の翼を狙ったモノだった。
「ガアァ?」
(よし、翼は凍ったな!)
「【水魔法LV.2】『ツインズアクアカノン』!」
“フライングタイガー”の片翼を凍らせた後に、ミレイユは【水魔法LV.2】による強力な二つの圧縮された大きな水の弾丸をぶつける。
【水魔法LV.2】なだけに、威力と規模こそ更に強力である。
「ガアアァァ!」
一時は耐えるも、強力な水圧に気圧されて体勢を崩す“フライングタイガー”は地面に向かって落ちて、うつ伏せの状態で叩き付けられる。
「セリカ、まずは!」
「分かってるわ!」
セリカとクルスは状況を見計らって突っ込んでいく。
「【剣戟LV.2】『ゲイルスラスト』!」
「【剣戟LV.1】『隠座十字』!」
「ガババババアァ!」
セリカとクルスは同時に強烈な剣技を放って“フライングタイガー”に強烈なダメージを与えて見せた。
一発は腹に、もう一発は凍らせた翼に斬撃を浴びせる。
そしてその体躯は地面を滑る。
(【剣戟LV.1】&【ソードオブハート】!『斬鉄剣』!)
俺は自分が持てる強力な必殺技を放ちながら間合いを詰めていく。
これまでレア度Dのモンスターを仕留めてきた必殺の一撃だ。
決まれば勝てる……。
「ガアアアァァァ!」
「「「「……?!」」」」
“フライングタイガー”は後ろに飛び跳ね、狂ったように大小様々なサイズの岩の弾丸を口から放ってくる。
「ぐわ!」
「「「トーマさん!」」」
俺は振り下ろす直前の剣で捌くが、野球ボールほどのサイズなつぶて二発が左肩と左脇腹に当たった。
「ガアアアァァァ!」
(【岩石魔法LV.1】の『ロックバルカン』……)
「【氷魔法LV.1】『アイスフェンス』!」
「「【脚力強化】!」」
“フライングタイガー”は岩石を撃ちまくるが、ミレイユは【氷魔法】による防御、セリカとクルスは素早い動きで躱していく。
数秒すると氷は砕けるも、そこにミレイユの姿はなかった。
「【回復魔法LV.1】『ショートヒール』!」
「トーマさん、大丈夫ですか?」
「あぁ、今応急処置してみたけど、ぐっ!」
「……!?」
近くの岩陰に滑り込んだ俺は躱すのに必死だったクルスと居合わせて身を隠していた。
自分が使える【回復魔法】で受けた箇所を治そうとしたが、左腕や左脇腹に少しのズキズキした感覚が残っている辺り、完全な回復ができていない。
深く考えて作戦会議するほどの事を考えている暇はない。
「ミレイユ、大丈夫なの?」
「私は魔法で防御していたからね。セリカこそ大丈夫?」
「必死で躱しまくったから大丈……ウッ!」
一方、別の岩陰ではセリカとミレイユが隠れていた。
ミレイユは大きなダメージを受けていないが、セリカの右頬と左脚には一筋の血が流れ、左肩には痣が広がっていた。
左脇腹も抑えている事から、そこにも小さなつぶてのようなモノが当たった可能性がある。
恐らく完全に避け切れなかったのだろう。
「まさか【岩石魔法LV.1】の『ロックバルカン』まで使ってくるとは……」
「片方の翼を封じて飛行能力は半減させたけど、結構タフね」
「“オーガナイト”に近い頑強さも踏まえると、総合的な強さはあれ以上よね」
「本当にそれ。加えて魔法攻撃とか厄介でしょ……」
“オーガナイト”とはレア度Dモンスターであり、イバヤ遺跡で一度やり合ったが、凄まじい頑強さをベースに結構な強さだった。
セリカもその現場にいたので覚えており、それには及ばないものの、かつてない強敵とやり合っている現状に頭を抱え始めている。
セリカもミレイユも、“フライングタイガー”ほどの強敵とやり合った記憶はないのだろう。
そしてクルスや俺も……。
一方の“フライングタイガー”も片翼を潰され、セリカとクルスの斬撃を受けたのもあってか、警戒しつつも動く事なく唸り声を出しながら静観したような様子だった。
そして、その様相は手負いの猛獣……正にそれだった。
迂闊に攻め込むのは悪手の状況になってしまったと言っても過言ではない。
(想像以上に厄介だな。俺が今までやり合ったモンスターの中では出せる引き出しもかなり多くて知性的だ。)
「クルス、想像以上にキツイな」
「はい、“フライングタイガー”はレア度Dですけど、下手なCランク冒険者だって倒すくらいのモンスターですからね……。最も、僕も初めて遭遇しますけど」
「前にやりあった“フィッシャーナイト”が簡単に思えてきたぜ」
「【風魔法】と【岩石魔法】を使えるなんて、イメージしていた以上に手強いわね」
「本当ね!【風魔法】は応用力も高いから多彩さがあるし、【岩石魔法】は攻撃も防御も優れているから……。てかセリカも【風魔法】を習得しているじゃん!」
「あ、そうだった。ただ、その相手をどうやって攻略するかなのよ。片方の翼が使い物になってない状態だから空中戦はできないけど、厄介な事に変わりはない」
外傷用の回復アイテムで応急処置していたセリカとミレイユも困った様子だ。
俺もダメージを抱えており、クルスによる奇襲も難しいから手詰まりになった。
一時は撤退を考え、また別の案を何とか出せばいいかと言う考えも過った。
「トーマさん、一回ここから退散して態勢や装備を整え直して挑むのは……」
「それはできない。いや……、してしまいたくない」
「え……?」
クルスが撤退を進言してきたものの、俺はそれを拒んだ。
引きたくない理由があった。
回想—————
「そうか、本当にありがとう!君達は本物の冒険者達だ!感謝する!」
「“キトサンフラワー”を取りに戻って来られる事を、心よりお祈りします!」
クエストを依頼したヒライト家の現当主であるアスバン様とその妻であり、病状の身であるミクラ様の姿と言葉だった。
回想終了————
「今はCランクへの昇格がかかっている事よりも、ミクラ様を病気から回復させて、アスバン様とチェルシア様、そしてそれを望んでいる人達のためにも成し遂げたい気持ちの方が、正直デカいんだよな」
「俺もいくらか手負いだけど、まだ戦える!ここから撤退するのは、やれる限りの力を尽くしてからでも遅くはないよ!」
「トーマさん……。分かりました!不肖、クルス・ロッケル!僕も最後まで足掻きます!」
今はCランクに上がりたい気持ちよりも、病気を抱えながら俺達を信じてくれるミクラ様を救いたい。
そしてアスバン様とチェルシア様に笑顔を取り戻して欲しい。
それを伝えるとクルスも察したのか、腹を据えた表情をしていた。
「ミクラ様を必ず助ける!だから退かない!って、トーマさんなら言うはずよ!」
「そうよね。幸い今の私はまだ魔力も気力も充実してる!投げ出すには早過ぎるわ!」
「万策尽きるまでやってやるわよ!」
セリカとミレイユも同じ気持ちだった。
その時……。
「ガァオオオオオオオオ!」
「「「「来た!」」」」
“フライングタイガー”は走り飛ぶように俺達の前に現れ、【岩石魔法LV.1】の『ロックバルカン』を放ってきた。
俺達はそれを必死で躱すが、疲労の色も見えてきた。
応急処置を済ませた俺達だが、明確な突破口はまだ見付けられていない。
だけど、諦めない。
俺達の気持ちが一致している時だった。
ポォ……
俺の体内に、直感的に何かが宿ったような感覚を覚えた。
「面白かった!」
「続きが気になる、もっと読みたい!」
「目が離せない!」
と思ったら、作品への応援をお願い申し上げます。