魚を釣ろう
今日の依頼は『トラントフィッシュの鱗』。鱗だけなの?って思ったけど、身は人気がないんだって。食べれなくはないそうだから、ぜひともお試ししたいところだ。
湖があるということで、出てくる魔物も採取できるものもだいぶ違っていた。ここの冒険者ギルドは今のところ健全そうだ。ただ哀れみの目で見られたのは釈然としない。ギルドで買った魔法鞄だよ!と言ってやろうとしたが止めた。まぁ余計なのが寄ってこなくなるのはいいことだし。っていうか、噂どこまで広がってんの!?
「ねぇねぇ、本当にこれで釣れるの?」
ラダが華奢な釣り竿をひゅんひゅんさせながら言う。今日は危険のない依頼を受けようということで、ラダも一緒に来ている。街側なら魔物の心配もないし、湖の近くには薬草も生えていそうだし、暇にはならないだろう。
「職員さんはそう言ってたけど」
言いたいことはわかる。ギルドから借りてきた竿だが、竹っぽいしなる細い棒に糸が結わえ付けられているだけだ。あ、釣り針もちゃんとついている。餌はミミズで現地調達しろとのこと。トラントフィッシュって一応魔物のはずなんだけど。
「おぉ~大きいね!」
「ああ。私もここまでのものとは思わなかった」
トコトコと街を通り抜けると湖が広がっていた。たしかに大きい。向こう岸が見えないくらいだ。風で少し波が立っている。ところどころ島が浮いていた。
「ふぅん。あれがレレカタートルかぁ」
あの浮いている島一つ一つが、亀の魔物なのだそうだ。日毎にいる場所が違うので、島で自分の位置を測るのは危険だとギルドで読んだ本に書いてあった。
じっと見ても動いているようには見えないし、首とかも見当たらないんだけど。乗れたりするのかな。大人しいか狂暴かは書いてなかったな。
あ、そういえば鑑定があったな。
…出ない。遠すぎるのかな。
「レイト、どこで釣るんだ?」
「えっとねー、船のそばでなければどこでもいいみたいだよ。その前に餌を探そう」
よく釣れるポイントとかまでは書いていなかった。
3人で石をひっくり返したりして餌を探す。2人共ミミズは平気みたいだ。正直俺は触りたくない…。のでこっそりダンゴムシを集めた。釣れるかどうかは知らない。
「あ、ラダ。これ」
ふと生えていた薬草が目につく。ギザギザの棘みたいな葉っぱで、だらんとした花びらの特徴的な花を咲かせる。
「あ。ウサミトゲクサ! 魔力回復薬に使う薬草!」
顔を上げたラダが、ぱぁっと顔を輝かせる。素早くこっちに来て、上から下から観察し始める。
「へぇ~こうなってるんだぁ。どうやって採るの?」
「必要なのは花粉の部分だけど、それだけ採取するのは難しいから花ごとブチッといくよ」
ちぎったそれを花びらごとそっと空き瓶に入れる。ポーション用の小瓶と、採取用の瓶、採取用の袋は魔法鞄に多めに入れてある。割れないので便利。瓶がなければ目の細かい布で包むのでもいい。要は花粉が落ちちゃわないようにすればいいのだ。
「そっかぁ。師匠から渡されたときには、もう花粉だけで瓶詰めになってたからなぁ」
「いちおう、生えてる状態でも見分けはつくんだよな?」
「う、うーん。勉強はしたんだけど…」
「スキルはそこまでフォローしないのか」
「素材の状態になったら分かるよ。これをどれだけ入れたら作れるっていうのが感覚的に分かるんだ」
「だから計算が苦手でも作れるのか」
「うぅ」
不思議だったんだよな。ラダって商人志望だったわりにはまるで計算ができない。この世界銅貨とか銀貨だけで、5000ゴールドだから、銀貨何枚みたいなのはない。なのに四苦八苦している。それでよく計量できるなぁと思ってたんだが、ラダは計量していなかった。サラサラ~っと入れて頃合いのところでスキルがストップをかける。そんな感じなんだろう。そういえばばぁちゃんも天秤ばかりとかは使ってなかったっけ。
採取と餌集めを繰り返し、ようやく釣り開始!
ぽちょん…。
うむ。これ、ほんとに釣れるのかな。竿は2メートルほどで、勿論リールはないから遠くへ投げることもできない。糸は固定されているので、かかったら上に上げるだけだ。
「あ、食われてるな」
すぐそこに落ちる糸に心配したが、何者かは居るようだ。針からダンゴムシが消えている。
もう一回。
コクシンとラダも上げたり下げたりしている。
ぽちょん…。
ヤバい。飽きてきた。
「おっ!」
コクシンが声を上げて、ぐんっと竿を上げた。ビチビチと体をくねらせる長めの魚がかかっていた。目当ての魔物ではないが。ドヤ顔でこっちを見るコクシンに拍手。
「えー、トルノン…あー、毒あるわ…」
鑑定結果にコクシンがしょんもりする。ごめんよ。こいつは魔物じゃないから魔石ないし、食えないしどうにもなんないからお帰り願うよ。
そっと優しげにお魚さんをリリースするコクシン。やだ、湖面が光っていつもにもましてキラキラに補正が! あなたが逃してくれた魚ですとか言って美女が来たらどうすんのよ。毒魚だけど。
釣り再開。ちらほらラダとコクシンには当たりがある。食える魚も釣れた。目当てのはまだだけど、坊主ではない。だが俺にはまるで当たりがない。ダンゴムシいなくなってるけど。
あくびが出た。もう2人に任せて採取でもしてようかな。釣りチートが何も思いつかない。よく考えたら、前世の俺釣り堀で2回したことがあるだけだ。道具も釣り方も何も知らん。
と、ぐいっと竿が引っ張られた。慌てて踏ん張る。竿を上げ……ぶちんっ! 軽い音とともに一気に抵抗がなくなり、俺は後ろに転がってしまった。
「レイト、大丈夫か」
「大丈夫大丈夫」
だからこっち来なくていいから。コクシンにヒラヒラ手を振る。ちなみにラダは釣り上げた魚と格闘している。ビチビチ跳ねる魚を追いかけ、あっちいきこっちいき…。
それにしても。ちぎれた糸の先を眺める。それなりに丈夫なはずなんだけどな。魔物であるトラントフィッシュを釣るために渡されたものなのだから。
まぁ、壊されてしまったものはしょうがない。替えもないし、ちょうど良さそうな棒も持っていない。これは俺に釣りをするなということだな。よし。採取だ。ラダのためにたくさん採ろう。
あ、水中にもあるんだっけ。ギルドの図鑑で見てきたぞ。金魚鉢に入ってそうな、そんな感じのやつだったはず。
水中を覗き込む。きれいな水だ。深くまで見える。水面には俺の顔が映って……。いつの間にか、目を見開いた見知らぬ顔と見つめ合っていた。