面倒は増えるものだ3
「うーん、そうだなぁ。あ、そういえば、ギルド証のチェーンを変えようと思ってたんだよな。パンタさんも加工してるんですか?」
聞いてみると、パンタさんはすっと胸元からタグを取り出した。いや実際谷間に入れられるんだなぁ。
「私は革紐にしただけよ。…あ」
ん? タグと一緒に指輪がぶら下がってる。慌てたように彼女は元の位置に押し込んだ。
「は? ちょっとそれ、どういう意味!?」
くわっとマイディーが身を乗り出す。パンタさんはそれをひらひらと手を振ってかわし、「あんたのは?」と話を振る。
「えー、後で話してよね。あたしのはねぇ、モウとお揃いなのよ!」
ちょっと顔を上げて見せてくれた。黒革のチョーカータイプだ。タグの上に小さなピンクのリボンがついている。
「あ、モウで思い出した。あれ、モウのタグつける場所変えたほうがいいよ。毛に埋もれて見えないんじゃあ、つけてる意味がないだろ」
俺が言うと、マイディーが「えー」と嫌そうな顔をした。
「タグに気づかれずに討伐されたらどうするんだよ」
「大丈夫よ。モウ有名だし」
「どこからその自信が出てるんだか知らないけど、俺は昨日初めて見たし、初めて聞いたよ。確かに一度見れば覚える容姿だけど、その一度で殺されたらどうするんだよ」
マイディーが小首を傾げる。
「従魔に手を出しちゃだめなのよ?」
「だから、従魔だととっさに判断できないって言ってるんだ。中型の魔物が顔を出すんだ。敵意があろうがなかろうが、とりあえず先制攻撃するやつはいるよ。あの状態じゃあ、『従魔とは気づかなかった』で正当防衛できちゃうぞ」
何しろもふもふだし、モウ自身に価値がありそうだ。もちろん従魔を狩ることはご法度だが、そういう言い訳ができてしまう。
「モウ強いし…」
「単体の強さはこの際どうでもいいんだよ。だいたい、昨日のだってさ、俺が貴族とかだったらモウは処刑されててもおかしくないんだぜ? あのとき俺は焚き火をしてた。もし俺が連れ去られたことで延焼したら、誰がどう責任取るんだ。あんたの言動がモウを守ることにつながるんだよ?」
後で気づいて見に行ったんだよ。幸い穴の中で燃やしていたおかげか、燃え広がったりはしていなかった。コクシンも流石にそこを気にかける余裕はなかったようだ。連れ去られたのが逆だったら、俺は呆然と見送るだけで動けなかったかもしれない。すぐさまダッシュしてくれたコクシンがスゴイのだ。
「あたしが、モウを守る…」
「はっきり従魔だと示すだけで、守れるんだよ。可愛さとかもふもふとかよりも、命守んないとね」
正直マイディーは苦手だ。でもモウには罪はない。と思うんだけど、どうなんだろう。あいつ、ある程度自分のやっていることを分かっている気もするんだけど。
「じゃあ、どうすればいいの?」
マイディーが聞いてくる。
「だから、タグをつける場所を変えろっつってんの。目立つよう、スカーフ巻くとか」
「可愛くないわ」
このやろう。かわいいは二の次だって言ってんだろうが。まぁそれはともかく他の従魔はどうしてんだろう。
「尻尾は?」
コクシンが提案してきた。
「うーん。できるなら前がいいね。パッと見てわかるように。耳、ピアスとか?」
腕輪でもいけそうだけど、モウがタグを見せるために足上げたら、攻撃態勢に取られかねない。
「痛いのは嫌よ」
マイディーがプルプルする。お前じゃなくて、ああ、お揃いにするためか。っていうか、魔力切れの感覚は好きなのに、実際傷つくのはだめなのか? わかんねぇなぁ。
「じゃあ、イヤーカフ」
「イヤーカフ?」
あれ、ないのかな。ノランドを見ると、少し思い出すような仕草をした。
「あれっすよね、耳を挟む感じの装飾品。一昔前に流行ったやつ。今はあまり出ないタイプっすね」
「えー、古いのは嫌よ」
顔をしかめるマイディーに、「馬鹿だなぁ」と笑ってみせる。
「流行は繰り返すんだよ。今度はあんたが流行の最先端になるんだよ」
「あ、あたしが?」
そわっとしてる。よしよし。
「もちろん、デザインは今風にする。可愛いのも作れるぞ。デザイナーだ。かっこいいな!」
紙とペンを取り出し渡してやる。これをやるから、ノランドたちの話には君がのってやってくれたまえ。
「イヤーカフって、どんなのよ?」
ええい、ノランド!
「えっと、こう耳があって、こうゆーので挟んで…」
絵が下手すぎる! 何だその悪夢に出てきそうな、ぐりぐりした線の人間の顔…。顔はいいんだ。は? マイディーの顔? うんうん、よく似てるな。そうじゃない、デザインを描け。止まるんじゃない。こっちを見るな。
「…こうこう、こうして、ここにギルド証嵌め込む。指輪の爪みたいので押さえとけば落ちないだろ。なんなら透かしてもいいし。ちゃらちゃら音するかもだけど、この辺でプラプラさせとくのも目立つしキレイだよな。可愛いのがいいなら、こう、花とか、こういうのとか。かっこいいのならこんな、剣にドラゴンとか…」
思いつくままに上に走り描きしていく。正直装飾品のデザインなんて、詳しくない。彼らの技術で出来るのかも知らない。ダサかろうがなんだろうが、俺は知らない。
「剣とかドラゴンは、紋章にそういうのがあるから、気を付けないといけないぞ」
コクシンが指摘してくれる。そういや、そんなものもあったね。パクリ放題とはいえ、流石に紋章似はまずいか。修学旅行で買ったことがある、観光地関係なく置いてある謎のキーホルダーっぽいのは消しておこう。
「まぁ、その辺はノランドさんたちが確認してよ」
「ふむふむ。ここがこうなって、トイザス、これはできそうか?」
「ここまで細いのは…やってみるが。それより、この曲線は折れたりしないのか?」
「強度が足りんか。金属自体考え直す必要がありそうだな。在庫あったか?」
「親父に発注しとこう。あと、この部分だが…」
…聞いてよ。
俺の落書きを手に、スキンヘッドとモヒカンが話し込んでいる。そこにマイディーが割り込んだ。
「色が足りないのよ。ピンクにしようよ」
「ピンクの金属はないっすよ」
「えー、ピンクがいい。リボン、リボン付けようよ。あと、キラキラしたの」
「いや、このデザインには…」
「あとねぇ、モウにはギルド証のこのプラプラするやつ。モウの耳は結構厚めだから、気をつけてね。あとあと、耳ピコピコするから、落ちないようにね!」
怒涛の注文に、2人して顔を寄せ合って「うむむ」と唸り声を上げ始めた。困っている感じではない。ならばこうしてはと検討を始めている。マイディーはさらに思いつくままに喋っている。そこにさらに酔い始めたパンタさんが、「あんたにはこんなデザインがお似合いよ」と茶々を入れ始めるが、紙に描かれているのはモウをデフォルメしたものだった。
「やだ、ちょーかわいいじゃん! パンタもっと描いて! もっと! あたしも横に…って、なんであたしそんなにちんちくりんなの!? もっと可愛いでしょ! あ、あんたはそんなに胸ないでしょうが! 盛り過ぎなのよ!」
まーたうるさくなってきた。2投目する前に、かーえろ。
「ということで、俺らはもう出ますね」
色々グダグダである。
ガバルさんはお酒に強いのか、変わらず楽しそうに飲んでいた。深々と俺たちに頭を下げる。
「ありがとうございました」
「いや、結局よくわかんないことになってるし」
「いえいえ、あそこまでやる気にさせてもらったんです。十分すぎます。お時間を頂けただけでも、お礼をするつもりでした。なにかお望みのものとかありますか?」
うーんと、首をひねる。
「まぁ、明日にでも店に伺いますよ」
今日はもう頭が働かない。
食堂から宿へと戻る道、チラチラとコクシンが見てきた。
「なに?」
「いや。ああいうのに付き合うとは思わなかったから。なにか意図があるのかと思ったんだが…」
首を傾げる。
「ああ。なにもないよ。ただ単に切り上げるタイミングがなかっただけ」
「そうなのか?」
「変に知り合いが増えたせいかなぁ。そろそろ旅に戻ろうか。ガバルさんとこで、食料ガッポリもらってさ」
「私はそれで構わないよ」
「ラダは?」
返事がない。というか、ラダがいねぇ…。コクシンと顔を見合わせる。声かけた? いやそっちがすると思って…。そっとお互い目をそらす。えー、あそこに戻るのぉ?
ラダは、狂乱の始まった食堂の中でぐーすか寝ていた。