過去一だめな日
街に戻って、依頼達成報告。ボアも売り払った。ゴブリンも忘れずに。時刻はまだ昼過ぎと早い。もう一狩りと行きたいところなのだが、見つけたあれを処理しておきたい。
首を傾げるコクシンを引き連れ、再び街の外へ出る。道を外れ、普段人が近寄りそうにない場所まで進む。
「どうしたんだ?」
「うん、ちょっと…。魔法鞄貸して」
不可解そうな顔をしつつも、鞄を渡してくれる。俺はそれを受け取り、手を突っ込んだ。“それ”を掴んで引っ張り出す。
「「うっ」」
途端に鼻を突く、腐敗臭。
俺の手には黒く変色しなんか汁まで出ているボア肉があった。ぐずりと指がめり込むのに、「ひぇ~」と思わず悲鳴を上げてしまった。
慌ててそれを放り出し、土魔法で穴を掘る。深く掘ったそこに腐った肉塊をポイポイしていく。全部で4つ。土で埋め、ガッチリ踏み固めておく。焼いたほうがいいのかもしれないけど、ちょっと、無理…。
水でガシガシ手を洗い、石鹸も使う。くんくん。だ、大丈夫かな? ラダを連れてくるんだった。消毒したい…。
「なんであんなものが?」
コクシンが小さな竜巻を起こしている。それでも臭う気がして場所を移動することにした。
街道沿いまで戻り、2人げんなりと座る。
「あれだよ。前にさ、ボアがたくさん獲れたときあったじゃん」
「ああ、あったな」
「あの時1頭分売らずに置いといたんだよ。食べきれなかったら燻製にしようかと思って」
「くんせい?」
「ああ、干し肉的な。でも色々あって忘れてたんだよ、入れてる事自体…」
そんなに日が経ってたっけなー? 俺この世界来てから日付感覚があいまいで…。多分一週間くらいだと思うんだけど、肉ってそんな早く腐るんだっけ。いや、そうだよな。冷蔵庫に入れてるわけじゃないもんな。数時間レベルだよな。やっちゃったわー。
魔法鞄を過信してたわ。時間停止ないんだもんね、腐るわ。しかし、全部売るのもな~。今更血生臭いの嫌っす。みんなどうしてんのかな。
「他は大丈夫なのか?」
「あ、そうだね。ちょっと待って」
再び魔法鞄に手を突っ込んだ。
ソート機能がないんだよね、これ。入れたものが新しい順に並んでいる。服やら水やら豆に干し肉飼い葉木材、岩…てんでバラバラに、羅列されていた。
何個か取り出してみる。お互い入っているものは干渉しないから、臭いが移ったりはしていない。よかった。
しかし、調子に乗って入れすぎたかな。何を思って俺は岩とか入れてるんだろう。
とりあえず生物を出し入れする。
牛乳…え、これいつのだ? ベリー…う、うーん。パン…かぴかぴ。鍋に入ったスープ…え、待って、これ全然覚えないんだけど。くさっ。
慌てて穴を掘って鍋ごと埋める。怒られるかな。道沿いに…。だ、大丈夫。よくあることさ。
「あれ、最初の頃の実験に入れたやつじゃないかな」
コクシンの言葉に「あー」と思い出す。本当に時間経過があるのか、実験してたんだ。それでそのまま入れっぱなしだったと。
「入れたものメモするかなぁ。でも、面倒だよなぁ」
定期的に中身の確認をするか。生物はできるだけ入れないように…いや、それじゃ便利さ半減だよな。入れたものを覚えていたらいいわけだ。覚えてないからこうなってんのか。…寝る前チェックを習慣づけるか。
「コクシンも肉とか入れた日は覚えておいてね」
「ああ、うん…」
ちょっと、目を逸らさないでくれませんかね。
出て行って割とすぐに戻ってきた俺たちを、門番さんが不思議そうな目で見ていた。え? 臭う? 違うよね? 思わず自分をクンクンしてしまう。
「これぐらいなら、気にしないぞ」
コクシンが笑う。
冒険者が魔物の返り血を浴びて血塗れで通ることもある。なんなら臓物の出た魔物を担いでいたり、一週間くらい水浴びしてないやつもいたり。
門番していると、たまにいるらしい。そっかー。門番さんも大変なお仕事なんだね。
借家に戻り、とりあえずお風呂…の前に、さっき処分し忘れた牛乳とかを焼却処分する。庭の端っこに穴を掘って、その中で燃やす。まぁ、牛乳は地面に染みていったが。ちょっと目に来た。
はぁ、それにしても、もったいない。あれだな、俺前世でもやってたわ。賞味期限間近の半額のを買い込んで、結局食いきれずにだめにしちゃうの。お金ないとか言いながら、こうやって無駄にしちゃうんだから。反省反省。
生物は今食べる分だけを買うように。いいね、レイトくん。
「ということで、ラダ浄化の魔力水作ってー」
「何がというわけなのかわかんないけど、ちょっと待ってね」
部屋に入ってくるなりそう言う俺に、ラダが首を傾げつつもちゃっちゃと作ってくれる。
「はい」
「ありがと」
受け取り、一応外に出てから自分の手に掛ける。右手〜左手〜。ジュワ~とかは言わなかった。分かってはいたけど、ちょっと安心。
「わー! ななな、何やってんの!?」
窓からラダが身を乗り出していた。
「手、手は大丈夫っ?」
思わぬ素早さで窓枠を乗り越え、走り寄ってきて、がしっと手を取った。濡れている手を指1本1本確かめる。
「…ごめん。ちょっと消毒…いやキレイにしたくてさ。鑑定でちゃんと見てから使ったから、大丈夫だよ」
ここまでびっくりされるとは思わず、しどろもどろで弁解する。はぁ~とラダが肩を落とした。
「あまり変な使い方はしないでね。もし何かあったらどうするの」
「ごめんて。でもほら、きれいになった!」
両手をぱっと開いてみせる。余分な角質でも落ちたのか、手がツルツルだ。
「反省してるの!?」
ん? 角質って良くないものなのか? うーん、化粧品とかでは…。
「あ。なんか痛いかも…」
なんか肌が突っ張ってきた。指が曲がらん…。
「わー!」
ラダが叫んで家に駆け戻り、すぐに何かを手に戻って来た。ワーワー言いながら瓶の中身を俺の手にぶっ掛ける。
「ど、どう?」
手をにぎにぎしてみる。
「うん大丈夫。ありがとう。痛いのなくなった」
ほぅ〜と大きく息をつきながらラダはその場に座り込んでしまった。
おかしいな。鑑定では大丈夫って出て…あれ、なんか薄めてとかの文字があったようななかったような…。
「あーその、ほんとごめんなさい。軽率でした」
俺もしゃがんで頭を下げる。
ところでその、今俺に使った薬、どのクラスのもんですかね?
めちゃめちゃ怒られた。コクシンとラダに。一晩中怒られてた。正座してひたすらごめんなさいした。罰として明日一日外出禁止令を食らった。いや、甘いな。
俺に使われたのは、ラダがお守り代わりに持っていた師匠作の高級回復薬だった。怖くて値段が聞けない代物。しかもお師匠さんが作ったやつ。どうやって返したらいいんでしょうか。
この日の俺の運気は過去最低だっただろう。
いや、俺が悪いんですけどね。
はぁ~…。