84.忘れた頃にそれは顔を出す
「さて、ホムラのステータス、拝ませてもらおうかな?」
ボス部屋から次の層へ移動する間にある転移ポイント。中は電球色というのか少しオレンジがかった優しい光で明るくホッとする。
だがしかしやたら楽しそうな三人にこれから色々赤裸々にバレるかと思うと落ち着かない。
「ふふ、恥ずかしがらずにお姉さんに見せてごらんなさい」
「わかった。だがその前に『回復』」
オーガと戦ってさすがに無傷というわけには行かず、最後に回復しそこねた分三人のHPが微妙に減っているのが気になった。――取り敢えず回復して時間稼ぎをしたわけでは無い。
「きゃ、ん」
「うをぅ!」
「……っ!」
時間稼ぎをしたわけでは無いのだが。
【ファルの寵愛】を取得した時にレベル25の【神聖魔法】に出た『回復』をかけただけなのだが。
やたら色気のある三人の反応。それぞれ紅く染まった耳。
「ホムラ〜?」
「ホムラ君?」
「ホ・ム・ラ?」
「えーと、戦闘中にもかけていた回復だが……」
器用に頬を染めて青筋立てながら迫ってくる三人が怖い。
何があったのかと、慌てて【神聖魔法】の『回復』の記述を読む。レベル1で覚えていた『回復』には気力回復の効果も付随していた。同じ『回復』ならレベルが高い方で覚えた『回復』のほうが効果が高いだろうと説明を読まないまま使っていたわけだが。
『回復』・・・HPの回復、回復量はMIDによる。追加効果『精力回復』『催淫』
ただし、戦闘中は特殊な場合を除いて追加効果は『精力回復』のみとなる。
※【房中術】を持ち、愛を司る【ファルの寵愛】豊穣を司る【ドゥルの寵愛】夜の帳を司る【ヴェルナの寵愛】を持つ場合発現する。
膝から崩れる私。
特殊な場合ってなんだ!!!!
いや違う、そこじゃない。
どの辺がどう神聖なんだ?!
この効果ここに出るのこれ!
どこのラノベだ!!!
五体投地したい。
三人にかけちゃったし。
「『ディスペル』、すまん。『回復』の説明読んでなかった」
効くかどうか謎だが『ディスペル』を一応かけて、ステータスが見えるように仮面を外し隠蔽も解く。メニューの一時的にパーティーメンバーにステータスを開示する、にチェック。これはパーティーが解散された時点で開示が無効になる。
凄まじく気まずい。
以前、ワールドアナウンスでオプションで"異次元空間"を解除していると『催淫』などのちょっとアダルトな魔法にもかかる注意が流れていた。
解除しなければ『魅了』や『混乱』に差し替えられる、とも。完全に「使われる側」のつもりでいたのにまさか自分が使う側に回るとは。
「いや待て待て。一目見ただけでおかしいだろ称号」
「暫く見ない間に増えすぎだわ」
私のステータスを見た途端眉間のシワつき笑顔は消えて驚愕の表情に。話題が変わってよかった。
「レベル25の回復って完全に夜用だなおい」
すぐに戻されたっ!
「その前に神聖魔法に驚くべきでは?」
珍しいのかこれ?
「なんというか凄いわね」
「これだけでも突っ込みどころがありすぎっだろ」
「数が異常だし、称号の内容もおかしいわよね???」
「魔法も多くないかこれ」
はい、私も覚えきれない上にスキル上げが大変です。先ほどやらかしているので黙っておとなしくしている私。
「ちょっとこれは後にしたほうがいいね。予定の行程すませてからにしようか。」
「全部マッピングする羽目にならなければ余裕はあるわね」
宿泊は25層で一度、35層で一度の予定だ。25層から迷宮のワンフロアが段違いに広くなる上、ルートの分岐もここから始まる。ただ26層からはガラハドたちに地図があるので迷う心配なく最短で行ける。そのため時間が読めないのは今進んでいる25層までの浅い階層だ。
下へ行く階段が見つからずフロア全てを回るはめにならなければ余裕のある進行予定だ。
たぶん、私に合わせてくれたのだろう。
「そうだな発散させないと」
何を、とは聞かない、『ディスペル』無効か。すまぬすまぬ。
こうして私のステータス究明は後回しになった。
レベル25の回復は戦闘中でも禁止を言い渡されたが、もとよりそのつもりだ。封印、封印。
こう、忘れた頃に成人向けOKを思い出させてくるこの世界。油断ができない。
とりあえず薄いピタパンに肉と野菜を挟んでタレをかけた軽食をとって出発。
5層がオークで10層がオーク三匹だった。
20層はオーガ三匹だろうか、などと考えながら進む。
16層の敵は毒だ。
洞窟の苔や岩陰に隠れて十センチくらいのクラゲのような形状のキノコぽいものがあり、側を通ると時々胞子を撒き散らしてくる。
「うっかり踏むなよ。普通に吐き出すより強毒くらうぞ」
キノコっぽいものはシードルと言うそうだ。
出会う敵は飛び道具を使ってくるオークと魔法と回復を使うハイゴブリン、敵は見慣れた敵であるし、そう強くなってはいないと思うのだが足元を気にしながら戦うというのは神経を使う。
レオときたらいの一番に突っ込んで行って踏みまくりそうだな、などと考える。そつなく避けるのはペテロとお茶漬。
「敵が踏むように誘導するのも手なんだが、飛び道具持ちの敵は寄ってこねぇからな」
「敵に踏み潰して貰うと後も楽なんだ」
「なるほど」
地形的なものは敵も私たちも平等、しかし環境に特化したような敵が出てくると。今現在、間にシードルが見え隠れする離れた場所から飛び道具で仕掛けてきている。
【誘引】を使おうかと一瞬思ったが気配察知にかかる敵が一組だけでは無いので思いとどまった。
「近接職に優しくねぇな!」
そんなことを言いながらも器用にシードルを避け敵に走り寄るガラハドとイーグル。
そこに一切の遅滞もない。
耐性を試してみたくはあるがここはあれを目指して訓練すべきだろう。もっとも、今は"魔法使い"なのだが。狭い洞窟で三人近接は効率が悪い、足場が限られている今はなおさらだ。
カミラを見ればこちらも足元がヒールだというのに次に進む場所を見越したような位置取り。
『抗毒薬』は全員飲んでいるのだが、一度も食らっていない。ちょっとここで一人だけ食らうのは恥ずかしいのもある。踏まないよう、二メートル進んだら周り中シードルだらけで進めない! なんてことにならないよう慎重に位置取りしながら魔法を放つ。
『鬼の腰帯』をとりあえず色を白に変えて装備した。同じ色なのでぱっと見はそう変でもない、と思いたいが無理だ。だが背に腹はかえられぬ、自分ではそんなに見えないのでいいことにした。
おかげで当初のVIT不足不安は解消され、足止めの魔法を上げる切実な理由はなくなった。
「さっきのボスで都合よくVIT装備でたので、この先すぐに戦闘不能になることもないと思うから攻撃参加するか?」
遠距離で倒したほうが足場的に楽かと思い自己申告。
「25層くらいまでは余裕だから、仲間がいないと上げづらい魔法を今のうちに上げておいたら? 魔法もたくさん持ってたようだけれど、レベルが低いのもあったわよね?」
「そそ、そんくらいサービスさせろ」
「回復に回ってもらってるだけでもだいぶ効率よく進めてるんだ」
「でもあの回復は勘弁な」
ガラハドが剣を振るいながらウィンクしてくる。
「ありがとう。そしてあの回復のことは忘れてくれるとありがたい」
いやもう本当に。
ルートが分岐する25層から敵が段違いに強くなるそうだ。
あまり迷宮にこもっていないで外も巡ってレベルを上げてこいということだろうか。ところどころに採掘ポイントや採取ポイントが見えるのだが寄り道は我慢。時々通りすがりに採取するのみだ。マップにチェックしておいて後で来よう。
迷宮の変動はまだ恒久的な結界やらを設置できるプレイヤーはいないと思うし、攻略も始まったばかりだ。しばらく心配しなくてもいいハズ。
シードルに近づくと蔓のような数本の足を持つ魔物が孵って襲ってくるものが混じり始めた。この魔物はしかも動くたびに菌糸を飛ばしシードルを量産する。
「このシードル・シーってのは、弱ぇえけど早く倒さないと周り中キノコだらけだ」
孵ったこれはシードル・シーとシードルにシーが付く名前のようだ。
「時々、前のパーティーが放っておいたのか、足場どころか壁までびっしりなことがある。面倒でも倒すのがマナーだよ」
なるほど、後続に迷惑をかけてはいかんな。
ここは19層、マルチエリアで他のパーティーと遭遇可能なエリアだ。今、ここまで攻略している人はおらんと思うけど。大体マルチエリアはボス前のフロアに設定されている、プレイヤー同士助け合うなり回復薬の融通なりしろということだろうか。
三人は先輩冒険者らしく戦いながらも丁寧に迷宮を案内してくれる。例えガラハド達より強くなったとしても、こういうところはずっと敵わないと思う。
そんなわけでボスです。
20層のボスは『シードル・シー・ドルン』巨大な菌糸玉でした。
「火は増えるから厳禁よ」
「了解」
おっと、言われなかったら焼き払いたくなる外観、危ない。
糸をやめて杖二本装備。魔法チャージ。
ガラハドとイーグルに『ヘイスト』、私とカミラに『ヘイスト』。
「ありがとさん!」
「小さいの先だ」
ガラハドとイーグルが菌糸を断ち切りすでに戦闘を始めている。
菌糸の絡む中に繭玉のようなものが大小あり、どうやら小さなものを切り離してから大きなものにかからねばならないらしい。小さなものはそれぞれ異なる状態異常を撒き散らし、大きなものは強力な魔法を放ってくる。
武器保持が30になって3種類を装備できるようになったが、25の時に利き手で握っていないほうの武器の威力が多少上がったと思ったのも束の間、触れていない二本はまた威力を落とした。
威力が落ちすぎて二本装備のほうが使い勝手がいい。
【無詠唱】があるので二本必要ないのだが、慣れておかないと戦闘中の武器の切り替え、どの杖で魔法を使うかの切り替えがスムーズに出来ない。
気を抜くと浮いている杖で魔法を発動するつもりが握っている杖で魔法を放っている。三本も訓練しないといかん。
左斜め後ろに浮いている杖から『異常回復』をガラハドとイーグルにかける。
「しばらく放置されても死にゃしねぇよ」と言う二人に、訓練がてらだから気にするな、と答えメイン武器では攻撃魔法を放つ。
「『フロストフラワー』」
氷25の魔法。
雷みたいに強力なんだろうなーと思いつつ放ったそれはコレまた破格。
「派手だな!」
「ちょっとAランクの立場がないわ」
「まったくだ」
驚きはしても動きを止めることのない三人。
ふわふわと羽のような氷の結晶が花が咲いたようにあちこちに現れ、シードル・シー・ドルンを凍りつかせているのを見て、むしろ自分が動きを止めた。
そういえば私はファルと一番相性が良かったんだった。
すっかり忘れていたが。