49-港湾都市②
翌朝、蔵人は雪白を魔獣厩舎に預けた。
雪白も仕方ないといった様子でのしのしと魔獣厩舎に入ると、その瞬間からそこの主であるような顔をし、それでいて威張るわけでもなく悠然と厩舎の隅に丸くなった。
他の魔獣は雪白が入った瞬間から、そわそわと落ち着かず、それを見た門番は苦笑いを浮かべて蔵人を見るが、蔵人にはどうしようもない。
蔵人はさっさと街に入ることにして、門をくぐった。
途端に、門の外で感じたものよりも濃い海の匂いが、ゆるやかな風に運ばれて、蔵人の後ろに抜けていった。
「どこに行く気だい?」
街に入ってすぐのところで、昨夜は結局、雪白と飲み明かしたイライダが蔵人にいう。
「どこって、船着き場だ」
オスロンはサレハドと比べるのも馬鹿馬鹿しくなるほど、活気に満ちた街だった。
街は石造りの赤い三角屋根で揃えられ、街全体が緩やかな傾斜の扇状になっている。
門から入るとすぐに、帆船が見えてきたほどである。
街の方々に道が張り巡らされ、そこには木箱を浮かせて運ぶ人夫や商人、雑多な種が行き交い、どこからか威勢のいい声も聞こえてくる。
「そういや教えてなかったね。普通は協会が教えてくれるんだが……アンタは、まあ、仕方ないか。いいかい、基本的にハンターは街に寄ったらすぐに協会に行くんだよ。街を出る時も一緒さ。規則ってわけじゃないが、暗黙のルールだから覚えておくといい。まあ、あくまで、暗黙のルールだけどね」
蔵人は非常に面倒くさそうな顔をする。
イライダはその顔を見て、特別な問題はないと判断した。
実際、蔵人にも異論はない。いつかはいかないとな、とは思ってはいても、面倒だと先延ばしにしていた。
「アンタにはハンターの自覚ってもんがないのかい?まったく、ほらいくよ」
そういってイライダは蔵人の首根っこを捕まえると、ズルズル引きずるようにして協会に向かった。
それなりに荷物を背負っている蔵人を片手で引きずる辺り、さすが巨人種である。
「前にいたのはサレハド村、ですか。スタートもサレハド村……はい、少々お待ち下さい」
イライダに引きずられ、蔵人は協会の受付にいた。
タグを渡すとサレハドとは違いテキパキと手続きをしてくれる。サレハドはひどく動作が遅かった。蔵人の手続きの時だけだが。
オスロンの協会はサレハドとはまるで違った。
石造りの壁に、吹き抜けの広いロビー、酒場などはなく代わりにカフェがある。
早朝というほど早くもないが、協会のロビーには、いかにもハンター然とした者だけでなく、商人のような物腰の者や一般人まで、それなりに人の出入りがあった。
「サレハドはど田舎だったんだな」
横にいるイライダが苦笑する。
「こことサレハドを比べるな、ここもまた特別なんだよ。オスロンはエルロドリアナ最大の港だ、出入りする人や物が多いし、国の玄関という意識も働くからね。まあ、最前線ではないにしろ、サレハドが辺境の田舎だというのは否定できないけどね」
最前線というのは、魔獣の生息地を開拓している場所のことを指す。
なんの情報もない中で、切り開いた村を守りながら、危険性の高い魔獣を駆除していく。ほとんどが国策であるが、二〇〇年前に精霊魔法が発見されてなお、どこの最前線もわずかずつにしか進まないというのだから、この世界は相当に広く、過酷である。
「お待たせしました。仮登録が本登録となり、ランクは『九つ星』となっています。おめでとうございます。もう少しで『八つ星』となります。あとこちらは、オーフィア様からの伝言です」
蔵人は職員からタグと二つ折の葉紙を受け取った。
文字は少ない。蔵人は自分の後ろに並んでいる人がいないのを確認してから、その場でざっと目を通した。
【タグの補足事項を利用して伝言させていただきます。
狩猟記録は受注書と照らし合わせ、記録しています。特別規則の適用ではないので、仮登録を本登録に、それとランクを一つ上げることしかできず、申し訳ありません。
なので『八つ星』目前ということにしてあります。
実際、『八つ星』になっていてもおかしくない記録でしたので、特別待遇などではなく、むしろ協会の不手際でご不自由をお掛けし、心苦しく思っています。
ちなみに、ランクが高いほど入国審査が緩やかになり、その街でもすごしやすくなると思いますので、ランクを上げることをお勧めします。
それでは、女神の祝福が貴方にも訪れますよう、祈っております】
蔵人はふむ、と一つ思案してから職員に向き直る。
「この中で、ここの依頼に合うものがあるか?もしあるなら、受注書の写しをくれ。ああ、一覧にしてもらって構わない。その分の葉紙代もはねといてくれていい」
そういって、足元に置いていた荷物の袋を一つ、カウンターにどさりと置き、受け取ったばかりのタグも渡す。
「しょ、少々お待ち下さい」
さすがに面食らった職員は少しうろたえながら、カウンターから袋を受け取る。
もってみると想像したよりずっと重く、職員はさらに顔をひきつらせていた。
「アンタ、ありゃなんだい?いや、中身はだいたい予想がつくんだけどさ」
「サレハドからここに来るまでに、道すがら狩ってきた魔獣の牙、爪、嘴、皮、あとは草や花だな。珍しいところだと胆石みたいなのもあったな」
「サレハドからここまで狩りをして移動したっていうのも気になるんだけど、胆石?」
「ああ、丸くて、くすんだ銀色の塊だ。ちっちゃいがな。こんなもんだ」
そういって蔵人は親指の爪を見せて、胆石の大きさを示した。
「……命精石じゃないか」
イライダはそれを聞いてもポケッとしている蔵人を見て、呆れるほかない。
「ああ、いい。どうせ知らないんだろ。説明してやる。命精石っていうのは、魔獣から稀に取れる命精の殻みたいなもんさ。強力な魔獣はたいがい体内にこれがあるけど、絶対にあるわけでもない。だからそのへんのトラボックにあったとしてもおかしくはない。まあ、トラボックから出たなんて聞いたことはないけどね」
「へぇ」
「へぇって、はぁ、いいかい、命精石は精霊を保持しておくことができる精霊球や自律魔法の高級な魔法具の作成に使われるんだ。たとえ親指程だとしても、ちょっとした小金は転がり込むだろうね」
精霊球とはその中に精霊を招き入れ、定期的に魔力を与えることで精霊の持ち運びを可能にしたもので、以前に親魔獣が不覚をとった、雷精が保持されていた杖に仕込まれていたものであった。
性質的に怪物がまれに残す武具と似ているが、それよりも遥かに多くの精霊をもち運びできる。
「船賃になるか?」
「交渉次第だけど、なるだろうね。きっちり往復くらいはできるんじゃないか」
蔵人はそこでようやく嬉しそうにした。
「船賃って……アンタといると今まで会ってきたハンターっていうのがなんなのか分からなくなるね」
イライダの知るハンターは豪快で、酒好きで、獲物の金額には少しうるさい、そんな奴らだった。
「こちらが受注書の写しの一覧になります。どういたしますか」
蔵人は職員から渡された一覧に目を通す。
おそらく塩漬けになっている依頼の品もあったのだろう、奥のほうから責任者とおぼしき中年男性の視線がバシバシと蔵人に突き刺さっていた。
塩漬け依頼が残るのは何も依頼が難しいからというだけではない。報酬と難易度が釣り合っていなかったり、労力と時間がかかるものだったりと色々な要素が絡んで、塩漬け依頼になっていた。
もちろん協会も依頼を受ける前に依頼人にそれを教えるのだが、依頼人にもさまざまな理由があり、塩漬け依頼になりやすいのを承知で依頼を出すほかない、という事情もあった。
ゆえに蔵人が集めてきた素材は、協会のマイナス評価である塩漬け依頼を解消できるチャンスであり、奥の責任者も必死なのだろう。
イライダが蔵人のもつ写しを横からのぞく。
「……獲物だけ見るなら『七つ星』なんて超えて、『六つ星』に足を突っ込んでるじゃないか」
「まあ、雪白と一緒だからな」
「雪白はアンタの猟獣扱いになるから、アンタの手柄でいいんだよ。魔獣を従えてるハンターもいるしね」
「――あの、猟獣をお使いで?」
職員が雪白の名前に反応していった。
「ああ、いるが、何か問題があるか?」
「いえ、いまのところ任意なのですが、猟獣の登録もしてまして。トラブル防止や保持証明になります」
「……その魔獣が希少な種の場合、協会の情報からそれを知った馬鹿が、それをよこせと言ってきたりはしないのか。とくに貴族とかな」
ザウルの例もある。
「まず協会から情報が漏れることは、基本的にはありません。ただ、中央政府は情報を閲覧できますが、ハンターに対して強引な手段を取ることを禁止しています。もちろん協会もです。もし何者かがハンターの猟獣に手を出した場合、協会に登録してあればそれが証拠となって、罰せられます」
建前ではあるのだろうが、何もしないよりはマシということか。
自転車の防犯登録のようなものと考えればいいかもしれない。
ただ、この国で登録する必要はない。この国でイルニークを猟獣登録して、砂漠に行く前にトラブルに見舞われてはたまったものではなかった。
「考えておく。――この写し通りにしてくれていい。金はとりあえず全部、口座に入れてくれ」
「そうですか。では受注させていただきます。依頼に該当しない残った部位はどうしますか?」
「ああ、協会で買い取――」
「待ちな。アタシに見せてくれないか?」
適当に売り払おうとする蔵人をイライダが止めた。
奥の中年の責任者があからさまにがっかりした顔をする。
イライダは職員から渡された、トレーに乗った魔獣の部位をざっと見る。
「やっぱりか。まあ、命精石の依頼なんて、あるわけがないからね」
コロンと鈍く光る命精石を見て、イライダがいった。
「協会で売ってもぼられるわけじゃない。けど、アタシがいるんだ、それじゃあ意味がないだろ」
協会の奥でがっかりする中年の責任者に、命精石が見えるようにもち、してやったという顔をするイライダ。
それを見て、中年の責任者はさらにがっかりする。
中年男性の頭髪が若干あやしいのは、イライダのような海千山千とこういうやり取りをするからなんだろうなと、蔵人は人ごとのようにそれを眺めていた。
「あとは全部協会で買い取っていいよ」
イライダの言葉に蔵人は頷いた。
数日この街にいれば、依頼が入ってくる可能性はあるだろうが、何度も足を運ぶのも面倒だと蔵人はトレーを職員に渡した。
「それでは『八つ星』への昇格になります、おめでとうございます。報酬である一万二五〇〇ロドはご希望通り、全額入金いたしました」
「いま、そっちにいくらくらい入ってる?」
「はい……三万二千五百ロドとなっております」
どうもと一言礼を言って、蔵人は受付を離れた、
九〇日で、百二十五万円である。依頼のランクを考えるとこんなものなのだろう。
貯金は今回の稼ぎとマクシームの報酬の残り、サレハドで稼いだ分から、サレハドで買った食料や道具の代金を抜いた額になる。イライダと組んだ依頼以外は大した依頼でもなく、報酬は多くなかったので、貯金が増えることはなかった。
「『八つ星』か……次の『七つ星』が最初の壁だね」
「壁?」
「ああ、だいたい『八つ星』くらいまではいくんだよ。だけど『七つ星』からは中堅として扱われるから、第二級魔法の許可や協会が専売する魔法具なんかも買えるようになる。入国審査もゆるくなるしね。だけどそういうのを狙ってハンターになるような奴もいるから、『七つ星』で振るい落としがあるわけだ。まあ一般人と専業ハンターの境目が『七つ星』だね」
「へぇ、振るい落としってことは試験でもあるのか?」
「ああ、規定数以上の依頼をこなすのはもとより、最終試験として剥ぎ取りや草花の採取の方法、魔獣の知識、協会規則の暗記試験、面談なんかもある。なにより先導役をして、一人以上のハンターを『九つ星』まで引き上げなきゃいけない。協会がある程度、依頼を絞ってあてがうけどね。ハンターを育てました、失敗しましたじゃあ困るからね。人に余裕があるところだと、先導役に協会の試験官がついたり、先導役の先導役がついたりするね」
蔵人は今から億劫になってきた。
雪白をハンター登録できないかね、なんてことを割と真剣に考えていたりする。
「なんだい、そのだらしない顔は。まったく。ほら、まずはこの命精石を売りにいくよ」
蔵人はとりとめもない現実逃避を辞めて、イライダについていく。
「……協会で売ったらそれはいくらくらいなんだ?」
イライダはニッと笑う。
「この大きさだと二万ロドくらいだね」
たった親指の爪一個分で、九十日の稼ぎを軽く凌駕している。
「くっくっくっ、アンタもそんな目ができるなら、間違いなくハンターだね」
イライダは蔵人の目に、かすかではあるが欲望を察した。
「別に俺は無欲な人間じゃない」
「知ってるよ。しっかりアタシの胸を見てるからね」
「見られたくなきゃ、出すなよ」
「別に減るもんじゃないし、気にしてないさ。くっくっくっ」
蔵人は舌打ちをする。
「わかったわかった。イライダ姐さんは魅力的で、目が離せません、これでいいだろ。ほら早く売りにいくぞ」
「まったく、冗談の通じない男だね」
イライダはそう言いながら笑って、歩き出した。
イライダの知り合いだという商人に命精石をもっていくと、三万ロドで買い取ってくれた。
なんでも急に命精石が必要になった魔法具製作所があるとのことで、渡りに船だったそうだ。
「いいとこ、二万五千ロドかと思ってたんだけどね」
邸宅のような白亜の店を出るとそういってイライダは蔵人に三万ロドを渡す。
蔵人はそこから、五千ロドをイライダに差し出した。
「へぇ、意外とわかってるじゃないか」
だが、受け取りはしない。
「アタシが相手じゃなけりゃ、それで正解」
「いいから受け取ってくれ。儲けの一万ロドを山分けだ。ハンターはそういうもんだろ?」
「……アンタもいうようになったね」
ハンターは基本的にどんな役割を負っていようが、共同で狩りをした場合は均等に山分けされる。それゆえにトラブル防止のため暗黙のルールとして、パーティを組めるランクに制限があった。
イライダはサレハドで蔵人と組んだとき、ランク違いにも関わらず報酬は均等に分けたのだ。
それなら蔵人もそうするまで、である。
協会で売っていた場合の二万は蔵人の物。浮いた一万が儲けとなり、それを均等分けしたのだ。
イライダはしばらく蔵人を見ていたが、二本の指でそれを受け取った。
「次は船だね」
「ついてきてくれるのは色々ありがたいが、いいのか?」
「この国はサレハドで終わりさ。次は、決まってないからね、暇つぶしのつもりで付き合ってるだけさ、こうして儲けにもなったしね」
そういって指に挟んだ五千ロドを小さく振った。
砂漠のあるサウラン大陸行きの船は一隻しかなかった。
少し前にオスロンに到着し、これから帰る船だそうだ。
そもそも一般市民には観光をしに長距離を旅行するという余裕はほとんどない。
短距離ならともかく、長距離の船賃は高く、ハンターの移動、巡礼、商売、最近になってようやく裕福な市民が留学をするようになったくらいで、富裕層向けの豪華客船以外、人間を専門に運ぶことを商売とする船はなかった。
「一人、一万ロド。雪白も一万ロドでいいらしいけど、高いか?」
港にいた色黒の水夫と交渉した蔵人は、横にいたイライダにきく。
「まあ、妥当なところだね。金を出し渋って、寝ているときに海から捨てられたなんて、嘘か本当かわからないような話もきくからね……それよりもアタシはアンタがサウランの言葉を使えるのに驚いたよ」
蔵人は水夫に礼を言って、出発時間をきき、水夫と別れる。
「明日の朝か。――まあ、ちょっとな」
「何がちょっとだい、あの水夫の発音とほとんどかわらないじゃないか」
「たぶん、どこに行っても通じるさ。時間は腐るほどあったからな、勉強したんだ」
よもや日本から来た時に、多言語翻訳能力をもらったとはいえない。
「……まあ、いいんだけど」
イライダが意味ありげな目を向けてくる。
「なんだ」
「……アタシもサウランに行くから、しばらく通訳になってくれないか?いやね、巡国の義務では大陸を二つ以上渡らないといけないんだけど、大陸がかわると言葉がガラリとかわってね。まあ、ハンターなら普通はそれくらいはなんとするんだけど、サウランは通訳がいないとちょっと厳しくてね。あっちで雇ってもいんだけど、あんまり信用できないって聞くしね。まあ、地元のハンターだから仕方ないんだけどさ」
「突然だな。サウランじゃないとダメなのか?」
「――一度は行ってみたいじゃないか、うまい酒があるらしいんだよっ」
蔵人は呆れたように、一切の迷いなく言い放つイライダを見た。
イライダがサウランに行きたがるのは、なにも酒だけが理由ではないのは知っていた。
蔵人がサレハドで自分の悪評とともに小耳に挟んだのは、イライダが辺境を好んで回っているということだった。
基本的に巨人種は辺境の、ハンターの少ない土地に出向く傾向があり、イライダもそうらしい。
蔵人がサウランの水夫に話しかけたとき、つっけんどんだった水夫にハンターだといったら態度が随分と柔らかくなり、交渉もスムーズになり、すぐに責任者まで話を通してくれた。
サウランは一介の水夫が心配するほど、ハンターが不足しているようだ。
つまりそれをイライダも知っていて、蔵人を通訳として雇い、ハンターの少ない地で、ハンターをしたいということなんだろう。
「……駄目かい?」
イライダが窺うように蔵人をみる。
珍しくしおらしいイライダを見て、蔵人も断る気になれなくなる。
「……好きにしたらいい。どのみち、俺はサウランに行くし、ハンターとしてあっちでイライダに頼ることもあるかもしれない。というか今の今まで世話になりっぱなしだしな」
「本当かいっ!」
イライダの顔がパァと明るくなる。
「ならいくよっ」
イライダは蔵人の腕をとってずるずるとさっきの水夫のもとに行こうとする。
「わかったから、ひきずるな。おいっ、人の話をきけ」
結局、蔵人はそのままひきずられて、水夫の元に行き、交渉することになった。
イライダが高ランクのハンターだと知ると、蔵人と同じ待遇で快く了承してくれた。ランクで差別しないあたり、公平と思ってもいいのだろう。
「明日の早朝まで時間があるね。どこか行きたいところはないのかい?案内するよ」
今はまだ、昼と朝の中間あたり、といったところだ。
イライダは機嫌よく階段を上る。
「そうだな……トランクと笛、絵の道具を見てみたいな」
イライダは階段で立ち止まり、振り返る。
「……だめだ。ちょっと見直したかと思ったら、これだ。ハンターなら、武器、防具、魔法具だろう?トランクはともかく、笛と絵の道具なんていった奴は初めてだよ」
さきほどまで上機嫌だったのが、うそのようにジト目で見てくるイライダ。
「ああ、魔法具な。確かに、気になってたんだよな」
蔵人はイライダの背後に目をやる。
水夫がさまざまな荷物を浮かせて運んでいる。
「……あれは浮遊の魔法具だね」
「便利そうだな」
「ハンターはちょっと違うが、基本的に魔法具の管理は厳しいからね。どこの国にもありそうな同じような魔法具でも、ありとあらゆる魔法具には国の許可がいる。さらに魔法具自体が期限を越えると更新しなければ使えないようになってるのさ。許可された魔法具以外は国外への持ち出しは禁止だしね」
「厳重だな」
「原典じゃないにしろ、漏れていい技術じゃないからね。悪用されても事だ。ちなみに魔法具を利用して犯罪に手を染めようものなら、厳罰が待ってるから気をつけるんだね。まあ、それを防止するために、例えばあの浮遊の魔法具は地面からほんのわずかしか浮かないようになっていて、資格によって扱える重さも決まってるんだ」
「イライダは何か持ってるのか?」
「そんなあっけらかんと聞いて……はぁ」
「ああ、すまん。手の内だったな」
「そう。嫌がる奴もいるから基本的には聞かないほうがいいだろね。まあ、でもアタシは、基本的な障壁くらいしか持ってないよ」
そういってイライダは胸元からペンダントを引っ張り出した。
「アクセサリーじゃなかったんだな」
「はんっ、ハンターがアクセサリーなんかつけてどうする。それはともかく、トランクね」
「笛と絵の道具も、だ」
アタシゃそんな店知らないよとぶつぶつ言いながらも、イライダは歩き出した。
イライダはなんだかんだいいながら、トランク、そして笛、絵の道具が売っている店を案内してくれた。
トランクは革張りの頑丈な、背中にもくくりつけられるタイプのものを買ったが、これは完全に蔵人の趣味であった。
笛は蔵人の気にいるようなものがなく、絵の道具は鉛筆と筆、葉紙と布を少し買った。生活必需品ではないせいか値は張ったが、目が飛び出るような価格ではなかった。
あとは船旅に備え、食料や雑貨を買い込んだ程度である。
「アタシは宿に行くけど、アンタは外かい?」
「そうだな。そろそろ雪白が御機嫌斜めになるころだしな」
「お熱いことで」
冗談めかしていうイライダに、蔵人は提案した。
「……ちょっといいか?そんなに時間はとらせない」
これを機会に、蔵人はまず雪白のことをイライダに話すことにした。
船旅は長い上に、これからある程度一緒に過ごすのだから、話しておいたほうがいい。
だが、勇者のほうは、どうするか。
蔵人はいまだに迷っていた。