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第九十七話「扉を開ける時は慎重に」


 何故こんな所に師匠がいるというのか。師匠は俺以外に弟子はいないと言っていたはずだ。それなのに近衛家に一体何の用があるというのだろうか?


「あら?咲耶ちゃんは百地様とお知り合いなのかしら?」


「不肖の弟子です」


「師匠です……」


 不肖の弟子で悪かったな……。このクレイジーニンジャめ……。


「まぁ!そうだったの!道理で……」


 近衛母は一人で何か納得したかのようにウンウンと頷いていた。何に納得しているのかはさっぱりわからない。


「おい!咲耶!何の話をしている!さっさと行くぞ!」


 そして伊吹は俺を引っ張って連れて行こうとする。俺は伊吹より何故師匠がこんな所にいるのかの方が気になるんだけど……。


「伊吹、少し槐君と一緒に向こうへ行ってなさい。私は咲耶ちゃんに用があるわ」


「なっ!咲耶は俺が連れてきたんだぞ!」


 近衛母の一言で伊吹が驚いた顔をしてから噛み付く。でもどこでも母というのは一番強いものだ。その母に伊吹が勝てるはずがない。


 ゲームの『俺様王子』ですら近衛母には勝てず遠慮していた。ましてやこちらの小学校一年生時点の『残念王子』が近衛母に勝てるはずがない。


「あとで咲耶ちゃんは返してあげるから、向こうへ行ってなさい!」


「うっ……」


 近衛母にそう言われて伊吹は後ずさった。ほらな。そうなると思ったよ。余計な抵抗なんてしないで素直に言うことを聞いていればいいのに……。


「絶対だぞ!咲耶!絶対に勝手に帰ったりするなよ!ちゃんと……、ちゃんと来いよ!」


 俺の袖を掴んで……、子犬のように『クゥ~ン』と言うかのように縋ってくる。くそ……、伊吹のくせに……、そんな顔をするな!そんな目で見るな!何かちょっとこう……、クラッときちゃうだろ!俺は前世から子犬とか子猫とか大好きなんだよ!


「わかっています。勝手に帰ったりしませんから言う通りにしてください」


「絶対だぞ?絶対の絶対だからな!」


 ええい、しつこい!遊んで欲しい子犬かお前は!子犬や子猫はこちらが疲れて遊び相手をやめてもいつまでもいつまでも遊んで遊んでと迫ってくる。今の伊吹はまさにそんな感じだ。


「わかっていると言っているでしょう。早く行きなさい!」


「――はい!」


 俺が大声を上げると伊吹は背筋を伸ばして槐と二人で奥へと向かった。たぶん伊吹の私室とかそういうところへ向かったんだろう。


「ふ~ん……。あの伊吹がもうお尻に敷かれてるのね」


「え?……あっ!」


 やべぇ……。俺、近衛母の目の前で伊吹を怒鳴りつけたぞ……。やってもうたんじゃね?これって確実にやってもうたやつだよね?


「ああ、いいのよ。気にしないで。今のは伊吹が悪いし、あの伊吹が簡単に咲耶ちゃんの言うことを聞くのも大したものだわ。それに咲耶ちゃんも本音で話せるみたいだし……。ね?やっぱりうちの伊吹と婚約しないかしら?ね?咲耶ちゃん?」


「許婚や婚約のお話でしたらお断りいたします」


 ここはきっぱり断っておく。曖昧な返事をしたり両親を引き合いに出してはいけない。例え近衛母からの好感度が下がろうとも絶対に断固としてはっきり断る。後々遺恨を残すような曖昧な返事はしてはいけない。


「はっきり言うわね~。ますます気に入ったわ」


 気に入らないで!むしろちょっと生意気なガキだから伊吹と結婚なんかさせられないな、くらいに思って!お願いですから!


「まぁいいわ。それはまた追々ね」


「いえ、お断りします」


 追々もまた今度もあるか。伊吹の許婚なんて絶対にお断りだ。曖昧な返事もお茶を濁すこともしない。それだけは何があっても断固拒否する。


「それで……、咲耶ちゃんは百地様にどちらを習っておられるのかしら?」


「どちら?」


 どちらって何だ?


「全てじゃ」


「なるほどねぇ……。だからあんなに綺麗に桑原桂を取り押さえていたのね」


「え?え?」


 俺だけ話についていけない。何の話をしているんだ?


「もう忘れておるのか?百地流古舞踏は世を忍ぶ仮の姿。その実体は百地流古武道だとお前が一番良くわかっておるだろう?」


「あっ……、あ~……」


 そういやそうだったな。何かそんな設定もあったな……。もう俺の日常は毎日のように頭のおかしい特訓ばかりですっかりそれが当たり前になっていた。


「その世を忍ぶ仮の姿をホイホイと簡単に人に教えて良いのですか?」


 ただ俺がすぐにそのことに気付かなかったのはこれが原因だ。古武道が秘密で内緒だというのならそんな簡単に近衛母に教えて良いものか。


「だから伊吹や槐君には向こうへ行ってもらったのよ。でもおばさんはもちろん知ってるから心配いらないわ」


「近衛様は『おばさん』という言葉は似合わないと思います。お姉さんでも通用しますよ」


 どうにも今の近衛母を見て『おばさん』とは思えない。うちの母より若いだろう。小学校一年生の子供がいる母親なんだから早ければ二十代でもあり得る。近衛母がいくつかは知らないけどとても若く見えるのは間違いない。


「まぁ~!さすが咲耶ちゃんね!良くわかってるわ!それなのに伊吹や槐君ときたら『おばさん』『おばさん』って言うのよ!」


「はははっ……」


 自分から言い出してしまったとはいえ話が逸れてしまった。近衛母がはっきりシャキシャキしたお姉さんという感じなのは確かだけど、今はそんな話に脱線している場合じゃない。


「え~……、それでどうして師匠が近衛様のお宅に?」


「実はね、この前の騒動の時に咲耶ちゃんを救うのに色々と裏で動いてもらっていたのよ。あのスクリーンに流した映像や音声は百地様が手に入れてきてくださったのよ。でもまさか咲耶ちゃんが百地様のお弟子さんだったなんてね~」


 ……んん?映像や音声?手に入れてくる?もしかして……、まさか……、本当にニンジャみたいなことをしてきたんじゃないだろうな?どこかに侵入してデータを盗んできたとか?


 いやいや……、まさかな……。


 それって普通に犯罪だし、いくら師匠でも現代でそんなアニメや漫画のニンジャみたいな真似はしないだろう。しないよな?


「あの加工された音声を流したのは洞院家の黒服達でね。講堂放送室でその黒服達も倒して捕まえてくれたのよ。今日はその放送室での争いはお仕事に含まれていなかったからその話し合いなの」


「…………」


 やっぱり……、このジジイ……、クレイジーニンジャなんじゃね?


「師匠……、まさか非合法なことはされていませんよね?」


「ずずず……」


 黙ってお茶を飲む……。これは絶対してますわ。絶対やらかしてますわ……。


「師匠が不法侵入で捕まって、その弟子として紹介されるなんて私は嫌ですよ!?」


「たわけめが。わしが捕まることなどあろうはずもないわ」


 何でそんな自信満々なんだよ……。現代のセキュリティを舐めるなよ?うちなんて不用意に扉や窓を開けたり、ちょっと何かに触れただけでセンサーが感知して警報が鳴ったり自動で通報されたりするんだぞ?


「もちろんわしは失敗などせんが……、万が一失敗した場合に自分の始末をつけることくらいは出来るわい」


「――ッ!?」


 師匠のその言葉と気迫に……、俺はゾッとした。口調は軽いものだったけど……、その覚悟が軽いものではないことは気迫からわかる。師匠の言う自分の始末とはつまり……。考えただけでもゾッとする……。


「それにしても咲耶ちゃんが百地流に入門しているなんてね~。よく百地様に入門の許可をいただけたわね?普通はどれほど頼み込んでも入門させてもらえないのよ?」


 そもそもこんなクレイジーニンジャに弟子入りしたいなんて奇特な人はいないんじゃないですかね?それに仮に入れても続かないと思うよ?俺も最初はよくあんなものを我慢していたものだと思う。今となっては日常になってしまったから何とも思わないけど……、それって感覚がおかしくなってるだけだよね……。


「まぁ……、表はともかく裏の後継者は長らくおらなんだのでな……。全てを託す最後の弟子というところじゃな」


「師匠……」


 何か……、急に優しい目でそんなことを言われたら照れてしまう。まるで本当の孫を見ているおじいちゃんのようだ。


 って、感動するかーーい!アホなのか?ふざけてるのか?何で俺がクレイジーニンジャを継がなければならないんだよ!それこそ誰か他の人に継がせろ!


 あっ、だから誰も継ぐ人がいないのか。納得……。


 って、だから何で俺がクレイジーニンジャにならなきゃならないんだよ!思考が無限ループだ!でも……。


「あの時……、師匠も手助けしてくださっていたのですね……。ありがとうございます」


 それとこれとは別だ。俺は知らなかった。皆が裏でそんなに頑張ってくれていたなんて……。俺を助けるためにたくさんの人が協力して手助けしてくれていたなんて……。


 表立って助けてくれた茅さんや皐月ちゃんや薊ちゃん達だけじゃない。近衛家や鷹司家、そして俺の知らない所で師匠まで助けてくれていた。俺はたくさんの人に支えられて今があるんだ。そのことは忘れてはいけない。


 今日ここへ来てよかった。師匠の話が聞けてよかった。師匠は道場に行ってもそんなことは一つも言わない。今日近衛母が教えてくれなかったら俺は一生師匠が裏で助けてくれていたことなんて知ることはなかっただろう。それだけは伊吹と槐に感謝だな。


「ふんっ!そもそもお前が隙だらけだからいかんのだ。今後の修行はもっと厳しくなると思っておけよ」


「はいっ!よろしくお願いします!」


 師匠が照れてそっぽを向いている。とてもわかりやすい。ニンジャがこんなに簡単に感情を読み取られたらまずいんじゃないかな?でも……、今だけは……。


「あっ!そうだったわ。伊吹に咲耶ちゃんを返すって約束してたんだったわ。いつまでも足止めしてごめんなさいね。それじゃ咲耶ちゃんを伊吹の部屋に案内してあげて」


 近衛母が思い出したかのようにそう言って近くの家人達に俺を案内するように指示する。少し長く話しすぎたか。


「近衛様もありがとうございました。今日お話が出来て、師匠のことも聞けてよかったです」


「いいえ、どういたしまして。ただお礼がしたいというのなら伊吹のお嫁さんとしてうちに嫁いでくれたらいいんだけど?」


「それは絶対にお断りいたします」


 近衛母め、油断も隙もあったもんじゃないな。どうしても俺と伊吹を結婚させたいようだ。


 ゲームの時はどうだったんだろうな?ゲーム『恋に咲く花』では咲耶お嬢様と伊吹は許婚候補ということになっていた。でもそれは誰がどうやって決めたんだ?父同士が会社の統合を視野に決めたのか?ゲームの九条母が強引に推し進めたのか?咲耶様が伊吹の追っかけだったからって大人まで許婚候補とするなんてことはないだろう。


 誰かが話し合い、納得し、大人が決めなければそんなことは決まらないはずだ。なら……、その時に、ゲーム時には近衛母は咲耶お嬢様と伊吹の許婚候補というのをどう考えていたのか……。ゲームの『恋花』はあまりにそういうことが語られない。


 咲耶お嬢様なんて端役のライバル令嬢の一人だからそんなものかもしれないけど……、俺がこの世界で無事に生きていくためにはあまりに情報が少ない。


「あっ、それから……、咲耶ちゃんが百地流だってことはちゃんと秘密にしておくから安心しておいてね。ちゃんと咲耶ちゃんが発表する時までお姉さんも黙っておくから」


「はぁ?ありがとうございます?」


 何で?何か秘密にしなきゃならない理由があるのか?クレイジーニンジャの跡継ぎと思われたら恥ずかしいからとか?仕事の依頼が舞い込んだら困るかもしれないからとか?


 まぁいい。近衛母が百地流だということを黙っておけと言っているも同然だろう。ならば俺だって黙っておけばいい。無理に広めるようなことでもないし、確かにクレイジーニンジャの跡継ぎだと思われたら色々不都合がありそうだ。そう思って近衛母や師匠と別れる。そして……。


「お待たせいたしました、近衛様、鷹司様……、え?」


 近衛家の家人に案内されて伊吹の部屋にやってくる。ノックしてすぐに扉を開けてそう声をかけてみれば……。


「やっ!まっ!ちがっ!」


「違うんだよ九条さん!これは事故で!」


「あ~……、どうやら私はお邪魔なようなので帰りますね……」


 開けた扉の中は……、上半身を肌蹴させて重なり合う伊吹と槐の姿があった。どうやら彼らは本当にBLで伊吹×槐だったらしい。しかも伊吹が下で槐が伊吹の服を捲り上げている。どうやら伊吹がネコで槐がタチらしい。


「それでは御機嫌よう……」


「違っ!待っ!」


「九条さん!誤解だから!」


 気持ち悪い空間から一刻も早く逃げ出そうとした俺だけど、結局伊吹と槐に捕まり、散々言い訳を聞かされた。何でも槐が立ち上がった拍子に転びそうになってひっくり返り、しかも伊吹に向かって飲み物を零してしまったと……。


 伊吹の方に倒れこみ、しかも飲み物を零してしまったから火傷してはいけないと慌てて服を脱ごうとしていたらしい。


 うん……。よく聞くタイプの言い訳ですね。そんな都合良く奇跡的な確率でそんなことが起こるか!と言っておいたけど二人はそう言い訳するばかりだから納得したフリをしておいた。


 そして結局何故俺が近衛家に呼ばれたのか聞いたけど何も用はなかったらしい。強いて言えばただ遊びに誘いたかったから……、というふざけた回答だった。


 人を呼んでおいて二人で絡み合っている場面を見せるなんて……、こいつらは俺に自分達の性癖や関係をカミングアウトしたかったのだろうか?



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― 新着の感想 ―
[一言] 誤解されてかなしいなあ……
[良い点] ネタで言った槐×伊吹が実現してて草 [一言] 今度師匠に肩もみして労ってあげないと( ˘ω˘ )
[一言] もうBLタグってこいつらの為に有って良いんじゃないかなあ、 TS百合が邪魔されないなら正直野郎とかどうでも良いし...
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