トリモチとスライム
「へぇ。本当に何もない」
潰れた雪だるま状の建物、ドーム内に入って出た感想はこれだった。中に何もないせいか、外から見るより広く感じる。ちょっとした集会所くらいだろうか。出入り口以外に窓はなく、パンタさんがランプを掲げているが薄暗い。俺も手の上に明かりを出した。
「ここに祭壇があったと思うんだけどね」
ニルバ様が出入り口から一番奥にある、何かの名残を指さした。部屋は石畳で、そこだけ一段高くなっている。長方形の跡が残っていた。そこに祭壇があったのだろうか。
俺の隣にニルバ様、その後ろにネルギーさんとコクシン。あとのメンバーは部屋に散って警戒してくれている。
ちなみにラダは留守番だ。
「トリモチ?」
「うん。回復薬系はだいたい作っちゃっただろ。砂糖作ってもらおうかと思ったんだけど、香りで魔物寄ってこられると困るし、昨日使えそうなの見つけたからさ」
そう言いながら俺が取り出したのは、丸っこい芋だ。自然薯っぽい葉っぱを見つけたので掘り出してみたが、食用には向かなかった。ただし鑑定結果に、『ネバネバしていて罠に使ったりする』とあったので、トリモチ作れるんじゃね?と思ったわけだ。
「簡単に言えば、ネバネバしていて行動を阻害できるもの、かな。ほら、この間使ったキランカだと自爆しちゃうだろう?」
唐辛子爆弾は有効だが、人混みでは流石に使えない。量は調節し直したし、悪人には使っても良心傷まないけど、使い所が難しい。というわけで、もうちょっとマイルドそうなトリモチである。
首を傾げるラダに、コレコレこんな感じのものだと説明する。
「んー、作れそうだけど、まだ素材を思いつかない」
「そう思ってこれだよ」
腰の魔法鞄を外し、蓋を開け、ラダに差し出す。
「これを機に登録しちゃって」
ひくっとラダの表情が固まった。受け取ろうと反射的に差し出した手を、引っ込めようとしたところを鷲掴む。
「や、やだー!」
「ヤダヤダ言ってんじゃないよ。呪われたりしないって。ほら、俺たちとおそろいおそろい! 嬉しかろ?」
逃げようとしたラダをコクシンが背後から羽交い締めにする。
「な。ちょっとだけ、先っちょだけだって。いいだろ?」
俺はナイフを片手にラダを説得する。
「…なんだろうな、変なふうに感じるのは俺だけか?」
ネルギーさんの声が聞こえる。え、何想像してるんですか、やだー。
押し問答の末、ラダは魔法鞄に登録できた。指ちょっと切るだけなのに、大げさだなぁ。ほら、力尽きてないで腕を突っ込んでみたまえ。
「わ、わー!」
頭の中にリストが出てきたんだろう。ラダが目を白黒させている。
「薬草とか色々入ってるから、これで頑張って!」
「う、うん。やってみるー」
こわごわと自分の腰に鞄を付けるラダ。それを見届け、俺たちは遺跡へと足を向けた。
まず最初に、ということで、ニルバ様はドームに案内してくれた。珍しい建物の形状や、何に使われていたのかなどの考察を聞く。ほんとに好きなんだなぁ。ふんふんと頷きながら聞く俺に、嬉しそうに説明してくれる。
「じゃあ、このドームは魔法で作ったんですか」
「少なくとも、周りの家とは材質が違うね」
「土魔法…になるのかな?」
「それか、錬金術で特殊な石材を作っていたか。このドームだけ無事だからね。避難所の役割があったのか」
「丈夫な建物じゃないといけない、何かを作っていたか」
「そう! 例のものを考えるとね、違う見方が出てくるんだよね!」
話が弾む俺たちをよそに、コクシンがちょっと呆れているのがわかった。うん。この話題、もう3度目だね。別に誘導してるつもりはないんだけど、話題が戻るんだよね。
「しかし、広いとはいえあの大きなスライムがよく複数でいたものだな」
天井を見上げながら呟くコクシンにつられ、俺も上を見る。明かりが付いていたらしき跡があった。天井が高い。2階は物置だったのか、背を伸ばせないくらい狭かったらしい。俺なら問題ないだろうなと笑うネルギーさんの足を踏んでおく。
「スライムは共食いをしないようだな。部屋にみちっと詰まっているのはなかなか壮観だった」
カタンスさんが笑った。最初の奴らが倒されたことで他のが地下の部屋に逃げ、みっちり詰まっていたらしい。それぞれが魔法放ったり弾けたりで、なかなか大変だったようだ。
その地下の部屋も覗いてみる。地下故かひんやりしていた。掘ったそのままなのか、壁も床も土がむき出しだ。ここにも何もない。いや、いた。
「スライムだ」
ほんとこいつらどこにでもいるな。
スライムは俺たちに気づき、ぷるんと揺れた。が、逃げようとはしていない。
ちゃっとネルギーさんが剣を構える。
「あれも、倒すの?」
ちらっとネルギーさんはニルバ様を見た。ニルバ様は少し考えてから「放置で」と言った。ネルギーさんが剣を収める。コクシンが俺の腕を引いた。
「鑑定してみた?」
耳のそばでの囁きに首を横に振る。してみた方がいい?
『スライム
どこにでもいる掃除屋。弱小とはいえ、不用意に近づくと溶かされるので注意。取り込むものによりスキルを得、それにより体色を変える。
現在魔力を吸収中で動かない。』
「…わお」
これ知ってていい情報なのかね。
コクシンが突付いてくる。
「あのスライムがいる辺り、何かあるのかな」
とりあえず、話題を振ってみよう。
「ああ。そういえば、クエンが魔力が濃い場所があるって言ってた、そこじゃないか」
ネルギーさんが首を傾げる。
「軽く掘ってみたけど、特に何もなかったぞ?」
なるほど。それであそこだけ土の色が違うのか。
『魔力豊富な土
地中に魔力が漏れている何かが埋まっている。人工的な魔力は美味しくない』
「うはぁ…」
違うよ、そこ読みたかったわけじゃないよ。ちょっとスライムから視線逸れただけだよ。美味しくないって、誰目線のコメントだよ。
「レイト?」
変な声を上げる俺を、コクシンが覗き込んでくる。ヤバイの見ちゃったよ~と目で訴えると、連れションと称して俺を外に連れ出してくれた。しかし、トイレくらい1人で行けんのかと思われてそうだな。この場合、どっちがそう思われるんだろう。
「あそこ、なにか埋まってるっぽいよ」
「? 掘ったと言っていたが、もっと深いってことか?」
「多分。そんであのスライムは、それから漏れてる魔力を吸収中らしい」
「あれも進化するのか?」
「そこまではわかんないけど…」
あの進化したスライムは、同時期に進化したのだろうか。それともあれが最大値で、順番に大きくなったのだろうか。進化待ちしてたスライムなんだろうか。
「とりあえず、戻って掘ってみるよう進言するか」
コクシンに促され、ドーム内に戻る。
「なんて言うのさ?」
「…案外、レイトが掘ってみたいと言えばすんなり通るんじゃないかな」
そんなバカな。
「じゃあ、掘ってみようか」
そんなバナナ。
ニルバ様がなんで入れているのかわからないスコップを魔法鞄から取り出す。随分使い込んだ感のあるスコップだ。あ、掘ります掘ります。
「スライムくん、ちょっと退いてくれんかね」
スライムを棒切れで突く。ぐにっと体を歪めて避けていたが、しつこい突きに「もう、なんなのよ!」とばかりに、ぴょいっとひと跳ねしてからズリズリ部屋の奥へと動いた。進化してないのはかわいいなぁ。
では掘ってみよう。