朝から風呂に入れる幸せ
「ふふんふふんふんふん♪」
鼻歌交じりに湯に浸かる俺を、俺たち以外が不思議そうに見ていた。
風呂に入りたいという俺の要望には、盛大に首を傾げられた。これこれと説明し、暗いといざというとき対応できないからと、朝ならOKとなった。
ということで、夜間警備明けの朝風呂である。
「ごきげんだな。そんなにいいもんか?」
ネルギーさんが面白そうに言う。
もちろん俺はみんなに勧めた。雇い主から入るべきだと思ったが、ニルバ様はさして興味を示さなかった。ネルギーさんたちも、湯に浸かるということに懐疑的だ。まぁ人前で裸にもなるし、無理強いはしない。
「こればっかりは入らないとわからないよ」
隣でコクシンが濡れた髪を掻き上げた。朝から目に毒なその後ろでラダが縁に顎をかけ「ふにゃー」とかふやけている。手間なので3人一緒に入ることにしたのだが、流石に狭いな。
すぐにのぼせるラダが1番に上がる。体を拭くためにそばに置いていた布を手繰り寄せ、ササッと腰に巻いてテントへと駆け込む。続いてコクシンが立ち上がった。いや、だから隠せっつってんだ。そのまま上がろうとする彼に布を放り投げ、俺は再び湯の中に戻る。
「お前はまだ入ってるのか?」
風呂桶のそばでネルギーさんが呆れたように言った。
「あ、ごめん。片付けたほうがいい?」
「いや、構わないが…」
俺たち以外は朝食の準備をしたりしている。みんなが動いている中で風呂を堪能するのは心苦しいが、せっかくだからもうちょっと入っていたい。
着替えてきたラダとコクシンが準備の輪に入る。それをぼーっと眺めている俺。ニルバ様が寛大な人で良かった。
「そういえば、ネルギーさん。聞きたいことがあったんだけど」
「なんだ?」
「パーティー名って付いてるの?」
いつも〇〇さんたちって呼んでて、気になってたんだよね。確か紹介されたときには、聞かなかったと思うけど。まぁ俺たちにも名前はない。いずれ付けないといけないのかな。
ネルギーさんは、なぜかぎしりと固まった。なんだろう。
「ま、まぁいいじゃねーか、そんなの。お、そろそろ飯だな。お前もいい加減出ろよ」
あからさまに逃げていったんだけど。なに、すごい気になるじゃん。厨二病的な名前でもついてんのかな。後で誰かに聞いてみよう。
さておき、そろそろ出よう。あ、ニルバ様が来た。
「入ってみますか? ちゃんとお湯は替えますよ?」
「いや。遠慮しておくよ」
気持ちいいのに。
コクシンとラダもやって来た。
「ご飯だよ」
ラダの言葉に頷く。立ち上がり、しばし外の3人と見つめ合う。いや、出るところを凝視されても困るんですけど。とりあえず栓を抜く。みんなして、なんとなくお湯が流れている先を見やった。
「なるほど。このための溝か」
ニルバ様が頷く。
「あ、スライム」
コクシンの言葉に緊張が走った。が、視線の先にいるのはゴミ捨て場にいる小さいスライムだ。どこからともなく出てきたそれが、ひょこひょこと飛び跳ね、溝を流れる湯に興味を示した。
「「「あ」」」
身を乗り出したスライムが、お湯に落ちた。そのまま水流に乗って、森の方へと流されていく。
「あれ、スライムって泳げないっけ?」
思わず呟くと、3人は首を傾げた。どうでもいいか。そんなに水量ないし、行き着いた先でえらい目にあったと逃れるだろう。
あまりの布で桶に残ったお湯を拭い、俺はちゃんと腰に巻いてから出る。樽はしばらく出しっぱなしでいいだろう。
「着替えてくるから。先に食べてもらってて」
コクシンにそう言ってテントへと急ぐ。おおらかな人たちとはいえ、待たせる訳にはいかない。案の定、みんな俺が戻るのを待っていてくれた。申し訳ない。
「さて、今日の予定だけど。昨日と変わらずってことでいいかな?」
朝食のサンドイッチを頬張りつつ、ニルバ様が切り出す。日が経つに連れて素食になる予定だったが、ニルバ様が在庫を出してくれているので質は落ちていない。自分で料理はしないけど、パンと肉とスープだけはたくさんあるらしい。ちなみに肉はスーベラガ用だけど、俺たちが狩って来るので余裕がある。
昨日の調査では、特に目立ったものは見つからなかったようだ。逆に何も見つからないことが、報告すべきことと言える。事前にあると聞いていた祭壇が見当たらなかったのだ。土台らしきものはあったので、スライムに食われてしまったのだろうということだった。
2階も地下もガランとしていたそうだ。
「もし余裕があれば、この近くにあるというもう2つも見てみたいんだけど」
ニルバ様の言葉に御者さんがちょっと反応する。
「それはおすすめしないね。そっちは放置されているんだろう? もしここと同じ状態だとしたら、手強いのがいるってことになる。俺たちだけじゃあ対処できない」
ネルギーさんが首を横に振る。ニルバ様も危険は承知していたのだろう。頷いた。
「分かった。ギルド各所に報告して、対応してもらおう。村から離れているとはいえ、何かあってからじゃ困るしね」
結局スライムが進化してしまった原因は分からなかった。何しろなにもないからね。
ただ昔から強い魔力のこもった何かがあった、もしくはいたなら、来ていた人たちが気づいたはずだ。
「じゃあ、今日は崩れた建物を見てみようと思う。運良く残っているものがあるかもしれないからね」
ニルバ様の言葉にみなが頷いた。
朝食が済み、各自各々動き始める。すすっとコクシンが寄ってきた。
「鑑定でなにか分かるんじゃないのか?」
小声で聞かれ、俺も小声で返す。
「だとしてもなんて言うんだよ。鑑定は隠しとけってコクシンも言ったじゃんか」
「そうだけど。知りたくないのか?」
「自分の身を危険にさらしてまでは知りたくないよ」
逆に言えば、俺が知ることでニルバ様たちを危険から遠ざけることができるかもしれない。だがその後の面倒事はゴメンだ。好奇心は猫をも殺すっていうし。
「レイト」
呼びかけてきたのはネルギーさんだ。テント内を片付けていた手を止めて、振り向く。
「あ、寝るのか」
「うん? 大丈夫だよ?」
昨晩は戦闘がなかったから。
いや、と言いかけ、ネルギーさんが声を潜めた。
「昼に戻ってくるから、調査に混じらないか?」
「何か気になるものでも?」
「そっちじゃなくてな」
言いづらそうに頭をガシガシと掻く。
「あの人の話し相手、してくれねぇかと思って」
ちらりとニルバ様を見やる。ニルバ様は御者さんとなにかにこやかに喋っていた。
「いや、護衛なんだから話に混じらずとも問題はないんだが、あの人度々意見を求めてきてなぁ。危険もなさそうだし、どうだ?」
「まぁ、俺はいいけど」
側にいた2人を見た。コクシンは頷き、ラダは首を振った。裏切られた!とばかりに、ラダがコクシンの方を見る。コクシンは小首を傾げた。
「んじゃあ、ラダは留守番な」
ガーン!という顔で、今度は俺を見る。いつもなら「やだー」が出るのに、今日は出ない。あの進化スライムがよっぽど怖かったんだろう。
「じゃ、昼から2人参加ってことで。報告してくるわ。おやすみ」
「おやすみなさーい」
手を振ってネルギーさんが戻っていくのを見送り、俺たちはテントに潜り込む。横になった途端、ストンと睡魔が襲ってきた。やはり風呂はいい。