番外編① おっさんのライバルは口笛とともにやってくる
更新が空いてしまい申し訳ない。
予告した通り、番外編になります。
時間は少し巻き戻り、ヴォルフが王都に行く前のお話です。
彼の名前はボブライムという。
粘度のようなねちっとした液状の体躯。
鉛色をした外表。
そこにまるで子供が書いたような真円の目と、にやけた口が付いていた。
いわゆるスライムという種に相当するボブライムは、条件付きで無害指定されていながら、そのクラスはA級と判断されている。
理由は2つ。
まず魔獣の中で1、2を争う俊敏性を持つ点だ。
たとえ、Sクラスが強化補助を受けたとしても、まともな方法では対抗出来ない。
スライム種ゆえに、知能は皆無で先読みが不可能なのも、補足できない速度の一因にもなっている。
理由その2。
実は、これが1番厄介なのだが、魔力に反応すると、自分の一部を切り離し、爆薬に変えてしまうという習性を持つ。
故に魔法による攻撃は厳禁とされており、強化魔法などにも反応するため、補助を受けた手で触ると即座に爆発してしまうのだ。
聞いてのとおり、厄介なスライム種であり、街に張られた結界をすり抜け入り込んだボブライムを駆除する際、細心の注意が必要となる。
この物語は、不幸にもボブライムが入り込んでしまった街テリネスと、そのボブライムを捕まえようと不幸にも出会ってしまった2人の一児の父の話である。
◇◇◇◇◇
籠罠は捕獲トラップの中でポピュラーな部類に入る。
歴史は古く、起源は遙か先史時代にまで遡らなければならない。
そのため広くストラバールで使われてきた。
誘い出すための餌。
その上に立て木をひっかけた籠もしくは竹笊を用意する。
木には紐がくくられ、引っ張ると籠が落ちる仕組みになっていた。
使い方はとても簡単。
餌に寄ってきた獲物が籠の影に入った瞬間、紐を引っ張るだけだ。
誰でも使うことが可能で、老若男女――むろん引退した冒険者でも設置・使用することができる。
今、それが路地裏に鎮座していた。
人通り少ないとはいえ、往来のど真ん中だ。
否応なく人の視線を集める籠罠に擦り寄ってくるものがいた。
野良犬ですら近付こうとしない罠に、魔獣ボブライムが近づいてくる。
何の警戒心もなく、籠の下にあるキラキラしたものを目指し、這い寄ってきた。
やがて影に入った瞬間、立て木が抜け、籠が倒れる。
さらに1匹の猫が飛び出た。
にゃああああ、という勇ましいかけ声とともに籠の上に降り立つ。
そのまま重しになった。
通常の猫よりも一回り大きな白猫は、籠の中のボブライムを封じ込め、見事役割を果たす。
観念したのか、ボブライムは急に大人しくなった。
「やった!」
歓声を上げたのは、紐を握ったヴォルフ・ミッドレスだった。
思わず指を鳴らし、得意満面な笑みを浮かべる。
「どうだ、ミケ。簡単だったろう」
「まさかこんな原始的な罠にボブライムが引っかかるとは思わなかったにゃ」
「だろ? これでも昔は仲間内では【ボブライムハンター】の異名で通ってたんだぞ」
「え? ご主人様、さっき1回しか捕まえたことがないっていってなかったか?」
籠の上に寝そべりながら、ミケはジト目で睨んだ。
ヴォルフたちは今、鍛冶街ハイガルから西。
ちょうどレクセニル王都との中間にあるテリネスという街に来ていた。
エミリの忠告を聞き、王都を目指していたのだが、途中で路銀が尽きてしまった。
王都までまだ距離がある。
徒歩で向かうよりは、適当にクエストをこなして、お金を稼ぎ、馬車で移動することを選んだ2人は、テリネスに侵入した魔獣ボブライムを捕獲するクエストに挑戦していた。
実は、ヴォルフが冒険者だった頃、偶然にもボブライムを捕獲したことがある。
たまたまではなく、ボブライムに好物があることを、本人が気付いたからだ。
「まさか樹液とはにゃ」
罠設置の際に、付着してしまった樹液を、ミケはペロペロとなめる。
特に甘くもなく、幻獣の舌には苦く感じるのだが、ボブライムの大好物らしい。
それを罠に組み込み、今に至っているというわけだ。
さらにいえば、テリネスという街も有利に働いた。
この街はまだヴォルフが新人冒険者であった頃に、しばらくの間いた街だ。
少し通りの位置が変わっているが、昔と変わらない。
表通りから生活道路に至るまで熟知しているヴォルフにとって、知能の低いスライム種を罠に追い込むのは、造作もないことだった。
「ともかく、これで王都までの路銀が稼げるな」
「ご主人様……。1等級とはいわないにゃ。せめて3等級の魔鉱が食べたいにゃ」
ミケは異色の瞳を輝かせる。
優しき冒険者は、さっきまで文句ばかり垂れていた現金な相棒の頭を、くしゃくしゃと撫でた。
「仕方ねぇなあ」
「やったにゃー!」
ぴょんとジャンプしそうになったミケは、慌てて籠を抑える。
ここで晩飯のネタを逃しては、目も当てられない。
ヴォルフはとりあえず用意していた布袋を取り出す。
慎重に籠の中のボブライムを、袋に移し替える作業を始めた。
「ピューピュッピュ――――♪ ピューピュピュッピュピュピュ――♪」
どこからともかく口笛が聞こえてくる。
なんとも調子っぱずれな感じだが、どこか哀愁を漂うリズムだった。
蹄の音が近付いてくる。
ヴォルフたちだけではない。
側にいた往来にいる人間たちも、口笛と馬の嘶きに振り返った。
馬上にいたのは、男だった。
金髪のロン毛。
青い瞳。
白い肌と、鼻筋の通った長い鼻。
如何にも2枚目といった容貌だが、ヴォルフにはわかった。
この男がさして自分と年齢が変わらないことを。
その答えは、男の姿にあった。
鮮やかに染色された藍色のズボン。
平生地のパンでも切れそうな拍車がついた乗馬靴。
牛皮の分厚いベストに、やたらつばが上を向いた中折れ帽を被っている。
極めつけは、ど派手な赤いスカーフだ。
首に巻き、風にたなびいていた。
明らかにこの辺りでは浮いたファッションだ。
だが、それはヴォルフが冒険者を始めた頃、爆発的な人気を誇り、ほとんどの冒険者がしていた定番の服装だった。
もう今は見ないし、ヴォルフも着ない。
振り返ってみれば、なんでこんなダサい格好をしていたのだろう、と妙な罪悪感がこみ上げてくる。
なのに、馬上の男は臆面もなく前時代的ファッションを着こなし、ニヒルな笑みを浮かべていた。
己が時代だ、と意味不明な言葉をいわんばかりに、堂々としていた。
背中に背負った小型の大砲のような武器を取り出す。
これまた懐かしい武器だ。
砲牛といわれる超重武器で、携帯用の大砲である。
鉛玉を筒に詰め、魔力を込めることによって打ち出す武器。
魔力の伝播効率をあげる理由で、砲身の先端が牛の角のような形をしており、そのため【砲牛】といわれている。
故に、その使い手は【砲牛使い】と呼ばれていた。
その銃口をおもむろにヴォルフへと向ける。
「ヘイ! ボブライム!」
「は? 俺が!!」
「間違いない。その気の抜けた顔。やる気のない瞳。にやけた口元。手配書にある顔とそっくりだ!」
「ふ、ふざけんな、お前! 俺は人間だぞ」
「人間? ほう、そうか。人間に化けることもできるのか?」
「んなわけないだろ!! あんた、俺がボブライムを捕まえたから、適当なことをいって、かっさらおうとしてるんだろ!?」
「お前の悪行もこれまでだ、ボブライム。この街の治安のため、我が正義の砲撃を受けよ!」
「人の話を聞け!!」
抗議するのだが、男はまるで聞く耳を持たない。
その間も荒々しい動作で、砲牛に鉛玉を込めると、魔力を増幅させた。
再度、砲身をヴォルフに向ける。
「ちょ……。やめ――!」
男は躊躇なく引き金を引いた。
じゅっっっどおおおおぉぉぉぉぉぉぉおんんん……。
轟音がテリネスの街を貫く。
戦争かと思うぐらい大きな爆煙が立ちのぼる。
最中、男の哄笑が鳴り響いていた。
「ふはははははは! 正義は勝つのだぁあああああ!!」
「勝つのだじゃねぇ!!」
瓦礫の中からヴォルフの顔が飛び出す。
熱で縮れた頭の上に、真っ黒に煤けたミケの姿もあった。
「ほう……。さすがはAクラスの魔獣。なかなかにしぶといな」
「馬鹿野郎! 俺はボブライムでも魔獣でもないって何度いえば――」
「ちょっと! パパ!」
女の子の声が戦場と化した周囲に響く。
男とヴォルフは同時に振り返った。
立っていたのは、ダークエルフの少女だ。
前髪が一部だけ白くなった黒髪。
目の色は葡萄酒のように赤く、肌はダークエルフの特徴である褐色をしていた。
身体はまだまだ子供っぽく、レミニアと比べると背は少し高いが、胸の辺りのサイズでは圧勝している。
これまた目を引くのが衣装だ。
シックな黒のドレスを基本に、袖やスカートに白いフリルがついている。
そのファッションが、少女が持つ小悪魔的な魅力をさらに引き立たせていたが、この親にして子があるといった感じの派手な衣装だった。
「やあ、シリル。我が娘よ。今日も美しいね」
「はいはい。お世辞はいいから。あっちを見て!」
少女は持っていた傘で、明後日の方向を示す。
見れば、先ほどヴォルフが捕まえたボブライムが屋根伝いに逃げようとしていた。
「本物はあっち。こっちは人間」
父親に説明する。
どうやら、親と違って、子供の方は賢いらしい。
「これはただのおっさん。……全然可愛くないでしょ」
前言撤回。
再度、しつけからやり直すべきだと思った。
「OH……。シット! 偽物に騙されるとは、このジャン・ワインアープ。一生の不覚!」
人間と魔獣を見分けられないことが、一生の不覚なら、この男の人生に一体どれだけの“一生の不覚”があったのだろうか。
自らジャンと名乗った男は、馬の腹を蹴る。
大きく嘶くと、走り始めた。そこに娘も飛び乗る。
「じゃあね。冒険者さん!」
シリルは最低限の愛嬌を振りまき、父の背中に手を回した。
対しジャンは全く振り返ることなく、街中を馬で疾走する。
「な、なんだにゃ? あれは……」
「ひ、1つわかったことがある」
遠ざかっていく蹄の音を聞きながら、ヴォルフの身体は怒りに震えていた。
「絶対あいつよりも早く! ボブライムを捕まえなければならないということだ!」
こうしてヴォルフ・ミッドレスとジャン・ワインアープの戦いの火蓋は切られたとかなんとか……。
ヴォルフがちょっと荒々しい感じですが、
作者の中では昔はやんちゃしてたけど、
徐々に丸くなって今のお節介なヴォルフになっていったというイメージがあります。
いつもの「絶対倒すマン」ヴォルフではなく、
少し人間味のあるヴォルフを楽しんでいただけたら幸いです。