明かりの魔法
「ふへぇー」
ゆったりと湯船に浸かる。色々改造したのでお一人様の許可が出た。大丈夫だというのに、時々窓を開けて様子を見られる。信用ないなぁ。
俺は長風呂なので、俺が一番最後だ。ラダはカラスの行水だった。まぁお湯に浸かるという習慣がないからね。馴染んだコクシンの方が珍しいのだと思う。
濡れた手のひらの上にふわりと光の玉が浮く。ただの明かりの魔法だ。それを水中にゆっくり沈める。光は消えず、水中を漂う。最近発見した。指を突っ込んでも熱くはない、なら水は? みたいなノリで、沈めてみたのだ。
2個3個と追加で沈めていく。なにかおしゃれな風呂になった。花びらでも浮かべてみるか。残念ながら色は付いていない。そのうちLEDライトみたく、グラデーションできたら楽しいだろうな。
「レイト」
あれ、コクシンだ。こっちにやってきたコクシンが湯船の有様に気付き、なにか物言いたそうな顔をした。こうやったのよ、と、もう1個明かりを沈めてみせる。
「相変わらず器用なことを」
「魔力操作の練習だよ。それよりどうしたの?」
まだ長風呂というほどの時間はたってないぞ、今日は。
「ああ、そうだった。ラダが倒れた」
「えぇぇー!?」
何さらっと言ってんの? ざぱーっと立ち上がった俺に、コクシンが「ああ、大丈夫だと」と慌てて付け加えた。
「魔力の使い過ぎだ。レイトの真似をして明かりの魔法を使ったんだが、さっきの見えなかったのか?」
「え? ごめん、何があったの?」
コクシンが肩をすくめる。
「ものすごい大きさの光の玉ができて、弾けた…のかな、直視できないくらい眩しくて、収まったらラダが倒れていた。普通に寝ているだけのようだから、ベッドに運んでおいたよ」
「お、おぉう。そりゃ大変だったね」
ラダが何をしようとしたのかはわからないが、とりあえず良かった。いきなり倒れたとか言われて、びっくりしたじゃん。
立ち上がったついでにもう上がろう。栓を抜くとずごごっとお湯が抜けていく。
「あ」
明かりの玉消すの忘れた。お湯の流れに乗って溝を流れ、暗闇にほんわりした光が漂っていく。と、不意に明かりがかき消えた。あの辺りで俺の魔力が届かなくなったんだな。10メートルくらいかな。
「消したのか? 消えたのか?」
「消えた方。距離に限界があるってことだね」
「ふぅむ」
コクシンに答えながら、風呂桶から出る。階段付けたから、飛び降りたりしないよ。体を拭いて服を着て、部屋に戻る。風呂桶は放置で自然乾燥。
ラダの額が赤くなっていた。前に倒れたらしい。特に苦しそうでもないので、こちらも放置。
「何気なく使っているが、よくよく考えれば不思議なものだな」
コクシンの手元に明かりの玉ができる。俺が作るのよりだいぶ暗い気がする。俺も明かりを作り、コクシンのに近付ける。
「むぅ」
明るさを比べようとしただけなのだが、何故か俺のがコクシンのを吸収してしまった。もう1回やってみる。3度めはコクシンのから近付けてみたが、結果は同じ。
「なぜだ?」
コクシンが首を傾げている。俺もわからない。魔力が大きい方に影響されるんだろうか。
あえて魔力を抑えて明かりを小さくしてみる。するとコクシンのと横並びで連なった。
「んん?」
もう1個。…くっついた。面白い。俺が今同時に出せる明かりが5個。コクシンの1個と、6個の明かりの玉がだんごみたいになっている。コクシンが動かすと、連なっているのもゆらゆら揺れた。
「なんだ、これは…」
「んはははは!」
蛇のおもちゃみたいになってる。親玉にくっついて動く小玉。コクシンの作ったやつはずっと彼の手のひらの上にある。俺と違ってまだ置いておくことができない。ということで、必然的にコクシンに明かりの蛇が懐いているように見えるのだった。
親玉がかき消える。と、小玉たちはポトポトと床に落ちた。来い来いとしてみるが、動かない。魔力を切ると俺のもかき消えた。
「…どういうことだ?」
「え、うーん。わかんない」
そういう性質なんだなーとしか言いようがない。何に使えるとも思えないし。
「はぁ。私も数を作れるように練習してみるかなぁ」
再びコクシンの手元が光る。ちらりとこちらを見た。
「もう今日は止めとく」
明かりの魔法自体はそんなに魔力を使わない。けれど並列で作ると、なぜか結構疲れる。まぁ、この辺は慣れだけど。
「ん。そうか。じゃあ、アドバイスをくれ」
「いや、俺感覚で使ってるからなぁ」
「僕も!」
いつの間に目が覚めていたのか、ラダが参戦してきた。
「だめだよ。魔力切れしたんでしょうが」
「大丈夫。魔力回復薬飲んだからね」
「いや飲むなよ。あれ結構お高いのに」
「作るから大丈夫!」
作るにしても材料が…いや、あるな。魔力回復薬に使う薬草は水辺とか湿地帯に生えている。湖のそばならあるかもしれない。
「さっきのやるなよ? っていうか、何したんだ?」
「えっとねー、こうやって」
「いやだからやるなって!」
手のひらを上にして何かしようとしたラダを慌てて止める。が、ちょこんと光の玉が浮いた。
「これを大きくしようとしたんだよ。いくら僕でも同じ間違いはしないよ」
ふすんと不満げに鼻を鳴らすラダ。そうかなぁ。
しかしラダの明かりは小さいな。
そもそも生活魔法である明かりの魔法だが、正直懐中電灯代わりだ。手の上にぽやんと出るだけで、部屋中を照らせるほどではない。今この部屋が明るいのは、魔導具だったりする。コンロと同じように魔石で発動する。もちろんそれなりの値段はするので、この部屋にしか付いていない。あとはランプだ。
どこかに置いてきたり何個も出したりする、俺がおかしいのだ。そうコクシンに言われたのだが、やったらできたんだもんよ。
ラダがじっと自分の手元を見ている。明かりはちらとも揺れない。しばらくにらみ続け、? と疑問符を浮かべてこちらを見た。
「とりあえず、置いてみたら?」
「置く?」
「俺がよくその辺に置いていくでしょ」
「ああ、あれか」とラダが頷く。コクシンも頷く。2人してぐぬぐぬしている。力を込めるもんでもないし、どう説明したもんか。だって俺、普通にポンって置いたんだ。手が塞がって邪魔だからさ。普通できないって、後で知ったんだ。
結局この日は、変化がなかった。