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守銭奴、迷宮に潜る  作者: きー子
第一部
12/25

12.魔女との探索は異常に捗る

 鉄の棒は存外に扱いやすかった。まず重いのがよい。手応えがしっかりとある。手の中にある存在感もいい。誰が木剣なんかで迷宮に挑むというのだろうか。全くそんな馬鹿がいるわけがないと思った。ばかじゃないの。


「ウィル、さま」

「うん」

「死にそうな、顔を、してます」

「傷がまだ癒えていないのかもしれない」


 そりゃゲルダに門前払いを食らわされかけるし、アルディさんに馬鹿笑いもされるわけだ。木とかマジクソ。鉄すごい。超すごい。もう錬鉄とかやろうかな。胡乱なことを考えながら青もぐらを撲殺する。一撃で頭をかち割ると脳天から血が噴水のように吹き出る。特に金にはならないが、露払いをしておくのは決して無駄ではない。


「そういえば、クロ。こいつらなんていうんだ」

「"鉤爪土竜"、です。鉤爪の、異様な発達からの名付け、だそうです」

「なるほどな」


 頷いて納得してから、ふと疑問に思う。歩きながらそれを口にする。


「じゃあさ」

「はい」

「こいつらの鉤爪は、その……なんだ? 鉤爪土竜の鉤爪っていうのか?」

「もちろん、です」

「なんだかものすごく釈然としない」

「そんなものです」


 クロの答えは淡々としたものであった。やはり名前だのなんだのは考えなくてもいいかもしれない。金目のものには違いないが、狩りの対象に過ぎないのだ。覚えるのも面倒くさい。それをしないためにもクロがいると思えば、気も楽だ。


 草原をかき分けながらも背後から執拗に追いかけてくるもぐらをまた打ち払わんとした、そのときだった。


「ウィル、さま。精気を、なしで。お願いできます?」

「さっきからそうしてる」


 柔い頭を狙えば全く問題なく一撃で粉砕できるので、精気をこめるのも勿体無い。出来るだけ消耗は押さえるべきである。俺自身の生命力はロハだと貧乏根性を存分に発揮していたのがよくなかった。奴らに感謝できるのは、その教訓を得られたことだけだった。


 クロはちょっと驚いたように髪の下で瞳をぱちくりと瞬かせている。ちょっと面白い。


「──で、は。最適量で、出来ます、か」

「一度だけなら」


 意図は掴めないが、何かをしようとしているのはわかった。いちいち問いただすより、まずはやらせてみるのがずっと話が早い。そういうわけで飛びかかってきたもぐらの頭を精気を乗せてぶん殴る。肉片を飛び散らして頭部がほとんど消し飛んだ。猟奇的だ。


 適量とはすなわち、精気の最大容量と勘案して長時間の探索に無理がなく、反動が身体に及ばない程度の使用量一回分である。木剣から鉄棒という頑丈な武器にシフトしたおかげで、精気の許容量もいくらか増している。そのぶん消耗も増えるわけだが、威力効率は高まっているだろうから問題ない。節約するならば精気のたかを絞るだけだ。


「これがどうかしたか」


 クロは魔物が吹き飛ぶ光景を見てもまるで慌てもしない。冷静に前を向いて観察し、時おり手元のちいさな羊皮紙に何かを書き付けている。覗きこんでみると、数式だった。ちょっと俺には理解できない内容である。


「ウィルさまの一撃、その威力を、おおまかに数値化します。魔物は、同種なら個体差がほとんどありませんから、むつかしくはないです」

「数値化──効率化するわけか」


 クロはこくりと頷いて、続ける。


「威力効率を、精気の有無で比較検討。おおよその魔物の部位別の防御力、装甲の質は、私の頭にあります、から。情報が蓄積すれば、戦闘時の最適効率を常に算出できると思います」

「こわい女だな」

「な、なにが、です?」

「俺が考えなくてもよくなりそうだ」


 思わず笑った。その手のプログラムは前世の前職でも手がけた覚えがあるが、つまるところ彼女はシステム側の担う全てをそのちいさな頭の中に叩きこんでいるようなものであった。"魔女"のあだ名に全く遜色ない、いや、はるかに凌駕するに値する言葉といってよかった。六対四の支払いなど恐れ多いほどである。


「きょ、恐縮、です」

「いいや、頼もしい」


 余計なことを考える必要がなくなれば、俺のほうは戦闘に集中できるというものだ。他に考えるべきことといえば、金勘定くらいか。金になる部位はなんとしても残すように勘案しながら戦いたい。


「いっそ探索ごとの長期的なリソース配分まで頼もうか」

「や、やります!」


 冗談のつもりだったのだが。安請け合いもいいところだと思った。ちょっとどころの負担ではないだろう。猛烈に罪悪感。いやあくまで今は短期契約中に過ぎんからね、などとなだめつつがんがん進んでいく。クロの歩みにも存外危なげなく、魔物の出現に慄いたりすることは全くない。当たり前か。魔物の生態を調査なんてしようとしたら、どう考えても実地でのフィールドワークを除いて他に手はない。


 新調した武器とクロの知識も相まって、狩りはすこぶる順調である。まずもって、一撃離脱で仕留めるためのおおよその精気量がわかるからこそ消耗量がはるかに少なく済む。今までそれと知らなかった弱点についての知見もあった。これをもってすれば数多くの魔物が精気を費やさずして打ち払うことが可能であるとも。つまり、露払いの大部分を労さずして行えるようになったのだ。これはかなり大きな進歩であるといえる。おかげで魔物の部位を回収する速度は格段に早まっている。これなら半々の割合でも十二分に黒が出るかもしれない。


 そして、なにより大きな利が別にあった。俺にとっては予期せぬ最上級の利点といってもよかった。


「ウィル、さま」

「おう」


 それは俺が"漆黒の牙獣"を打ちのめした時のことだった。クロの指揮いわく"漆黒の牙獣"の弱点は腹であり、爪の攻撃を誘い前足が上がったほんの一瞬、そのがら空きの腹を打ちのめせば消耗はほとんど必要としないという。事実、そうした。突きを放つでもなく前に出した得物に前足を伸ばすさまは、少しだけ猫に似ていた。間の抜けたヤツである。


「牙獣の腹毛は、良い値がつきます。寝具の他、織物にも重宝します、から」

「なんだと」


 眼の色を変えているのが自分でもわかった。俺はつくづく現金なやつだった。そう、クロは金になり得る部位についてもよくよく精通していたのだった。この一事をもってしても全く彼女と契約して正解であったと考えざるをえない。


「というか、こういう情報は最初から教えてもらいたいもんだ」

「無理に狙っての、怪我が、絶えないんです。誰もにできることでも、なし」


 そういうものなのだろうか。探索者ひとりが欲を掻いて死んだとして、それは大したことでもないような気がするのだが。俺があえなく死にかけたように。ともすれば街の経済を回すものとして、いればいるだけありがたいのかもしれないが。


 ともあれそのような調子で狩りを進めていると、あえなく袋が満杯になる。遠慮することなく戦利品の袋は半分ほどクロに持ってもらう。目一杯いこう。目一杯。


「重かったら俺が持つから。落とされても困る」

「お、おまかせ、あれ」


 ちいさな身体がちょっと傾いていた。担ぐでなく、背負ってもらうようにしたほうが懸命かもしれない。となると背負い袋が入り用だな。その時すでに共を組むことを考えはじめている俺がいた。まさに金に目が眩んでいると自己言及せざるをえない。


「──……と、出やがった」


 地下一階深層へと突き進むうち、不意に聞こえる地響きめいた音。葦原でいくらか音量は殺されているが、それでも土台を軋ませるほどの重量は隠しえない。視線を走らせる──先日、苦い思いをさせられた巨大な亀がそこにいた。


「"要塞亀"、ですね」


 要塞とは、確かに言い得て妙だ。堅固な鎧にもまさる城壁の如き甲羅に、矢の雨のごとく降り注ぐ棘の弾丸。一個の要塞を相手にしている気分になるには十分だろう。それを前にして、しかしクロにはまるで怯んだところがない。堂々と背筋を伸ばしてそこにある。


「ふつうでは、倒せない、です。魔術が、使えれば、別ですけど……」

「一応、力づくで抜けるが」

「びっくりしました」


 クロが向き直って真顔でいう。全然びっくりしているように見えなかった。目を剥いてもいない。にも関わらず落ち着きのないように身じろぎしておさげの髪をせわしなくいじり回している。独特過ぎる動揺にこっちが焦る。


「それはいいんだ。あまり消耗したくない。なんとかならないか」

「はい。ただでは、いきませんが。────引っこめさせられます、か」

「無問題」


 頷いて駆け出す。亀はいかにも鈍重にこちらへと向き直る。それよりも早く、鉄棒を振るう。"要塞亀"の頭に穂先をかすめるかのごとくして一閃──のろまのくせに、反応はいやに迅速である。得物は空を切り、その巨躯が甲羅の内側へと引っ込んでいく。


「で、どうするんだ」

「ウィル、さま。耳を、おまもりください」

「えっ」


 背後を向き直ると、クロが外套の内側からなにかを取り出していた。丸く、そして黒い。頂点から紐が伸びている。というか、どこからどう見ても導火線であった。つまり爆弾だ。クロはそれに手早く火をつけると、慣れた仕草で放り投げる。


 発破。


『キィ──────ン』


 弾けたのは火薬ではない。否、作動させたのは間違いなく火薬であろうが、吹き荒れたのは爆風では決してなかった。鳥の嘶きとも、蟲のさざめきともつかぬ、いやに甲高くけたたましい音色が周囲に響き渡る。それは広大な空間であるはずの広間内部をめちゃくちゃに反響し、しばらく鳴り止むことがなかった。無論、俺は言われた通りに耳を塞いでいる。その上ではっきりと聞こえたものだから、ちょっと尋常の代物ではない。


 ようやっと音が消えたかと思われたところで手を離しても、いまだ耳鳴りのような感覚が残っていた。もし周りに人がいたら大迷惑極まりないな、と思う。独占状態で本当によかった。


 そこで改まって"要塞亀"へと向き直る。"要塞亀"の五体は甲羅からあられもなくはみ出て目を剥き、ぴくりとも動かなかった。気絶しているのか。あるいは死んでいるかもしれない。歩み寄り、軽く鉄棒で一打する。反応は全くない。


「し、死んでる……」


 俺のさんざん苦労した奴が、得体のしれない爆弾でいともたやすく……。


「"要塞亀"は、高熱で蒸し焼きにしたり、冷気で誘い出したり、いろいろと、手はあります。ですけど、一番いいのは、音。甲羅の中からでも、音の反射で外の様子を察知するほど、ですから」


 クロの口から淡々とつむがれる処刑方法に頷きつつも、なるほどと得心がいく。"要塞亀"が甲羅に引っ込んだまま攻撃を続けていたのは、その聴力でこちらの所在を把握していたのだろう。そうと悟られぬためにかは定かではないが、追尾能力まで有していたのがなんともいやらしい。ともあれ、なんとも溜飲の下がる光景ではあった。


「となると、今の道具は高くつきそうだな……」

「いえ、その。手製、です」


 恥じらうように赤らんだ頬に掌をあてがう。恥じらうところがおかしいのではないかと思わないでもない。なんにしても、驚嘆に値する能力であった。魔術よりもいっそ摩訶不思議といえるのではないだろうか。


「となると。その素材になりそうなものも回収しておいたほうがいいわけだ」

「そう、ですね。でき、れば……」

「よしきた」


 そういうわけで、ろくに金にはなりそうもないがクロ自身が扱えそうなものもかき集めておくことにする。買い取ってもらうわけでもないので別の袋にわけ、これをクロに持っておいてもらえば重量問題はひとまず解決である。


 その調子のまま、ランプの火を二周分ほど続けていれば、いつもと同程度の滞在時間でありながら荷の重みは比べ物にならない程となった。なるべく高値の部位をよってもその戦果だから、全くもって文句はなかった。それで今日のうちはひとまず引き上げることにした。


 逆陽がゆるやかに傾き、真っ暗闇の迷宮の夜が訪れようとしている。入ったのは昼過ぎであったから、外もすっかり日が暮れているに違いない。


「夕飯はどうしたもんかな……」

「ウィル、さま」

「ああ」

「私、宿を取りたい、です」

「そういえばすっかり忘れてた」

「同じ宿が、いいと、おもいます」

「えっ」

「えっ?」


 お互いに向かい合う。疑問符が同時に浮かぶ。

 

「……取りあえず先にギルドに行こう」

「あ、はい」


 意見の相違をすみやかに妥協点で収束させつつ、出口への帰り路を行く。歩みながら、ふと思い出す。大方は順風満帆といっていい現状だったが、ひとつだけ懸念が残っていた。


 出口へと繋がる通路へ差しかかる。そこで今日はじめて目にする迷宮内での人影があった。男三人、女一人の四人組。それぞれが得物を手に手に万全といった様子で待ち構えており、浮かんだ表情は気楽なもの──警戒の色は微塵もない。


「よーお。ウィル。今日もご苦労様だなァ?」


 よくもタイミングを見計らえるものだと思う。まさか数時間もずっと待っているわけではないだろう。迷宮を見張る衛兵の誰かを買収しているのかもしれない。なにせ何人も並んでいるものだから、その情報源が誰かなど分かったものではない。ともあれ、考えても詮無いことではあった。先頭に立つ男、ドーソンを見やる。


「てめえの稼ぎと、金だ。綺麗さっぱり回収しにきてやったぜ」


 にやにやとした笑みを浮かべて、言い切ったものだった。思わずため息を吐く。いかにも疲れた風に。


 こちらの姿はといえば、一戦どころか全力で稼いできたようにしか思えないだろう大荷物。のみならず、あからさまに一人では戦えないような女連れ。武器はその手にあるものの、とても剣とはいえないような鉄の棒だけ。目をつけた人間が逃げも隠れずそんな格好をしているのだから、まさに鴨がネギを背負ってきたようなものか。


 どうやら懸念は晴れそうだ。こうまであからさまに誘っておいて、釣られてくれなければ演出した甲斐がまるでなくなってしまうからだった。


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