秋の初陣⑤
「雲越くん!」
試合後の短い休憩時間中、ワタシたちのトコに三中のカッシーがタッつんを引っ張ってやって来て、いきなりカッシーが真剣なおももちでワタシの名前を呼ぶ。
「は、はい?」
突然の来訪に驚いたワタシは、思わず声が裏返る。
「タッつんから聞いたよ。さっきの試合、キミたちが土下座をかけて戦っていたことを」
「え? あ、ああ……」
そういえば、そんなコト言ってたっけ?
もうなんか、どうでもよくなっちゃった。
「ウチの者がまたしても迷惑をかけて申し訳ない!」
カッシーはタッつんの頭を掴んでムリヤリ頭を下げさせ、
「今回はどうかこれで許してはもらえないだろうか?」
続けてカッシー自身も深々と頭を下げてくる。
ヤンキー軍団と名高い三中部員がそろってワタシに頭を下げているこの光景を見て、同じ二中部員だけでなく他の学校の部員たちも目を丸くして注目していた。
「う、うん。イイよ、もう。もともと土下座なんてさせる気なかったし」
あまり悪目立ちするのも面倒なんで、ワタシは2人をなだめる。
「え? ウチは本気でやらせるつもりだったぜ?」
頭を上げてキョトンとした表情でタッつんが言うと、
「オマエはもう黙れッ‼︎」
カッシーは彼女の頭を後ろからグイッと押しこめて、ムリヤリ頭を下げさせる。
「あのさ、あやまるんだったらワタシじゃなくて、ウチの後輩たちにあやまって。ちょっかいかけられて迷惑したのはそのコらなんだから」
ワタシが言うと、
「わーたよ」
タッつんは頭をポリポリとかきながらメイとツムの前に進み出て、
「さーせんしたッ‼︎」
言葉はザツだけど、しっかり腰を折って深々と頭を下げる。
メイとツムは驚いたように目をぱちくりとさせていたけど、
「どうだろう、キミたち。コイツも反省してるので、許してはもらえないだろうか?」
カッシーが仲介するようにそう言うと、2人ともコクリとうなずいた。
「よかったぁ。タッつんさん、意外といい人そうで」
ホッとしたのか、メイがポツリとそんな言葉をもらす。
「あぁン⁉︎ オマエにタッつん呼ばわりされる筋合いねぇぞ‼︎」
「ひいぃぃぃぃぃッ‼︎」
だけど、すぐにヤンキー気質丸出しになるタッつんは、メイを震え上がらせてしまう。
「だからオマエは、方々にケンカ売るクセはどうにかしろッ‼︎」
すかさずタッつんの体を押さえつけて止めるカッシー。
タッつんみたいなヤンキー軍団をまとめ上げるカッシーの気苦労を思うと、ワタシはつい同情してしまうのだった。
「でもタッつん、元気そうでよかったよ。もう大丈夫なの?」
「ん? ああ……別に大したこたぁねぇよ」
ワタシが体の具合をたずねると、タッつんは少しバツが悪そうに目をそらして、自分の頭をなでる。
「役員の人の話では、医務室のベッドに横にさせたとたんに目を覚まして、くやしそうにわめき散らして暴れていたそうだ」
カッシーの解説を聞いて、ワタシは苦笑した。
ともあれ、大事に至らなかったのでひと安心。
「……オマエらよぉ、ウチらに勝ったってコトは、決勝進出がほぼ決定したようなモンだ。決勝で四中相手に無様な試合してたら、それこそ笑いモンにしてやっからよぉ。楽しみにしてるぜ」
タッつんはフンッ、と鼻を鳴らしてそんなコトを言う。
「……ソレって、ワタシたちを応援してるってコト?」
「ばっ! 誰か応援なんかすっかよ! オマエらは敵だ敵ッ!」
ワタシの問いに、ムキになって否定するタッつん。結構かわいいトコあんじゃん。
「はいはい、そういうコトにしといてあげるよ」
「チッ……テメェとはいつか改めて決着つけてやっかんな!」
タッつんはそんな捨てセリフを残して、カッシーと一緒に戻って行った。
う〜ん、なんだかこういうの、マンガとかでよくある悪役改心ってヤツ?
もしかして、こっから友情が芽生える的な熱い感動展開?
「なんだよ、ヒミカ。土下座勝負とか、おもしれぇコトやってたんかよ!」
すぐさまトモっちがワタシの肩にしがみついて、いたずらっぽくワタシのほっぺを指でツンツンする。
「別に、おもしろくはないよ……」
「まったく、トモっちはともかく、ヒミカはもう少し理知的な方だと思ってましたのに……」
その隣で、アッキーが呆れ顔でため息をつく。
「なるほどのう、そういうコトだったのか」
その時――
背後から、1番聞かれてはいけない人物の声が――穏やかだけど凍えるような冷たさを帯びた声がかけられる。
恐る恐る振り返ると、
「……せ、先生」
ワタシは引きつった顔で、氷の微笑を浮かべる緒方先生を見上げる。
そしてワタシは、その日2度目の説教を受けて、次の試合では補欠登録されていたメイとメンバー交代させられたのだった。
それは懲罰的な意味もあったのだろうけど、三中より格下の宮郷中が相手なので、そこでメイに実戦経験を積ませたいという狙いもあるんだと思う。
――まあ、今回は大人しく応援に回ろう
そう思って望んだ宮郷中との試合。
だけど、その試合で思いも寄らない出来事が起こった。
格上の三中に勝ったコトで緊張の糸が切れたのか、なんと1-2という結果で敗北してしまったのだ。
そして三中は宮郷中に対して3-0で勝利。
つまり、3校そろって1勝1敗という結果に終わったのだ。
「えっと……こういう場合、たしか勝ち数で決めるんだよね?」
「ええ。ですが、二中と三中、どちらも3勝で並んでいるのです」
ワタシの問いに、アッキーが難しい顔をして答える。
二中は対三中戦で2勝。対宮郷中戦で1勝の計3勝。
三中は対二中戦が0勝。対宮郷中戦で3勝の計3勝。
たしかに互角だ。
「勝ち数も同じ場合は?」
「その場合は総本数で決まるんだ」
今度はシーコがワタシの疑問に答える。
「総本数……」
三中の対宮郷中戦の内容を見てみると、勝った3人とも2本勝ちしているから、計6本というコトになる。
対してワタシたち二中は、対宮郷中戦はシーコの2本。そして、対三中戦はワタシの1本とシーコの2本。その合計は……5本だ。
「1本差で――」
「1本差でウチらが決勝進出だなーーーぁッ‼︎」
呆然とするワタシたちの前に颯爽と現れたタッつん。
「オマエら、ウチらに勝ったからって油断しすぎじゃね?」
彼女はワタシたちを指差し、さっきまでの鬱憤を晴らすかのように愉悦そうな笑みを浮かべるのだった。
「ウチらの決勝見とけよ! オマエらと違って油断 へ ぶ ゥゥゥゥゥッ‼︎」
さらに調子に乗るタッつんの背後に立ち、その頭にチョップを与えて黙らせたのはカッシーだった。
「重ね重ねすまない」
カッシーは左手を上げてそう言うと、右手でタッつんの襟首を掴んで引きずる。
「やーいやーい、1本差ぁ!」
「黙れッ‼︎」
帰っていく間もにぎやかな2人。
「……さっきまでの感動、返して」
ワタシは去り行くライバルたちを見送りながら、ひとりつぶやいた。
こうして秋の新人戦、その団体戦はチームの成長も見られたものの、同時に課題も浮き彫りとなる結果に終わったのだった――
そして月曜日――
「おはよう!」
2年A組の教室に入り、見かけたクラスメイトの女の子にあいさつを交わし、ワタシは自分の席にカバンを置く。
「おはよう。ねえ、雲越さん。聞いたよ!」
談笑していたクラスメイトたちがこちらにかけ寄ると、目を輝かせながら話しかけてくる。
「何を?」
「雲越さん、剣道の試合でヤンキーを病院送りにしたんだって?」
「……は?」
「え〜? みんなが見てる前でヤンキーに土下座させてたって、あたしは聞いたよ〜?」
――なんじゃ、そりゃ⁉︎
いつの間にかヤバいヤツ認定されているコトに驚き、
「あのさ……誰からそんなコト、聞いたのかな?」
引きつった笑みを浮かべながらたずねると、
「えっと……大澤さんからなんだけど」
みんなはワタシの後ろの席を――さっきから必死に笑いをこらえているトモっちの方を向いて答える。
「ちょっと、アンタねぇ〜ッ‼︎」
ワタシは諸悪の根源であるトモっちの肩を掴む。
「ち、違うって! アタシはただありのままを話しただけだ!」
トモっちが激しくかぶりを振って無実を主張する。
「はぁ? ありのままを話して、どうしてあんな風に話が飛躍すんのさッ‼︎」
「知らない知らないッ‼︎」
なおもとぼけるトモっち。
「雲越のヤツ、ヤンキー締め上げて土下座までさせて、その上病院送りにしたらしいぜ……」
その時、教室の隅で男子たちがヒソヒソとそんなコトを話しているのが聞こえる。
「ワタシは病院送りになんかしてないし(医務室送りにはしたけど)、土下座なんてさせてないからーーーッ‼︎」
ワタシの絶叫が教室にこだまする。
はぁ……うわさ話って、こうやって伝言ゲームみたいに尾ヒレがついていくんだ、と実感。
そしてワタシは、『二中の番犬』などという不名誉な二つ名をいただくハメになるのだった……