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番外編② おっさんも若かった……。

 結局、その日ボブライムを見つけだすことは出来なかった。


 同じ罠を違う場所に仕掛けてはみたものの反応はない。

 すっかり警戒されてしまったようだ。


 夜も深まり、ヴォルフはなけなしの小銭を掴んで居酒屋を訪れた。

 安い酒が入ったグラスを握りしめ、カウンターに頬をのせる。

 干し烏賊を口に入れて、くだを巻いていた。


 視界に映ったのは、飼い幻獣(ねこ)の恨みがましい眼光だ。


「ヴォルフさんよ。あっちは3等級の魔鉱が食べたいっていったよな」


「……あん? そうだっけ?」


「なのに、なんであっちの前には小魚1匹しかないんにゃ?」


 白い毛が黒く染まるぐらいミケは憎悪に燃えていた。

 ヴォルフはがばっと起き上がる。

 赤い鼻をこすりあげた。


「うるさいぞ、タダ飯食らい。……稼ぎがなかったんだ。飯があるだけありがたく思えよ」


「うう……。魔鉱食べたいよ~。3等級とはいわねぇよ。5等級でもいいからよ」


 どんどん要望が低くなっていく。

 しまいには、その辺の道ばたに落ちている石でもいいとか言い出すかもしれない。

 それほど、財布と腹の事情が切迫していた。

 このままでは娘を救う前に、餓死してしまう。

 さすがのレミニアも、空腹に対応する強化はしなかったようだ。


 ぼそぼそと小魚を食べ始めた相棒を見ながら、ヴォルフも酒を呷る。


「くそ~。全部あのジャンって野郎のせいだ」


「お客さん、ジャンの知り合いかい?」


 声をかけてきたのは、店主だった。

 細いカクテルグラスを拭きながら、人懐っこい瞳をこちらに向けてくる。


 知り合いじゃないよ、と怒りを露わにした。


「はっはっはっは……。なるほど。お客さんもジャンの被害者ってわけだ。今日もでっかい花火が上がってたからねぇ」


「有名なのか、あいつ?」


「確か冬期も終わる頃だったかな。ふらっとテリネスに現れてね。それからこの街で冒険者稼業をしてる。察しの通りトラブルは絶えないよ」


「とっとと捕まればいいんだ、あんな迷惑なヤツ」


「それがさ。そうもいかないんだよね。あのジャンってここの御曹司だからさ」


 店主は拭き終わったグラスを天井につり下げる。

 すると、1本のボトルを差し出した。

 ラベルにワインアープという名前が書かれている。


 どこかで聞いたことがあると思っていた。

 ワインアープは葡萄や無花果などの果実酒を中心に酒を造っている大手の酒造メーカーだ。


「ジャンが壊した店とか家にはさ。ワインアープの社員がやってきて、元に戻してくれるんだよ。しかも、新築みたいに綺麗になるって噂さ。最近じゃ、壊してくれねぇかなあって、近くの教会にお祈りしに行く人もいるぐらいさ」


 ヴォルフは店主の話を半分聞き、残り半分を臭覚に振っていた。

 ボトルからは微かにだが、貴葡萄のいい匂いが漂ってくる。

 樽の木もいいものを使っているのだろう。

 良い酒であることは間違いない。

 とにかく空きっ腹に応えた。


 そのボトルを店主は引っ込める。

 後ろの棚に良い酒が消えていくのを見送ると、ヴォルフはがっくりと項垂れた。


「……葡萄畑で花でも摘んでりゃいいんだよ、あんなヤツ」


「なあ、ご主人様よ」


「なんだ、ミケ?」


「珍しく熱くなってるじゃにゃいか。善人面があんたの専売特許みたいなもんなのによ」


「善人面で詐欺でも働いているような言い方はやめろ。俺はあいつのせいで冷や酒を飲まされているのが気に食わないだけだ」


「ふーん……」


 ミケはジト目で主人を睨む。

 一方ヴォルフは、少ないお酒を少しずつ喉に流していった。


 つと店主が再び話題を振る。


「そういや、昔ジャンと似たようなヤツがいたよ。歳は若いが、威勢だけが取り柄の冒険者でね。よくこの街に入った魔獣と一緒に、家を吹き飛ばしてた」


「ふーん。なんて名前だ?」


「確か……ヴォルフ・ミッドレスとかいったかな」


「ぶぶっっっっっっっっっ!!」


 ヴォルフは盛大に酒を吹く。

 正面に立っていた店主は「お客さ~ん」と不快な表情を浮かべ、キッチンに置いていた台拭きで顔を拭った。


 す、すまん、とヴォルフは青い顔を伏せる。

 横でミケがくつくつと笑った。


「なるほど……。同族嫌悪ってことか」


「わ、若気の至りだよ。お前だってあるだろ、ミケ」


「あのジャンって野郎を見ると、昔の自分を思いだしてイヤになるんだにゃ?」


「うるせー。黙ってろ、タダ飯食らい」


 グラスを強く握る。

 酒を飲み直そうとしたが、空になっていた。


「くっそー。あの砲牛使い(カウボーイ)野郎。今度あった時覚えてろよ」


「今、向かいの店にいるんじゃないかな?」


 店のマスターは指をさす。

 窓の向こうに見えたのは、ここと同じようなバーだった。

 店先には、馬が繋がれている。

 鐙はついたままで、紅白のど派手な鞍もそのままだ。


 間違いない。

 あんな醜悪なセンスの持ち主、いくらストラバールが広くとも、この世に2人といないはずだ。


 カウンターに最後の銅貨を並べる。

 契約幻獣とともに、目の前のバーに踏み込んだ。

 先ほどまでの庶民的な居酒屋とは一転、ムーディーな音楽が流れ、胸と太股がぱっくり開いた服装をした娼婦たちが行き交っている。

 そんな中、店の一角で豪快な笑い声が聞こえた。


 ヴォルフの耳がピクピクと動く。

 間違いない。いや、忘れもしない。

 大股で背の低い間仕切りに踏み込んだ。


 金髪の砲牛使い(カウボーイ)がグラスを片手に陽気な声を上げていた。


 テーブルにはワインアープのワインが載っている。

 Dクラスのクエストを10回こなしたって到底買えないような高い酒だ。


 それを見た瞬間、普段温厚な冒険者は声を荒げた


「おまえぇぇぇぇええ! よく酒盛りなんてできるな。こっちは安酒をちびちび飲んでるってのによぉ!!」


「なんだ、貴様? 馴れ馴れしい!」


「忘れたのか。今日、お前に邪魔されたヴォルフ・ミッドレスだ!!」


「ヴォルフ・ミッドレス……」


 ジャンは唇を尖らせ、目を細めた。

 しばし睨み合うも、反応は芳しくない。


「知らん。誰だ、お前は?」


「く~~~~~ッッッ!!」


「ちょっとパパ。本気でいってるの? 昼間に会った冒険者でしょ」


 割って入ったのは、ジャンの娘シリルだった。

 こちらはまだお酒を飲める年齢ではないらしい。

 酒精が入っていない葡萄汁と、パンケーキが目の前に並べられていた。

 蜜と濃厚な牛油が光るケーキを見て、魔鉱しか興味がない【雷王(エレギル)】も、思わず喉を鳴らす。


「なんだ、シリル。お前の友達か? 駄目だぞ。友達はもっと選んだ方がいい」


「違うわよ。こんなおっさん、お金を出されたって付き合いたくないわ、パパ」


 相変わらず娘も娘だ。

 悪びれることなく、さらりと悪態を吐いた。


 切れる寸前まできていた(ヽヽヽヽ)ヴォルフは、一旦心を落ち着ける。


「親も親なら、娘も娘だ。口の利き方がなっていない。うちの娘はもっと賢いぞ。パパの事が大好きだし、他人もきちんと敬う。少なくとも赤の他人をおっさん呼ばわりするようなことはないぞ」


「You! 今、なんていった。我が愛娘に対する暴言は聞き捨てならんな」


 意味のわからない言葉を張り上げ、ジャンはソファーから立ち上がる。

 ヴォルフと鼻先を付け合わせ、睨み合った。


「別に暴言なんていってないぞ。親の教育がなっていないといっているんだ。そもそも娘とはいえ、こんな時間にこんないかがわしい店で飯なんて食って――」


「ここは私の店だ」


「パパのパパの店だけどね」


 シリルは葡萄汁をテーブルに置き、付け加える。


 ヴォルフはすかさず唾を飛ばした。


「身内の店なら何をしてもいいのか!」


「私と娘は一心同体だ。いついかなる時も側にいるのが、絶対だ。朝お祈りする時も、ご飯を食べる時も、勉強をする時も、夜就寝する時も。当然、私がお酒を飲む時も一緒にいるのだ」


「へ、へー。そ、それはうらや――。いいいいいや、俺は娘のトイレに行く時も一緒にいるぞ」


「ご主人、自分は一緒にいないからってダメージ受けすぎ」


 ミケはジト眼で睨む。


 しかし、思いの外ジャンには効果があったようだ。


「な! なんだと! 貴様、娘とトイレに行くのか! わ、わわわ……私は許してくれないのに」


「あ、当たり前でしょ!」


「ふふふ……。俺はまだ風呂も一緒に入っていたからな」


「な、なん……だと! お、お風呂だと……。シリル、どうかな? 今夜あたり、私たちも一緒に――」


「絶対イヤ!!」


「ふははは……。拒否られてるじゃないか。やはり、レミニアの方が奥ゆかしくて可愛いな」


「馬鹿者! シリルの方が可愛いに決まってるだろ! 月の女神のように黒い髪。夜の帳を纏ったような艶やかな褐色の肌。我らの絆を表す葡萄酒のように揺らぐ瞳。そして慎ましい胸! これほどの美がこの世にあるものか! いや! ない!」


「確かに……。シリルちゃんは、なかなか可愛い」


「ほう……。スライム程度の知能しかないと思っていたが、なかなかわかっているじゃないか、お前」


「笑止! だが、それは俺のレミニアを見たことがないからいえるのだ。抱きしめるとちょうど父親の腰にぐらいにくる小さな体躯。2粒の紫水晶の瞳。情熱的に燃えさかる赤髪。そして15とは思えないたわわに実った傍若無人の胸! 神さまが使わした天使レミニアをさしおいて、自分の娘が可愛いなど言語同断だ」


 ぐぬぬぬぬぬ……。


 火花を散らし続ける。

 もはや、永劫まで続くのではないかという父親2人の答弁は、シリルのある提案によって終わりを迎えた。


「だったら、どっちが先にボブライムを捕まえるか勝負して、勝った方の娘が可愛いってことでいいじゃない?」


「い、いいんじゃないか、ご主人」


 ミケも乗っかった。

 今は娘云々よりも、実益を得ることが重要だ。

 どんな方向にせよ、まずは主人に一稼ぎしてもらわなければ話にならない。


 …………。


 ヴォルフとジャンはしばし沈黙する。

 お互い言いたいことはあったが、このままでは平行線に終わる。


 やがて、こくりと首を縦に振った。


「いいだろう! その提案を乗ってやる」


「やめるなら今のうちだぞ、スライム顔の男よ」


「うるさい! 砲牛使い(カウボーイ)。シリルちゃんを悲しませたくなかったら、今から保険にでも入っておくんだな」


 こうしてどちらの娘が可愛いかを決めるため、男たちはボブライム捕獲に向かうのだった。


変態度でいうなら、ヴォルフの圧勝だと思いますが、それは……。

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